大移動
「でさ、結局聖と都竹くんはどうなったんだろう?」
「うまく丸め込まれたんだろ?二十歳までは僕らと一緒にいろって。都竹は時間が欲しいんだと思う。少し聖と離れて自分の進むべき方向性を模索
しているんだろうなぁ。それに聖がいたら邪魔なんじゃないかな。」
 都竹くんが将来について色々考えているのは気付いていたけど、聖が邪魔っていうのは違う気がする。
 僕らはいよいよ来週に迫った引っ越しの準備で忙しい…のにも関わらず、先日の聖の話でちっとも手が動かない。
「二人のことは二人で解決させた方が良いと思うよ。」
 零はダンボール箱を持ち上げて話を切り上げた。
「でもさ、二人のことじゃないんだよね、別れたんだから。」
「けど互いに認めているのならそれはやっぱり恋愛だろ?距離を置いてまた付き合うのか、他に行くのか、それは当人同士のことだからさ。」
 そうなんだけど…。
「陸は二人をくっつけたいの?別れさせたいの?」
 零が真面目に聞き返す。
 ん?どっちか?
「僕は…聖が幸せならどっちでもいい。」
 そうだよ、僕は聖の幸せだけを願っている。
「だったら尚更のこと静観してやれば?」
 …そんなものなのかなぁ…。


 あらかたの荷物を片づけて、あとは業者さんにお願いする段階までになった。
「聖、そっちは平気?」
「うん、箱に詰めた。」
 案外素直に荷造りをしているのでなんだか拍子抜けしてしまう。
「細かい物は少しずつ運んでも良い?」
 僕は少し考える。
「えっとね、引っ越しには良い日と悪い日があるんだよ。一応調べたんだけど…」
 そう言ってスマホを取り出した。
「んー…あ、明日の午後だったら大丈夫。」
「へー、陸ってそういうこと気にするんだ。」
 零が意外そうな声で聞いてくる。
「零くん、陸はおばあちゃん子だって、いつも言ってるじゃない?そしたらそういう引っ越しに関する迷信みたいな物も気にするに決まってるじゃない。」
 あのー、迷信じゃなくて風水で、零も知ってるんだけど…とは言い出しにくい。
「そっか、そうだな。」
 零はあっさり肯定した。
「じゃあ、明日の午後から少しずつ運び込むね。」
 聖はまた部屋へ戻っていった。
「聖をからかったらダメだよ。」
「ごめん」
 そう言うけど顔は笑っている。
「聖が最近可愛いからさ。」
 聖はずっと可愛いよ。
「陸も可愛いよ?」
―いや、別に僕は聖に嫉妬した訳じゃないから。―
と、言葉にする前に零は僕を腕の中にしっかりと抱き締めていた。
「どうしたの?」
「聖が、陸のことを家族として捉えられるようになって良かったって。そうじゃなかったら僕はまた嫉妬して胸が痛くてたまらなくなっていたんだろうなって。
陸は聖に甘い。僕以上に聖を特別視している。それがどんな形であれ僕は聖に嫉妬し続けるんだ。失敗したなぁ。自分で自分の首を絞めるって言うのは
まさにこれだな。」
 僕を腕の中から解放せずにひたすらしゃべり続けている。
「だから、聖を可愛がってやることにした。陸よりもっと、聖を大事にしてやる。そうしたら陸が今度は嫉妬する番になるだろ?…でもさ、陸が一番だから。
それは覚悟しておいて。」
 僕は思わず声を出して笑ってしまった。
「なに?」
 少し不機嫌な声で零が問い掛ける。
「いや、覚悟しなきゃいけないことなんだなぁって、ちょっと嬉しくなっただけ。」
 零の抱き締める腕に力が入った。
「ばーか」
「えっと、馬鹿は零くんだと思うんだけど、そんな低レベルなことで良いのかな?」
 部屋からゴミの山を抱えた聖が呆れてこっちを見ている。
「イチャイチャするのは片付けが終わってからにして欲しいんだけど。」
 確かに。
「よし、頑張って片付けちゃおうかね。」
 零と僕はそれから三時間、休まずに荷造りをした。


 マンションから荷物を全て運び込み、備え付けの収納に片付け終わってやっと一息着いたとき、零から意外な言葉を聞くこととなった。
「あのマンションだけどさ、都竹は来ないっていうから夾が住むって。」
「え?」
 声に出して驚いたのは聖。
「だって学校に近いから今のマンションに住むって言ってたのに。」
「陸の顔が見えるところに住みたいといけしゃーしゃーとのたまわったよ、あいつ。」
 僕は、少し胸が痛む。
 夾ちゃんのことだけは零に申し訳ないと本当に思う。
「陸」
「ん?」
「陸には申し訳ないけど、僕には日本中に沢山の恋人がいる。」
 え?
「それを言ったら陸だって零くんに負けないくらいいるでしょ?」
 …何のこと?
「零くん、陸にはわからないらしいよ。もっとわかりやすい例えの方がいいみたい。」
「恋人イコールファンの子たち…だけどね。」
 あ、そういうことね。
「うん、そうだね。」
 聖も相槌を打つ。
「その子たちが暴走して、僕に抱き付いてきました。陸はどうする?」
「え?あー…そうだなぁ、可愛いなぁ…って。」
「僕にとって夾はそのファンの子と同じなんだ。実紅もそう。いくらあの子たちが必死になって陸に言い寄ってきても、結局陸は僕を最終的に
選ぶんだ。聖、お前だってそうだからな。」
「へー、随分自信があるんだね。」
「そりゃあ…陸と僕は生涯一緒にいるって約束をしたから。」
 約束。そう、僕たちは生涯を共にするって誓いをたてた。
「結婚って形がないんだから、離婚なんてありえない。無いということは存在しない、つまり約束は永遠ってこと。」
 零は、僕を信じてくれている。
「夾ちゃんには、二人っきりで会わない…って決めていたんだ。だけど、零が信じてくれているってわかったから、これからは必要な場合には会っ
ていい?」
「即答しずらいけど、仕方ないか。」
「いいなぁ…」
 ふと、聖が呟いた。
「零くんと陸は本当に仲が良くていいな…黙っていたけど、都竹くんとはやっぱり距離を置くことにしたんだ。高校の三年間は同年代の人間と関わり
なさいって。家でも零くんと陸っていう比較的年齢が近い年上と居るんだから、高校時代は青春を謳歌した方が僕のためになるって言うんだよ。その
三年間、隼くんはどうするのって聞いたら、恋をするってさ。僕より素敵な恋人を作って結婚するって。僕のことなんて忘れちゃうから僕も忘れろって。
だけど、どうしても忘れられなかったら、僕が二十歳になった時にさらいに来てくれるんだ。」
「そっか」
 零はそれだけ言って、聖を抱きしめた。


 都竹くんは僕の付き人から新人のマネージャーとして異動になった。
 僕には辰美くんが、零には初ちゃんの付き人、初ちゃんには新人の女の子が付き人として入ってきた。
 色々なところで色々なことが動いている。
 だけど、零と僕だけはずっと、ずっと変わらないでいたい。