星の花束を抱いて外伝1 夢でもいいから〜剛志君の片想い〜

 初めて彼を見たのは入学式の日だった。
 校門のすぐ横で履きなれない革靴の紐を結びなおすこと3回目、同じように俺の斜め前で紐を結んでいた…一目ボレだった。
 俺がじっと顔を見ていたら、にっこり微笑まれた。
 少年から青年に移り変わる危うげな美しさだった。

「ボーカル?どうして?いらないよ、そんなの…」
 中学時代から一緒にバンドをやって来た初が否定した。
「でもさ、うちのクラスにいる加月ってミュージシャンの息子だって話だぜ。」
「誰だよ、そのミュージシャンって。」
「えーっと、『加月 涼』って言ったかな?」
「知らないな、誰だそれ?」
 零のことならもう何でも知っていた、調べ尽くしていた。だから父親が結構人気者のミュージシャンだったことも、今一人暮ししていることも、そして声を掛けてきた人間なら男でも女でも構わず寝る…ってことも。それこそ好都合だった。
「俺、知ってる…加月 涼って…かぁちゃんがファンでさ、家にレコードがあるよ。そっか…あの人上手いよ、めちゃめちゃ…だったらきっと上手いだろうな、歌。」
 ボーカルとギターを担当している橘 京輔が相変わらずおずおずと話している。
「ごめん、お前のボーカルが不満なわけじゃないんだ、ただ、お前にはギターに集中して欲しくて…」
 『下手なんだよ、お前のギターが!』…とは言えないしな、だからもっと頑張って練習して欲しいというのが俺のささやかな願いってわけだ。
「うん…僕は…ギターが弾ければそれで良いし…集中できるならその方がいいな。」
「おーい剛志君、ボーカルよりドラムを探してくれよぉ〜。ったく明宏ったら別の高校に行っちまってさっさと他の奴等とバンド組んじまうんだものなぁ…」
「確かに…何時までも剛志ピンチヒッターは大変だろう?」
 2人に言われてはっと気付く…そうだった、俺はドラムのスカウトを担当させられていたのだった。
 しかし。
 零がうちのボーカルに就任するまでに半年掛かり、更に半年掛かってドラムスが決まったのだった。

 さりげなく、零の隣りの席に腰掛けて他の連中と話し込んでみる。零は全然興味を示さない。なんとなく、零がどんなものに興味があるのか知りたくなった。
「なぁ、加月…お前いっつもボーっとしてるけど何か好きな事ってないのか?」
「あるよ…セックス…」
 ドキッ
「ば・馬鹿、誰だってそんなこと好きに決まってるだろっ、ちげーよっ、もっと他に無いのかよっ。」
 …動揺のあまり、恥ずかしい事を言ってしまった。
 クスッ
小さく零が笑った。
「好きな事かぁ。」
 瞳が泳ぐ。しばらくして口を開いた。
「なぁ畑田、お前メシ食うの好き?僕は好きなんだよ。でもさぁ僕の母親、料理が下手でさぁ…だから自然と料理好きになった。食いに来る?」
 …誘ってんのか?
「大丈夫だよ、畑田の事食ったりしないから。僕は食材選びにはうるさいんだ。」
 クスクスッ
女の子のようによく笑う。
 きっとこいつは根は明るいんだな、でも何かが表面上を覆っているんだ…何か…知りたい…。
「行って良いのか?」
「あぁ。」
 それから俺は度々零の家にメシを食いに行くようになった。
 俺一人の時もあったけど殆どの場合、他にも5〜6人の男女がうようよしていた、それは学校の先輩だったり、中学の後輩だったり…同級生は俺くらいだった。こいつ…寂しいんだ。
 取り巻いてくれる人間が好きなんだな?なんてリサーチしたりしていた。
 俺は学校にいるときも、零の家に行った時も片時も離れなかった。
「畑田…うっとおしいんだけど…」
 ある日、当然のように纏わり付いていた俺に零はそう言い放った。
「教室でべたべたするのって好きじゃないんだ…ごめん。」
 なんとなく、いつもと様子が違う気がして聞いてみた。
「なにかあったのか?」
「僕は何時だって問題が山積みなんだ。」
 にっこりと微笑んで言うような科白か?
「悩みがあるなら…相談に乗るぜ。」
「ありがとう…でも…多分無理だ。」
 ムッ…なんでそう言い切るんだ…俺ってそんなに頼りないのか?
「聞いたら…きっと後悔するよ。だから…」
 今までに見た事の無い悩ましげな表情だった…『抱きしめたい』という衝動にかられた。
「今日の帰り、寄って良いか?聞いてやるよ。」
「いいって…本当に…これ以上友達を失いたくない。」
 これ以上?どうして…?
「俺は・・・加月の友達なんだ、良かった。」
「あたり前じゃないか、他に何があるって…まさか恋人になりたいなんて言うなよな。僕には…好きな人がいる。」
 なんだよっ、こいつ俺の気持ちに気付いていたのか?なんで先に。
「まさかな…畑田はモテるからさ、そんな心配要らないな。」
 零じゃなきゃ嫌だっ。
「…兎に角!今日、行くから…俺もお前に話があるから。」
「しょうがないなぁ…」
 そう言っている割には顔が嬉しそうだぞ。…幸いな事に、まだ『ボーカル』の話はしていなかったから、チャンスとばかりに俺はそそくさと零のマンションに飛んで行った。



「歌…かぁ…確かに僕の父親は音楽関係の仕事をしているけど僕は関係無いよ。…っていうか、涼ちゃんと同じ道を進みたいと思わないんだ。ごめん。」
 こいつ、自分の父親を名前で呼ぶのか?
「実家の隣りにさ、三つ年下の男の子がいるんだ。こいつがまた背がちっちゃくて、女の子みたいな顔して可愛いんだ。」
 隣りの子の話なんてどうだっていいのに…。
「こいつが涼ちゃんにギターを教わっててさ、筋が良いらしい。もしなにかあったら使ってやってよ。」
 ニッコリ微笑む。
「実紅や夾より…陸のほうが可愛いんだ、言う事聞くしなぁ。」
 楽しそうに話す。
「可愛いんだ…あいつ。」
 ふと、遠い瞳になる。
「加月?」
「ん?」
「お前こんなに寂しがり屋なのに…どうして一人暮しなんてしているんだ?」
俺はずっと疑問に思っている事を口にした。
「なんでって…言ったじゃないか、僕が一番好きな事、あれって…親兄弟と一緒にいたら連れ込めないでしょ、ん?」
「真面目に、聞いてるんだけど。」
「…真面目に答えてるよ…だって…あきらちゃん…母親が子供産んだら僕のいる場所なんて無いだろ?」
「なんでだよ。」
「あんなふしだらな女、見た事無いね、大嫌いだ。」
 母親が子供を産んだらふしだらなのか?
「お前…マザコンか?」
「どっちかっていったらファザコンだと思うけどな。」
 さらり、と言われた。
「でもブラコンだなぁ。」
 零は一人、声をあげて笑った。
「だから今の相手は中学の後輩。」
「男か?」
 思わず、勢い込んで言ってしまった。
「なんでそうなるんだよ。」
「俺も、今好きな奴いて…それで…」
「なんだ、悩んでいたのは畑田の方だったのか。それで?いいから続けて、僕で力になれるんだったらいくらでも…」
 微笑んだ唇をじっと見つめていた。もう目を見て話すなんて出来なかった。
「…この世の物とは思えないほど綺麗で、でも壊れてしまいそうなんだ…。」
「うん」
「毎日、抱きしめたい衝動に駆られるけど…そうしたらきっと壊れてしまう。」
「うん」
「だけど…抱きしめてやりたい…」
「そっか…そんなに大事なんだ、その人のこと。でも解かるな、僕の好きな人も…綺麗だし、可愛いし、細くって折れそうだし…でも、絶対に悟られちゃいけないんだ。だから僕の恋は一方通行だ…忘れたいって思っているのにな。」
「…忘れたいのか?」
「うん、忘れられたら楽になれるから…」
 だったら俺と…って一言言えば良かったのかもしれない。でも言えなかった。


 結局、昨日は零の悩みは聞けなかった、恋愛の悩みはちょっとだけ聞けたけど。 しょぼしょぼと教室の入り口に立っていると、背後から初が声を掛けてきた。
「剛志、加月君のスカウトは上手くいってないみたいだね。」
 …初だって同じクラスなんだから一緒に交渉してくれたって良いだろうに。
「あっ、零、おはよう。」
 何?なんで初が零のこと名前で、しかも呼び捨てで呼んでるっ。
「剛志が苦労しているみたいだったから、俺が声掛けた。OKもらえたし。」
「加月…お前…」
「ごめん、初からちょっと前に言われていたんだ。でも剛志が真剣な顔で話すからちょっとからかってやろうかと思って…怒った?」
 …今…零、俺のこと『剛志』って呼んだよな?
「怒ってない…良かったよ、これで安心して練習に行ける。」
 なんてったってスカウトに半年、掛かっちゃったからなぁ。
「あとはドラムだよなぁ…」
 零がちょっと考える様に首を傾げてから言葉を発した。
「僕、知っている子がいるんだけど…4月まで待てるかな?」
「4月までって…中坊か?」
 何?まさか…後輩って言っていた今の相手か?
「うん、中学の後輩。大丈夫、ちゃんとこの学校に入ってくるから。うちの学校じゃなくても一緒に練習できれば大丈夫でしょ?」
 零がドラムを叩ける奴の話をしている…けど俺の頭の中にはその人間が零の恋人じゃないかって疑惑が渦巻いてて…集中できない。
「加月…そいつが例の後輩か?」
「例の…って?ああ、昨日言っていた?違うよ。」
 クルクルと笑う零。やっぱり零は根が明るい奴だったんだな…なんて思っていた。
 だって…その方が似合っている。君はその方が数倍いいよ、うん…でも…零の恋人を知りたい。

 初と京輔、僕とそして零。あとはドラムが入ってくれれば完璧になるんだけどなぁ。
 零は思った通り、抜群の歌唱力とリズム感があった。やっぱりカエルの子はカエル…って思っちゃったよ。京輔に聴かせてもらったんだ、涼さんの歌…上手かった、本当に上手かった、俺達の理想だった。それに限りなく近い零の歌声。
「僕でいいの?」
「当然だ、零の声が欲しかったんだ。」
「ボーカルよりドラムだろう?先に…」
「いいんだ、ドラムは俺がカバーしているじゃないか。」
「でも剛志はキーボードが専門だろう…練習は放課後だっけ?」
 そう言って零が連れてきたのは「ピンチヒッターとしての」遠山隆弘、中学三年生だった。
「ちょ…零さん、俺だって自分のバンドの練習があるんですけど…」
「ふーん…・別にいいけどさぁ…隆弘、あそこにいても駄目だよ、他の奴等の音が死んでるもん。でもここはいいよ、全員やる気があるし…僕がいる。」
 ここでニヤッと笑って続ける。
「交換条件で、皆が受験勉強見てくれるってさ、どうする?」
「うー…」
「大学行く気無いんだろ?それに…実紅がさぁ…」
「あの!実紅ちゃんとやらしてくれます?」
「馬鹿、妹を売れるかってんの。…まぁ…実紅が良いって言うなら別だけどさ」
 などというやりとりをしていたのをちょっと垣間みたけど…見なかったことにしよう。
 俺達の前に連れてこられた隆弘はまだ納得していなかった様だけど。
「こいつね、女好きなんだ、でも親が進学校の男子校に入れたがってて、うちの高校だったら行っても良いって言っているんだけど、ちょっと成績がなぁ…ってとこなんだよ、良い条件だと思うんだけど。」
「だからっ、俺はピンチヒッターで…」
「正式には来年の合格発表を待っててやるから。」
「あーん、零さんっ。」
 ここで初が口を開いた。
「俺達、プロになりたいんだ。」
「え?」
「何?」
「なんだって?」
 零以外は全員、一斉に声をあげた。
「あれ?初、皆知らなかったの?」
「いや、俺の気持ちとして…だからさ、全員の見解じゃないんだ。」
 頭をポリポリと掻いている。
「初…その気なのか?真面目に?」
 俺は初を問いただす。
「うん、零がいるなら出来るんじゃないかって思っているんだ。」
「親の七光り…だもんね。」
 しれっとして零が言う。
「違う、零の才能と…ルックスだよ。」
「は?才能?ルックス?なんだそりゃ?」
 零が首をかしげた。
「見てみろよ、プロで活躍している面々を。どこもボーカルのルックスが良いんだ。京輔も良い顔しているけどさ、やっぱり零なんだ。オーラが違う。」
 初が断言した。
「零が入ってくれたから、真面目にやる気になった。遠山君が中学生で、たまにしか練習に参加できないのなら、条件としては明宏を引っ張ってくるのと同じだと思うけど…零が見込んだ男だから、俺は信じる。」
「ちょっと、初、それは僕を買かぶりすぎだって。」
 零の言っていることは控えめだが、口調は自信に溢れている。
「…・・・解かりました。でも1週間待って下さい。今のバンドを辞めてきますから。」
「大丈夫だよ、『ダイヤモンズ』は隆弘がいなくなったら自然消滅だ。」
 クスクスッと零が笑う。
「零さん・・・何か言いましたね、あいつ等に。」
「何も。」
 悪戯っ子の様に笑う。
「う・・・零さんは苦手だな、俺。」
「そんなつれないなぁ、僕は隆弘くんのこと愛しちゃってるのにっ。」
 ぎゅっ、と隆弘を抱きしめる零・・・ちょっと羨ましいな。って違うっ。

「剛志・・・橘君のことだけど・・・」
 零のマンションで今夜も一緒に夕飯を食べながら雑談していたら、急に話題を変えてきた。
「個人的に練習付き合ってもらってもいいかな?プロになるならギターの音がしっかりしていないと駄目だと思うんだ・・・。」
 今まで全然音に自ら関わってこなかった人の意見とは思えなかった。
「えっとさぁ・・・僕も一応、ギターはやったんだよ、子供の頃・・・今も持ってるし、時々弾くんだけどさ・・・。」
 そう言って部屋の片隅に立て掛けてあった三本のギターのうち、アコースティックギターを手に取った。
 細くて、長い指が器用に動いた。
「僕だってこれくらいなら弾けるんだ。でも・・・橘君ごまかしてる。そりゃプロになったら誤魔化す事も必要だと思うけど・・・その前に基礎が出来ていないと駄目なんだ。彼はその気・・・あるのかな?」
「・・・俺から言っておく・・・零に言われたら傷つくと思うから。だって今までボーカルを担当していたのは京輔だし・・・ギターまで言われたら・・・」
「遠慮していないで、駄目なら駄目って言ってやらなきゃ、仲間じゃない?」
 うぅ・・・ごもっとも。
「ごめん・・・」
「僕に謝っても仕方ないよ。初にこれ以上言わせるのは可哀想だから、僕から・・・って思ったけど、剛志、言ってくれる?だったら僕が一緒に練習に付き合うよ。初だって気付いているのに、言えないのは橘君があの性格だからかな?」
 コクリ、と頷く。
「橘君、良いもの持っているのになぁ、絶対勿体無いよ。」
「零、」
 俺は零を見た。
「俺が・・・零をボーカルに・・・って推したんだ。そうすれば京輔がギターに専念できるって思ったから。もう少し待っててやって欲しい。」
「うん、いくらでも待っているよ、だって・・・まだ始まったばっかりだからね。」
「あのさ・・・、」
「うん」
「零・・・好きな人いるって言っていたよね?」
 不意に思い出した様に言い出したのだけれど、これはずっとここに来たときから聞こうと思っていたこと。
「うん。」
「じゃあ・・・今誰かに好きだって言われたら・・・どうする?」
「うーん・・・どうするかな?好きだって言ってくれる人は一杯いるんだ・・・でも心が動かないんだ・・・どうしてだろう・・・」
 唐突な質問に零はちゃんと答えてくれた。
「剛志、昨日から拘ってるね、どうしたの?」
 小首を傾げる仕草が・・・可愛い・・・っておいおい、困ったぞ。
「そんなに好きなの?」
 コクン
「剛志の好きな人かぁ・・・年上?年下?」
「同い年」
「もしかしてうちの学校?」
 コクン
「まさか・・・同じクラス?」
 コクン
「うー・・・誰だ?こんなに剛志を純情少年に仕立て上げちゃった罪な娘は。」
「・・・え・・・」
「ん?ごめん、聞こえなかった。」
「お前・・・」
「は?」
 このまま言ってしまおうかと思ったけど・・・
「お前、人の事からかって楽しんでるだろ?」
「うん」
 ほら、さらっと言われてしまうんだ。
「剛志、」
 俺は顔をあげた。
「僕は剛志の事好きだよ。だってすっごく良い奴だし・・・優しいし・・・だから頑張れよ、な?」
 ガバッ―零の身体を抱き寄せた。俺は耐えきれなくなってついに言ってしまった。
「ごめん、好きなんだ、零のことが・・・」
「ちょっ・・・え?だって・・・同じ学校で・・・え?同じクラス・・・だけど・・・その・・・あの・・・」
「零は男でも女でも良いって聞いちゃったから・・・アプローチしたんだ、ごめん。」
「そりゃ・・・どっちでも構わないけど・・・っておいっ、馬鹿、やめろってっ。」
 零の話をちっとも聞こうとせず、俺は零の身体を弄っていた。
「このまま・・・いい?」
「駄目だって。剛志は駄目っ。」
「どうして?」
「だって・・・友達でいたいから。」
「どうして?」
「皆そうなんだ、1回寝たらそれっきりなんだ、2度と帰ってこない・・・」
 零の声が湿っていた。
「皆・・・好きだって言ってくれて・・・ずっと一緒に居てくれるって言ったのに・・・誰もここにはいないだろ?」
 零の腕が俺の身体に回された。
「剛志はずっと友達でいてくれるんだろ?だったらこのままいつまでも一緒に居てよ・・・好きになんかならないで・・・好きになっちゃったら苦しくて・・・辛くて・・・逃げ出す事しか出来ない。」
「でも・・・好きだ、好きなんだ、一目惚れだったんだ、もう・・・止まらない。」
 唇を奪った、零は抗い続ける。
「嫌っ、剛志・・・あっ・・・」
 俺は抵抗する零を強引に組み敷いた。
「約束する、絶対に離れない。今まで通りこうしてここに来る。だから・・・1回で良いから・・・想いを遂げさせて。」
「絶対に嫌だ。」
 頑なに零は俺を拒んだ。
「どうして・・・俺じゃ恋人にはなれないのか?零のいちばん近くにいたい・・・」
「ごめん・・・まだ・・・心の整理がつかないんだ・・・」
 零の瞳から一滴の涙が・・・こぼれた。

『剛志・・・零に何した?』
 初から深夜に電話が来た。
『辞めたいって言って来たぞ。』
「ごめん・・・」
『何をしたんだ?』
「言えない・・・」
『零・・・泣いていた。』
「ごめん・・・」
『零に言えっ・・・たく・・・俺は許可しなかったから。』
「じゃあ・・・俺が辞める」
『それも却下だ。』
「でも・・・」
『兎に角、2人の問題は2人で解決してくれ。』
 一方的に切られた。
 俺は・・・これで諦めるのか?音楽活動も、零も?
「答えはNOだな・・・」
 自分に言い聞かせる。なんとしても両方手に入れる・・・絶対・・・。

「おはよう、零・・・夕べはごめん。でも俺・・・諦めないから。」
 真っ赤に充血した目をこちらに向けた。
「剛志が帰った後・・・先輩達が家に来た。」
 そう言って視線を逸らした。
「僕は・・・こんな男だよ。好きでなくても寝る。正しく言うとね、『好きな奴とは出来ない』ってことかな?好きな人には他に好きな人がいたり・・・ハードルが高かったり・・・だから剛志ともしない。好きだから、しない。」
「零・・・俺、他に好きな人なんていない。それに、友情の好きじゃないんだ・・・愛情を持っているんだ。一人の人間として零を・・・愛してる。」
「剛志・・・?」
「誰にでも公言できる、俺は零が好きだ・・・だから・・・考えて欲しい、真剣に。」
 しばらく間をおいて、コクン・・・と零が頷いた。
 後で初が「そういうことか・・・」と溜息混じりに呟いていた。

 零は1日だけ練習に顔を出さなかったが、その後は毎回ちゃんと来てくれた。部活の様に本当に毎日毎日、俺達は練習していた。ホンの少しだけ京輔のギターも上手くなったように思う。隆弘のドラムは流石・・・と唸らせる腕前だった。聞いたところ、彼は小学校1年のときからドラムを叩いているそうだ。父親が使っていたドラムセットをいじっていたのがきっかけで少しづつ興味を持っていって気付いたらはまっていたらしい。
「京輔は何時からギター弾いてるの?」
「えっと・・・5年前・・・かな?」
「そっかぁ・・・じゃあ仕方ないのかな?」
 零・・・それはキツイ。
「ごめん・・・歌いにくいんだ。もう少しテンポを考えてさぁ、こう優しくメロディーをね・・・」
 などと言っているのを京輔はじっと聞いている。
「あと5分多くさっき練習したフレーズを家で弾いてみてくれる?そうしたら絶対上手くなる。京輔、筋いいもん。」
 ニッコリと微笑んだ零に京輔が応える。
「頑張る・・・よ。」
 そして俺達は何も無かったかのように練習に没頭するようにしていた。俺が零に気持ちを告げてから1週間は零のマンションに行くのを遠慮していたが、練習の後、メンバー全員で行くようになったのでその後2人っきりになることは無かった。

 

 俺達が高校2年生の夏だった。今年こそ、文化祭のステージをゲットできれば・・・と思っていたところ、零に一喝された。
「僕達のデビューはライブハウスだ。」
 ライブハウス?だって・・・お金とるのか?
「そんなんでプロになる気だったの?」
 ふふんっ、と鼻で笑われた気がする。
「大丈夫だよ、この間のテープ、涼ちゃんに聴かせたら『自分等のアマチュア時代より全然いい』って言ってくれたから。涼ちゃんがプロデュースしてくれるって言ったけどそれじゃああまりにもおんぶに抱っこだからね、でもこのライブに涼ちゃんがいる事務所の人が来てくれる事になっているんだ、上手くいけばデビューだ。」
 でびゅー・・・は?デビューって・・・
「本当か?零」
「まかしとけって。そして学校から『是非演奏して欲しい』と言わせなきゃな。」
「・・・この学校芸能活動OKだったっけ?」
「知らない」
 そう言って零は笑った。
「そうだ、京輔、明日なんだけど僕の実家に一緒に行かないか?涼ちゃんが練習見てくれるって言うんだ。京輔のその癖を直しちゃおうよ、な?」
 零が一番積極的に俺達のバンド活動をやっているような気がするけど・・・どうなんだよ、初〜。

 寂しがり屋の癖に知人は多いんだ、零は。ライブハウスを埋め尽くしたのはその零の知り合いが70%くらいを占めていたと思う。あとの30%が零のファン、そして10%が俺達の知り合い関係・・・そうなんだよ、零にはファンがいるんだ、教室の回りにいつも女の子がたかっていて零が出てくるのを待っている。彼は日に日に輝いてくる、本当に輝きが増して行くってこういうことなんだって思い知らされる。全然他の人間とは違うんだよ、びっくりだな、本当に。そして俺の気持ちはどんどん零に傾いていく・・・。

「黒字だなぁ、やったね。」
 初と零は楽しそうに次のライブハウスの空き状況を調べている。それをちょっと離れた所で京輔が、見ていた。てつてつてつ・・・ゆっくりと2人の側まで歩いていく。
「ねぇ、また・・・ライブハウス・・・やるの?」
 笑顔のまま、初が京輔を見る。
「そうだよ、だってこのままじゃ零の親父さんに借金残したままになっちゃうからさ。京輔も頑張ってくれたじゃないか。すっごい良かったぜ。」
「うん・・・」
 このとき、誰も京輔の気持ちを解かってやれなかった、誰も思いやってやれなかったのだ。・・・つまり・・・本当の京輔を知っているのは、京輔だけだった。

 今まで週に2〜3回の練習だったのが、毎日の様にスタジオに集まる。ここの費用だって馬鹿にならないから、やっぱり次のライブを考えてしまう。
「次からはもっとオリジナルを増やそう。」
 初の提案。
「1人2曲、作ってくること。」
 翌日、京輔が何冊かのノートを持ってきた。
「この中から使えるのがあったら・・・」
 それは今まで京輔が書き溜めていた曲の譜面。
「それと・・・これは昨日作った。」
 ギターをケースから出して弾き始める。「詞は不得意なんだよなぁ・・・」と呟きながら、それでも何か口の中でブツブツと言っている。
「京輔〜」
 そう言って背中から抱きついたのは・・・零だった。
「すごいっ、すごいよぉ。こんなに作ってたんだ、流石だなぁ。」
 俺だって・・・と思ったけど、京輔ほど良いものが出来ているかどうか・・・自信が無い。
「僕が詞をつけてもいい?」
「うん、お願いしてもいいかな?」
「OK」
 俺は最近、他の連中に嫉妬している。気付いているよ、零、君は俺を無意識のうちに避けているだろう?そんなに嫌いか?そして初や京輔と必要以上に仲良くしようとしているだろう?この俺が1年以上も1人の人間に恋し続ける事自体凄いことなんだぜ、わかっているのかい?零君・・・
「剛志?どうした?」
 ふいに目の前に零がいた。
「ど・ど・ど・・・・どうもしないっ。」
 ・・・動揺してしまった。だって突然、いきなり・・・零の顔が目の前にあったら、俺じゃなくっても動揺・・・するよな?そんな俺の気持ちを完全に無視するように、零の唇が俺の耳に近づいてきた。
「今日、家来てよ、1人で・・・」

「何?」
 意地を張って、何でもない様に振舞う。こんなに好きなのに・・・
「駄目なんだ・・・どうしても忘れられなくて・・・ごめん。剛志のこと一生懸命考えたけど・・・忘れられない・・・あいつのこと、好きなんだ・・・どうしようもないくらい、好きなんだ。
 この1年、剛志が僕に何も言わないで友達として付き合ってくれていた事は嬉しかった、でも剛志の目が・・・僕のこと見ているだろ?いつも悪いな・・って思っちゃって。
 僕が忘れられないんだから剛志も忘れられないんじゃないかって思ったら・・・こうするのが1番良いんじゃないかって思って・・・。」
「好きな人がいても構わない、遊びだっていい、俺が・・・いつか好きにさせてやるから、な?とりあえず付き合ってみないか?」
 小さく、首を振る。
「1回だけ・・・にして欲しい。そうしないと後を引いてしまうから・・・」
 あぁ、零、君はそうやって自分の世界にバリアを張ってしまっていたんだね?
「1回だけなら、無い方が良い。」
「でも・・・」
「ん?寂しいのか?今夜は誰もいないからな・・・」
「違う・・・ただ・・・」
「ただ?」
「その・・・」
 俺は零が口を開くのをじっと待った。
「僕は・・・母が好きだった。」
 何だ?突然?
「剛志だから話すんだ、聞いて欲しい・・・」
 そして零が口にしたのは・・・信じられないことだった。
 父親が事故で記憶を失い、家族を捨てる様にして家を出ていったこと。しばらくして母親の様子がおかしくなった、零は何度も父親に家に戻って欲しいと懇願したが父親は困惑するばかりで首を縦に振ろうとしなかった・・・。
「僕にはどうしたら良いのかわからなかった。好きな人を守る方法がわからなかったんだ。抱きしめてあげることが守る事だと思っていた・・・なのに壊してしまった、バラバラに壊してしまった・・・僕があきらちゃんに聖を・・・聖を産ませた、張本人なんだ・・・」
「零・・・?」
「僕が誰かを守ろうなんて所詮無理だったんだ、涼ちゃんの代わりなんて出来るわけない・・・」
 零が壊れたように泣き出した。
「零・・・守れなかったんじゃないだろう?お前は守って欲しかったんじゃないのか?」
「違うっ、僕は・・・僕は守ってあげたいんだ、この手で・・・でも絶対にそんな事出来やしない、だってあきらちゃんの心には涼ちゃんしか住んでいない・・・あの瞳に映るものは涼ちゃんだけなんだ・・・僕は・・・どうしたらいい?結局、涼ちゃんに全て押し付けて逃げ出した。」
 俺は震える零の肩を抱きしめた。
「なぁ、もう1回考えてくれ。俺だったら零を必ず守ってやる、裏切ったりしない。」
 零は何かに縋りたかったんだろう?そう、信じて良いだろう?

 その夜、俺達はただ抱き合って眠った。零の細い身体を抱きしめて・・・。

 目が覚めると零は腕の中で安心した様に眠っていた。
 しかし、もう学校に行く時間なんだけど・・・まぁ、いいか。10分くらいそうして零の顔を見つめていただろうか?目覚し時計が鳴って零を叩き起こしてしまった。
「おはよ・・・」
 赤面した零が、微笑む。
「一緒に朝を迎えたのは・・・剛志がはじめてだ。」
「って俺達なーんにもしていないぜ」
「うん」
 俯いた顔が綺麗だった。
「剛志・・・夕べ話した事、誰にも言わないで欲しい・・・聖には知られたく無いから。聖は僕の弟として育っている、だから・・・弟のままでずっと接して行きたい。」
「聖ちゃん、いくつになったんだ?」
「3歳になった・・・可愛いんだ、とっても。涼ちゃんがとっても可愛がってくれて・・・だから僕は必要無いんだ・・・僕はこの世の中で誰にも必要とされていない人間なんだ。」
 寂しそうに笑った。
「馬鹿・・・俺がこんなにお前の事欲しているのに、どうしてそんなこと言うんだよ。それに・・・あいつらだって零のこと必要としてるぜ。」
「本当に?」
「あぁ」
 零が嬉しそうに笑っただけで、俺は幸せだった。

 

 俺は全面的に零にアタックする事に決めた。
 流石に学校でははばかれるので、練習の時とか零の家でとか、出来るだけ近くにいて声を掛けた。
「零・・・好きだよ。」
「なんだよ、気持ち悪いなぁ」
「零、いい加減に俺にしとけよ、叶わない恋なんて忘れちゃえ。」
「お互い様だろ。」
なんてやり取りを四六時中繰り返していた。初がうんざりした顔で「いい加減にしろ」って言うのもしょっちゅうだった。
 ある日、ふと不安になった俺は零に聞いてみた。
「零の好きな人って・・・どんな人?」
「前に教えたじゃないか。綺麗で可愛くって・・・でも折れそうなぐらい華奢でちっちゃくて・・・決して僕のものにはならない人・・・」
「それって・・・人妻?」
 言ってから『しまった』と思った、だって人妻だったら・・・それは零の母親以外いないだろう?
 しかし零は小さく首を振った。
「違うよ・・・きっと僕はその人のことを好きになる運命だったんだと思う。離れてみて気付いた。本当に大切だったのはあの子だったんだ・・・。」
 『あの子』ってことは・・・年下?だよな?でも年上でも使うか?う〜ん・・・
「年下だよ。」
 クスッと笑った。
 女・・・だよな、当然・・・でも俺は怖くて聞けなかった。

 高校3年の秋だった。文化祭まであと1ヶ月というときだった。
「剛志、零・・・どうしよう・・・」
 初がおろおろとしてやって来た。
「どうしたんだ?」
「京輔が・・・辞めるって言い出したんだ。引き止めたんだけどもうギターは全部処分したって言うんだ。」
「なんだって?」
 そう言って教室から飛び出して行ったのは零の方だった。うちの学校は2年になってクラス替えがありそのまま3年も同じクラスなんだ。で、初と京輔が3組、零と俺が5組だった。
「理由を聞かせて欲しいんだ。」
「理由なんて・・・零が一番知っているだろう?俺じゃ駄目だよ、いくら頑張っても上手くならない、俺より零が弾いた方が絶対良いに決まっている。」
「僕はもう5年以上まともに弾いてない。興味が無いんだ、それに才能だって無い。でも京輔は真面目にやっていたじゃないか、ギターなら僕のを貸すから、な?一緒にプロになろう?」
 零が必死に説得する。
「プロに・・・なれないんじゃない、なりたくないんだ・・・俺は大学行って普通で平凡なサラリーマンになるってずっと決めていたから・・・ごめん。」
 京輔は顔を上げなかった。そして2度と練習に現れなかった。

「振り出しに戻っちゃったな・・・」
 初が溜息を付く。
「今度はギターだぜ・・・」
 俺も溜息を付く。
「折角涼さんがOK出してくれたのに・・・」
 隆弘も呟く。
「うん・・・」
 力なく、零が頷く。
「参ったな・・・、涼ちゃんに相談するかな。」
「そうだなぁ・・・誰かいないかな、ちゃんと弾ける奴。」
「プロになるの止めようか?」
 零と俺と初がほぼ同時に全然別の内容を口にした。
「止めちゃうの?」
 隆弘が不服そうに口を尖らせる。
「折角月一のライブが上手く行っていたのに・・・もう少しやってみてから結論を出してもいいんじゃないかな?」
「そう・・・だな・・・でも、京輔を欠いたんじゃなぁ・・・」
 俺達の落胆は半端じゃなかった。

 1週間後の日曜日、零は久しぶりに父親に呼び出されて、練習を遅刻してきた。その横には小さな男の子が立っていた。
「涼ちゃんからね、陸だったらどうだって言われたんだ・・・で連れてきた。」
 あまり気が進まない・・・という口調で零は言った。
「あ、前に零がめちゃくちゃ上手いって誉めていた子?」
「・・・うん・・・」
 すると零に隠れる様に立っていた少年は俯いて益々隠れる様に身を縮ませた。
「ただ、見てもらえば解かるんだけど、引っ込み思案でね、役に立たないかもしれない・・・」
「大丈夫だよ、僕、ちゃんと頑張るから。」
 男の子にしてはかなり高音な声が形の良い唇から漏れた。
「野原陸です、宜しくお願いします。」
 零の後からちょこん、と飛び出してきて挨拶をすると再び零にぴったりくっついた。 俺はかなりむっとしながら陸を見ていた。
「とりあえず、音が聴きたい。」
 初の意見だった。
「そうだな、音が1番大事だな。」
 実の所、初も俺も、陸が弾けるなんて思っていなかったんだ。でもとりあえずギタリストがいないことにはライブが出来ない・・・ってことは資金源が無くなる・・・それに・・・零が絶賛する音を聴きたかった、ってことで・・・。
「はいっ。」
 返事はとっても元気だった。小さい背中に背負われていたギターケース。愛おしげにそれを降ろすと丁寧にケースを開ける。陸の指が奏でる音はとても優しかった。この子の性格だろうか・・・。
 弾き終えるとゆっくり瞳を閉じた。長い睫毛が影を落す。
「陸ちゃん・・・いくつ?」
「15」
 零が即答した。
「中学3年だよ。」
「受験は平気なのかな?」
「はい、うちエスカレーターだから、よっぽど成績が悪くなかったら大丈夫です。」
 にっこり微笑むと少年の顔が現れる。
「でもさ・・・」
 零が口をはさむ。
「陸の家がさ、門限があるんだ。で、練習は17:30までしか出られない。」
「ライブは?」
「その時は・・・僕が交渉する。」
「じゃあ・・・隆弘の時と一緒だ。『研修生』ということで頑張ってもらおうか?正式には高校生になったら・・・っていうことで・・・、な?文化祭は・・・零が弾いてくれるか?」
「そうだな、それが良いかもしれない・・・いいか?陸、それで。」
 無言で大きく頷く。
「ちゃんと声を出して言わなきゃ解からないだろ?」
「はい・・・ごめんなさい。」
 まるで子犬の様だ、零にとっても懐いている。
「じゃあ、練習を始めようか。」
 零が陸の背中をポンと押した。
「って陸ちゃん、弾けるのか?」
「陸は・・・天才だ。」
 零・・・
 その言葉は本当だった。陸は譜面を見ただけで全体の進行を全て把握した。5分もたたずに彼はずっとそこにいたような音を奏で始めた。

 ピピッ、ピピッ・・・
 突然電子音が鳴り響いた。
「ごめん、陸を送り届けてくる」
 零が慌てて陸を促し外へ飛び出した。
「過保護なんだな、陸の家」
 うちなんてずっとほっぽられっぱなしだ。
「でもさ・・・1番の過保護は零さんなんだ。俺何度か2人が一緒にいるところ見かけたけど、ずっと世話を焼きっぱなしなんだ。兄弟と言うより・・・恋人みたいだったよ。弟の夾が俺のいっこ下にいたんだけどさ、その弟より全然可愛がっているんだ。」
 恋人・・・?零・・・もしかして・・・?
 その日の夜、俺は素直に疑問に思ったことを聞いた。
「零・・・零の好きな人って・・・陸ちゃん?」
「そういう風に見えた?」
「うーん・・・いや、今日のところは飼い犬と飼い主だったよ。」
「じゃあ・・・ずっとそのままだよ。僕達は、幼なじみだから・・・」
 優しい笑顔だった、でもその笑顔は・・・陸に向けられていたのかもしれない。
「零・・・俺、お前の事諦めるわ。だからもうここにも1人では来な・・・」
「駄目、そんなこと言わないで。」
 そう言われて、「そうか?」って言おうとしたら・・・零の身体が俺の胸の中にあったんだ。
「剛志・・・忘れさせて・・・あの子のこと忘れさせて・・・お願いだ・・・」
 零?
「もう・・・全て忘れて新しい恋を見つけるって決めたから・・・だから・・・」
「好きなままでいいよ、気が付いたときには俺のこと好きだった・・・ってことになっているから。」
 零がそんな事言うから、薔薇のような笑顔を俺にくれたから・・・すっかり騙されてしまったんだ。『あの子』が誰を指しているのか・・・気付かなかったんだ。てっきり零の「好きな娘」だと思っていた。

 零の身体は華奢に見えたんだけど裸にしたら意外と筋肉が付いていたんだ。俺は夢中になってその肌に唇を這わせ、薔薇色の刻印を押していく。胸の小さな蕾を口に含むと、小さな喘ぎ声が漏れた。
「感じる?」
「・・・うん・・・」
 恥じらいを含んだ返事が戻ってきた。零の身体の中央部分に視線を移す。それは俺を待っていてくれたかのように、確実に充血していた。まず先端の割れ目に沿って舌を差し込む。
「あっ」
 次にくびれ部分までを口に含み軽く吸ってみる。
「ふあっ・・・」
 右手で茎の部分をしごいてみる。
「あぁ、駄目・・・剛志・・・うぅ・・・」
 左手で零の右足を自分の肩に乗せ、菊の花びらにそっと触れてみる。ピクッ・・・と身体が震えた。
「つよ・・・し・・そこの引出しに・・・潤滑剤と・・・あ・・・コンドーム・・・あん・・・入って・・・ああんっ。」
 わざと攻撃の手を弛めなかった。だって喘ぐ零は綺麗だったから。零の先端から零れ出た物を舌ですくう。右手のピッチをあげてみる。左手で引出しの中を探り目的の物を見つけた。口腔で全てを犯す。
「嫌・・・駄目・・・駄目・・・あ・・・あぅ・・・」
 零が両手で俺の身体を引き剥がそうとする、そんなことさせるものか、俺は全て飲み下してやるから、いいよ、このままで。
「もう・・・我慢・・・限界・・・イッちゃう」
 言うと同時に放たれた性を俺は必死で飲み下した。はっきり言って人のものを飲んだのは初めてだ。フェラをしても出す時はゴムを着けさせていたから。でも零のはどうしても飲んでしまいたかった。
 ビクッ、ビクッ・・・と身体を震わせた後、ぐったりとしている零を抱きしめ、唇を合わせた。
「ヘンな味・・・」
 照れ笑いをする。そんな顔も好きだ。
 突然零が起き上がり・・・「仕返しだ」と言われ咥えられてしまった。当然・・・俺はあっさりとイッてしまった・・・。

 ゼーゼーと喘ぎながらそれでも俺はすぐに復活して、右手の人差し指に潤滑剤を取った。
「いい?」
と聞くと
「聞くな・・・よ」
と返ってきた。
「じゃあ・・・遠慮無く」
「遠慮しろ」
 花弁を一枚一枚数える様に指でなぞる。ゆっくりと指を1本、挿入した。案外あっさりと迎え入れられた、特に抵抗も無く・・・。思いきってもう1本、中指を添えて入れてみる。腰を少し浮かせて潤んだ瞳がこちらを見ていた。
「痛い?」
「ううん、大丈夫・・・でも・・・」
「ん?」
「早く・・・動かして」
「せっかちだな」
「じらさないで」
 零の腰が早く早くと手招きする様に捩る。俺は思いっきり奥まで指を指しこんだ。
「こっちか?それとも・・・」
「あっ、そこっ・・・いいっ」
 腰をガクガクと震わせる。俺は指を抜き差しする。
「駄目・・・駄目だよ・・・入れてっ、早くっ」
 入れて・・・って・・・零って淫乱だったのか?慌てて俺はコンドームの封を切り自分に被せた。そして・・・

 俺はたった1回の行為でもう骨抜き状態だった。

「剛志、朝だよ、学校休むの?ねぇ?」
「ん・・・もう1回・・・」
「えっち・・・」
「零・・・好き・・・」
「うん・・・僕も・・・」
 ガバッ・・・俺は飛び起きた。
「もう1回ちゃんと言って。」
「剛志のことが好きだよ。」
 思いっきり零のことを抱きしめた。
「零は俺のものだ」

 俺はもうホクホクで毎日を過ごしていた。3日と開けず零のことを抱いていたので、零の身体はすっかり俺仕様になっていったし(ちょっとそれはかなり恥ずかしい発言?)音楽活動の方も順調だった。
 ただ・・・零が毎回毎回、陸のことを送り届けるのが気に入らなかった。子供だから仕方ないかな・・・って寛大な気持ちを持てるようになるのに1ヶ月以上掛かった。
 陸に嫉妬して零が失神するまで抱いた事もあった。それでも零は俺に微笑んでくれたから完全に俺はいい気になっていた。
『剛志が初めてなんだ・・・恋人になってくれたのは。いつもワンナイト・ラブばっかりだったから・・・』なんて嬉しい言葉をもらってからは完全に舞い上がっていた。
 零の全ては俺のものだって信じていた・・・。
 京輔とは音楽活動では全く離れてしまったけれど学校では相変わらず一緒につるんでいたりする。
 1ヶ月後、ちょっと・・・いや、かなり早まったけれど陸は正式に俺達のバンド仲間になった。
 何故なら、涼さんから年明けにデビューという話がもたらされ、俺達はどうしてもギターリストを決めたかったからだった。
 そういえば夏休み、零が慌てる様に車の免許を取りに行くと言ったのはこういうわけか、デビューしたら忙しくなるものな。陸の練習時間が終ってからと夏休みの期間を使って初と3人で所得した。
 デビュー曲は自分たちの曲で・・・ということになったので5人で頭を付き合せて、零のマンションで合宿のようにして何曲か書き上げた。
 でも零が一言、『京輔の曲を使いたい』と言った。全員一致でそれが決まったのは言うまでもない。
 デビュー曲はバラードだった。残念ながらそんなに売れなかったけれどね。

 2枚目のシングルは、俺達の卒業式に発表された。作曲したのは・・・陸だった。

 実は在学中は学校にばれるとまずいから宣伝活動は一切しなかった。ポスターにも写真は使わなかったし、当然名前も伏せていた。
 バンド名は今まで使っていたものではなく、新しく『ACTIVE』とした。
 陸の学校は芸能活動は全然OKなので作曲者名にちゃんと名前が出ていたけれどそれ以外は全て秘密・・・。
 しかし・・・この2枚目のシングルが何のタイアップも無く、ポスターも無く、ただCDショップに陳列されていただけだったのに・・・売れちゃったんだ。
 どうやら涼さんの力らしい・・・と零は言っていたけれど、俺は違うと思う。
 世の中の人が零の声に心魅かれたからだ。そして認めたくないけれど陸が出す音は切なくって優しくって・・・誰かに語りかけるような音を出すんだ。
 ボーカルとギターが語り合っているようだ・・・違う、きっと俺が今思っていることは当たっていると思う・・・でも恐くて言い出せない。

 だって・・・俺は零を手放せない・・・誰にも渡したくない・・・。

 事務所の社長とレコード会社の担当、そして涼さんが必死で高校の校長を説得して隆弘の芸能活動を承認させた。
 いよいよ俺達の『ACTIVE』は本格的に始動した。
 あっという間に俺達にはファンの子達が取り巻いていた。
 相変わらず零は陸のことばかり気に掛けている。
 仕事が忙しくって零のマンションに行く回数が減っていることに俺は苛立っていた。
「一緒に暮らしたい。」
 俺は思いきって零にそう言ってみた。
「陸が一人立ちしたら・・・それまで待って・・・」
 その言葉を俺は信じた。陸が一人立ち・・・っていつのことだかわからないけど、零が納得するまで、零の抱いている気持ちに整理がつくまで・・・。
 二人とも恋しているのに、あんなに求め合っているのに・・・気付かないのだろうか?どちらも言い出せないまま、時間を過ごしている…気付かないで欲しい、気付いてしまったら俺の零の心の中の居場所はあっさり無くなってしまう。
 いけないと思いながらも俺のファンだと言ってくれる女の子とはほとんど関係を持った。零のファンは『ただ見ているだけ』っていう子が多かったけれど俺のファンだって言ってくれる子は口説かれるのを待っているんだ。・・・って遊んでいる様に見えるのかな?零を好きになるまでは大抵女の子を好きになっていた。だから女の子と寝るのは抵抗が無い。それでも零と共に過ごせない夜が増えれば増えるほど恋しくなる・・・。

「零・・・」
 零に黙って久しぶりにマンションに足を向けたのに、零は駐車場の車の中で俺の知らない男と抱き合っていた・・・。

「あいつは誰なんだ?」
「剛志だって女の子と上手くやってるくせに・・・」
「だから一緒に暮らそうって言ったじゃないか。」
 そういうと唇を噛んで俯く。
「俺のこと嫌いになったのか?」
「違う」
 瞳に力がこもっていたからそれは事実なのだろう・・・しかし・・・。
「・・・寂しかったんだ・・・でも剛志に頼ってばっかりはいられないから・・・ううん、これは僕が乗り越えなければいけないんだ。だから剛志には迷惑かけたくない。」
 零・・・俺達、『恋人』じゃないのか?俺はてっきりそうだと思っていた。
「まだ・・・好きなのか?」
 陸のこと、そんなに好きなのか?じゃあどうして言わないんだ?
「もう・・・あの子のことは大丈夫だよ。」
 寂しそうな笑みが浮かんだ。
「そっか・・・」

 気になった、どうしてあの二人が気持ちを打ち明けないのか・・・。
 その答えは案外あっさり分った。零の家の前に立った瞬間、分ってしまった。陸の母親が誰なのか、一目瞭然だ。
 そして『過保護な』父親が誰かも分ってしまった、どうして過保護なのかも。
 あの二人は異父兄弟なんだ、だって涼さんの腕の中で微笑んでいる女性――多分母親だろう――は陸とそっくりな可愛らしい女性だった。
 隣の家といえば『野原裕二』が自宅兼事務所に使っているらしい、小さく個人事務所名が書かれたプレートが掛かっていた。俺の母親が野原裕二のファンで『裕二のこと振った女ってどんな女なんだろう?』ってワイドショーを見ながら叫んでいたことを思い出した。
 前に零が言っていた『母親が好きだった』という言葉が浮かんだ。
 零は母親に陸を重ねていたのか?それとも陸に母親を重ねているのだろうか?

 零に一緒に暮らそうと言ったものの、俺があいつのマンションに転がり込むつもりだった。だけどそれじゃ駄目だ、俺が独立してあいつを迎え入れてあげなければ、零は決して吹っ切れないだろう・・・。
 その日から俺は貰った給料は必要経費以外殆ど手をつけずに貯金した。遊びも止めた。一刻も早く零を迎えに行きたかったから。

 

 晩秋・・・俺達はホールコンサートを開けるほどになっていた。

「零、顔色が悪いぞ。」
「そっか?最近食欲が無いからな。」
「ちゃんと食ってないのか?」
「大丈夫だよ、コンサート、失敗なんて出来ないからな、無理矢理食べている。」
 コンサート会場の控室でぐったりとしている零を放っておけなくって声を掛けた。するとゼーゼーと息を切らせて陸が飛び込んできた。
 俺は抱きしめようとしていた腕を思わず引っ込めていた――今思えばこの時が零を繋ぎとめる最後のチャンスだったかも知れない――
「零ちゃん、コレ・・・」
 陸が差し出したのはゼリー状になった栄養補助食品。
「隣りのコンビニには無くって、ちょっと先まで走っていってきた。」
「おいおい、陸、お前何しているか分かってんのかよ、そう言うことは林さんに頼めって言っておいただろう?」
 陸は愛想が悪いので表立ったファンがいないけど、隠れファンがいるんだよ、なのにそんな自分から外に飛び出すなんて無謀過ぎる。
「でも零ちゃんご飯食べてないみたいだったから・・・」
「って零食ってるって言ったぜ、なぁ?」
 零は俯いた。
「食べてないよ、零ちゃん。」
 陸は断言する。
「声に艶がないし・・・。そんな声でお客さんの前に立つつもりなら考え直したほうがいいよ。」
「ごめん・・・」
 陸?
「剛志君、零ちゃんのことお願いね、僕まだリハの最中だから。」
 嘘つけ、さっき終ったじゃないか。でもそうやって陸も零のことばかり考えているんだ・・・馬鹿馬鹿しい・・・。
 あとで陸に言われた、『零ちゃん、僕のこと怒っているみたいなんだ・・・ちゃんと音が出せないからかな?』って陸の音のどこに零は不満なんだ?

 その日、コンサート終了後は零と連絡が取れなかった。

 翌日・・・俺の恋は、終わった。
『ごめん・・・例の話、無かったことにして欲しい。』
『例のって同棲のことか?』
『うん』
『ついに嫌われたか?』
『だから・・・剛志のことは好きだよ・・・でも・・・』
『好きな人と上手くいったのか?』
 瞬間、零の顔が真っ赤に染まった。

 

 

「剛志、聞いてくれよ・・・」
 零が幸せそうに夕べの出来事を語る。
「正装した陸・・・綺麗だった。」
 最後にはのろけだ。
「剛志だってあんな陸見たら絶対惚れちゃうって。」
 俺が惚れているのはお前だよ。
「んーっ、結婚式延期して良かった。誰にもあんな陸見せたくない。」
 頬を染め瞳をキラキラと輝かせている。
「零・・・良かったな。」
「うん」
 子供のような笑顔だ。

 零と別れて2年近く、今でも俺は零が好きだ。
 でも幸せそうに微笑む零を見ているほうがもっと好きだ。

 しかし零は本当に陸が好きなんだなぁ・・・別れて以来、1度も夢にさえ現れない。夢でもいいから、もう1度だけ君を抱きしめたい・・・って思っていたら背後から陸が切羽詰った表情でやって来た。
 まったく・・・いつになったらお前等は二人だけで解決できるようになるんだっ。
 さてと・・・俺も恋人の待つ部屋に帰るとするか。

<夢でもいいから〜剛志君の片想い〜>END