星の花束を抱いて番外19
アコギツアーin宇都宮
「こんばんは、野原陸です。」
 何を話すか、決めていなかったな。
 視線を会場全体に送ると、一点に釘付けとなる。父と義父が居たのだ。
 途端に少しガッカリした。
 分かっている、今日は初ちゃんと一緒の仕事で来られないこと。なのに零の姿を見付けられなかったことに、ガッカリした。
 僕はこんなにも彼に依存して生きているのだろうか?
「前回、こんな風に皆さんのお顔を拝見したら、目の前で停止しました。多分ご存じだと思いますが、」
 ふと、義父の前で彼の名を出すことに照れを感じた。
「僕の、最愛の人が、居ました。来ないって言っていたのに、五稜郭が見たかったと言って、羽田まで車を飛ばしたらしいです。」
 義父は、嬉しそうに話を聞いていてくれる。
 その時気付いた。
 義父と父は、こうして良く一緒に行動している。母を介してライバル関係だったはずだ。
「なんだろ、いつもは普通に名を呼んでいるのに、皆さんの前でその二文字を口にするのが照れくさいです。彼は、幼かった僕のヒーローであり、王子さまであり、親友でした。でも、小学生の時にいじめっ子から助けてくれたのは彼の弟さんです。なのに、彼は、零は、僕の心を捉えていった。」
 ドキドキする。彼の名を呼んだだけなのに、ドキドキする。
 今回のLIVEで初披露となる新曲を弾く。この曲に歌詞はない、インストゥルメンタル、三分弱の短い曲だ。
 演奏を終え、再び視線を上げる。
 父と目が合う。
「恥ずかしいと言いつつ、タイトルに彼の名を付けるという自分に少々呆れていますが、『零』です。」
 会場がザワついた。
「皆さんの前で、こんなこと話すのはこの会場だけにします。貴重と言えば貴重ですが、不愉快になられたらすみません。」
 その時、会場から女性の声で「聞きたい」と、小さな呟きを耳にした。
「聞きたいと言ってくださった方、ありがとうございます。いや、別に大した話ではないです、彼に告白したのは紛れもなく僕からです。ただそれだけなんですけどね。」
 次の曲を弾き始めた。
「出会い、です。聞いてください。」
 この曲は函館でも披露した。
 僕の父と母も幼馴染みだ。母と義父の出会いは高校のクラスメート。聖と隼くんは…一体どんな出会いがあったのかと想像したんだ。
 僕が聖のことを、何回かお願いしたことがあった。それなのか?
 でも、聖は少し大人びたところがあった。そんな所なのかもしれない。
 いや、聖は大人びていたのではない、背伸びをしていたんだ。
 子供らしく伸び伸びと育てたかったなぁ。
 なんて考えながら作った。
「お義父さん、一緒に演ります?」
 ステージから声を掛けた。
「俺も!」
 父も起ち上がった。…わかってたけど。
 三人で義父のバンド時代の曲や、父のシングル曲、ACTIVEの僕のソロ曲を演奏した。
 約二時間、まったりと時間を過ごしてお開きとなった。

「こんな感じ?」
 宇都宮でのことを聞きたがる零に、覚えている限りのことを伝えた。
「涼ちゃんのことだから、餃子屋に付き合わされたんだろ?」
「ふふ、お義父さんって言うよりは父の方かな?我が儘言ったのは。」

 会場の椅子の撤収から後片付け全てを請け負ってくれる会社がある。
 ここに依頼をして僕たちは会場を後にした。
 「陸さん、ギターケースはここに入れてください。」と、シートの下を指定された。
「ここなら外からは見えないので盗難の心配はありません。」
 運転手さんは自信満々に言うので、素直に置いた。
 最悪、盗難に遭っても問題はない。
 音に拘ったけど、楽器との出会いは運命だから、無くなるときはなくなる。
 大体僕は、そんなに楽器に執着しない。常に20個と決めている。
 そうしないと、本当に良いものと出会ったときに、迎え入れることが出来ないからだ。
 次の浜松は楽器の街だから楽しみがある。
「陸、晩飯食いに行こう。」
 そう言って連れて行かれたのは、昼にむっちゃんと来た餃子屋さんだ。
 定食を頼んで帰路に着いた。
 店で何か話したけれど、余り覚えていない。
 確か、来日したバンドのギタリストが怪我したとかで、義父が駆り出されたとか。
 でも、皆が満足する味で良かった。

「やっぱり無理して行けば良かった。」
 零が僕を抱き寄せる。
 僕は黙って零の肩に頭を預けた。
「一緒に居る時間が長くなるほど、嫉妬が強くなる。」
「零は愛情が強いんだね、きっと。」
 零が僕を抱く力が強くなる。
「僕の知らない陸が居ることが我慢ならない。」
「零」
「重いよな、ごめん」
「明けましておめでとう」
「え?」
 僕はテレビの画面を指差した 。
「今年は、いいことがあるといいね?」
 そう言って零の胸に顔を埋める。
「僕だって、零がラジオの日はイライラする。」
「本当に?」
「うん」
「今年も宜しく」
 零は僕の頭を胸に抱き締めた。



<アコギツアーin宇都宮>END