ホワイトデイ
「行かない」
 潮は言い出したら絶対に引かない頑固者だ。

 僕はいい加減苛ついていた。三年前もそしてこの間も、勇気を出して告白したのは僕。美沙貴は勝手に勘違いして勝手にスランプに
陥ったのだ。
 あーっ、そんなことはどうでもいい。美沙貴は何を考えているんだよ。あれから、何も変わらないんだ。
 ただ僕が告白して美沙貴も僕を好きでいてくれた。それだけ。
 相変わらず学校の登下校は別だし(もう自由登校だから週一だけど)、デートもない。当然手を繋ぐこともないし、キスもセックスもな
い。
 もしかして…僕は美沙貴の恋人にはなれないのかな?


「…分かった。」
 僕、美沙都ちゃん、好きだなぁ…どうして美沙貴だったんだろう…美沙都ちゃんに恋すれば良かった。性格だって美沙貴よりずっと男ら
しいし…女性だけど。
「でもさぁ、あの子に恋愛ほど似合わないものはないよね。毎日CDとDVDと楽譜ばっかり睨んでて、何がしたいのかさっぱり分からないよ
。」
「美沙都ちゃんっ、いくら身内とはいえ、僕の前で美沙貴の悪口言わないでよ…」
 あれ?僕思ってたことと違うことを口走ってる…。
「ごめんごめん。あの子はあの子なりの方法で潮ちゃんに少しでも近づこうとしていたんだろうね。」
「美沙貴が?」
 美沙貴が音楽を始めたのは僕より早かったのに。
「あの子の手、身体の割に小さいのよ。オクターブ届かなくて、一番好きな曲が弾けなかった。だからピアノを辞めたの。なのにしばらくした
ら管楽器やら弦楽器やらあらゆるものに興味を持って…気づいたら真ん中に立っていた。」
 うん。中学の吹奏楽部は美沙貴の独断場だった。かっこよかった。暫く何も見えなかった。
 ステージの中央でタクトを振る姿は背筋をピンと伸ばし、全ての器官が耳になったかのように的確にとらえ指示をだす。芸術的でさえあ
った。
 なのに…僕のせいだったなんて。
「おかえり」
 僕が一人で妄想モードに入っていた間に、美沙貴がどこかから帰って来た。廊下から僕を美沙都ちゃんの部屋で見つけて少し驚いたよ
うだ。
「…なに、してんだ?」
 明らかに、僕を見て言っている。
「美沙都ちゃんに話があったっていいじゃないか。」
 少し拗ねてみる。どうせいつも通り無視するんだろ?
「姉貴は知っているんだろ?潮は俺の恋人だから。いままでみたく、気安く会わないでよ。」
カチン
 僕の中で何かが切れた。
「誰が美沙貴の恋人?手も繋がないのに?キスもしないのに?その先だって、したいのに…オーストリアに行く前に…」
バタン
 美沙都ちゃんの部屋のドアが閉まった。
「それが邪魔してんだよ。留学中、禁欲すんなら初めからしなければいいんだって気づいたんだ。何もしなければ一人で耐える。けど一度
何かが始まったらおしまいなんだ…」
 美沙貴…
「俺、潮に物凄くいやらしいことしたいと思ってる、妄想してる。だからイヤなんだ。」
「僕もしたいよ、一杯考えてる。」
 美沙都ちゃんが僕の背中をそっと押した。
「今なら誰もいないから。」
 そう言うとドアをガンガン蹴飛ばした。
「ふざけんじゃないよっ!あんたがグズグズしてるとあたしが潮ちゃん、取っちゃうからね。あんたが好きだって潮ちゃんが言うから我慢して
たけど、あたしだって好きなんだから。」
 そう言いながら僕には舌をペロリと出して見せた。
「あ、姉貴?」
 慌てた顔で美沙貴はドアを開けた。
「出かけてくる。」
 そう言うと美沙貴の脇をすり抜けて階段を降りて行った。
 僕は恐る恐る美沙貴の顔を見た。
 すると突然、目の前が真っ暗になってしまった。
 美沙貴の胸に抱き込まれていたのだ。
「抱き締めたいってずっと思ってた。」
 うん、僕も。でも返事の代わりに腕を首に回してキスをした。
 一杯、キスしたい。遠く離れても僕を忘れないように。
「やばいよ」
 耳に囁かれた。
 分かってる。僕だって同じだから。太股に感じる美沙貴の変化。
「して?」
「駄目だよ…」
 なんで?僕はずっとずっと夢に描いてきたのに…
「…いかない」
「え?」
「留学、しない。美沙貴がそんなに躊躇するなら僕いかない。夢なんかどうでもいいんだ、美沙貴が欲しいっ」
 美沙貴の背中に腕を回して必死に抱きついた。
「ばか、何言ってるんだよ?」
「来年、美沙貴と同じ大学受ける。」
「そんなの駄目だよ!俺のせいで潮の将来…そっか。」
 一人で何か納得すると美沙貴は僕から離れ、背を向けた。
「帰れ」
 後ろを向いたまま動かない。
「やだっ!僕は美沙貴とえっちなことしたい!」
 よく考えれば非常識な声のボリュームだ。まだ夕方前の健全な?時間なのだから。
「潮にそんなことできない。潮、壊れちゃうから。」
「壊れてもいいんだ、美沙貴…好きなんだよ。馬鹿だった、美沙貴と離れられないの、分かっていたのに振られるとばかり思っていたから逃
げ出そうとしたんだ。友達でも、そばにいたい。」
 美沙貴が振り返った。
「後悔、するなよ?」
 僕ははっきりと頷いた。


「だから、言わないで驚かそうと思ったんだってば。」
 知らなかった。
 美沙貴が学校の吹奏楽部以外に民営団体主催の楽団に所属していたなんて…。
「なんとか頑張って追いつくから。…大学はさ、行かないんだ。夢は諦めたくない。来年又受けるよ、芸大。」
うん。
「僕も、夢を叶えていいかな?やっぱり留学はしない。一緒に受験がしたい。」
 あからさまに大きくため息をついた後「いいよ」と頷いた。
 ずっと、同じ道を歩いて行きたい。
「はい」
 何やらカバンの中から取り出したのは小さな包み。
「チョコのお返しをしたら責任とるってことなんだってさ。」