| とりあえず、誰もいない町に行けばいいだろう…篤基は簡単に考えていた。 
 
 「ちょっ…待っ…てっ、てば…」
 「だーめ」
 顔に笑顔を張り付けたまさきは、テラテラと濡れて光る男性器を、篤基の後ろの穴から出たり入ったりさせていた。
 「追いかけてきた甲斐があったなぁ…副社長…允巳さんは入れてはくれなかっただろ?」
 「なん…あっ…やめ…ろ」
 「ヤらしいなぁ」
 わざとゆるゆる攻めている。
 「楽しいことはゆっくり、時間を掛けないとな」
 ギリギリまで抜いて一気に突き入れる。
 「ああっ…んっうっ」
 どくんっ
 まさきの怒張は重量を増した。
 篤基の顔が苦痛に歪んだ。
 
 
 話は少しだけ遡る。
 篤基は允巳に辞表を突きつけたその足で、電車を乗り継ぎ更にバスに乗り換え、観光客も訪れない、人里離れた山の中へやって来た。
 事前に下準備をして逃げ出したのだ。
 貸家に荷物を運び込み、ほとぼりが冷めるまで籠もっているつもりだった。
 バスに乗り込むとき、どうしてまさきの存在に気付かなかったのだろう…悔やんでも悔やみきれない。
 「良いところだね…逆囲くん」
 背後から聞き覚えのある声が聞こえたので思わず振り返った。
 「招待してよ」
 イヤだと抵抗したが、玄関口でにじり込まれそのまま上がり框で犯された。
 「んっ…」
 「逆囲くんはどっちもOKなんだ。便利だね」
 緩急をつけて抽挿を繰り返す。
 「副社長が見たら、嫌われるかもね」
 その言葉で、篤基は理性を手放した。
 もう、どうなってもいい…まさきの背に腕を回し、一時の快楽を貪った。
 
 
 「篤基…好きだ、嫌いになんかならない。だから…捨てないでよ。」
 捨てる?捨てられるのは俺だ…言い掛けて口をつぐんだ。
 允巳と結ばれてから、嫌がらせや圧力があった。
 嫌がらせや圧力は『男妾』という不名誉なことだ。允巳に養われる…屈辱だ。
 篤基の実家だって、允巳に負けてはいない…そう思いながら自分の女々しさに呆れかえった。自立しようと実家を出てきたのに。
 「篤基っ!」
 再び名を呼ばれ、篤基はやっと意識を現実に引き戻した。
 
 
 「だから、普通にヤっただけですってば…個人的な感情は少なからずありましたが…」
 まさきは允巳に意味深長な言い訳をしていた。
 「篤基が死んだら、お前も殺してやる!」
 「そうしたらあの世で思いっきり逆囲くんを犯してやる!」
 「まさき、お前…」
 允巳が疑惑を抱いたとき、
 「…いい加減にしてくれっ!」
 篤基の制止が入った。
 まさきが篤基を追いかけてきたのは辞表を突きつけられた允巳が慌てふためきとりあえず指示したのだった。
 バスの中から允巳に連絡を入れ、篤基が他に動かないように足止めをしたと言うが…。
 「篤基が受け身になっちゃったらどうしてくれるんだ!」
 「そうしたら僕のものでいいだろ?」
 まさきが見当違いなことを言い始めた。
 「俺が言うのもなんだが、論点がズレていないか?」
 篤基が呆れ顔で問う。
 「いや、ズレてない。僕は逆囲くんの身体に惚れたんだ!」
 篤基は頭を抱えた。
 「まさきが惚れようがなんだろうが、僕は篤基と別れる気はない!」
 「…結婚はどうするんだよ?」
 篤基に聞かれて允巳は真っ赤な顔で反論を始めた。
 「しないって言っただろう?親父と先方には好きな人がいるから受けられないって言うから!なんで信じてくれないんだよ」
 「…好きだからに決まってるじゃないか。」
 「え?」
 あまりの声の小ささに、允巳は篤基の一世一代の告白を聞き逃した…。
 
 
 
 「まさきのヤツ、もう二度と会ってやらねー」
 篤基は無理矢理まさきに身体を開かれたため、裂傷を負った。幸い軽傷だったため市販の塗り薬で様子を見ている。
 だが、允巳は欲求不満だ。
 「だって!篤基と二人でいるのに、セックス出来ないんだぜ」
 出来ないことはない、允巳が受けなのだから。でも篤基はあえて触れないでいた。
 「お前の頭ん中はセックスしかないのか?」
 「篤基といたらしたくなるだろ?」
 「いままで我慢していただろ?」
 「それは…篤基を知らなかったからだ…一度知ってしまったら無理だ。時々さ、小説とかで思い出に一回だけとか言ってるけどあれは明らかに無理がある。好きなヤツと一回寝たら諦められなくなる。」
 篤基は允巳をじっと見つめた。
 「なんだよ?」
 「いや、お前でも恋愛小説読むんだなーと思ってさ。多分そいつはテクニックに自信があるんだよ、一度寝たら相手が自分に溺れるってな。」
 「篤基は、自信ないのか?」
 「ない…恋を経験したことがないんだ」
 「僕が、初めてなのか?」
 「ん」
 篤基は照れ隠しに允巳に口付けた。
 「なんだよ!はぐらかすなよ!」
 …階下では一人寂しくまさきが畳に寝そべっているのにも関わらず二人は夜明けまで話し込んでいた。
 
 
 「まだいたのかよ?」
 昼前、一階に降りてきた允巳はまさきの姿を見つけて少し驚いた。
 「仕事は平気なのか?」
 「…昨日、スタジオを飛び出した時点で覚悟は決めていた…未練はない。」
 まさきは笑いもせずに言い放った。
 「何言ってんだよ?歌手になりたくてなりたくて、あんなに頑張っていたのに?」
 「…俺はペットかよ?時間が空いたときだけ可愛がって、後は放置…俺にだって気持ちがあるんだ…」
 つきん
 と、允巳の心が痛んだ。
 「結婚するなら別れようと思ったんだ。」
 「ちょっと待った。お前も篤基もどうして相手が女になると諦めるんだ?」
 「法律に守られた女には勝てないよ」
 諍いの声を聞きつけ、篤基が階上から降りてきた。
 「俺に置き換えたら簡単だろ?親父がどうしても実家を継げと言って重要な取引先の娘を連れてきた。俺は身動きが取れない。お前はどうする?」
 允巳は悩んだ。
 「力ずくで…が、本心だけど。無理だな。」
 「だろ?相手に俺は男にしか欲情しませんと言って親父の心証を悪くすることも出来ない。だから身を引くんだ。」
 「対抗できる人がいれば…篤基の姉ちゃんは?」
 「皐月?」
 「暫く、恋人のフリを…」
 「無理だ。俺たちは男の趣味が似ている。皐月を辛い目にあわせたくない。」
 
 
 東京の篤基のアパートに、皐月は何度も足を運んでいた。
 「なんでいないのよ!…手遅れかな…」
 合い鍵は持っているので開けることは可能だが、いくら姉弟でもプライバシーは守ってあげたいと開けずにいた。
 ドアの前で篤基の携帯に電話を掛けた。
 「もし…もうっ!なんで留守電なのよ!」
 半分、ヒステリーだ。
 「兎に角連絡しなさい!」
 留守電にはそれだけ入れた。
 
 
 「もしもし?なんか用?」
 『何か用?じゃないわよ!なんで連絡しないのよ?』
 「いつもそんな頻繁に連絡なんかしないじゃないか。東京に泊まるなら暫く部屋、空いてるよ。」
 『なんで?…会いたいのに…』
 「どうしたんだ?」
 『話が、あるの』
 「なんだよ?」
 『電話じゃ、いや』
 「允巳のことか?…あいつは…だめだからな」
 『本当に、付き合ってるの?今度は本気なの?』
 「皐月、なんか変だぞ?」
 『…変…かもしれない…』
 通話が突然切れた。
 「皐月さん、どうかしたのか?」
 「なんか、変だった」
 篤基は携帯電話を見つめたまま、考え込んでいたが、暫くしてメールを打ち始めた。
 三時間後。
 居間のソファーにふんぞり返って座る允巳、ダイニングテーブルの椅子にチョコンと座るまさき、居間の床に直接座り込む篤基…会話はない。
 そこに、訪問者…皐月が来た。
 「…別れるのが賢明だと思う。私はそんな茶番には付き合う気毛頭ないわ。篤基、あなたも家に帰ってきたらいいわよ…父さんも最近体調が思わしくないの。もう少し社員の中に有能な人がいればその人を後継者に出来るけど、いないのよね…篤基だけが頼りなのよ。」
 皐月の言葉を聞いていたまさきが、首を傾げた。
 「皐月さん…でしたね、あなた、篤基が戻ることしか考えていないんですね?…もしかして?」
 皐月の表情が僅かに変化した。
 「父の望みですから」
 皐月はまさきに向かって微笑んだ。
 「逆囲くん。姉さんがキミにプロポーズしてるけど、どうするんだい?」
 篤基の返事はなかった。
 「何をおっしゃりたいのかは分かりかねますが、篤基は私が引き取ります、お騒がせしました。行くわよ、篤基。」
 皐月に腕を取られた篤基は俯いたまま動かずに言った。
 「気付いてた。趣味が似ているんじゃなくて、俺の好きなヤツを好きなフリしていたんだって事。だから離れた。」
 允巳が顔を上げた。
 「根こそぎ…ではなく、片っ端から邪魔したんですね?」
 皐月の顔が歪んだ。途端に涙が溢れた。
 しかし、皐月は何も言わなかった。ただ泣き続けた。
 
 
 人数が増えただけで答えは出ない。
 「篤基」
 允巳が立ち上がった。
 「篤基の不満は僕の結婚話が消えないことだな?」
 頷きかけて首を左右に振った。
 「他にもあるけど、とりあえずはそれが一番かな?」
 「…わかった。その不満を解消してくるから待ってろ!」
 允巳は振り返らずに真っ直ぐ玄関を飛び出して行った。
 残された三人は所在なくぼんやりとしていたが、
 「允巳さんが居なくなったら僕の出番かと思ったんですけど…無理みたいですね。ひとまず引き上げます。」
 と、まさきも東京へ帰って行った。
 篤基と皐月の間には、沈黙が残った。
 「私が囮になればいいの?」
 先に言葉を発したのは皐月だった。
 「なりたくないってみんなに宣言したくせに」
 「恩を着せられるじゃない」
 「誰に?」
 「篤基に」
 「やっぱり…皐月、允巳狙いだろ?」
 「当たり前よ!あのバカ男はなんなの?誰が篤基にプロポーズよ!報われない恋に身を置く薄幸な女に見えるのかしら?…でも、それはそれでいいかもね…」
 「バカはどっちだか…」
 「何よ?…とりあえず私、帰る」
 皐月はいつもふらりとやってきてふらりと帰る。
 「允巳は…ダメだからな」
 返事はなかった。
 
 
 「皐月さん。上手く行きました?」
 玄関先で皐月をつかまえたのはまさきだった。
 「だめ。篤基はやっぱり気付いてた。どうしたらあの二人、別れるかしら。」
 まさきは真剣に考え込んだ。
 「皐月さんは二人を別れさせてどうするんですか?」
 「篤基に父親の面倒を見させる!私は自由になる!」
 「なら…先に結婚してしまえばいいじゃないですか」
 二人が知り合ったのは、ひょんな事から知り合った皐月と允巳が食事の最中に、篤基がやってきて允巳が追いかけたときだ。
 允巳がいつも使う店で食事をしていたので、偶々まさきはやって来たのだ。
 「婿養子とか言いかねないしね。」
 「二人が別れてくれないと、僕は見向きもされないからなんとかしないといけないんです。」
 二人の下手な小細工は多少の波風を立てたが、二時間後にあっさり解決をしていた。
 
 
 篤基と允巳は今、新潟のスキー場でバイトをしている。
 あの後、あっさりと允巳の父は会社を手放した。自分が続けるより、他人に任せた方が社員のためになると結論づけた。
 今は二人で新しい道を見つけるため、日本中を転々としている。
 篤基がいなくなってしまったので、皐月は相変わらず実家に縛られている。
 まさきは何事も無かったかのように音楽活動を続けていた。
 
 
 何かをやろうと思うなら、まず目の前の雑務をこなすこと。
 そうすれは自ずとチャンスはやってくる。
 
 |