今年も営業部に新入社員が挨拶にきた。
 逆囲 篤基(さかい あつき)はそれをぼんやりと眺めていた。
「俺たちの時は5人だったな。」
 篤基の同期、嵩羽師 允巳(たかはし まさみ)はボソッと呟いた。
「残っているのは俺たちだけだけどな。」
 分かり切ったことをわざわざ話しかけてくる。
 最近はちっとも営業部に新入社員は配属されない。成績が上がらないからだ。
 まあ百年に一度の不景気と言われている今、わざわざ新たに経費を掛けるようなサービスを行う企業はないだろう。既存企業を必死で食い止めるのが精一杯だ。
 毎日毎日頭を下げるばかりの仕事だ。
「あいつはどこに配属になるんだ?」
 篤基はふと、気になった。
「副社長が始めたエステがあるだろ?あっちの本部だよ。…エステ、成績がいいらしいぜ。」
 允巳は自分には関係ないという口調で説明してくれた。
「エステって有閑マダム相手だろ?やだなー」
 允巳はもの凄く偏った知識しかないようだ。しかも古い。
「最近は若いOLとか芸能人も通うらしいぞ。あ、そういえばあの店、常客に歌手の七瀬まさきがいるらしい。」
 篤基も五十歩百歩だ。
「ほー、男も通うのか。ま、あいつらは顔が命だからなーって俺もか。」
 允巳の女癖の悪さは昔から有名だ。しかし社内には手を出さないというのがポリシーらしく同僚で魔手に掛かった人間はいない。
「おい、逆囲、嵩羽師ちょっと来い」
 突然二人は上司に呼ばれた。




「いらっしゃいませ」
 ビューテ青山店。ここは都内でも1、2の人気を誇る店舗だ。
 その店頭ににこやかに立っているのはこともあろうか篤基と允巳だ。
 7月1日。彼らはプロのエステティシャンとしてデビューした。勿論上からの移動が出たからだ。
 口説き文句にヤられたのは允巳だ。
「顔で選んだ」
 これで一発だ。
 難色を示した篤基には昇給で釣った。
 5月のゴールデンウイーク明けから研修に入り、6月下旬から店舗に配属され、ついに7月1日独り立ちしたわけだ。
「店名のビューテってなんだ?」
 店頭に立つ允巳が篤基に聞いた。
「ビューティフルエステティシャン…略してビューテ。決してビューティフルエステティックサロンじゃないぞ、喜べ。」
 篤基は内心、エステティシャンがきれいでどうする?と思ったが、きれいなエステティシャンがいるーという口コミで来る女性客ときれいになれると期待する男性客を狙っていると言われ納得したがすぐに頭で否定した。自分がきれいな分類に属さないことを知っているからだ。
「なんで俺、選ばれたんだ?」
「ばーか、お前はきれいな顔立ちだからだろ?手入れすれば光るからな」
 否定したばかりのことを肯定されて篤基は頭が混乱した。
「お前は周囲を見なさすぎるんだ。色めき立っている女性の多いこと。羨まし過ぎるぜ。」
 允巳は散々篤基を誉めると店の奥に引っ込んでしまった。
「こんにちは」
 途端に現れたーテレビで見知った顔。絶対に指名があるだろうと予約を確認したら入っていない。
「失礼ですがご予約は頂いておりますでしょうか?」
「いえ。初めて来てみたの。貸間木くんが素敵な男の子が沢山居るエステだって言うから。」
 貸間木くんとは若手俳優だ。
「かしこまりました。それではー」
「あなたで良いわ。エステティシャンって名札に書いて有るもの、逆囲くん。」
 篤基は、少しだけ允巳を恨んだ。


「良かったなー、里山みのりさんが顧客について」
 允巳はニヤニヤしながら隣にやってきた。
「そうだな。これからお友達も俺のところに連れてきてくれるってさ。」
 允巳の悔しそうな顔が見られると思ったのだが全く動じなかった。
「まあ、頑張れ」
 皮肉な笑みを浮かべて店頭に立った。


「逆囲、お前はやっぱり熟女に人気があるんだな。」
 前部署の課長が得意満面で篤基の肩を抱いた。
「前から営業で一緒に回っていてもパートのおばちゃんの反応が良かったからな。」
 わざわざそんなことを言いにやって来たのだろうか?
「嵩羽師は男性客に人気だそうだな、ちょっと意外だったが。」
「もとから女性には人気がないんです、私は。こちらからモーションかけないと絶対に動いてはくれません。」
「それは、自分のタイプの女しか付き合わないと言っているようだが、違うのか?」
 課長と允巳はそんな話をダラダラと続けていた。
「近い内に経営統合するそうだー業種が違うんだから合併といってもこっちは倒産みたいなものだーお前等は運が良い。副社長直々の指名だったらしいぞ」
 運が良い?そうなのか?篤基は允巳を見た。小さく頷いた。
 課長はまだ残務処理に追われているので事務所に引き上げていった。新規事業部に移動が決まっているそうだが前途は多難だ。
「さっきの課長の運が良いってなんのことだ?」
 允巳はじっと篤基を見つめた。
「全くの素人な俺たちをどうして副社長が気に入ってくれたのかが理由だろうな。」
「気に入られるも何も面識がないじゃないか」
 その問い掛けに允巳はただ微笑むだけだった。


「ん…あぁっ…」
 東京のベイタウンに建つ高級マンション。最上階の一室で秘め事は繰り広げられていた。
 自ら脚を開いて男の身体を跨ぎ、アナルに男性器を埋め、上下に動いているのは允巳。
 室内に響くのは允巳の喘ぎ声と淫らな水音だけだった。
「副社長、そんなに溜まっていたんですか?」
「うるさい、黙って動け!それと副社長って言うな!」
「はいはい」
 男は鋭く下から突き上げ、腰をグラインドさせ、再び突き上げる。
「あんっ…いいっ」
 允巳は歓喜の声を上げた。
「気持ちいいですか?」
「凄く…いい」
「でも私は逆囲くんじゃないですからね」
「バカやろう、興醒めなこと言うな!」
 允巳は興醒めと言いながらも、下半身を充血させていた。男は目敏くそれを確認すると指でパチンとそれをはじいた。
「うおぁ!何すんだ、このやろう!」
 允巳の性器はビクンと飛び跳ねると勢いよく精を吐き出した。
「あ…あ…あ」
 吐精が止まらない。
 身体をビクンビクンと震わせ、快感に酔う。
「ふ…ぅ」
 最後の一滴まで吐き出すと允巳は吐息をついた。
「篤基がオレなんか抱くわけないじゃん。女好きだもん。」
 男の上から降りると、横にゴロリと寝転んだ。
「私だって女好きです。副社長に魅入られてしまったが為にこんな不毛な関係を続けているだけです。」
「お前日本語変だぞ。魅入られたんだからいいんじゃないか。別に俺が犯ってくれって言った訳じゃない。」
 そう言うと允巳は男に背を向けて寝てしまった。
「副社長、私はまだ達ってないんですが…仕方ないか、意地悪したんだから。」
 男は自らの手で己の肉棒をしごいた。
「まさ…み…」
 男は小さく呻いて白濁を掌に吐き出した。



 篤基はまだ職場にいた。
「あん…そこそこ、そこが気持ちいい〜あぁ〜…」
 脚の付け根という際どい部分だが、篤基にはその部分へのマッサージ依頼が多い。
「立ち仕事だから辛いのよね〜。あ、ふくらはぎもお願い〜。」
 マッサージはただのサービスだからあまり長時間やるなと言われている。しかし芸能人という業種は別だ。
 どんな口コミをされるかは彼女たち次第なのだ。
「篤基くんの手はイヤらしくないから好きなの。あなた私に魅力を感じてないでしょ?いいのよ、その方が好都合だから。」
「申し訳ございません…興味がないわけではないのですが、昔から変に真面目なところがあって公私のけじめはきっちりつけないと気が済まないんです。」
 客は納得ずくだったようだ、「分かってるわよ。メイクさんに多いのよね、そういう考え方の人。」とカラカラ笑いながら言われた。
「篤基くんの彼女ってどんな人?」
「残念ながらおりません」
「まあ、恥ずかしがらなくてもいいのに。それだけ可愛い顔をしていたら誰も放っておかないでしょう?」
 篤基は少し首を傾げる。
「いえ、幼稚園からずっと、放置されっぱなしです。」
「まあ、まあ、まあ…それじゃあまだ?」
「はい、彼女いない歴が年齢と一緒です」
 篤基はにっこり笑う。
「じゃあ今度女の子連れてくるわよ。どんな子が好み?」
「いや、その…」
「本当にウブなのね」
 客は楽しそうに店をあとにした。
 余計なことは、いらないのにな。
 厄介なことになったと、ため息をついた。


「彼女がいないのは知ってるよ!興味があるかないかだ!」
 ベッドの上で、允巳は怒り心頭だ。
「なんだって余計なことをしてくれたかな…」
「試しているようですよ?彼がどういった嗜好なのか。」
「あいつは二十歳くらいの冴えない地味な女が好きなんだ。田舎くさい顔立ちで声を掛けたら確実に騙されると決めてかかるような女だよ。」
「それって…女に興味がないんじゃないですか?声を掛けても振り向かない女を普通選びませんよ。時間を掛けて口説いたりするんですか?」
 允巳はしばらく考え込んだ。そして小さく「ない」と答えた。
「脈、有るんじゃないですか?」
 允巳はこれには答えなかった。
「潮時…ですね。私はもうここには来ません。允巳さんが選んでください。」
「まさき。それでいいのか?」
「…まさきは芸名です。ちゃんと本名で呼んでください…最後くらい。」
 ビジュアル系ミュージシャンとして今、人気絶頂の七瀬まさきは、允巳のプロデュースでデビューした。
 まさきという名は允巳が付けた。彼が允巳に似た名前がいいと言ったからだ。
「七祐(しちのすけ)じゃあ、色気ないじゃないか。」
「私たちの関係に、色気なんてありましたか?あなたの心の中は篤基さんで一杯だ…允巳と篤基でまさきだ…笑っちゃうよな。いくら好きでも、いくら身体を繋いでも、あなたの中に私は残らない!」
 まさきは允巳に背を向けた。
 服を身に纏い、部屋を後にした。



「みんなが言う程じゃないね、キミ。」
 篤基の前に、七瀬まさきが立っていた。
「でも、柏木さんが休みだから、仕方ないからキミでいいよ。」
「ありがとうございます。…他にも男性の方にご好評を頂いております担当も待機しております。いかがいたしますか?」
 篤基が言ったのは允巳のことだ。まさきは傲慢な態度で告げた。
「キミでいいよ…って言ったよね?聞こえなかった?」

「あの、柏木はいつもお客様にこのようなご要望にお応えしているのでしょうか?」
 まさきが付けた注文は、いわゆる性感マッサージというものだ。
「まさか。キミだから頼んだんだ。キミって鈍感な上に人の気持ちを全く読めないんだね。客商売には向かないよ。」
 まさきはこうやって時間内、延々と篤基をいじめ抜いた。



「逆囲、顔色悪いぞ。」
 控え室で、篤基はぐったりと机に突っ伏していた。
「悪い、嵩羽師に頼みがあるんだ。腕をマッサージしてくれないかな。前の客がもの凄い肩こりで骨が折れたよ。」
 篤基は決してまさきの悪口を言わなかった。
「お前の肩も、もの凄く凝ってるぞ」
 允巳の手が震えていた。
「だろうな…次に予約客が入ってるのに、役立たずな身体だな…」
 篤基は小さく笑った。
「お前は頑張ってるよ。」
 篤基は知らない。允巳は客を相手にしていない。允巳のところにやってくる客は、別のエステティシャンが相手をしている。客も承知だ。実際、知らないのは篤基だけなのだ。
「嵩羽師、上手いな。」
 篤基はそのまま、眠りに落ちそうなくらいの快感だった。
「あのさ…」
「ん?」
「今日、このあと時間あるか?」
「うん。今日は平気だ。明日は見合いだからな。」
「良い酒が手に入ったんだ。家に来ないか?」



「おい。なんだって嵩羽師の家、こんなに立派なんだ?給料は一緒だよな?」
 允巳のマンションを見上げ、篤基が悲鳴を上げた。
「親がさ…」
「すげえなぁ」
 エントランスを通って悲鳴、エレベーターに専用カードを差し込むのを見て悲鳴、最後は允巳の部屋のリビングを見て悲鳴をあげた。
「うちの実家だってこんなに広さはないぞ!どうなってるんだ?」
 いつもの允巳なら、アパートの一室でも借りて上手く篤基を騙すのに、今日は焦っていたので自宅に呼んでしまった。
「親の金だよ」
「いいなぁ」
 見上げては感嘆、見回しては感嘆、見渡してはため息…だった。
「ここなら女の子もなびくよな。」
「女は一度も呼んでない。」
「そうなのか?勿体ないな。」
 女は相手にしない…言いたいのをぐっと堪えた。
「適当に座ってくれ」
 明日、どうやって篤基の見合いを回避するか、允巳に案はなかった。
「逆囲、結婚するのか?」
「なんだよ、いきなり。…会うだけだ、顔を立ててな。なんだか営業の方が楽だったよなぁ。仕方ないか、業務縮小したんだから。仕事があるだけ幸せだ。」
「秘書検定、受けないか?」
「は?」
「副社長が秘書を募集している。」
「楽しいかな?」
「エステティシャンよりは楽しいだろうな」
「なら、受けるかな。いつだ?」
「明日、副社長室」
「それは秘書面接だろ?」
「先に受けなきゃ間に合わないだろ?」
「ならいいや」
「受けろよ」
「なんだよ?」
「行くなよ、見合い」
 篤基は允巳の顔を見た。
「目的はなんだ?」
「え?」
「嫌がらせなら受けて立つ!」
 允巳には意味がわからなかった。
「嵩羽師みたいにモテるなら構わないさ。だけど俺は無理だ。こんな機会がなかったら巡り会えない。」
 篤基は立ち上がった。
「帰るよ」
 允巳の身体は自然に動いて篤基の行く手を遮った。
「なんだよ?何がしたいんだ?」
「…話を、聞いて欲しい…」
 話すことは何もない。允巳が篤基を欲していること以外。しかし何としてでも明日の見合いは避けたいという想いが勝っていた。
「七瀬まさきがさ、お前に対してなんかしただろ?俺のせいなんだ。」
「は?なんかって何だよ?」
「昼間、嫌がらせしただろ?」
「ああ、昼間のね。よくあることじゃないか」
 允巳は頭を左右に振った。
「違うんだ。まさきは…お前を狙って来たんだ…あいつ…俺の…」
 言葉が続かない。
「俺が、お前を好きなんだと思って…」
「嵩羽師、意味が分からない。簡潔に話してくれ。」
「つまり、まさきと俺は身体の関係があって、俺の気持ちがお前にあると、まさきが思いこんでいやがらせしたんだ。」
「…嵩羽師、どっちもイケるのか?」
「え?あ、うん」
「そうか…悪かった」
「いや、大人げなくて悪い」
「お前が俺に隠し事をしているのは知っている。」
 篤基は部屋の中に戻って腰を下ろした。
「それと、俺の見合い、何の関係があるんだ?」
「それは…」
「七瀬まさきの思いこみが間違っていない…そうだろ?副社長。」
「え!」
「知らないと思ってたのかよ。面接の時、会っただろ?」
「覚えてたのか?」
「人の顔を覚えることには自信がある。」
 篤基が入社試験を受けた際に、允巳は大学院にいた。いずれ自分が継ぐ会社の入社試験を見ておきたいと思ったのだ。
 そこで篤基に興味を抱き、大学院を出た後、一般社員同様に生活を送った。
「二重生活は大変だろ?戻ればいい。大体お前の行動は女々しい。堂々と当たって砕ければいい。」


「副社長?」
 允巳は本社の副社長室にいた。
 あれからエステには行っていないので篤基にも会っていない。
 秘書には今年大学を卒業した美人が選ばれた、社長である父親の選出だ。
 終始ボーッとしていることが多くなった。
「副社長!お電話です!」
 秘書が叫んで初めて気付いた。
「誰?」
「社長です」
「そうか…もしもし?」
『允巳、結婚相手が決まったぞ』
「そうですか。適当に決めてください」
 素っ気なく電話を切った。
 パソコンに目を転じてメーラーを開く。
『逆囲 篤基』
 タイトルに名前をいれるんだな、あいつは…と内心思った。
『あの後、考えた。見合いはとりあえずした。良い娘だった。』
 モニターが急にぼやけた。涙がこぼれた。
『でも、断った。』
 何をやっているんだ…と、泣きながら考えた。
『お前に当たって砕けろと言いながら、俺も当たってない』
 その砕けろに気持ちが挫けたんだと、小さく呟いた。
「なんですか?」
 秘書が振り向いた。
「独り言」
「そうですか…」
 美人でやり手だが、食指が動かない。
『当たる勇気も砕ける勇気もない。だから現状維持を続けた』
 篤基に愛される女がいたんだ…ため息をついた。
『明日、砕けに行く。』
「どこに行くんだよ、全く」
 メールが届いたのは、昨日の23時55分。
「今日か…」
 秘書の机で内線が鳴った。
「副社長、社長からお電話です」
 またか…と思いながら受話器を握った。
『社長室に呼んだ。早く来い』
 允巳はドキリとした、今、篤基からのメールを読んだばかりだから、勘違いをしたのだ。
 慌てて上着を手にすると、社長室に飛び込んだ。
「あ」
 そこにいたのは、見知らぬ女性だった。
 取引先の…と、ありがちなプロフィールを並べられたが何も耳に入らない。
「あの…」
 允巳は女性を見た。
「勃ちません。私は女性に欲情しません。」
 あれだけ浮き名を流してもらったのに。全ては嘘なのだ。允巳は女性を相手に出来ない。
「それでも構わないのなら…」
「女性に欲情しないなら誰に欲情するんですか?」
「男性以外、他に、いますか?」
「なら、構いません。ニューハーフとかの人種は嫉妬深いでしょ?でも男性なら堪え忍んでくれます。」
 やけに自信たっぷりに答えるな…と、気にはなったがそれ以上の否定は出来なかった。
「允巳。この方は取引先のお嬢さんだが、営業部長なんだ。お前の結婚相手じゃない…」
 完全に允巳の早とちりだった。
 女性はにこやかに、笑った。


「いきなり勃ちませんって言われたら、ショックです…」
 允巳はその夜、お詫びを兼ねて食事に誘った。
「でも平気です。慣れていますから。身内の恥をさらすようですが、弟がゲイなんです。父の会社は継げないと、家を出ました。父は子を成さない息子は不要と判断しました。だから私がこうして動いています。」
「あなたなら、大丈夫かもしれない…」
 允巳は、正直な気持ちを伝えた。
「あら?篤基?」
 聞き慣れた名を、女性が呼んだ。允巳は振り返った。
「どうして嵩羽師がねーちゃんと一緒にいるんだ?」
 ねーちゃんと呼ばれた女性は、不敵に笑った。
「偵察」
「やっぱりな…じゃあ、俺、用事があるから。」
 篤基は允巳に声も掛けずに去った。
 篤基が、当たって砕けに行くことを、悟った。



「何が偵察だよ」
 篤基は姉、皐月(さつき)の行動を予め予期していた。
「油断も隙もない…昔からそうだ。」
 二卵生双生児として生まれたが、顔も性格もあまり似ていない。
 しかし。ひとつだけ似ていることがあった。


「あの!逆囲がゲイだって、言いましたよね?そうなんですか?」
 皐月はにっこりと笑った。
「ええ。私の彼氏を端から奪っていきました、それこそ根こそぎ…」
 允巳は皐月の腕を取ると、「あいつを追います」と言いながら一緒に連れ出した。


「まだそんなに遠くには…」
 店の扉を開けたときだった。
「逆囲?」
「遅い!今日が終わるだろうが。ねーちゃん、一人で帰れるよな?」
「私を一人で帰すの?」
「また、男同士の修羅場が見たいのか?」
「見たくなーい」
 そう言って駅に向かった。
「逆囲、お前わかっててやってたのか?」
 允巳のなにもかもを吹っ飛ばした言動に、篤基が驚いた。
「俺の気持ちは決定事項?」
「前提」
「じゃあ答えてやる。何も知らなかった。見合いを止められたとき気付いた、こいつも同類だってな。親父の会社を継がなかったのは、向かないからだ。女性下着なんて興味のある人間じゃなきゃ無理だ。」
「逆囲…好きだ」
「うん。」
「…お前の気持ちは?」
「知ってるだろ?」
「聞きたい」
「言わない」
 その後延々と言え、言わないを繰り返しながら、允巳の部屋になだれ込んだ。


「ん…あ…」
 篤基の身体を跨いだ允巳は、ゆっくりと篤基を飲み込んでいく。
「夢…みたいだ。ずっとこうなることを望んでいた」
 最奥まで飲み込むと、息をついだ。
「あ…篤基の、大きい」
「誰と比べてるんだ」
 篤基がむっとした。
「誰とも比べてなんかいない。中がギチギチなんだ…早く動いて…あっんっ」
 篤基が更に重量を増した。
 允巳は待ちきれずに腰を揺らした。
「あ、すごいっ…熱い…」
 篤基の胸の上に置かれていた允巳の手は、篤基に握りしめられた。
「あっあっ」
 激しく下から突き上げられて悲鳴を上げた。
ビュクッ
と、允巳の先端から熱い精液が勢いよく溢れ出た。
 敏感になった性器を、正常位に体位を変え、腹と腹で擦りあげるとまたムクムクと頭を持ち上げた。
「まだまだ、夜は長いからな…」



「いらっしゃいませ」
 相変わらず、篤基はビューテ青山店で人気のエステティシャンだ。
 そして允巳は経営者として本社で毎日社長に絞られている。
 允巳の結婚話は進んではいないが、白紙に出来ない状態で四苦八苦している。結婚しないですむ方法を思案中だ。
 篤基の希望は営業に復帰することだ。
 実家に戻ればすぐに叶う希望だが、今のところ允巳と別れるつもりはない。

 二人の恋は前途多難…のようだ。