02.ファーストラブ
 俺がまだ高校一年生だったとき、姉に連れられて当時人気だったアイドルグループのコンサートに来ていた。
「ようくんのダンス、超格好良くない?」
 格好良くない?という聞き方は間違っていないか?という俺の疑問を一切挟ませずに同意を求める。
「カッコいいね」
 姉は満面の笑みを顔面に貼り付け上機嫌だ。
 F列6、7番の席。ステージからは少し端に寄っているから終演後、会場を出るのは遅くなる。
 退場するのを待っていた時だった、スーツ姿で腕に腕章を付けた人が、
「興味があったら連絡ください」
と、名刺を半ば強引に俺へ手渡した。
 今ステージにいたアイドルグループの所属事務所の営業マンだった。

「神宮寺なんて変わった苗字だね?」
 人懐っこい笑顔で俺の横にいるのは先週中学生になったばかりの川崎心だ。なぜかいつも俺の横にくる。
 しばらく無視をし続けても平気な顔で話しかけてくる。
「さーとしくんっ」
 ポケモンの主人公のように俺を呼ぶ。
「なんでいつも怒ってんの?」
「お前はなんでいつも俺の横にいるの?」
 途端に捨てられた子犬のようにしゅんとなる。
「ダメなの?」 
「ダメじゃないけど…」
「慧くん、お姉ちゃ…お兄ちゃんみたいだから。」
 おい、聞き逃してないぞ!
 返事をせず睨み返す。
「おっかね」
 そう言って笑うだけだった。
 営業に声を掛けられてから一年、俺は毎週レッスンに通っていた。
 高校で何か楽しいことを見つけられたら良かったけど、ここでダンスを習うのが楽しいと気付いた。
「慧くん、」
 目の前に心の顔があった。
「凄く綺麗な顔だね。アイドルになれるよ。」
 返事ができずにいた。
 あまりにも心の顔が真剣だったから。

「さと…し」
「何も言わなくていい。」
 俺は心の身体を抱きしめながら、今言われた言葉を頭の中で繰り返した。
「慧くん、愛してる。」
 俺はズルい。心にこのセリフを言わせてしまった。
 少年から青年への過渡期。まだ出来上がっていない輪郭だけど宿す目の力は強い。男らしい精悍な瞳だ。同じようにレッスンを積んでいるのに、心は筋肉が付きやすい骨格らしい、俺にはないものだ。俺が欲しかったものを心はもっている。
 嫉妬していると勘違いしていた。
 一目惚れだったんだ。
「心、」
「嫌だ」
「聞いて、俺も愛してる。」
「さと…」
 饒舌な唇を自らの唇で塞いだ。

 daysとしてデビューが決まったのは翌日。

「修羅場」
「え?」
「桧川くんと城くんは修羅場だ。」
 俺達四人が暮らすマンションの前に残りの二人がいた。
「どっちがコクったんだろう?」
「え?あいつら?」
「気付いてなかったの?」
 そんなことで一年前を思い出した。
「くっついてくれたら楽なのにな。」
 確かに。
 左手で心の頭を撫でる。
「エントランスに取り残された少年を見張ってて。」
「了解」
 俺の唇に素早くキスを落として、車を降りた。