星の花束を抱いて番外6
「行ってきます」
 玄関先から声を掛けるとリビングから僕の大好きな人の声が返ってきた。
「いってらっしゃい」
 仕切り扉が開いて中からとびっきりの笑顔で見送ってくれる。
「零、聖の入学式に間に合わないよ」
 零くんの名を呼ぶときはなんとも言えないくらい艶っぽい。
「零くん、僕先に行くよ。」
 零くんに声を掛け、玄関を出ようとノブに手を掛けたときだった。
ピンポン
 短く鳴らされたインターホン。
「パパだ」
 僕にはインターホンの鳴らし方で誰だか大体わかる。
「零、無理しなくていいんだからな。」
 パパは僕より零くんが可愛くて仕方がないらしい。
「いや、今回は僕が行くって聖と約束したから行くよ。」
 珍しく零くんは僕との約束を守ろうとしている。
「二十歳までは僕の責任で聖を守る。」
 パパが断固として言い張る。
「零くん、ありがとう。」
 零くんはうつむいて謝る。
「ごめん」
 僕は零くんの子供で嫌だと思ったことはない。
 大好きな人と暮らすことができたのも零くんのお陰だ。
「聖」
 心配そうに僕を見つめる。
「行ってきます」
 もう一度、声を掛けた。
「気を付けて」
 扉を、閉めた。


「聖は零の方が良かったかな?」
「ううん。パパでも零くんでもみんなの注目を集めるのは同じだからさ、どっちでも同じだよ。」
 冷めた口調で言うとパパは寂しそうに溜め息をついた。
「聖は好きな人、いるのか?」
「いるよ」
 僕が好きな人はずっとずっと野原 陸…。
「その人が聖を愛してくれて結ばれて…なのに聖以外の人とも愛し合ったら、許せるのかな…」
 それはママのことだよね。
「パパは許しているんでしょ?」
「うん。だから聖が僕の子供だと今でも信じている。」
 認められないんだ。
「僕が好きな人は陸だよ。」
「そうか。」
 その口調は気付いていたというニュアンスだ。
「聖も零と同じか…」
 多分、違う。
「実紅ちゃんも陸が好きだったんだよ。」
「陸はそのへんの女の子より綺麗だもんな」
 パパには陸が、本当の陸が見えていないんだね。
「陸は僕にとっては憧れの男の子だよ。女の子っぽいところなんてないもん。陸だからみんな惹かれるんだ、陸の人柄に惹かれるんだ。」
 陸なら、きっと僕が頼めば零くんとの昔の約束を黙って叶えてくれる。
 だけど僕は零くんを忘れて全て僕のものになってくれないなら陸はいらない。そしてその希望は欠片もない。
「大丈夫、高校で素敵な恋人をつくるから。」
 パパが優しく笑う。
「ママが風邪ひいてくれてて良かった。入学式ママだけは来て欲しくなかったんだ」
「残念がっていたけどな。」
 ママは僕をパパに似ていると言う。
 陸は零に似ていると言う。
 僕には二人の父親がフィルターになっていて誰も「加月聖」という僕を見てはくれない…。


「加月涼となんか関係があるの?」
 入学式の後、クラス毎に分かれて教室に入った途端となりの席の人に言われた。
「父親」
 いつも同様のやりとりを繰り返しているから特に気にしていなかった。
「じゃああれだ、昔ACTIVEのポスターに出てた『零に良く似たなぞの美少年』ってやっぱりお前だったんだ。」
 美少年?やっぱり?今までにない反応だった。
「零と陸がこの近所にいるらしいことは知っていたんだ。でも弟がいたなんて知らなかったよ。偶然似ているのかと思った。何度かお前のこと見掛けたことがあってさ、女の子かと思ったよ。ちゃんと
男だったんだな。って聖って呼んでいいか?俺は正克(まさかつ)でいいよ。」
 家族以外から名前を呼び捨てにされたことはなかったから少し戸惑ったけれど受け入れた。
 正克が芸能オタクなのは姉貴が零くんのファンらしい。僕が写っているポスターも未だに貼ってあるなんて筋金入りだ。
「聖はやっぱり芸能人になるのか?」
「ずっとギターはやってるけど僕は他にやりたいことがあるんだ」
 余計なことは話せない、家に連れていくこともしない、浅い付き合いをいつも心がける。
 二人に迷惑を掛けたくない。それだけ。


「良かった。今度連れておいでよ、食事くらい作ってあげよう。スケジュールの空いている日にしてね。」
 陸は呑気だ。
「あいつの姉貴が零くんのファンだからまた面倒なことになるよ。」
「だって、聖の友達だろう?」
 当然と言う顔で問う。
「聖が肩身の狭い思いをするのは嫌なんだ。だからみんなと同じにしていいんだからね。」
 それは、ムリ。
「僕とか零に気を遣わなくていいからさ、あやちゃんみたいに…」
バンッ
 気付いたら僕はリビングのテーブルに両手を着いて立っていた。
「ごめ…ん、何でもない…」
 あやちゃんはずっと僕の味方で僕を好きでいてくれると信じていた。だけどあっけなく大学で彼氏を見付けて結婚しちゃった。
「聖、友達ちゃんといる?僕にはいなかったから気になるんだ。」
「友達なんていらない、僕には陸がいてくれればなにもいらない。」
 陸の目を見る。
 視線はそらさなかった。
「聖を、一番に愛してくれる人をみつけようよ、ね?」
 また、はぐらかされた。
「零くんが死んでも、ダメ?」
こくん
 首を縦に振る。
「僕の一番は零だから。」
 必ず、誰にでも一番がいると教えられてきたけれど、本当に信じていいのだろうか?


「夾ちゃんの一番は誰?」
 最近はよく夾ちゃんの部屋に転がり込む。
「聖…なんちゃって」
 一瞬、ドキッとした。
「夾ちゃん僕とセックス出来る?」
「出来ない。そこまで不自由していない」
 ふふん
と、鼻で笑われた。
「聖は赤い糸って知ってる?」
「赤い糸?」
 どうして急に裁縫の話しになるのかな?
「誰でも小指の先に赤い糸が結ばれていてその先は運命の人と繋がっているってヤツ」
「知らない」
「陸ちゃんはもっとロマンチストかと思ったけどそうでもないんだな。つまり一番愛してくれる人は赤い糸で結ばれているってこと。」
 赤い糸か…。
「夾ちゃんの糸は切れちゃったの?」
「ん〜多分物凄く長くてたぐり寄せるのが大変なんだよ」
 僕は早く逢いたい。
「僕の先にいる人は女の子かな?男の子かな?なんかワクワクしてきたよ!」
「ん〜…まぁ、いいか。」
 運命の赤い糸かぁ〜。



「知ってるよ。」
 都竹くんは当たり前と言う風に表情ひとつ変えないで答えた。
「大学病院の先生は意外に非科学的なことをいうんだな、赤い糸なんて。」
 しまった。聞く相手を間違えた。
「運命って決っているもんだって言う学者と自分で変えていく物だと言う学者がいる。しかしそうなると赤い糸はどう説明するんだろうな?俺は後者を選ぶ。」
 僕は都竹くんの目をじっと見つめた。
「俺の赤い糸は自分で結ぶ」
「かっこいい!」
 一瞬、動きかけた腕が宙に浮いた。
「都竹くんの赤い糸の先は見付けた?」
 にやり、と意味深な笑み。
 すると
ガバッ
と、抱き寄せられた。
「好きなんだ…夾さんに、会いたい…」
 おいっ!



 はぁ〜
 赤い糸…運命の人…
 どこにいるんだろう…
「聖ちゃん」
 背後から不気味な声。
「プロデューサーがどうしてもって言うんだ」
何年経っても家に出入りしている斉木くんが何か仕事を入れたらしい。
「僕は反対!」
 何故か陸は怒っている。
 陸は最近、怒ってばっかりいて眉間に皺が寄ってきたんだよね。心配だよ…。
「聖の主演ドラマなんて絶対食べられちゃうんだから!反対!」



「食べられるってやぎ?あかずきん?ねぇ?」
「もうっ。聖はせっかちなんだからぁ」
「ねぇ、僕の恋人はいつ出てくるの?」
「おもいっきりえっちな可愛い男の子と濃厚なからみがあるのよ!」
「可愛い男の子なんてやだぁ〜ママぁ〜僕主役やめるぅ〜つまんないよぉ〜」
「ええっ!ここまで書いたのに…そうだ、ねぇ聖、陸との約束って何?」
「教えてあげないっ、あやちゃんと遊びに行って来るぅ〜」
「ちょっと待ってよっ、ボーイズラブ小説大賞の締め切りが近いのにぃっ」
 聖の赤い糸の先はどこに続いているのか、まだまだ分からない。



                                                                                                                 <高校聖物語>END