01.ファーストコンタクト
「あのさ…好きだ、とか言ったら迷惑…だよな。」
 東京に47年ぶりの大雪が降った夜、信号待ちをしながらオレは助手席に座る相手に向かって呟いた。
 今をときめくアイドルグループ『days』のメンバーであるオレ、桧川悠希(ひかわゆうき)は今、禁忌を犯そうとしている。アイドルのくせに、恋愛沙汰を起こそうというのだ。
「めーわくっちゃあ迷惑だけど、桧川くんが他の人とツーショット決めてんのも腹立たしいっちゃあ、腹立たしいよね。」
 告白された相手は自分の立場を理解しているのか、いないのか…。
「返事はもう少し待ってくれる?」
「いいけど…会う度に口説いても良い?」
 悠希の愛車がマンションの前に停まった。
「会う度って、一緒に住んでるのに?」
 そう言って笑った。
「そう、会う度に。城(じょう)はそういうの好きだろ?」
「まあね。先部屋行ってる。」
 言うと車を降りた。
 オレは車のハンドルを抱くように腕を置くと、そのまま顔を埋めた。
「はぁー…一世一代の大告白だったのに。さらりと交わされちゃったよ。」
 暫く落ち込んでいたけど、仕方がないので顔を上げた。
「何してんの?」
「うわっ」
 ―聞かれた?今の、聞かれた?っていうかドアが開きっぱなしだし―
 オレはかなり動揺していた。
「早く車置いて来いよ。」
「分かってるよ…ただ、」
「待っててやるからさ。」
 言うとクルリと背を向けた。
 ―脈があるのか?どうなんだ?―
 背後から別の車がやって来た、多分神宮寺慧(じんぐうじさとし)の車だ。
 慌ててドアを閉め、車を移動した。
 神宮寺くんより先に駐車場に入れて、先に部屋へ戻りたい。
 自分の駐車スペースへ辿り着くと唖然とするしかなかった。
「そうだった、観測史上最深だった…」
 そこは雪がこんもりと積もっていたのだ。
 背後から神宮寺くんの車がやって来た。
 窓を開けて背後に声を掛ける。
「停めらんない」
 神宮寺くんは耳に手を当て首を傾げる。
 暫くして携帯電話を取り出すとどこかへ電話を掛けていた。
 その時、神宮寺くんの車の助手席には誰もいないことに気付いた。
 ―心(しん)はエントランスで降ろしたのか…―
 さて、どうしたものかと思案していると、携帯電話が鳴った。
「心と城にスコップを持って来いって伝えたから。」
 そっか、その手があったか。
 オレは車を降りると二人の到着を待った。
 車内は暖房が効いていたから外が寒いことを忘れていた。後部座席から上着を取り出す。その間に神宮寺くんも車から降りて来ていた。
「悠希、城と何かあったのか?」
 オレのことを名前で呼ぶのは神宮寺くんだけだ。彼は20歳でdaysの中では一番年上、オレは一つ下の19歳。赤坂城(あかさかじょう)は17歳の高校2年、川崎心(かわさきしん)は16歳で高校1年。この4人でアイドルグループdaysは3か月前にCDデビューをした。
 事務所の方針でオレたちはマンションの一室で共同生活をしている。
 部屋割りは当然、神宮寺くんとオレが一緒で城と心が一緒の二人一部屋だ。
「なんで?」
「いつもは駐車場まで一緒に来るのに、今夜はエントランスに取り残されたように突っ立ってたから喧嘩でもしたのかと思った。」
 おーい
 心がここぞとばかりに楽しげにやって来た。多分神宮寺くんは心が風邪を引かないように気を遣ってエントランスで降ろしたのだろう。オレとは違う。
「管理人さんが雪かき用のスコップを貸してくれた。」
 そう言って心と城は二つずつ持って雪の中を歩いてきた。
「雪かき〜雪かき〜♪」
 早速雪かきを始めた心に対して、
「さみーよぉ」
 そう言ってオレにスコップを手渡すとポケットに手を突っ込んで横を向いた。
 頭からすっぽりとコートのフードを被っていたから気付かなかったけれど、城の耳は真っ赤だった。
「城」
「何だよ?」
「耳、もしかして霜焼け?」
 城の手がものすごいスピードでポケットから出て、両耳を覆った。
「何だよ?見んなよっ」
 音にはならないけど唇がちげーよっと形作った。
「じゃあ、早く雪をやっつけて鍋の準備、しよう?」
 城がにっこり笑って、こくりと頷いた。
 ―やばい、可愛い―
 オレは城から目を反らすとスコップを握って駐車スペースへ移動した。
 神宮寺くんと心は順調に雪を避けていた。
 急いで雪を掻く。ゆっくりとやって来た城が器用に雪を掻く。
「早くしないと神宮寺くんと心に負けちゃうだろ?」
 相変わらず城の耳は赤い。
 ―明日、耳当てを買って来よう…白くてふわふわのが可愛いだろうな―
「桧川くん…鼻が赤いよ?」
 え?
「ええ〜っ」
 がっかりしながら雪かきをしていると神宮寺くんと心も手伝ってくれて意外と早くに終わった。車を駐車して戻ると心は他のスペースも全部掻いていた、さっきの即興鼻歌を歌いながら。
「心は元気だよなぁ」
 神宮寺くんが目を細めて心を見ていた。
「もうっ、さみーよぉ、早く鍋食べようよぉ」
 城はすでにスコップを二本手にしてマンションに戻りかけていた。
 ―絶対、落としてやる―
 決意を固めて後を追った。