「あら崇くん、おはよう。大幸(ひろゆき)くんったらさっき血相変えて飛んでったわよ。兄弟ふたりきりで大変だろうけどおばさんで役に立つことなら言ってね。」
「ありがとうございます」
崇は深々と頭を下げると声を掛けてきた主婦に笑顔を向けた。
「毎朝起こすと癖になるのでたまには薬です。」
主婦はそーね、そーよねと繰り返す。
では、と挨拶をして崇は主婦から離れた。
出来ればあまり近所付き合いはしたくない、しかし自分たちが疑われないで暮らしていくには普通に生活しなければいけない。
自分に言い聞かせる。
大幸にも言い聞かせているのにと心の中で独り言ちる。
「ただいま」
ガタン
仕事から帰ると、部屋の奥で大きな音がした。
「大丈夫か?」
崇は台所を覗いた。大幸は真っ赤な顔をして俯いた。
「ごめんなさい…崇の好きな豚の生姜焼きを作りたかったんだけどダメだった。」
つまり、大幸は崇の顔色を窺っているのだと判断した。
「機嫌が良くても悪くてもやるから。」
飛び上がるほど大幸は驚く。
「違う!したくないんじゃないんだ。ただ…どんなに感謝してもしきれないから…」
「だからするんだろ?」
大幸は黙って頷いた。
去年のこと。
崇は父と二人で暮らしていた。
母は三年前に他界した。
父の仕事は平凡なサラリーマンだったが、社長が堅実な人で景気が良いときは不満だが不景気になっても給料は変えずに平均して支払う人だったので苦労はしていない。
崇も高校卒業を目前に控え、親子で何一つ不自由せず穏やかに暮らしていた。
そこに突然一人の少年が父の昔の知人から届けられた。しばらく預かって欲しいと言う。
従順で素直な性格の少年は崇に懐いた。
崇も就職し生活に変化があったので、家族の増加は簡単に受け入れた。
しかし。
家族の減少は受け入れるのに時間がかかった。母の時同様に。
荒んだ崇は仕事を辞め両親の思い出を消すために引っ越しをした。
唯一の家族となった少年、大幸を連れて。
ただし、大幸の高校を変わることが出来なかったので比較的近くに引っ越したのだが…。
「あっ…あんっ…たかしぃぃっ」
大幸は料理も出来ないし掃除もダメ、買い物も出来ない。出来たのはセックスの相手だけだった。
「今までどんな暮らしをしていたんだ?」
そう聞くと俯いてしまって返事を拒む。
「分かったから。大幸は僕の性処理だけしてくれればいいから。」
冗談で言ったつもりだったがそれから大幸は毎晩脚を開く。
「崇…崇っ」
何度も名を呼び背中に強く爪を立てる。
「んーっ、んんっー」
必死に声を押し殺す。
狭いアパートではあまり大声を出すと全て筒抜けになる。
「大幸を連れてきたおじさんは誰なんだ?」
「はっ…んっ」
「そんなに気持ちいい?」
無言で頷く。
崇は深く腰を進めた。
「あひっ!」
大幸の声が大きくなる。
「やらしいな、大幸は。」
自分が一番やらしいという事実は変わらないのに、言葉にすることで等分になったような錯覚に陥る。
「はっ、はっ、はっ…」
短く息を吐くことで声を抑える技術を身に着けたらしい。
「大幸、好きか?」
大幸は大きく頷いた。が、次に崇が続けた言葉は「セックス」だった。
「入れられるの好きなのか?」
再び頷く。
「淫乱だな」
言うと大幸は小さく頷いた。
「僕…やらし…くて、淫乱…で、セックス好きで、崇が好き。」
崇の背中に腕を回すとギュッとしがみついた。
崇は動きを一旦止めた。
「で?おじさんは誰なんだ?」
「あんっ」
「誤魔化すな」
「…お父さんの友達」
「お父さんはどうした?」
「死んだ」
「俺と一緒か」
「うん、崇と一緒。」
嬉しそうにしがみつく。
「崇…なか、出して?」
テラテラと光るぺニスが大幸の尻の穴を出たり入ったりするのを見つめながら、崇もまた大幸に偏った愛情を抱いていることに気付いた。
大幸を連れてきた人間が誰なのか?いや、一番知りたいことは大幸が誰なのかということだ。
だから大幸を連れてきた人間を探しているのだが父親亡き後、崇には全く手がかりがなかった。
崇は自分の稼ぎだけで大幸を養っている。
どこかの施設に預けるにしても何処の誰だかわからないとダメだ。…とは、崇が勝手に思っていること。本当は放したくないのだ。だから慌てて引っ越ししたり、職を変えたり、兄弟だと偽って暮らしている。
真実を突き止めたら大幸と別れなければならないと、考えていた。
「おじさん…」
それはこの町に越してきて半年が過ぎた日だった。
「あ」
崇は動揺した。
日曜日の朝から盛る気満々でいたからだ。
「大幸を引き取りに来た」
それだけ言うとすっと立ち上がり玄関先に立った。
「荷物を持ってきなさい」
おじさんは大幸に傲慢な態度で指示した。
「やだっ」
大幸は意外にも拒否した。
おじさんは崇に向き直り、「巳之(みゆき)が死んでいたなんて知らなかった。崇くんには迷惑を掛けたね。」と頭を下げた。
「あの…大幸…くんは、迷惑じゃないです。父が亡くなって寂しい思いをしている僕を慰めてくれてたので…それより知りたいのはおじさんと父の関係です。」
おじさんは不信な目をした。
「知らないのか?」
「はい」
「本当に?」
「嘘を言っても仕方ないです」
それもそうだとおじさんはため息をついた。
「巳之はまだ私を疎んでいたのか…。私たちは二卵性双生児なんだ。私は養子にだされたがな。」
父に兄弟がいたなんて。
「巳之が兄だから大幸を頼んだのに。」
「おじさんと大幸の関係は?」
今度は直球だ。
「妻の連れ子だよ。一応息子だ。」
息子…
「実父は亡くなったよ。もう質問はないかな?それじゃ…」
「僕、崇のお嫁さんになる!」
大幸はそう言って柱にしがみついた。
「な!」
おじさんは絶句した。
「ばーか。掃除も料理もましてや子供も産めないようなヤツ、嫁にはいらねーよ、とっとと帰れ。」
大幸がこれ以上だだをこねる前に送り出そう。
「元気でな」
玄関に背を向ける。
「たかし…」
衣擦れの音がする。
大幸は何一つ荷物を持たずに出て行った。
大幸のいない月日はあっけなく通り過ぎあっという間に1ヶ月が経った。
大幸の荷物を片付けることが出来なかった。
毎日朝な夕なに眺めてはため息を付く。
「大幸、勉強ちゃんとやっているかな。」
独り言。
「誰が飯、作っているんだろう?おじさんかな?」
ため息。
「従兄弟…より、兄弟の方が楽しそうだもんな。」
またため息。
内心、帰ってくるかもと期待しているが、ダメかもという気持ちがせめぎ合う。
「あ、隣のおばちゃん、大幸のこと何も聞かないよな?なんでだろー?」
三度ため息。
そのまま万年床になってしまった布団に倒れ込む。
「左側が寂しいんだよな…」
目を閉じた。
「ひ・ろ・ゆ・き…」
小さく名を呼ぶ。
「なあに?」
…ついに幻聴だ。
「崇?」
俺、死んだのか?
「飯食ってないのか?」
瞼に力を入れ目を開けた。
「なんだよ?何してんだよ!」
目の前に大幸がいる。
「セックスしよーよ!1ヶ月もしてないから下半身が寂しいって泣くんだ。」
慌てて横を向いた。
「泣いてんのは大幸だろ?」
「あー、バレた?…だって崇にフラれたからさ。泣き明かしてた。」
崇はふと気付いた。大幸が1ヶ月前と雰囲気が違う。
「色々、あったからね。」
大幸が寂しそうに笑った。
「崇にフラれたショックもあるしね。」
さっきから大幸はフラれたを連呼しているが、何のことだろう?
「なあ、フラれたって何のことだ?何か約束してたか?忘れてたんならごめん。」
大幸は苦笑いをしながら「プロポーズを間髪入れず却下された」と呟いた。
「プロポーズって?まさかおじさんが引き取りに来たあの日のことか?」
無言でコクコクと頭を振る。
「だって…嘘だろ?」
すると大幸の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おじさん、戸籍上は父親だけどそんな気はないんだ。二十歳になるまで僕はおじさんの言うことを聞かないと打たれる。だってかあちゃんはおじさんと許嫁だったのに父ちゃんと逃げたから。恨んでるんだ。」
「なんで、大幸を家に預けたんだ?」
「記憶喪失のフリしたから。」
フリ?
「ずっと、記憶はあるよ。フリしてたんだ。おじさんから逃げたかったから。…崇が好きだから。」
好き…え?好き?
「大幸、俺のこと前から知ってたのか?」
「うん、おじさんの話に何度も出てきた。おじさんは崇の父ちゃんも恨んでた。双子で先に生まれたのはおじさんなんだけど養子にだされたからなんだ。」
大幸の話をまとめるとおじさんは婚約者を大幸の実の父親に取られたから大幸を恨んでいて辛く当たる。しかし記憶喪失になったら世話が面倒なので嫌っている兄の巳之に預けた。
昔は双子が生まれたとき、後から生まれた方を兄とした。しかも双子は不吉だからと一人は捨てたり養子に出したりした。
「俺の何を聞いてたんだ?」
「崇に負けるなって。僕、何度も崇のこと見に来たんだ。」
何に負けるななんだろう?
「おじさんはなんで大幸を打つんだ?」
一瞬、大幸は躊躇った。出来れば言いたくなかったのだろう。
「…客を、取らされるんだ。男娼ってヤツ?」
崇は胸をギューッと掴まれた思いだった。
「俺んときみたいに脚、開くのか?」
目を閉じてゆっくり、縦に首を振った。
思わず、大幸を抱きしめていた。
「おまえのプロポーズ、受けてやる、嫁に来い。家事が出来なくてもいい、そばにいろ!」
大幸はうん、うんと何度も頷いた。
その晩、大幸を抱いて寝た。
しかし、起きたら大幸は居なかった。
きちんと考えればわかること。大幸は男娼をしていると言った。ということはおじさんの金づるだ、簡単には手放さないだろう。
結納金が、必要だ。
手っ取り早く金を貯めるには、昼夜働く。
仕事を辞め、昼は実入りのいい宅配便の配送業、夜は水商売の掛け持ち。身体が続くわけ無いと思ったが大幸が誰かに抱かれていることを考えたら居ても立ってもいられなかった。
一年後。
おじさんに叩きつける金は用意した。
大幸を見つけだす方法を考えたが途方に暮れるばかりだ。
ある日、思案に暮れていると近所の主婦が、「大幸くんなら毎日あっちから来るわよ。」と、教えて暮れた。
散々探して見つからなかったのに、おばさんはちゃんと見ていてくれた。
「あの男の人、なんだか怪しい人相だけど親戚?」
曖昧な返事をして俺は捜索を開始した。
捜索といってもおばさんが朝いる時間に立ち話をするだけだ。
どうして大幸と別々に暮らしているのかとしつこく聞かれたが曖昧に答えた。
我慢して一時間ほど経過したときだ、大幸は現れた。おじさんと一緒に。
「大幸!」
俯いて歩いていた大幸は肩をビクリと跳ね上がらせたが、顔は上げなかった。
「約束、果たしに来た」
「嘘言わなくていいよ、崇は僕のこと嫌いだって言ったそうじゃないか」
相変わらず俯いたまま反論をしてきた。
「言わないよ、そんなこと」俺はおじさんに向き直り、「話が有るんですけどお時間頂けますか?」言うと二人をアパートに誘った。
「これで、大幸を俺にください」
部屋に着くなり、おじさんの目の前に札束を置いた。
「あのさ、崇くん。大幸の一晩の価格、いくらだと思う?それじゃあ、せいぜい一週間だな。」
予め予想していた言葉だった。
「残金は後で振り込みます。常に手元に置くには危険ですから。」
一年前に比べてあか抜けた俺を見たおじさんは納得したらしい。
「まあ、足りない分は分割でもいい。」
言うと手帳を取り出し銀行口座を書き付けると俺に投げつけるように手渡し、大幸を置いて出て行った。
「崇、僕、お父さん…おじさんじゃなくてお父さんって呼べって言われたんだ…お父さんに崇は会社の可愛い女の子と付き合っているから僕はいらないって言われたんだ。男の子より女の子が好きだって、僕は嫌いだって…」
俺は大幸を抱きしめた。
「ばーか、大幸は何も出来ないんだから俺が養ってやる。おまえは何もしなくていい、ただ脚を開けばいいんだ。」
俺のそばで幸せそうに笑っていてくれればいい。
「そんな…それじゃ、お父さんと同じじゃないか。」
なに?
「大幸、この一年どんな暮らしをしていたんだ?」
朝は昼過ぎに起きる。食事は大抵コンビニ弁当。
風呂に入って身体を念入りに洗われる。その際必ず一回は挿れられる。中は当然自分で洗わなくてはならない。
毎日シャワーを浴びながら涙も洗い流していた。
夕方になると駅前の薄暗いバーへお父さんに伴われて出掛ける。
仕事はストリップみたいなものだ。
半裸でステージに上がり今日の相手に買われる。
朝までありとあらゆる行為を受けたりさせられたりする。
「何をさせられるんだ?」
俺は途中で問い詰めた。
「セックスとかSMとか女装とか動物の真似とか色んな変態行為。」
大幸がひとまとめにした部分は口にしたくない行為だったらしい。
「俺はそんなことさせない、俺だけのものにしたいんだ。大幸が会いに来てくれた日に約束しただろ?嫁さんにしてやる。…本当は弟が欲しかったんだけどそれじゃあ、セックス出来ないから嫁さんだ。」
大幸は涙をポロポロこぼしながら何度も頷いた。
俺はおじさんに分割で大幸の結納金(と、思っているのは俺だけで本当は代金に該当するのだろう)を支払うために相変わらず宅配の仕事とホストは続けている。
大幸はスーパーの総菜部に就職した。パートのおばちゃんに可愛がられて色々料理を教わっているらしい。
仕事が忙しいからイチャイチャ出来るのは休みの日だけだが、それでも幸せだ。
「大幸くん、遅刻するわよ!」
外で近所のおばさんが叫んでくれる。
おじさんが大幸の親父ということは薄々気づいていたらしい。恐るべし、おばさんパワー。
でも今はものすごく感謝している。
ちゃんと今でも大幸を弟として扱ってくれる。
休みの翌日、「夜遅くまで大幸くんをイジメたらだめよ」と言われたからそっちも気づいているみたいだ、恐るべし!
「父さん、俺さ兄弟が欲しかったから大幸を預かってもいいよ。」
「そうか?そう言ってくれると父さんも嬉しいよ。あいつには色々苦労かけたから我侭は聞いてやりたいんだ。」
「あのおじさん、父さんの何?」
「んー、まぁ、いつかおしえてやるよ」
今思うと、父はおじさんと一緒に居たかったのかも知れない、兄弟として。
だからおじさんの息子を預かってやろう、おじさんの替りに短い間でも俺の弟にしてやろうと思ったのかも知れない。
だけどごめん、俺は大幸を嫁さんにしちゃったよ。
大体、俺一人っ子だから弟の扱い方が分からないんだよね。
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