星の花束を抱いて番外7
〜十周年スペシャル〜
都竹くんのお話
 どうも、お初にお目にかかります。
 私、野原陸のマネージャー…と言えばかっこよく聞こえますが雑用係です、要するに…の、都竹 隼と申します。
 え?ご存知?陸さんから聞いてる?罵詈雑言の…ヘタレ?でもセカンドネームは知らない…失礼な!
 マネージャーは雑用係ですからね、毎日忙しいんです。だからついつい愚痴を陸さんに言ってしまうだけで決してヘタレではなく…って言い訳がましいですね。
 今回は星の花束を抱いて、連載十周年を記念してスペシャルバージョンでお届けさせていただきます。ごゆっくりとお楽しみ下さい。
 あ、進行は僭越ながら小生が務めさせていただきます。



「都竹くん、何ぶつぶつ独り言言ってたの?」
 陸さんは早速私に突っ込みです…はっ!違います、ボケと突っ込みの突っ込みです、タチとネコの突っ込みではありません。だいたい私は陸さんとそんな関係ではありませんから、はい…と
言うか、零さん怖くて冗談でも言えません。
「いえ、十年も陸さんの独り言に付き合って下さった皆さんにご挨拶をと思いまして。」
 陸さんは怪訝な顔です。
「初ちゃんがいないんだけど見かけなかった?」
 簡単にスルーされました。
「いえ、見かけませんでした。」
「即答だね…」
 不信な顔つきです…心外です。
「今日、現場に着いてからトイレの個室以外にいつ僕が陸さんから離れました?」
「ん?さっき斉木くんと話してたじゃない」
「でも目は離していません!そんなことしたら零さんに叱られます。」
 すると陸さんは大きくわかりやすいため息をついた。
「零はまだ都竹くんに監視係をやらせていたんだね、ごめんね。」
 陸さんがごめんねと謝るときは裏があります。最近斉木先輩から教わりました。
「いえ、好きでやっていますから平気です。」
 すると途端に嬉しそうに笑うんです。
「零に頼まれたからなんだよね?」
「そうです」
 そう言うともの凄く喜んでくれるんです、何故か。
「都竹くんは零のどこが好き?」
「声です。」
 自分でもなんて無難な答えだろうと感心します。
「あの声で耳元に囁かれたら誰でもイッちゃうよねぇ」
「陸さんだけです」
 途端に悔しそうな表情です。
「斉木くんでしょ?絶対そうだ!」
 陸さんは何がしたいのでしょうか?
「陸さん、僕の零さんに対する好きは陸さんとは違うと思います。零さんみたいな人間になりたいという憧れであり目標です。」
 すると再び、陸さんは不敵に笑うのです。
「斉木くんも同じこと言ってたよ。」
 …
 …
 …
「はいはい…」
「やだぁ、都竹くんが遊んでくれない〜」
 僕はどうやら遊ばれていたようです。
「皆さん音合わせしてますけどいいんですか?」
「そうだねー」
 やっと重い腰を上げてくれました。
 言い遅れましたが今日は横浜スポーツ会館…収容人数三万人…のライブです。
 ちなみに開演3時間前の一番緊迫した時です。



「陸!音くれないか?」
 案の定、ステージへ行くと初さんが少しイラつきながらウロウロしていました。
「はーい。ちょっと待っててね。」
 しかし陸さんは一分と待たせずにギターをセットすると音を出し始めました。
「ごめんなさーい、チューニングがおかしいや。」
「そうか〜?」
 初さんが不思議そうな表情です。
「うん。一分待って。」
 騒音の中、陸さんは弦を二〜三回弾いて音を調整するとOKを出したんです。陸さんは絶対音感とやらがあるらしいのです、耳で音程が分かるっていう特技です。
 零さんは満足気に陸さんを見つめています。前に零さんが「陸は努力家だけど天才だから天下無敵なんだ」と言っていたことを思い出しました。
 零さんもですが、陸さんも楽器はオールマイティーでひとりACTIVEも可能です。でもやっぱりギターが一番なんです。テクニックを言ったら沢山、上手いミュージシャンはいますけど、陸さんは
ギターに愛されているって感じです。
 残念ながら片思いですが…。



リハーサルが終わり、陸さんは零さんに連れられてどこかへ行ってしまいました、ピンチです。
 常に側にいないといけないのに。
 でも、連れ出したのは零さんだからいいのかな?
 とりあえず探してみます。
「あ…ダ…」
 廊下の先から声がします。不気味な雰囲気が漂っています。
「あぁっ!零っ」
 …あのー、場所を考えてください。
「静かにしないと気付かれるから」
 遅いです。
 …
 …
「ニャー」
 にゃあ?
「捕まえたっ」
 ジタバタ暴れる音がします。
「可愛いー」
「うちはみかんがいるから飼えないからな」
 みかんとは…ご存知ですよね?二人の同居人、聖くんの飼い犬です。
 ごそごそと奥から出てきた二人は零さんの腕に抱かれた子猫に夢中でした。
「捨て猫ですか?」
「多分ね」
「私が預かります」
「飼えるの?」
「母が猫好きなんです」
「良かったー」
 二人が交互に喜びを表現してくれてなんだか嬉しいです。
「衣装替えしないと間に合いませんよ?」
 すると突然思い出したように、陸さんが顔色を変えた。
「ねぇ、聞いてない?零の写真集の話。」
 私は斉木先輩から聞いたことを思い出しました。
「女流写真家の話ですか?それより陸さんのイメージDVDの方がヤバいですよ?監督がAV出身ですよ?」
 その話には陸さんより先に零さんが反応しました。
「なに?それ。」
「裕二さんのたっての希望…もとい、提案で『中性的な陸さんを動画で撮る』とのことでした。監督は何名か上がっていますが一人は町井ケンタさんでした。」
 町井監督はアダルトビデオ界では帝王と言われるほど女優さんを本気にさせるのが上手いんだそうです。資料ビデオは…恥ずかしいです、辰美と一緒に見るのは。
「候補なんだろ?だったら他に…」
「スポンサーが乗り気なんです。エロい陸さんを撮りたいそうです」
 間違ってないんです、裕二さんがそう言うんです。
「裕二さんらしいな」
 零さんは諦めた口調です。
「零さんから言ったら監督だけでも変えてくれないですかね?」
 すると物凄い勢いで否定されました。
「無理無理。裕二さんは陸のことをどんな風に撮ったら一番可愛く撮れるかを日夜研究しているんだから。」
「パパは全く懲りないよね」
 …
 …
 …
 え?
「狐に摘まれたみたいな顔してどうした?」
「会長って…陸さんの?マニア?」
 思わず動揺して意味不明なことを口走ってしまいました。
「陸、話してないの?」
 零さんは心配そうに陸さんを見つめています。
「忘れてた」
 肩を竦めてみせる仕草は…確信犯です。



「陸さん、かっこいいなぁ〜、都竹が羨ましいよ」
 辰美は毎回、舞台の袖で同じセリフを呟きます…うっとうしいです。分かり切ったことですから。
「なぁ、会長って陸さんの父親だろ?なのに一番可愛い姿って何を考えているんだろう?」
 辰美なら知っているだろうと思い、問うてみたのです。
「知らないヤツ、いるの?すごいニュースになったのに。会長は陸さんにウエディングドレスを着せちゃうくらい可愛がっているんだよ。」
 私はもともと芸能関係に全く興味がなくて、その手のなんというかワイドショーは見たことがないんです。だから社内だけの事実ではなく世間一般の常識だとは思いも寄りませんでした。
「ここにいる。」
「え?本気で言ってる?マジで?」
 本気と書いてマジと読む…ということは本気が重複しているわけで…まずい感じです。
「じゃあさ、零さんの父親は知ってる?」
 これは得意分野です。
「加月 涼さん。」
「零さんのことなら知ってるんだな。」
「委員長…夾が同級生だから。」
「あー、零さんの弟ね。」
 辰美は納得してくれたようです。
「その夾さん、陸さんと寝たらしい。」
 ビクッと思わず動揺してしまいました。
「やっぱり知ってたのか。」
 辰美は大きなため息をついていました。
「お前はなんだかんだ言って陸さんと仲良くしてるよなぁ。零さんはなんだか俺を避けてる気がする。」
 それは避けてるのではなく陸さんから遠ざけているのですが、本人には黙っておきます。
「陸さんの浮気、信じられないなぁ。」
「辰美、その話、ここでは止めないか?」
「そーだな。」
 辰美は良いヤツなんですが、疑問に思ったことはすぐに口にしてしまう癖があるのです。
「それより零さんの写真集、進捗状況はどうだい?」
「打ち合わせの感じではかなり危ない内容になりそうなんだよなー」
 辰美は良いヤツなんですが、話の内容が抽象的過ぎてわかりづらいという欠点があります。
「危ないって?」
 考える人の彫刻みたいに手を顎に据えて「女性から見てエロくてセクシーな大人の男を撮りたいって言うんだ。」そう言いながらも視線は陸さんを追っています。
「陸さんの方は?」
 やっぱり聞かれました。
「朝から夜までを追うらしいよ。」
「陸さんの一日か。いいな。」
「いや、一日じゃなくて朝から夜までだよ。ACTIVE完全無視した朝起きるところから寝るまで。こっちもテーマはエロみたい。」
「エロ…ブームか?」
「さあ?」
「でもどこで売るんだろう?コンビニはいやだなあ、陸さんが安っぽくなっちゃうしなー。かといってCDショップだといまいち売り上げが伸びないし…本屋なら書籍がないしな。」
 辰美が言うことは一理あります。安っぽいのはイヤです。陸さんらしく堂々としたものがいいです。
「俺は零さんと陸さんをセットで販売したらいいと思うんだけどな。」
「それは無理だよ。ファン層が違うんだから。」
「二人の絡みを入れるとか?」
 生々しすぎる…とはいくら身内は承知しているとはいえ言えないです。
「まあ、裕二さんに何か考えがあるのかもしれないしさ。」
 無いと思います。
 撮影、零さん来るんだろうなあ。当然聖くんも。委員長は…どうするんだろう?
 なんか複雑な家庭環境だけど仲良いんですよね。
「まずいっ!斉木先輩が睨んでる!」
「やばっ」
 僕たちはおしゃべりを止めて慌てて持ち場に戻りました。



「まさか!陸のDVDを書店やらCDショップやらましてやコンビニなんて誰もが目にするような場所で売るわけないじゃないか。もっと頭を使えよな。」
 陸さんを交えたDVD制作に関する会議です。熱弁を奮っているのは裕二さん。我が社の会長です。
「SEcanDsでACTIVEがライブをやる日限定。」
「それって自主制作の手売りですか?」
 漫才のボケと突っ込み並みに早い反応をしてしまいました。
「僕にもそう聞こえるんだけど。」
 陸さんも同意見のようです。
「続きがある。」
 自分のことかとびびりました。
「制作数は一枚。」
「…買うのはパパだけだね?この話、降りるよ。」
 陸さんは立ち上がると会議室のドアに向かいました。
「嘘だ、ごめん!次のSEcanDsのライブの際に予約を受けてその数だけ制作する。あくまでも限定にこだわるんだ。今は希少性にこだわる人が多いから数は出来るだけ抑えたい。で、話題になったら
別バージョンを第二弾で出す。だから撮影は二種類。最初がエロで次はスマイル。」
「どちらも僕が苦手なものを選んでくれたんだね。」
 苦笑しながらも納得したみたいです。
「どっちも俺の好きな陸だ。」
 裕二さんがそういうと陸さんは赤面して俯きながら趣味が悪いと呟いていました。
「じゃあ撮影許可の下りるホテルを探し…そうか、」
 話ながら何かを思い出したようです。
「監督から撮影は生活感のある場所という指定があったな…うちにするか?陸の部屋。」
 え?陸さんの部屋ですか?辰美に更に恨まれそうです。
「生活感なんてないでしょ?無人なんだから。セット組んで欲しいな。」
 さらりと陸さん、交わします。
「陸の部屋はそのままにしてある。まだ拓には早いからな。」
 でも会長は食い下がるつもりのようです。僕に助け船を出すよう陸さんから無言の圧力がかかりました。
「僕のマンションではダメですか?住宅手当も頂いているのでご提供させていただきます、いついらっしゃるのかご一報頂ければ掃除しておきます。」
「明日」
 間髪入れず、会長から返答を頂いたので僕は今夜は徹夜になりそうです。
「その間、家に来る?あ、ホテルの方がいいか。」
 家?
「伺います!」
 零さんに会える。その一心でこれまた即答してしまいました。
『零さんと寝てみたい』
 なんて陸さんに前に口走ったのですが、零さんの全てを知りたかったんです。
 零さんとお風呂にも入ってみたい。
 …まるで乙女だな。
と、自覚はあるのですがなぜだかこの欲望というか妄想だけはなくなってくれないのです。
 陸さんが最大のライバルなはずなのですがそんな風には思っていません。だから僕はホモじゃありません…多分。



 明日から僕の部屋は撮影会場になるので大忙しです。
 早く帰って片づけします。ということで僕の独り言はこの辺でお開きです。
 陸さんは十年もこんな独り言を続けていたんですね。
 …頭、大丈夫かな?



「痛いっ…ですっ、陸さん。頭叩かないでください、馬鹿になります。」



                                                                                                             <都竹くんのお話>END