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birthday |
【2014年】 |
好きです
本当に?
いつから?
俺のどこが好きなの?
矢継ぎ早に聞かれ、僕は口ごもってしまった。
確かに…いつから好きなのか、 どこが好きなのかは答えられない。
気が付いたら好きだったんだから。
ごめん、困らせちゃったね。
彼の眉が曇った。
好かれる自信がなかったんだ。
だから好きだと言われて動揺した。
なぜだか、胸がぎゅーっと痛くなった。
この感覚が切ないというものだろうか?
一個だけ、答えられる。
え?
本当に、好きです。
彼の腕が、僕の身体を抱き寄せた。
優しく。
強く。 |
【2015年】 |
ある日。
公園のベンチで本を読んでいた。
すると隣に子猫がすっ、とやって来て当然のように座った。
きっとここはこの仔の指定席なんだろうと本を閉じて腰を浮かせた。
すると切なげな鳴き声を発した。
顔を見るとなんとなく寂しそうな表情をしている。
これは、僕にここにいろということなのか?
そう勝手に判断して、再び本を開いた。
子猫は大人しく隣に座っていた。
三十分ほど経っただろうか、そろそろ家に帰ろうと本を閉じ鞄に仕舞ったその時、いままでじっとしていた子猫が僕の膝の上に移動した。
「なんだ、構って欲しかったのか?」
赤くて細い、品のいい首輪をした仔だ。
普段から人間を含めて生き物に接する機会が少ない自分に寄って来てくれるこの仔は貴重な存在だ。
暫く頭を撫でていると、背後に人の気配がした。
「ユウ?」
自分の名を呼ばれて振り返った。
「良かったなぁ、綺麗なお兄さんに遊んでもらって。」
「この仔、ユウって言うんですか?」
僕と同じだ。
僕の心臓はドキドキしていた。
**********
「そうだよ。」
キミの名前と同じだ。
子猫にキミの話をしていたら自分の名前だと勘違いしたんだ。
やっと、キミと話が出来た。
駅前の有料駐輪場で管理人をしている俺のことなんて、キミは知らないだろう?
「あれ?貴方駅前の…」
気付いた?
俺の心臓はドキドキしていた。
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【2016年】 |
勘違いなんかしていない。
だけど後悔している。
僕は君が好きで好きで。
だから誰にも渡したくなかった。
根無し草の僕を拾ってくれて
可愛がってくれた君に恩返しがしたくて。
いつも話してくれる人に会いに行った。
二人が仲睦まじくしているのを
見ているのは切なくて。
僕は君の許を去った。
だけど3日が限界で。
4日目に戻った。
「ユウ、心配したんだからな。君の家はここ、解った?」
解ってる、解ってるよ。
僕の家は君の許。
君のいない世界は欲しくない。
君が誰の隣で微笑んでも、君が幸せならいいや。
僕は二番手に甘んじるから。 |
【2017年】 |
駅前にある駐輪場は公営施設。
俺は7時から16時までか、13時から22時まで管理室にいる。
この時間以外は建物の外にある施錠式駐輪スペースに停める決まりになっている。
4人で交代に勤務するようになってから何故かルールを守る人が増えて今の所駅前に路上駐輪されることはなくなった。
「おはようございます」
朝から元気な人達がここを通って行く。
「希望(のぞみ)さん、おはようございます」
「結羽(ゆう)くん、おはよう」
彼はは高校生で受験生。
俺達は必ず名を呼ぶ。
「あ、結羽くん!おはよう」
…同僚も、呼ぶ…。
「結羽くんって高校生なのに背は高いし声は渋いしイケメンだよねー。」
「そうだね」
彼女は朝8時から昼12時までのバイト。フリーターらしい。
彼女にも結羽はかっこよく写るのか。ネクラだけどいいのかな?
デートしてても1時間くらい全く話をしないこともザラだ。
隣にいてくれればそれでいい…のは俺だけで結羽は違ったらどうしよう。
…そうなんだ、二人共にネクラなんだ。
知り合ってから三ヶ月位になる。
この間手を繋いだ。
キスはまだ、…うん。
俺の方が社会人だし年上なんだからリードしないといけないんだろうけどさ…。
もう一人のバイトは夕方に入る。これも結羽を見ると黄色い声を出す。
「結羽くんっていうんですね、彼。」
「そうらしいよ。」
出来るだけ結羽の情報は与えないようにしよう。
しかし。
もう一人の男性の同僚が気になる。
「どうして彼が結羽くんってわかったんですか?」と、根掘り葉掘り聞いてくる。
結羽に言わせるとそれは俺に興味があると言うが、俺は結羽に興味があると踏んでいる。
結羽が大学に受かればバス通学になるから駐輪場は使わない。
毎朝会えないのは寂しいけれど、狙われなくていいから安心できる。
…………………
希望は地味だ。
笑わないし、おしゃれしないし、髪は梳かさないし、猫ばっかり可愛がる。
そんな彼だけど最近は僕の好みに合わせようと頑張っている。
しかし、僕が受験生だからと色々と気を遣ってくれていて、恋人として付き合ってはいない。
時々、デートに誘っても手を繋ぐのがやっと。
…次は僕からキスしてみようかな。
それと、第一希望の大学、本当は隣駅。
また駐輪場使うんだけど、希望がニヤニヤ笑うから秘密にしてるんだ。
折角勇気を出して告白したのに、早く大学に合格してきちんと恋人として認めてもらいたいな。
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【2018年】 |
昨年4月、大移動があった。
結羽は第一志望の大学に落ち、第二志望の大学に受かった。ただし、第一志望だったのは朝、駐輪場を使えるからであって、本当に行きたかったのは第二志望の大学だった。こっちはバス通学になる。
毎朝、希望に会えなくなる
それが結羽の悩みの種だった。
一方、希望は配属替えがあった。人件費を削減し駐輪場を無償化、希望は市役所の出張所に異動となったのだ。職場は近くなったが駅とは反対方向だ。
毎朝、結羽に会えなくなる
それは希望にとって死活問題だ。
「どうしたもんかなぁ、ユウ。まぁ、土日は休みだからゆっくり会えるといえば会えるけどさぁ。」
猫を相手にまだ結羽に打ち明けられない希望はブツブツ独り言。
その独り言を言っている部屋は、とある大学の隣にあるマンションの一室だ。
「ただいま」
「お帰り」
あれから10カ月。
結羽は希望の部屋に帰って来ている。
結羽とユウはすっかり仲良しだ。
ただし…親公認の仲ではない。
前途"少"難。 |
【2019年】 |
「いつから一人暮らしをしていたの?」
結羽が聞く。
「ユウを飼い始めてから。」
母は猫アレルギーだった。
だから家を出た。
「どうして、ユウなの?」
…まだ、言ってなかったっけ?
「それ、聞きたい?」
「聞きたい!」
瞳をキラキラさせて待つ。
「好きな、」
「うん」
「タレントの名前」
「えー!」
「なに?」
「つまんない」
結羽は日に日に可愛くなる。
元々整った顔をしていたけど、出会った頃は表情の乏しい子だった。
それが今はコロコロ笑うし、拗ねたり、冗談を言ったり、俺を困らせたりして色んな顔をするようになった。
「なら、どんな答えが欲しい?」
「好きな男の名前…とか?」
「じゃあ、それで。」
「えー!」
本当、飽きない。
「希望、」
来た。
「僕、ここから大学に通ってもいい?」
「それは、俺が結羽の家族に挨拶をしろってことだよな?」
「え?」
え?そんな反応?
「俺は結羽を家族に紹介出来るけど?」
両親は俺が公務員になって喜んだぞ?
「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ。でも、ここから通うなら、ご両親にはきちんと、俺の素性を伝えてこい。高校時代に駐輪場で知り合った市役所のおっちゃんって。」
「希望は、おっちゃんじゃないよ。」
それでもまだ、家族に紹介できないんだよな。
俺は卑屈だ。
「結羽、」
「ん?」
「お母さん、若いね。」
結羽の母親が帰ったあと、二人の間に沈黙が続いた。
「母には、まだ言ってないんだ。」
「大丈夫だよ。」
言えないよな、恋人だなんて。
「自信がないんだよ。僕が希望の恋人って名乗る自信が。」
結羽が、ぎゅっと抱きついてきた。
「希望が、物凄く、好き。」
不意打ちの好きは、空きっ腹に堪える。
「だから、ちゃんとする」と、言ったのは10ヵ月前だ。
まだ、時間が掛かりそうだ。 |
【2020年】 |
「ねぇ、ユウ。希望さんは、何処へ行っちゃったんだろうね。」
ほんの一時間前に、ちょっとした喧嘩をしてしまった。
怒った希望は、フイと出て行ってしまった。
「何処を探したら良いか、僕には皆目見当も付かない。」
二十歳の誕生日に貰った腕時計は、静かに時を刻んでいる。
「アナログ時計が好きだって、どうして判ったんだろう?」
膝の上で、ユウがにゃあと鳴いた。
遠くで雨音が聞こえた。
慌てて窓辺に行く。
「雨」
僕は探すあてもないのに、傘を手にして玄関ドアを開けた。
「おっと。」
ドアの前に希望が、いた。
「希望」
傘を持ったまま、抱きついた。
「ごめんなさい、もう我が儘は言わないから。」
希望が、僕の頭をポンポンと撫でた。
「マヨネーズがないとダメなんて、可愛いから気にしてないけど?」
「怒ってない?」
「ないない。そんなことで腹を立てていたら社会人なんてやっていられないから。」
ユウがさっきからずっと、希望の足元にじゃれついている。
悔しいから、僕も胸元にじゃれついてみる。
「うちのゆうは甘えん坊だなぁ。」
言い終わるや否や、深い口付けが落とされ、僕の思考回路は停止した。
「外、雪が降ってる。」
因みに。
表札には二人の名前が書いてある。 |
【2021年】 |
「希望、気を付けてね?」
靴ベラを受け取りながら声を掛けた。
「結羽は心配性だな。」
週に一回大学に行く僕に比べて、区役所に勤めている希望は毎日出掛けて行く。
「マスクは着いたら変えること、ビニール袋に入れて持ち帰ること、わかった?」
「はいはい、じゃーな」
ヒラヒラと手を振り、玄関を出た。
マスク、二枚重ねにしてあげたほうが良いのかな?でもかっこ悪いかな?…カッコ良かったらモテちゃうから、かっこ悪くていいか。なら明日からは二枚重ねにしよう。
希望は出世して、総務課の課長になり毎日忙しそうだ。
僕は去年からZOOMの授業が増えていて、なんとなく置いて行かれているような気になり、大きな溝を感じて不安になる。
そう言うと希望は必ず「ネクラで駐輪場の管理人だった人間にそれを言うか?」と返される。
世の中は不安定だし、家からはあまり出られないし、ストレスばかり溜まっていく。
希望が帰って来てくれると安心する。
日に日に、性格がネジ曲がっていっているように思う。
そんな時、元気付けてくれるのはユウだ。
僕の膝の上に座って日がな一日寝ている。もうかなりの高齢だ。
希望と付き合いはじめてから、僕は人付き合いが出来るようになった…正しくは相手が自分に抱く印象を気にせず話せるようになった。
対人間となると身構えてしまう性格がかなり改善された。それは希望もそうだと思う。
希望は、僕が就職したら別れる気だ。言葉の端々から解る。
そんなこと、させない。
「部長、先日のお話ですが。」
「考えてくれたか?」
「はい。物凄く魅力的なのですが、私には守ってやらなければならない小動物を二匹程抱えておりまして。それと近所に住んでは居ますが母親もおります。部長の娘さんに苦労をさせたくは、ないです。」
「最たる理由は、小動物の一匹か?」
「すみません」
「わかった」
部長の娘さんとの見合いを勧められたけど、なんと言って断ったら良いのか判らず、回りくどくなってしまった。
結羽には大学を卒業するまでと言い聞かせているけど、手放せる気がしない。
もう少しだけ、もう少しだけ…。
「ただいま」
「お帰りなさい」
本当はキスして抱き締めたい。けど、感染症が心配だから出来ない。
それを理由に、先へ先へと答えを伸ばしている。
結果は解っている。
僕は、希望が好きだ。
希望は? |
【2022年】 |
「本当に、ダメなの?」
結羽はスーツケースを手に、玄関先で涙をポロポロと流している。
「ダメに、決まっているだろ?」
希望は無情にも結羽に背を向けた。
「早く、出た方がいい。」
背中越しに聞こえる、冷めた声。
「元気で…ね。」
結羽は小さく、別れを告げた。
ドアを出ると、雪が降っていた。
「あーあ、一週間も出張なんて。行きたくなーい。」
耳までマフラーを巻いて、トボトボと歩きだした。
「ちぇっ、駅まで送ってくれたっていいのにな。希望の車、当てにしてたのに。」 |
【2023年】 |
「ただいま」
飛んでくる…その言葉がこんなにぴったり当てはまる人は居ないだろうな。
「おかえり」
尻尾を振る子犬のように、こうなったらもう離れない。
「手を洗って、着替えてきなさい」
「はーい」
ちぎれそうな程ブンブンと振っていた尻尾と耳が、しょんぼりと垂れている。
「今日は君の好きなビーフシチューだよ。」
振り返った顔は、当然のごとく満面の笑みだ。
「希望、今度の日曜日、ゆうのお墓参りに行こうよ。」
老猫は、年明けを待たずに玄関の三和土で倒れていた。病院の見立ては老衰だった。
「うん」
ユウ、キミが話すことが出来たら、僕のことをどう思っていたか、聞いてみたい。
結羽の話ばかり聞かせて結羽がいかに可愛いかを聞かせて、キミのことは最初から二の次だったこと、本当に申し訳ないと思っている。
悪い飼い主だった。
それでも、台所に居る時はいつも足許にじゃれついてきて、ソファに腰かけているときは膝の上に座り、猫の割にはかまって欲しがりだった。
次に生まれ変わったら、また、家においで。
「希望…泣かないでよ。」
着替えを終えた結羽が、僕の腰に腕を回し抱き付いてくる。
「お互いにやっと親の承諾を受けて、正式にパートナーになれたのにさ。ユウが居なくなるなんて…。」
僕の伴侶は、僕の背中で猫のために泣いてくれる優しい子だ。
「結羽、今夜は一緒に寝ないか?」
「うん、いいよ。」
体を寄せ合えば、寂しさも薄れるだろう。
ユウ、ありがとう。
また、会おう。
そのときまで、さようなら。 |
【2024年】 |
朝起きたら、玄関の前に子猫が、居た。
もうっ!
希望は猫の寿命が人間より短いってこと知らなかったの?
ボクはヨボヨボになっちゃって、固いご飯は食べられないのに、毎日キャットフードをくれるから、一生懸命食べたじゃないか。
最近は栄養とか何とか言うけどさ、ボクは希望と同じものが好きなんだよね。
ん?お前は誰だって顔してるね。
ボクはユウ。
人間にはわからないだろうけど、猫は生まれ変わるんだ。
希望にいっぱいの愛情をもらったから、同じ場所に生まれ変わったんだ。
だから、ちゃんとユウって呼んでよね。
「本当にそっくりだね。ユウはどこかに彼女がいたのかな?」
「結羽、この子こんなに懐いてるから、ユウの生まれ変わりじゃないかな?」
この抱き心地といい、サイズ感といい、拾ったときのユウと同じだ。
「飼いたいんだよね?」
「うん」
「いいよ…おいで、ユウ」
ふんっ!
結羽は永遠のライバルだからね!
でも、希望にだけ懐いていたら結羽が悲しむから、たまには膝くらいには座って…って、おいっ!ボクの見ている前で!そ、そんな…あぁ…。
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