001.鎌倉土産物店
 神奈川県鎌倉市。
 東京から1時間ほどで来られるこの地は、いつからか常に観光客が往来を占拠するようになっていた。
 中学時代は学校の帰り道で観光客に道を尋ねられることは日常茶飯事で、訪ねられない日は何か珍事があった日
くらいだった。
 そんな俺が東京の大学を卒業して就職できた会社は、土産物を扱っている、地元では手広く経営している会社だ。
 工場は別の地域にあるが、本社は鎌倉の坂ノ下にある。
 店舗は小町通りと御成通りに一店舗ずつ。
 都内と横浜のデパートには計3カ所、小さいけれど店舗がある。商品だけ置いて貰っているとなると20カ所ほどになる。
 今は名古屋と大阪に店舗展開しようと頑張っているところだ。
 俺が配属になったのは御成通りにある店舗。ここで店員兼営業として働いている。
 所属は本社の営業なのだが、商品を覚えるために一年間店舗研修している。
 そう、営業と言ってもそっちの仕事は皆無だ。
 毎日店員として忙しく働いている。


 自宅から江の電に乗って通っている。中学以来だ。
 店にはパートのおばちゃんが二人と正社員の店長がいる。
 入社して半年、店舗研修が始まって5ヶ月、あと7ヶ月の研修…長い。
 ここより本社の方が近い。
 それに…ここは年上の女性しかいない。
 毎日毎日、何かすると「可愛い」とか、「若い」とか言われるとちょっとウンザリする。
 そして二言目には「彼女いるの?」又は「今のお客さん、タイプ?」なんて聞いてくる。
 彼女は出来るときには出来るし出来ないときには出来ない。
 今はいないだけで作らないわけではない。
 大体余計なお世話だ!とは、言えないから黙って笑っている。
 俺の一日の仕事はまず掃除。それから店頭にある商品の賞味期限のチェック。その後工場から配送される商品を受け
取る。それを包装して賞味期限のシールを貼る。お客が多ければ接客。関連グッズの在庫確認。
 接客はするがレジには入らない。
 これはここのルールで、研修生には金銭の取り扱いをさせないのだそうだ。これは気分的にかなり楽だ。
 ただ、店に出ると必ず中学の同級生や先生がやってくるのが難点だ。
 母校がすぐそばにあるので、先生は手土産に使ってくれる。
 同級生は確実に冷やかしだ。
 男は昼間100%の確率で地元にはいないので、土日祝日にしか現れないが、女が問題だ。
 用事もないのにニヤニヤしながらのぞき込み、毎回「売れてる?」と聞く。聞くなら買ってくれ。ま、別にノルマがあるわけで
はないからいいんだけれども。
 でもまぁ、同級生はまだいい。問題は家族だ。
 小学生じゃないのだから、入れ代わり立ち代わりでやって来なくてもいい…と、伝えてあるのだが、両親が来たり、姉が
来たり、親戚が来たり。
 そんなに物珍しいのだろうか?
 …あと、7ヶ月だ。


 鎌倉の街が紅葉に彩られ始めたころ、最大の恥辱が訪れた。
「あれ?美矢間(みやま)君?」
 聞き覚えのある声が、背後からした。
 悪寒が背筋を通り抜ける。
 ゆっくり、身体を回転させ、声の主を確認した。
「やっぱりそうだ。お久しぶり。」
 遂に…来た。
「なーんてね。5ヶ月前から知っていたよ〜」
 だろうな。
「なんで、私から逃げるのよ…あんなに、あいし…」
「睦城(むつき)、分かった、分かったから夜電話する。だからっ」
「りょーかい、待ってるね〜」
 …店内全員の目が、俺を見つめていた。