| 「夾。」朝、なかなか起きてこない弟をわざわざ部屋まで押し掛けてたたき起こす。
 「ねぇ、起きてよ。相談があるのよ。」
 色々調べてみたけど私には手に負えないことが分かっただけだった。
 「ねぇってば。」
 ベッドの中から目だけを出して眠そうにしている。
 「なんだよーぉ。昨日遅かったんだぞ。もうすぐ試験だし、寝かせてよ。」
 ちょっと支離滅裂なことを言っているが、無視。
 「ねぇ、一時間でいいんだけど、何をされても起きない方法を教えてよ。」
 「・・・ない。」
 そう言って布団をかぶってしまった。
 私は急いでそれを剥ぐ。
 「ちょっと、まじめに聞いてよ。」
 「睡眠薬が欲しいのか?そんなの俺が手に入れられる訳ないだろ。」
 「睡眠薬はいや。」
 思い切り否定する。
 「あのさ、マジシャンに相談したら?付き合いきれない。」
 再び布団を被ってしまう。
 「真面目に聞いてよ、私真剣なんだから。」
 「そんなこと言われたってさ」
 渋々ベッドから這い出てきた。
 「薬がだめなら催眠術でも使うしかないと思うよ。あとは針とかあるけど感づかれたくないんだろ?…相手は陸だろ?」
 ビクッ…自然と身体が反応する。
 「気付かれずに何する気?内容によっては協力するけど。」
 夾はまだ知らない、陸が父親の違う弟だってこと。
 「・・・陸が好きなの。だから。」
 言ってしまったら後に引けなくなる気がする。
 「待って。実紅はいいかもしれないけど、陸が知ったら苦しむよ。あの子はそういう子だろ?駄目だよ、賛成出来ない。」
 口にする前に夾には分かったらしい。
 「それでも、欲しいの。だから裕二さんと結婚するの。」
 ベッドから転がり落ちながら、
 「本気、なの?」
 と、問う。
 「うん」
 「そっか・・・じゃあ調べてみる。」
 「ありがとう、忙しいのにごめんね。」
 口元に笑みを浮かべて
 「実紅がそんなにしてまで手に入れたいものがあったなんて知らなかったよ。いつだって家族の犠牲になってて、自分のものだって手放してしまうほどだったのに。そういえば実紅は陸のことだけは
 譲らなかったなぁ。まさか零がさらって行くとは思わなかったな。…ってさ、陸はオカマなのか?だったら、その…難しくないか?」
 難しいって、何が?
 
 
 知らなかったよ、オカマって男の子とは違うんだ。だったら無理なのかな?
 「おい、聞いてるのか?」
 陸のことばかり考えていて、デート中だったこと忘れてた。
 「ごめんね、ぼーっとしてた。」
 「いつものことだろ。」
 そう言って彼は笑う。
 「あのね、聞きたいことがあるの。」
 ちょっと甘ったるい声で言う。
 「・・・陸のことか?」
 首を縦に振る。
 「実紅が俺に聞くことは陸のことしかないからな。」
 自分で言い出して、親の顔に戻る。
 裕二さんは陸の話をしている時が一番嬉しそう。
 「陸の初恋っていつ?誰?」
 ――しばらくの沈黙の後、首を傾げた。
 「いつだろう?知らないな。聞いたことない。・・・今か?だったら零くんか?」
 そっか、やっぱりね。
 小さく溜め息。
 「ってことは陸は女の子に興味ないんだ。」
 「それは・・・」
 何か言いかけて、止めた。
 「何?」
 わざと先を催促する。
 「ん・・・。実はさ・・・。」
 裕二の口からは更に追い討ちを掛ける言葉が発せられた。
 
 
 「実紅、方法がわかった。」
 その晩遅くに夾が部屋まで来た。
 「ありがとう。」
 お礼の言葉を言ったが笑顔は作れなかった。
 「元気ないな、どうした?」
 とたんに緊張の糸が切れ、涙が溢れた。
 「うん・・・。せっかく夾が調べてくれたけど、無駄かもしれない。陸の初めてって、裕二さんなんだって。」
 「何?それ。」
 呆れ顔で問い返す。
 「あのね・・・」
 私は裕二さんの秘密を話した。
 ママでなければ女の人は反応しないこと、だけど陸は違ったこと。
 「前からへんだな、とは思っていたけどそうか、あの人そんな癖があったんだ。」
 「癖?」
 「だろ?病気じゃ、ない。」
 「そうなんだ。」
 私は素直に頷いた。
 「だけど実紅とは出来るんだろ?」
 私は黙って頷いた。
 「だったらいいじゃん。で?俺のネタは聞く?」
 うーん・・・と、大きく考え込んでみたけどやっぱり知りたい。
 「聞く。」
 「よし、分割でいいよ。」
 「え?お金とるの?」
 「諸費用がかかる。」
 「かかる?」
 「うん。」
 「薬は駄目よ、子供に影響するから。」
 「姉弟だもん、どっちにしたって影響はあるだろ。」
 ぽつり、平然と言ってのけたので夾のことだと思った、でも途中で気付いた。
 「何で知ってるの?」
 「やっぱり、知っていたのか。」
 私は慌てて両手で口を押さえたけどそんなことしたって無駄なことは知っていた。
 「零と、陸の会話がへんだな・・・って思って。パパに聞いた。」
 「泣いたよ、私。一杯いっぱい泣いたよ。私が駄目で零が良い理由も考えた。それでも諦められない、二人が抱き合ってキスしてるのも見ちゃったのに、それでも好き。裕二さんが抱き締めてくれても、
 やっぱり違うしね。」
 「俺さ、ママの気持ちがわからないんだ。パパが事故にあって記憶がなくなる前のことだろ?なのに裕二さんの子供を産むなんて、へんだよ。実紅ならわかるのかな?零とセックスするような男の子供、
 欲しいのか?実紅のこと、抱いたのかどうかも分からないままでもいいのか?愛されたい・・・って思わないのか?」
 「だって、無理だもん、陸は零しか見ていないもん。裕二さんが陸の話をするときと同じだもん。私は幼なじみでも無い、姉でも無い、零の妹。小姑だもん。」
 「待てばいいだろ?振り向くまで。・・・無理か?」
 陸は弟だもの、いくら待っても望みはない。
 「いいの、裕二さんは陸の子供が見たいし、私は産みたい。だから利害は一致しているの。」
 とたんに夾の大きな瞳が更に大きく見開かれた。
 「利害・・・って、裕二さん、知っているのか?」
 「ううん、知らない。でもいずればれたときにそう言うつもりだから。」
 安心したような怒っているような複雑な表情で私を見る。
 「わかったよ、教えてやるよ。」
 大きくひとつ、溜め息をついた。
 
 
 「嘘だよ。」
 私の目の前に、大好きな人が真剣な表情で立ちすくんでいる。
 「そうだったらいいな、っていつも思っているから、言ってみただけ。ごめんね、迷惑かけて。大体、いつ陸が私とセックスしたの?覚えているの?私は知らないもの。」
 声に出すことは無かったけれど、陸の表情が和らいで、安堵の色が濃くなる。
 先日の流産騒ぎで私はずっとベッドの上。そこに陸が訊ねてきたのだ。
 本当は大きな声で言いたい、
 「拓は陸の子だよ。私は卑怯な手を使って陸とセックスしたの。そして妊娠したんだよ、だから事実だよ。」
 って。
 だけどね、裕二さんが私を見てくれるようになったの。
 私を通してママを見たり陸を見たりしなくなった。
 私も、裕二さんの中に陸を探したりしなくなったの。
 拓は大事な宝物、そして今芽生えた命も。
 いつか話す日が来るとしても、今じゃない。
 陸より先に裕二さんに話そう。
 謝って、なんとしても納得してもらうの。
 今はあなただけ。好きなのはあなただけ。
 
 
 「陸…」
 私は声を掛ける。
 だけどやっぱり陸には聞こえない。
   <好きなのはあなただけ>END |