聖夜

「今何て言った?」
 はぁっ、零ちゃんったらまたそんな恐い顔するんだから。
「だから、聖ちゃん、ここに連れて来ようって、そう言ったの。3人で暮らそう。」
 ちょっと甘えて胸に顔を埋める。
「零ちゃんのことなら僕なんでも知ってるよ。」
 零ちゃんは僕の頭を撫でながら、迷っているみたい。じっと、待った。僕、待つのは慣れてるからさ。
「聖は、知らないんだから、このままそっと…」
「知ってるよ。」
 ごめん、僕が教えちゃった…とは、ちょっと恐くて言えない…。
「僕はどんなに頑張っても男だから、零ちゃんに子供は作って上げられないんだ。だからママが代わりに僕の代わりに聖ちゃんを産んでくれたんだもの、僕達が育てなきゃ、いけないだろう?」
 正論のようだけど実は違う、分かってるよ、そんなこと。僕の自己満足。
 でも、零ちゃんが僕のものになったって、確信が欲しいんだ。
 零ちゃんに抱かれて、好きって言ってもらって、一緒に暮らして…。学校に行っている時以外はずっと一緒。
 そんな幸せなときを、僕はもう1ヶ月も続けている。そろそろ、聖ちゃんに分けてあげなきゃ。
 聖ちゃんは、零ちゃんと僕の子供。いいでしょ、ママ?
「零ちゃんは知らないでしょ、ずっと離れて暮らしているから。聖ちゃんママに抱かれたこと無いんだ、当たり前かぁ。分かっていないんだから。」
 …狂わしたのは零ちゃんじゃないよって、言いたかったのに…。
「…そうだよ、僕が母親を愛して、抱いて、産ませた子供だよ。そんな子供、あの人が愛せるわけないだろう?涼ちゃん以外の子供…」
「僕も違うよ。」
 ――僕のときもママは狂ったの?――
「あの人は裕二さんのことを愛していたんだ。ずっと、心の奥のほうで。」
「零ちゃんはママの子供じゃないか。もっと、深く愛していたはずだよ。」
「でも…」
「そんな事じゃないんだ、僕が言いたいのは。」
 僕は零ちゃんの両腕を力いっぱい握り締めて言った。
「ママには涼さんがいるでしょ、でも、聖ちゃんには零ちゃんしかいないんだよ、守ってあげなくてどうするの。」
 そう、このときの僕は『正義の味方』気取りだった。
「そんな簡単なことじゃないんだ、陸。…僕達のことと、同じ位…」
 あぁ、どうして零ちゃんは何でも難しく考えちゃうんだろう。…僕は手を離した。
「もう、僕とは暮らせないって、そういうこと?」
 次はまた、恐い顔するんだろう?いつものように…。
「陸と離れるなんて、考えていないよ。」
 穏やかな顔で言った。
 あれ?違った。僕を喜ばせるようなセリフ吐くなんて。

 零ちゃんが僕を抱き寄せた。ぎゅって、抱きしめられちゃうと、何にも言えなくなっちゃうよ。でも。
「ねぇ、聖ちゃんの瞳、見たことある?」
 うんざりした目しないで聞いて。
「とっても暗い瞳をしているんだ…僕にはパパがいて、零ちゃんがいてくれる。でも、彼にはいないんだ、誰も。可哀想だよ、どうにかしてあげたいんだ…だって…弟…なんだよ。」
 多分、僕にとって聖ちゃんは特別なんだ。僕と同じように世の中から認められ無い子供。
 僕は世間に背を向けたんだ、目を気にしないことにした。だって気にしていたら息が詰まってしまう。声を全て聞いていたら潰れてしまう。僕は自分の思うとおりに生きることにした。
 それがわがままだって言うなら、それでもいい。周りに振りまわされるのはもういやだ。
 ――僕は何もしていない、そして聖ちゃんだって何もしていないだろ?――
 これは、零ちゃんには言えないね。
 僕が黙ってしまったから、零ちゃんは困っていた。
「涼ちゃんに相談してみる。」
 …零ちゃんの答えは?…聞く前に唇を塞がれた。

 翌日、学校からの帰り道、僕は寄り道をした。本当は仕事があるんだけど…
 お節介なのは僕の悪い癖。分かっているけど、これだけは譲りたくない。
 自分の家の前を通りすぎて加月の家へ向かう。かなりドキドキするけど、インターホンを、押した。
 中から現れたのは、零ちゃんだった。
「僕のこと信じていなかったな。」
って、言われた。
「そんなことない。」
と言ったけど、嘘。全然信じていなかった。
「聖ちゃん元気?」
「うん。」
 奥から聖ちゃんが顔を出した。
「あっ、りっくん。」
 笑っているのに、どうして泣いているように見えてしまうのだろう。
「遊ぼうよ。」
 僕の足にまとわりついて来る…こんなに可愛いのに。
 色素が異常に薄いのだそうだ。…近親相姦だから…肌の色がすごく白い、髪と瞳は限りなく黄色に近い茶色。ぱっと見は、米国人かと思うほど。それを本人はすごく嫌っている。
 でも、顔つきも、仕草も、時々見せる大人っぽい表情も零ちゃんにそっくり…誰が見たって零ちゃんのコピー。
「聖ちゃんを迎えに来たよ。」
 僕は彼を抱き上げた。
「話し合ったってだめって言われるに決まっている。だから連れて行く。僕が聖を育てる。」
 ――言ってしまった。――16歳の若造に何が出来るんだ。分かってるよ。でも…。
「涼ちゃんは聖のしたい様にさせてやれって。」
 …本当?僕は耳を疑った。
 零ちゃんが大きく頷いた。
「じぁ、今日から、」
と、言いかけたときだった。
「僕、行かない、おうちにいる。」
 …なんで…? 

 結論はただひとつ
――愛されたい――
僕じゃだめなんだね。ママが良いんだね。
 僕はあきらめるしかなかった。

 その夜、僕は零ちゃんの腕の中で、泣いた。

 学期末試験が終わって、試験休みに入った。多分このまま、来年の授業が始まる日まで学校には行けないな――何て思いながらレコーディングの準備に取りかかった。はぁ、学校の宿題より気が重い、アルバムの曲作り。いつもは好きなんだけどね、今スランプ。何のフレーズも浮かばない。
 こんなときに他の音を聞いてしまったら全部それ一色…。
「陸、出かけるけど、一緒に行くか?」
 煮詰まっている僕を見かねたのだろうか、不意に声を掛けられた。
「デート?だったら…」
「聖に会いに行く。あいつの心、開いてやらなきゃな。」
 ふわって、後ろから僕の肩を抱きしめる。あっ、今、ひとつフレーズが浮かんだ。
「僕だって、聖が可愛い。」
 声が照れてるよ。
 この5年間ずっと嫉妬していた。母親に。あなたは零の子供を産んで自分の世界に閉じこもって…それって、零を愛してるってことだろ?でも、もういいや、僕は素敵なプレゼントを貰えたから。
 僕達は毎日のように聖を連れ出した。仕事場も見せた、ライブにも連れて行った、聖の好きな遊園地にも行った。聖が、零ちゃんに心を開けるように、僕に総てを預けてくれるように、祈りながら。
 そしてクリスマス・イブに、聖はその名の通り僕達のところにやって来た。今まで見たことも無い、明るい瞳で。

 ひとつ、計算外だったこと…それは、セックスの最中、「仲間に入れて」と言って、部屋に来ること、だな。