「涼、これ席が良くないからお前にやるよ。」
相変わらず裕二さんは我が侭だ。 「また最前列?」
わざわざ『いつもの店』と言って呼び出されたのは、二人になりたいときに行く家から五分くらいのところにある居酒屋。 「そう。関係者席って二階だろ?あれは好きじゃないんだ。できれば三列目くらいでじっくり聴きたいんだけどな。」
―それは相当なプレッシャーだな―
涼は心の中だけで思った。そう言う自分は完全に棚上げしているが…。 「あの子たちが芸能界デビューするときには、僕がバックアップしたんだけど、今じゃ裕二さんと形勢逆転してる。」
すると裕二さんは我が意を得たりと言わんばかりに饒舌になった…いや、『この話題』に関してはいつも饒舌だった。 「涼は、自分の大事なものを取り返したいと思ったことはないか?」
裕二さんにそう言われるといまでもドキドキしてしまう。僕は裕二さんから婚約者を奪った。誰よりも大切にしていたのに。 「大切過ぎて壊したくなることもあるんだよな…。」
ん?なんか違う?
「ACTIVEが事務所を辞めた切っ掛けを、俺が作ったって言ったら軽蔑するか?陸が可愛くて仕方なかった…零に取られたと思い、涼に取られたと思い…男色の出版社社長、
知ってるだろ?俺が何回か寝た奴、あいつをそそのかして陸を犯させた。」 「な…」
声を発することが出来なかった。
それで前途ある若者の将来を奪ったことに気づいていないのだろうか? 「ちゃんとアフターフォローはしたよ。」
しかし…。
「これがあきより陸を選んだって証明にはならないか?」
その時もしかしたら裕二さんはすでにあきらのことはなんとも思ってないと言いたいんだと気付いた。 「実紅には言えないけど、俺はやっぱり陸を一番愛してる。」 「裕二さん、僕も零が一番可愛い。」
裕二さんの眼は大きくてアーモンド型をしていて綺麗だ。その眼が更に大きく見開かれた。 「変だよね、一番先に心配になるのは零なんだ。まぁ、実紅は裕二さんに任せたし、夾は一緒…今は離れているけど…だし。」 「あのさ…聖は本当に零の子供なのか?」
裕二さんは気になっていたことを聞きたくなったようだ。
「多分。僕が居ないときにあきらが妊娠した。あの時、聖の父親が裕二さんだったらって、強く思った。そうしたら少しは僕の罪は軽くなると、裕二さんにも背負って貰えると、真面目に
思った。すみません。」
裕二さんは眼を閉じて何か考えているようだ。
やがてゆっくりと話し始めた。 「俺も似たようなもんだよ。実紅の中にあきらと陸を探した。初めて抱いた夜、あきらとは違うと、陸とも違う、実紅はもっと計算付くだって、」 「ちょっ、裕二さん!曲がりなりにも僕は実紅の父親なんですけど!」
少しの間、裕二さんは意味が分からないという表情で見ていたがやがて、 「そうだ!ごめん!実紅の初恋、知らないよな?」 「…知りません」
ちょっと悔しかった。
実紅は裕二さんに初恋の話をするほど信頼関係があるのか…。当たり前だ、夫婦なんだから。 「別に聞いたわけじゃない。想う相手が一緒だっただけだから。その過程で気付いた。」 「陸?」 「あぁ」
なんてことだ。
我が家の子供たちは全員陸に心を奪われたのか…。 「陸ってさ、なんか陰があるだろ?それがいけないらしい。あれはうちの両親が悪い。なんでもやりたいことを封じ込めたからだ。…あいつは零と…涼に助けられた。ありがとう。」
え?僕が? 「涼が、陸に楽器を教えてくれただろ?俺は何も教えなかった。ただ家にピアノだけは置いていた。それだけだからな。」
確かにあの頃の陸は週4で家にいた。 「零に会えなくなってヤケになっていた。そんな所を涼が救ってくれたといつも言っている。」
焼酎のロックを一気に飲み干し、裕二さんの目を見た。 「ん?」 「あの子は…」 「天性のものなんだ、家の家系。人を惑わせる…男女関係ない。オヤジもそうだったと、兄貴から聞いた。あきらだけだよ、信念を貫いたのは。」
「いえ、あいつ、裕二さんを愛してると…陸を妊娠したときに白状しました。ただ単純にちょっとだけ物珍しかったんでしょうね、僕が。」
「バカだなあ。本当に俺を愛していたら、陸を産んではくれなかったよ。あれは絶対に同情があったからなんだ。自分が罪の意識に囚われたくないためにそういうことにしたんだよ。」
裕二さんは断定口調で言う。
「じゃあ、本人に確かめましょうよ。」
「ん〜…」
失敗した。
あきらは病気から復活して、ちょっと性格が変わった。
絶対に自分の意志を貫きとおす。自分の意見を譲らない。…ただ一人の説得以外は。
「ゆうちゃんのエッチはね、息をつく暇もないくらい激しいの。涼のエッチは逆にもどかしい位優しいの。」
あきら、君は自慢話をしているのかい?
「今はね、鈴廣 香流くんが大好き。」
…また、新しい戦隊ヒーローかっ。
「こんばんは」
そんな時、最悪のタイミングで陸がやってきた。
「お義父さん、ちょっと聞きたいことが…ってパパ?珍しいね。」
裕二さんの肩が小刻みに震えている。
「お・お・お義父さんって…」
「だって、零のお父さんだもん、僕のお義父さんでしょ?あ、パパにとってもお義父さんだね。失敬失敬。」
ん?
「確かに、そうだ。」
小さく、呟いただけなのに。
「絶対に涼をお義父さんだなんて呼ばないぞ」
「僕も嫌です」
「はいはいっ、私もっ」
「いいね、お義父さんも、お義母さんも、パパも…昔からの友情っていいよね。ACTIVEもね、すっごく今いい感じなんだ。だからね、皆で仕事抜きにして海外旅行に行きたい
なぁなんて思ってるんだ。だめ?」
陸はさりげなく裕二さんに向かって言っている。
「5人で?」
「いや、初ちゃんは4人、剛志くんは2人、隆弘くんはね、まあ、うん…2人。だから11人。」
「10人じゃないのか?」
「なんで?4人、2人、2人、3人で11人だよ、?」
「そっか、子持ちは二組か。」
「そうだよ?」
裕二さんが僕を見て苦笑した。
いくら裕二さんが零と陸の仲を邪魔しようと、いくら僕が聖の親権を主張しようとも、陸は着実に零との家庭を築いていっている。
「陸が女の子だったらなんの障害もなく夫婦になれたのにな。」
「俺としては零が女の子だったらと思うが…。」
裕二さんが横槍を入れても陸は怯まない。
「だめだよ、零と僕は昔ひとりの人間だったんだ。それがなんかの弾みで二人になっちゃったから一緒にいなきゃいけないんだよ。仕事もプライベートも。…零の請け売りだよ。」
僕は大袈裟にため息をついた。
「陸の用事はなんだったのかな?」
陸の表情が見る見るうちに明るくなる。
「今度のアルバムに入れる曲なんだけど、」
譜面を開きながらアドバイスを求めてくる。
「そっか!ありがとう!」
そして嬉々として去っていった。
「別に偶然父親に会えても喜ばないんだな。」
「そうだよ、そんなもんだよ。」
「さっきのチケット、二枚あるんだ。二人で行くぞ!」
あぁ、やっぱりな…。嫌がらせは止めないんだ。
「早く家が出来ないかなぁ…あっ、涼。さっきの話だけどさ、話30%で聞いといて。じゃっ。」
おいっ、ちょっと待てっ、どこが事実でどこが嘘なんだ…とは、絶対に聞けない涼だった。
<パパ友>END |