星の花束を抱いて番外20
種を残す者
「初ちゃーん、仕事は平気なの?」
 夢現の所を、いつも同じ声が覚醒を促す。
「んー」
「私はそろそろ出掛けるけど?」
 え?
 俺は慌てて目蓋をこじ開けた。
「まもる!」
「おはよう」
 そこにはまだパジャマ姿の恋人がいた。
「だって、出掛ける時には初ちゃんに見送って欲しいじゃない?」
 そう言うと胸に顔をうずめた。
 この時、俺は物凄く罪悪感を抱いていた。
 だって、まもるは押しも押されもしないトップアイドルだったから。

「初ちゃん」
 その日、俺に声を掛けてきたのは陸だった。
「ん?」
「彼女、元気?」
 え?
「前に、見掛けた。」
 げ!
「大丈夫、まだ誰にも言ってない。」
「それは…助かる。」
「で?誰?」
 …やられた。
「今、見掛けたって…」
「見掛けたけど、顔は見えなかったんだよね、横顔しか。まも…ふぐっ」
 俺は慌てて陸の口を手で塞いだ。
「当たりだから!誰にも言わないでくれ!」
「了解!でも、いつか紹介してね。」
 陸はそう言うとニコリと笑った。
 これは、全てを把握している。
 そう、俺がまもると結婚まで考えていることを。
「…プロポーズしたら、皆に話す。そうしたら、紹介するから。」
「え?まだなの?ごめん、てっきり一緒に住んでるからプロポーズしたのかと…」
「なんで?なんで知って…」
 背中から羽交い締めにされた。
「僕も、見た。」
「零」
「剛志も隆弘も、見た。知らないのはお前だけだ。」
 なんだよ、なんなんだよ!
「わかったよ!俺はまもると付き合ってるよ!プロポーズしようと思ってて指輪も注文した。これでいいだろ!」
 すると、剛志と隆弘が飛んできた。
「なになに?初が結婚?誰と?」
 誰って…?
 慌てて零を振り返ると、笑いを堪えている。
 騙された。
「なーんてね、知ってるよ、俺たちも。」
「な…」
 からかわれた。
「初ちゃんのマンションにまもるちゃんが入っていくところを、皆見ちゃったんだ。」
 やはり。
「あの時だろ?テレビ局の仕事があって、帰りにマネージャーが送ってくれたとき、まもるが大きな荷物を抱えてきたから、見付かったなぁって思ったんだ。」
 これは、四人なりの愛情表現なんだろう。
「そんなわけで、プロポーズするつもりです。」
「おめでとう、初ちゃん。」
「頑張れよ、初。」
「いい返事があるといいな。」
「アイドル、どうやって口説いたの?」
 四人四様の言葉が降ってきた。

「おかえりなさい」
 家に帰ると、まもるが待っていた。
「早いね」
「うん。仕事辞めてきた。」
「へー、仕事辞めてきたんだ…って、え?」
 まもる、仕事はそんなに簡単に辞められるものではないんだからな。
 ましてや君はアイドルだろ?顔が割れているんだから普通に生活するのも大変なのに。
「だって。私は早く初ちゃんの子供が欲しいんだもん。」

「良かったね、初ちゃん。」
 何でだろう?どうして俺は一番最初に陸に報告しているんだろう?
「まもるちゃんの気持ち、わかるなぁ。好きな人とは一緒にいたいもんね。それには理由が必要だから。」
「理由…そうか、理由か。」
 だから、子供なんだ。
「僕には聖がいるから。零と一緒に聖を育てていくんだ。」
 陸には陸の、覚悟があるんだな。
「陸、一ついいことを教えてあげるよ。零はさ、押しに弱い。バンドに入れる時も押しまくった。」
 陸が嬉しそうにうんうんと頷く。
「僕も、押した。」
 あの日だけはどうしても言わなきゃと思って押しまくったと、告白した。
「零には言わないでね。照れるから。」

 レコーディングの間、まもるにプロポーズした頃のことを思い出した。
 仮タイトルにウエディングなんて入っているからだろうか。
 俺はまもると結婚して幸せだ。
 しかし。
 他のメンバーはなぜみんな男同士なんだ?
 なんでこうなった?
 このままだと誰も子孫を残さ…いや、零は残したか。
 昔の人は脳に障害があるから同性に好意を抱くと言っていたけど、メンバーを見ているとどうも違うようだ。
「初、どうした?さっきからぼんやりして。」
 剛志が俺を心配して声をかけてきた。
「なあ、剛志。お前さぁ、子孫の繁栄より斉木を選んだわけ?」
「は?何言って…そっか、それが気になっていたのか。祐一って言うか、気持ちを最優先したってとこかな。あいつと幸せになることが俺の使命かなぁなんて。初は子供を作って幸せだろ?それと同じだよ。零も隆弘も同じことを言う。でも、陸は違う。あいつは零じゃなきゃ、幸せになれないんだ。」
「それぞれの、幸せの形ってことだな。」
「そ。で、レコーディング、延期できないんだけど。」
 俺は慌ててブースに駆け込んだ。
 そうか、一人一人の幸せのかたちが違うんだ。
 俺は種を残す。家族を幸せにする。
 でも剛志は斉木と幸せを重ねていく。
 隆弘は幸せを作り出す。
 零は陸と居ることで幸せにして、陸は零のそばに居ることが幸せ。
 それじゃ、幸せってなんだろう?

「そんなの、知らないよ」
 詩人でもある陸に匙を投げられた。
「例えばさ、今日は目覚めが良くて幸せとか着ていく服がすぐに決まって幸せとか、幸せなんて人によって違うんだからさ。初ちゃんの思う幸せと剛志くんが思う幸せと隆弘くんが思う幸せは全然違うんだよ。だからACTIVEの曲で共感できる人とできない人がいるの。わかる?」
 切々と陸に説かれて少し癪だ。
「それは、分かってる。」
 いや、それは負け惜しみだ。

『年越しの瞬間、家族全員で居間にいたことある?なかったら子供たちに起きててもらって一緒に年越ししてみて』
 陸に言われて今、除夜の鐘を聞いている。
 子供たちは眠そうだ。
 カウントダウンが終わり、午前0時を過ぎた。
「明けましておめでとう」
 その瞬間、胸がギュッと締め付けられ、涙が零れそうになった。
「そうか」
 幸せは、人によって形が違う。
 そういうことか。
 陸に、あけおめメールを送った。

「初が?」
「うん」
「あいつ、老け込んだな」
「だね」



<種を残す者>END