買い物に行こう
「零くん。」
「ん?」
「今まで僕の部屋って広さは、」
「5畳かな?」
「やっぱり…」
 引っ越し荷物を手に、聖が零に聞いた。
 自分で設計に関わって、自分の部屋の広さもわかっていなかったのか…と、ちょっぴり思ってしまった。
 そして今、聖が戸惑っているのは、あまりにも部屋が広すぎて持て余しているのだった。
「ちゃんと聞いてからにすればよかった。」
 設計士と話し合っていたはずなのに、自分の部屋を15畳+5畳のウォークインクローゼットを造ってしまったため、今まで使っていた机、ベッド、
本棚だけでは無駄な空間が出来てしまったようだ。
「そっちも広すぎるよね?」
「ううん、二人だから広すぎるってことは…」
と、ここまで言いかけて、聖は一人で寝起きしていることに気付いた。
「二人だから単純に30畳にしたんだけど広くはないのか…荷物が多いの?」
 あ、気にしていないようだ。
「うん、それぞれの私物が多い、ファンの子にもらったものもあるしね。」
 聖が腕組みをして考え込んでいる。
「図書室を作ったから、本もそっちに入れちゃったし、オーディオ関係はいつも通りオーディオルームだし、僕の荷物って基本的に洋服位なんだよね。」
 部屋の入り口に立ってさらに考えている。
「家具が、欲しいなぁ…でもどんな家具が必要なんだろう?」
 狭い空間に慣れてしまうと、広い空間を持て余してしまうようだ。
 因みに。僕たちの部屋は以前20畳だったので、広くなったのは聖と同じだけ…なんだけど。
「個室にソファは要らないしな。陸は一人暮らししたことないから必要なものとか知らないよね?」
 突然振られた質問に焦った。
「え?必要なもの?テレビとかパソコン…かな。」
 言ってから気付いた、どちらもリビングで使うって決まり事。
「まだ零から許可が降りてないよね、なら…」
 言いかけて迷う。
 必要な物は何だろう?
「片付けが終わったら一緒に買い物に行かない?」



 さて。
 買い物に行こうと誘ったものの、どこへ行ったらいいのか悩んでいた。
 大体何を買いに行くのか?
 ベッドも机もある。
 駐車場で車のドアを開け、運転席に乗り込んだもののどこへ向かうか…。
「新しいベッドのマット、買う?」
「僕、小さい絨毯が欲しい。」
 ほぼ同時に口を開いた。
「絨毯?」
 フローリングの床は床暖房になっているから寒くはない。
「部屋にソファーが置けないから代わりに絨毯がいいかなぁ、と。あと、みかんの部屋。個室を用意したけどもうおばあちゃんだから一緒にいてあげないと
可哀想だもんね。」
「そうだね。」
 みかんは夾ちゃんから貰った犬。夾ちゃんが聖が独りで可哀想だからとくれたんだけど、その夾ちゃんが飼っていた犬がみんな居なくなってしまったから
一度は返そうとしたんだけど、みかんは聖がいいと譲らないんだ。
 それだけ、聖はみかんを可愛がっていたってことで、裏を返すとやっぱり夾ちゃんが言うとおりに聖はずっと寂しかったのかもしれない。
 僕より夾ちゃんの方が聖のことを知っているような気がする。
「聖、みかん用に大きなクッションを買わない?」
「いいね」
「なら…」
「郊外の大型ショッピングモール、だよね?」
「うん!」
 うー、テンション上がる。
 前から聖と行きたいねって言っていたんだよね。
 急いで車のエンジンを掛けると、一目散に進路をショッピングモールへと向けた。



「ねーねー、あれあれ、あれがいいよ。」
「えー?ちょっと派手じゃない?」
「そうかな?」
 聖と二人で既に一時間以上うろうろとあれがいいこれはだめと店内を回っている。
「なんか疲れたね。ちょっと休もうか?」
 フードコートでジュースを買って一息つく。
「思った通り楽しいよね?」
「うん、スッゴく楽しい。」 
 二人のテンションはマックスだ。
 欲しい物が次から次へと現れる。
 可愛い靴とかカッコイいシャツとか、便利なカーテンとか何だか異国にいるような気分。
「陸はいつも一人で買い物に行くよね?」
「うん、仕事の合間とか休みの日とか。なかなか時間が取れないからね。」
「時間が合ったら僕も一緒に行きたい。」
 キラキラした瞳で聖が言うから嬉しくなったんだけど、考えたら当たり前のことに思えてきた。僕は聖と一緒に買い物に行こうとさえしていなかった。だから
都竹くんは聖を誘ってくれていたのかな?
「うん、一緒に行こう?服のコーディネートとか、教えてあげる。」
「うん」
 この間、聖が僕と、その、シタい…って言ったのは、寂しかったのかな?こんな風に普通の家族と同じことしていたらそんなこと言わなかったのかな?
「やった、デートの約束取り付けた。」
「ん?」
「何でもない」
 そう言って聖はニッコリ笑った。




「ただいまー」
 大荷物を抱えて、家路についた。
 テイクアウトでお弁当を買ったのも新鮮な体験だ。
「お帰り」
 零が新しいキッチンから顔を出す。
「晩御飯作った。」
 わー!久しぶりに零の手料理…あ、
「お弁当」
「お弁当…」
 聖と僕は顔を見合わせた。
「へーき、僕は食べる!」
 そう言ったのは聖。
 聖はどんどん背が伸びていっている。
 いつか、零を追い越してこの家で一番背が高くなるんだろうな。
 なんだか小さい頃が懐かしい。
「零」
「ん?」
「今度は零も一緒に行こうね。」
「連れて行ってくれるんだ。」
 なんだ、零も行きたかったんだ。
「えーっ、折角の二人っきりのデートだったのに?」
 聖から抗議の声が上がる。
「別々に行けば問題ないでしょ?」
 僕はすごく公平な提案をしたつもりだったのに二人とも大ブーイング。
「聖」
「何?」
「今日は特別。次は絶対に二人で行くのはダメ。」
「なんで?」
「聖の背が高くなったから」
「意味わかんないっ。何さ、自分勝手なんだからっ」
 聖はプリプリ怒っている。
 でも零の言いたいことは分かる。
 この間、何もなかったからこんなことを考えるんだけど、あのまま押し倒されていたら、確実に僕は逃げられなかった。
 理詰めで行けば逃げられると、タカを括っていたんだ。
 ただ、聖の気持ちは別の所にあると思っている。
 都竹くんでもない、全く別のところ。
 これは、予感かもしれないけど。
「だーかーらーっ」
 相変わらず二人の攻防戦は続いていた。