| 隣の部屋で、物音がする。 隆弘が出掛ける支度を始めたのだろう。
 二人で暮らし始めて何年になるだろうか?
 僕たちはただの同居人。
 同居人にしてしまったのは、全部僕のせい。
 本当は好きなのに。
 誰にも渡したくないのに。
 意地を張って強がり言って、でも我が儘を言って一緒に居て貰って。
 隆弘も、もしかしたらそうなのかと、思わないわけでも無い。
 扉を開け、顔を出す。
 「お、おはよう。」
 隆弘は優しい笑顔で僕を迎えてくれた。
 「おはよう」
 「今朝は、馬砂喜だよな?」
 「うん。」
 もうずっと、あなたの前では自分しか晒していない。
 他の誰かを演じられたら良いのだけれど、それが出来ないくらい、焦がれているのだ。
 「隆弘」
 「ん?」
 「明日の夜は遅いの?」
 「明日?明日は…」
 そう言いながらスマホを手に取る。
 「いや。明日は休み。正しくは明日から29日まで休み。30日がリハで、2日がライブ。で、3日から7日まで休み。」
 「なんか、休みばっかりだね。」
 「まあな。で?明日がどうした?」
 「休みならいいや。クリスマスイブだから、なにかイベントがあるのかと思った。」
 「ないない。他のメンバーみたいに相手が居ないからな。馬砂喜は相手にしてくれないし。」
 え?
 「あ、ごめん。僕は、」
 「違う違う、責めてるんじゃ無いから。」
 そう言うと時間がギリギリだと言いながら出て行った。
 僕も昨日から休みなのだ。
 舞台の稽古は正月明けから始まる。
 「隆弘には、負担しか掛けてないしな。」
 そう、自分に言い聞かせて、まずは掃除に取り掛かる。
 部屋中を磨きあげたら、次は買い物。
 クリスマスイブには、精一杯の感謝を込めて、手料理を食べて欲しい。
 バイトで貯めた金で、食材と酒とプレゼントを買うんだ。
 
 「朝からバタバタしていたのは、これだったんだ。」
 「うん」
 「ありがと、嬉しいよ。」
 「うん」
 緊張する。
 「馬砂喜、」
 「ん?」
 「今更だけどさ、俺達、付き」
 「あーっ!」
 僕は慌てて耳を塞ぐ。
 「なんだよ、いきなり。」
 う、う、嬉しすぎるけど、僕から言いたい。
 「待って、それ、ちょっと待って!」
 「え?」
 「と、兎に角乾杯しよう!それからだ。」
 「訳わかんないヤツだな、ま、いいか。」
 隆弘が戸惑う様子をドキドキしながら伺う。
 グラスを合わせ、乾杯を済ませると、料理を取り分ける。
 「どう?」
 「うん、旨い。馬砂喜は料理上手だよな。」
 「陸に教わった。」
 「そっか…でさ、付き合わないか?俺達。」
 え?ええっー!
 隆弘がいたずらっ子のような目で僕を見ている。
 「朝からさ、変だなーと思って。多分そうだろうなって。」
 「なんで?なんで判ったの?」
 「何年、一緒に暮らしてるんだよ。」
 「僕から言いたかったのに。」
 「ヤダね、主導権は譲らないからな。」
 
 「隆弘くん、まーくんと付き合い始めて何年になる?」
 陸が指折り数えている。
 「何年だろ?もう長いな。」
 「まーくんのこと、好き?」
 「なんで陸に言わなきゃなんないの?好きだよ。」
 結局惚気るんだけどな。
 「じゃあさ、今度の連ドラ、妬けるね。」
 「連ドラ?何、テレビに出るの?知らなかった。」
 仕事の話はあまりしないからな。
 付き合い始めてからは、ずっと家では演技をしなくなった。
 正しくは出来なくなったんだそうだ。
 「ヒロインが思いを寄せる男性役。でも結ばれないらしいよ。ここはオフレコ。」
 陸には何でも話すんだな。
 「隆弘くんには仕事以外のことでも一杯話すことがあるんじゃ無いの?」
 ニヤリと笑う。
 「いいだろ?」
 「別にぃ。」
 こいつらは、何年経っても仲が良い。
 「陸、」
 「ヤダよ」
 「いいじゃん。」
 互いに笑いながら言うから冗談なんだ。
 それがわかり合えるのが仲間。
 判らなくなるから、恋愛。
 俺は馬砂喜が好きだ。
 だから、直ぐに嫉妬してしまう。
 「良い役、貰えるようになったじゃん。」
 帰ったら、抱き締めてやろう。
 
 
 「で?今度は小説家の役?」
 「そう。よく分かったね。」
 僕の書いていた原稿用紙を見て隆弘が呟く。
 「そりゃあ…でもさ、どうせなら別の名前入れないか?」
 僕は渋面を作ってみる。
 「だって、他の名前だとリアリティのない文章になるんだもん。いいじゃん、別に世の中に発表するわけじゃ無いんだし、見せるのは隆弘だけだからさ。」
 背後から抱きついて頬ずりをする。
 「痛いよ、髭。」
 「あ、悪い。」
 大晦日から徹夜してしまった。
 「馬砂喜、明けましておめでとう」
 隆弘が僕の顔を見て言うから僕も隆弘の目を見て返した。
 「今年も宜しく。」
 
 
 <聖夜の鐘が響く時>END
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