第九十五話  試練
「響の従姉妹?」
 航はさほど興味もなさそうに続けた。
「響の母親って双子の姉妹なんだってさ。そのお姉さんの娘。偶然なんだ。父親が医者だったんで。」
 航が婚約した相手のことだ。
「航と親戚になるんだ。」
「ああ。だけど別れづらいな。」
 そうなったらいつまでも響の家族に非難が集中するだろう。
「初めから別れる気でいたら相手の人に失礼じゃないか」
「それは、遥から完全に手を引けと、そう言われていると解釈すればいいのか?」
 病院の食堂でなかったら抱き寄せられていただろう。
 航は相変わらず遥を熱い眼差しで見つめる。
 遥はそれを受け止めないよう、努力する。
「俺は…響だけ…」
「そっか…」
 航は俯いてしまった。
「…譲歩なんてしなければ良かった。なんで響に負けたのか、わからない。遥の身体を開かせたのは僕だし、開発したのも僕だ。なのに遥は今、響の形に馴染んでいる。それは初めから二人が結ばれる運命だったってことなのかな?ならどうして僕は遥を好きになったんだろう?神様が居るなら残酷だと思わないか?」
 航は俯いたまま、遥の顔を見ないで話し続ける。
「心を繋ぎ留めておく方法なんて知らなかった。…もしかして初めから心は僕になかったのかな?」
「それはない、絶対に。」
「なら、どうして?」
「多分」
 遥は航の姿をしっかりと瞳に捉えた。
「みんな試練を乗り越えて成長するように、出来ているんだと思う。」
 航が顔を上げた。
「僕の試練は、長くないか?」