宇宙―そら―

 叫ぶような歓声の中、不機嫌な表情を作って群集を抜け出す。僕は別に女の子達の歓声が嫌いじゃない。
 むしろ、好きかも、しれない。僕に注がれる視線の中で蠢き出す自分の本性。
 親の七光り、そんなこと気にしていない、実力なんて、関係ない。
 僕は自分の居場所をここに見つけたから。
 スポットライトの下、ここが僕の・・・。

「零ちゃん、もうちょっと待っててね。」
 ステージと楽屋を忙しく往復しながら陸が僕に声をかけた。
 ―野原 陸―、彼は僕らのバンド「ACTIVE」のギタリスト。弱冠16歳にして、『天才』の名を欲しいままにしていた。
 本当は天才なんかじゃないんだ、知っている、彼の努力がどれほどのものだったか。でも、そんなことはどうでもいいんだ、彼もまた、ステージの上で輝くために生まれたから。

 陸の父親に、僕は条件を付けられた。
「何があっても、陸を守ってやること。」
 裕二さんは過保護だ。もう、本当に猫っ可愛がりしていて、自分の周りに常に置いておきたいのだと思う。
 そこを無理言ってバンドに連れこんだのだから、仕方ない。
 僕は自主的に陸の保護者を買って出た――まだ、19歳なんだけどね――だって陸は、父親は違うけど弟だから。外聞は良いけど、本当は違う。
 ――僕は陸を愛している。――
 何故だろう、気づいたときには血族にしか感情が動かなくなっていた。そして、母を絶望の淵から地獄へと突き落とした。その母を救うことも出来ず、父に何もかも押し付けて、逃げ出した。
 今度はこともあろう、異父弟の…陸を、愛した。

「おまたせっ」
 いつのまにか陸はギターケースを抱えて、僕の前に立っていた。鼻の頭に汗を浮かべて、微笑みかける。
 まだ幼さの残るその顔で…。
 自分の顔が赤くなるのに気づいて、慌てて目を逸らした。もうずっとそうだ、陸の声を聞いただけで、陸の姿を見ただけで、陸の存在を感じただけで、僕は動揺してしまう。それを気取られないようにと。
「どうしたの、赤い顔して。具合、悪いの?」
 何のためらいも無く、陸の手が僕の額にあてがわれる。――冷たい手――
「大丈夫だよ、何でも無い。早く帰ろう、裕二さんが心配するから。」
 陸の手を振り払うようにして、僕は楽屋のソファから立ち上がった。陸の手からギターケースを奪い取り、僕は前を歩く。後ろから小走りで付いてくる、陸…。
 駐車場に続くエレベーターのボタンを押す。扉の上に有る電光表示をじっと見つめる。―出来るだけ表情を見せないように――
「ねぇ、零ちゃん・・・僕、足手まといなの?」
 突然突拍子も無いことを聞いてきた。
 エレベーターの扉が静かに開いた。
「何で?」
 ゆっくりとエレベーターは降りて行く。
「だって、零ちゃん、最近いっつも怒っているから。」
 振りかえると、怯えた目をした少年が立っていた。
 ――怒ってる?僕が?――
 扉が開く。
 答えに窮して、黙って歩いた。
「僕、辞めようか…他の人探してくる。そのほうが…」
「足手まといなのは僕なんだ。」
 陸の言葉を遮るように言った。
「涼ちゃんの…父親の力を頼ってここに立っているんだ。陸みたいに努力してきたわけじゃない。…辞めるとしたら、僕の方だ。」
「いいじゃない、使えるものは使ったって、何もおかしくなんか無いよ。僕だって、零ちゃんに頼りっきりだもん。――ステージの上の零ちゃんはすごいよ。神々しいって、きっとあんなときに使うんだろうなぁ。声がね、心にズンッて響くんだ。零ちゃんは僕の憧れだもん、もっと胸を張っていてよ。」
 車にたどり着き、僕は後部座席にギターケースを置いた。
「ありがと。」
 笑顔を作ってみた。不自然じゃなかったかなぁ。でも、陸も笑顔を見せてくれたので、小さく頷いた。

 しかし、助手席に乗り込んだ陸は泣いていた。
「なに、どうしたんだよ。」
「ごめんね、零ちゃん、僕一生懸命頑張っているつもりなんだけど、ちっとも零ちゃんの力になれなくて。剛志くんにも、初ちゃんにも、隆弘くんにも、一杯迷惑かけてて。」
 陸はどうしてそんなに自分を卑下するのだろう。いつも、いつも、いつも…。
「誰も、陸に不満なんて抱いていないって。何泣いてるんだよ、男だろうが、泣くな。」
 視線を前方に置いたまま、言う。
「じゃあ、僕を見て。」
 陸の視線が僕の横顔に刺さる。
「いつも、僕から目を逸らして、心の中は見せてくれない。僕に何も要求しない、嫌だよ。零ちゃんはパパじゃない、そんな、保護者ばっかりいらない。…僕は1度だって、零ちゃんを、お兄ちゃんだなんて思ったこと、無い。だって、一緒に暮らした事だってない、ずっと、ずっと…」
 この角を曲がれば陸の家。そして隣は僕の実家。
「なんで、零ちゃんだけ帰ってこないの?」
 その質問は僕には辛い。陸は知らないだろうから。
「今夜の陸はなんか変だぞ、陸らしくない。早く帰って寝ろ。」
 精一杯の強がり。
「僕らしいって何?ねえ、答えてよ。」
 今日に限って陸は食い下がってくる。
 上着のポケットから携帯を取り出した。
「もしもし、パパ、今日僕帰らないから、じゃあ。」
 用件だけ言って電話を切る。そのまま電源も切った。
「今日零ちゃんのマンションに泊めて。零ちゃんがどんな生活しているのか、知りたいんだ。それとも、恋人が待っているの?」
 僕は車を止めた。
「降りろ。」
「いやだ。」
 間髪いれず拒否された。
「――僕は零ちゃんが好きなんだよ。おかしいでしょ、笑ってよ。男のくせにって、ねぇ。」
 ボロボロになって泣いている陸が、ドアに手を掛けた。
「分かっている、こんなこと言って迷惑なの…。でも零ちゃんの1番近くにいたいんだ、パパよりも、ママよりも零ちゃんが1番好き…側にいたい。」
 ドアのロックを外した。
「ごめん、帰るね。」
 気づいたとき、僕はアクセルを踏みこんでいた。陸は反動でシートに思いきり身体をぶつけた。
「そのままじゃ…今のままの陸じゃ、帰れないぞ。」
 陸はシートに倒れこんだままの、そのままの姿勢で言った。
「僕、もう子供じゃないよ。」

「あっ…」
 唇が触れただけで、陸は真っ赤になって身体を強ばらせた。
 ベットに腰掛けさせ、陸の背中に左腕をまわし、体重を支える。右手をシャツの裾から滑りこませて、乳首を探り出す。
「あぁっ、…」
 喘ぎをもらした唇を僕は唇で塞いだ。舌を思いきり吸い上げた。
 その後のことはあんまりよく、覚えていない。僕は無我夢中で陸の身体中を愛撫した。陸が何度も何度も僕の名前を呼びながら、悶え続ける。
 ゆっくり時間を掛けて陸のアヌスを舐め解して…。
「辛かったら、言って…」
 僕は怒張したペニスを少しづつ陸の中に押しこんだ。
「くっ…はっあ…」
 陸の可愛い顔が、歪んでいく。でも、もう僕には止められなかった。
 奥深くまで差し入れては抜き出し、繰り返し繰り返し…
「んぁっ、零…ちゃん…」
 ――陸…もう…限界…――僕は陸の中で全てを吐き出した。

 枕に顔を埋めて、肩で息をしている。
「ごめん、痛かっただろう?」
「ううん、大丈夫だよ。」
 顔だけ僕に向けてにっこり微笑んだ。
「零ちゃん、僕ここで一緒に暮らしたら、だめ?」
 本当に今日の陸はどうかしている。
「…そんな、嫌な顔しないでよ。…他の人に零ちゃん取られたくないだけなんだ。」
「あのさ…こんな事しておいて、なんだけど、兄弟、なんだから。それに、裕二さんが手放す理由ない。」
 あぁ、自己嫌悪。何て卑怯なんだ、僕は。
「世間なんて、パパなんてどうでもいい、零ちゃんの気持ちを聞かせてよ。さっきから全然教えてくれない。僕はこんなに、零ちゃんが好きなのに。」
 陸のように真っ直ぐに、どうして素直な自分が育たなかったのだろう、いつから、こんなに捻くれてしまったのだろう…そう思う自分がいて、もう一方では、いまだに抵抗している自分がいて。
 結局僕は心の中で母に「ごめん」と一言謝って。
「好きだよ。もうずっと、陸だけ、見ていた。他のものが目に入らないくらい、好きだ。」
 耳元に唇を寄せてもう1度「陸を…愛してる。」と、囁いた。

 翌朝、目覚めた僕に陸が言った。
「零ちゃんの気持ちなんか、もうずっと前から知っていたんだよ。待ってたのに。」
 陸から僕にキスをしてきた。
「健気だったでしょ、夕べの僕。」
 ぺロっと舌を出して笑った。
 僕は陸の策略にすっかり填まっていた。
 そしてどうやって口説いたのだろう、陸は本当に僕のマンションに引っ越してきた。
「僕が気持ち良くなるように、ちゃんと仕込んでね。」
 なんてセリフ、真顔で言われて、僕はドキドキしっぱなしだけど。 まぁ、いいか。

 僕はこうして二つ目の僕の居場所を確保した。