―十周年スペシャル―
探偵Aが墜ちるとき
 江ノ電の極楽寺駅で彼は降りた。
 改札を抜け円柱型のポストの前を通り左手に曲がる。そこはなだらかな坂になっている。調査票の中にあった「豪雪の日に駅前で転んだ」とあったのは
この場所だろう。
 登り切ると正面には下りの坂道。これは有名な極楽寺の切り通しだろう。ということはこのまま下って行けば長谷観音や鎌倉大仏のある長谷に続いて
いるはずだ。
 彼は左に曲がった。赤い欄干の橋が架かっていて、下は江ノ電が走っている。
 橋を渡りきると左側に寺がある、これが極楽寺だろう。
 彼は直進した。
 数軒の商店があったがコンビニやスーパーはない。
 しばらく歩くと今までにない大きな建物が現れた。渡り廊下で繋がれている。小学校だった。
稲村ヶ崎小学校
 極楽寺駅で降りたはずだが?稲村ヶ崎は隣の駅だ。なんでだろう?などと呑気に考えていたら彼はどんどん進んでしまっていた。
 慌てて追いかけ、適当な距離を保ったときだった。
「家まで着いてくるのか?」
と、彼が振り返った。

「誰の差し金だ?」
 ただ俯いて黙るしかなかった。彼に気付かれていたなんて。
 家まで連れてこられたのはラッキーだったけど、自分の素性がばれるのはやばい。
「言って分からないなら身体に聞くしかないな。」
 身体?
 彼の家に連れてこられていきなり彼の部屋に通された。
 鎌倉に似合わない、白壁の洋風な建物だったのだ。
 ステップフロアで多分二階にあたると思う。
 部屋の真ん中にキングサイズのダブルベッドが置いてある。家具はそれだけ。
 部屋に入るなり鍵を掛けられた。
「この部屋だけ、防音がしてある。造った人は女の子がいてね、ピアノ室にしていたんだ。」
 誰もそんなことは聞いていないのにわざわざ説明してくれた。
「そうか、誰かに頼まれたのではなくて君の自由意思ということもあるな?」
 彼―小城野 渡(おぎの わたる)―は、一人で納得すると私―萩田 幾(はぎた いく)―をベッドに突き倒した。
「萩田くん、探偵なんて向いていないよ。」
「何で知ってるんだ!」
「…腕が悪すぎる。付けられた初日から分かったよ。」
 なんてことだ!だから彼は誰の差し金だと聞いたのか…本当だ、私は腕も悪いが勘も鈍い。
「ついでに言うと君は藤沢の出身…何か気付かないか?」
 藤沢は鎌倉の隣町であり、江ノ電の終着駅である。
 何を?私は首を左右に振った。
「高校の同窓生だ。一度もクラスは一緒にならなかったけどな。」
 なんだって!
 驚いて思考を停止していた私は、ジーンズの前立てを開けられたことに気付くのが遅れた。
「怯えているのか?縮こまっている。」
 そう言いながら下着の中からペニスを取り出し扱き始めた。
「やだ、何するんだ、止めろ!」
 彼はニヤリと笑うと今度は口に含んで唇と舌で愛撫し始めた。
ぴちゃ、ぴちゃ、くちゃ…
 わざと水音を立てて被虐性を高める手段だ。
「やめ…んっ」
 思わず腰を突き出したほど気持ちよかった。
 部屋の中は淫靡な音だけが響いていた。時々自分の卑猥な喘ぎ声で我に返る。
「お前の、でかいな」
 いきなりそんなことを言われても頭が朦朧としていてわからない。
 ただ、気持ち良かった。
 出来れば温かい肉の穴に突き入れてめちゃくちゃにかき回してイキたかった。
 腰をゆらゆらと揺らして、どうにかして高ぶった物を鎮めようと努力したが思考が停止しているので無駄な動きばかりだ。
「うっ…あぁ」
 まるで獣だ。
「どうして欲しい?」
「イカせて」
「どうやって?」
「口で…」
「イヤだね」
 彼は何かやっているらしく、私を言葉でいたぶり始めた。
「もっと気持ちよくさせてやるよ。はまったら抜けられない、麻薬のようなセックス。」
 言うと彼は私の下半身を跨ぎ、私の欲望でそそり立った塊を、自分の穴に導き奥へと誘った。
 私は犯されると思っていたので内心焦った。が、すぐに快楽の虜になり、腰を振り立てた。
「ああっ、ああっ」
 獣の咆哮が聞こえる。
「イクっ」
 言うと彼は穴を収縮させた。
 ギューギューと締め付けられ食いちぎられそうになりながら私も果てた。


 それからどれくらいそうしていたのだろうか?陽も射さず、時計もない部屋に捕らわれて、肉の交わりで快楽を味わうことに空しさを覚え始めた。
 つまり二人とも空腹なのだ。
「何か食べ物を持ってくる。」
 そう言って瞬く間に戻ってきた手には電気ポットと大量にカップラーメンが入ったスーパーの袋。
「とりあえずがこれしかなかった」
 まあいいかと納得する。
 しばし湯が沸くのを待つ。が、沈黙に羞恥を感じる。
「お前、ゲイなのか?」
「ああ」
 いとも簡単に回答を得られた。
「萩田 幾を知らないヤツは同学年ではお前だけだ。」
 は?何故自分のことを自分が知らないと?
「小城野 渡を知らないのも萩田 幾だけだ。」
 わからん!
「大抵の生徒は私に脅されていたからな。」
 は?
「お前はそんなこと知りもしないだろ?私が守っていたからだ。」
「簡潔に話してくれないか?」
 私は自分が理解力に乏しいことは自覚しているがそれにしても回りくどくて分からない。
「お前に惚れてたからだ」
 …
「で?」
「わからないのか?」
「ああ」
「誰にも触らせたくなかったんだ。」
「それは無理だろう。電車にも乗るしデートもする。」
「ずっと、阻止していた。」
「ついでに言うとバツイチだし。」
 これには彼も驚いたらしい。
「いつ?誰と?」
「知らないヤツには教えない。」
 小城野は顔を真っ赤にして怒りだした。
「散々肌を合わせた仲じゃないか!今だって君の中には私の子種がある!」
 その言葉で私は急速に自分の置かれている立場を悟った。
 そうなのだ、結局小城野は一回だけ、私に良い思いをさせ、あとはいくら抗っても突っ込まれ揺すぶられ突き上げられ…散々喘がされたのだ。
「大学の同級生だよ。二期生の時に籍入れて社会人になってすぐに逃げられた。」
「そんなの…知らない。」
 彼は私を担ぎ上げベッドに落とした。
 それから先ほどより激しく身体を求められた。
 私の身体のポイントを見つけられ、執拗に責められた。
「ま…て…って…息…できな…いっ」
 肩で息をしながらそれでも肺は大量の酸素を要求した。
「お前なんか、やり殺してやる。」
 狂気を見た。


 喉の奥に血の臭いがした。
 喘ぎ声を求められ、躊躇いもなく脚を広げ狂態を演じた。
 お陰で体力は限界、声も限界。
「…い、そうです。今は立ち上がることも出来ません」
 彼は誰かと自分のことを話しているようだ。
 もうどうでもいい。
「バツイチでもいいのですか?では今夜…」
 パチンと携帯電話を閉じる音。
「クライアントからの指名だ。今夜から客をとってもらう。」
「なんでだよ!」
 信じられない話を耳にした。
「君は売られたんだ。私立探偵なんてフリーだろ?誰も探しにはこない。格好の餌食だよ。私は美味しく頂いた。あとはお客様に気に入っていただいて
可愛いペットになりなさい。あ、ここが今日から君の部屋だ。世話係は私。良い子にしていたら明朝、また可愛がってあげるよ。」
 なんてことだ。
「一日中、身体に他人の一部をくわえ込んでいないと居られない身体になる。それまでの辛抱だ。」
「イヤだ!離せ!」
 彼は私の身体を抱き上げると風呂場でつるつるに磨き上げた。
 ムダ毛もなく、一糸纏わぬ姿でソファに座らされた。
「こうやって見ると私と同い年には見えないな。」
 見えても見えなくてもどちらでも構わない、今はここから逃げ出すのが先決だ。
 一時の快楽に身を委ねたのがいけなかった。
 しっかりしろ、これでも…これでも私は探偵協会ではトップの成績なんだ!…だからどうということもないがここは気休めでも虚勢を張る!大丈夫、や
れば出来る!
 考えろ、回転の遅い頭…。


「んあっ…はあっ…」
 掠れた声で再び私は喘いでいた。
 ヤクザのような風貌の男が優男の自分を組み敷いて後ろの穴に肉棒を突き入れる。
「あぁっ、あぁっ、あぁっ、あぁっ…」
 止まらない声。
「んっ、んっ、」
 キツい。でも…。
 今夜、逃げ出す。
 そう、チャンスは一度だけ。


 ぐったりと弛緩した身体を押しのけ、男の来ていた服を身に着け、外へ出た。
 小城野はいなかった。
 何故か私の靴は下駄箱に並んでいた。全て処分されていたと思ったので意外だった。
 来たときと違う道を選び、手探り状態で出来るだけ音を立てずにひたすら走った。息が続く限り走った。
 彼とはどれくらいの時間抱き合っていたのだろう?一日?二日?案外半日だったのかもしれない。
 男の身体は抱かれるように出来ていないからもの凄く体力を消耗するようだ。さっきもぐったりとしてしまって眠りに落ちないようにするのに必死だった。
 出来るだけ違うことを考えて肉体の限界を脳に伝えないようにする。
 真っ暗な山道を走る。
 やがて。
 幹線道路に出た。
 これで朝が来たら帰れる。


「ただいま」
 翌朝、誰も待つ人がいない自宅にたどり着いた私は嬉しさのあまり、室内に声を掛けた。返事は当然ない。
 苦笑しながら仕事の報告書も気になったが兎に角眠りたくてベッドルームへ直行した。
 ボフッ
と音をたててベッドに飛び込んだ。
 すぐにスヤスヤと寝息をたて…るはずだった。
「うわーっ!」
 ドスン
 ベッドから転がり落ちた。
「なんでも知っていると言っただろう?お前のことなら。」
 そう言って力強く抱きしめられた。
「そんなにあの男がイヤだったんだ?ならそう言えばいいのに。渡がイイって言ってご覧。」
 渡…そうか、確かこいつの名前だ。調査票に書かれていた名前だ。
「私を調査するように依頼したのは夕べの客を斡旋してきたヤツだ。初めからお前は罠にはまっていたんだ。」
 わな?
「なぜ?」
「人に物を聞くときは低姿勢で聞け。失礼だよ。」
 言うが早いか私は再び彼に組み敷かれ貫かれた。
「あっ…ふぅ…あ…んっ」
 喘ぎながら考えるのは無理だ。とりあえず…快楽に溺れることに専念した。
 専念することに決めて気付いたのだが、自分はそっち方面…その、つまり、アナルセックス…の素質があるのかもしれない、いや、ある。

「初めから私が迎えに行けば良かったのだが、依頼人に借りがあったんだ。だから一回だけ、お前には身体を張ってもらうことにした。まさか逃げ出す
とは思わなかった。まあ、探偵さんだからな。可能性はあったんだが、失念していた。」
 勝手なことをまくし立てる男は、自分のことをまるで所有物のごとく扱い、言い訳をしている。
 しかし。
 彼に囲われて生活するのも悪くはないかと、ちょっと思い始めたのであった。
 

おわり