謙一郎&温シリーズ
=宴= 『忘年会』

 年末の1日、居酒屋の座敷一室を借り切っての忘年会。
 上司も同僚もそう言う僕もすっかり出来あがっていた。
 7時からずっと飲みつづけているんだ、当たり前か。
 時計は10時を少し回っていた。もう、お開きだな、ぼんやりとした頭で考えていた。


 最初のうちは女の子達に混じって部長にお酌して回っていたけど、そのうち「返杯」と称して僕の好きな日本酒を飲まされ、いくらかあった自制心が…消えた。
 頭の隅っこの方で「だめだ」って言っているのに口だけが別人になっている。
 僕より1年先輩にからんでいる、自分がいた。
「大丈夫か?」
そんな言葉を投げかけて厄介払いだろう、座敷の角に寝かされた。
 気持ちいいなぁ…眠っちゃおうかなぁ。
 先輩ごめんね、絡んだりして。
 でもさぁ。
 僕は短時間で深い眠りに落ちたらしい…。



 半分だけ目を開けた僕に先輩が微笑んだ。
「お前はもう帰るよな。」
 2次会の話かな?
 でももういいや、また絡んだりしたら嫌だから。
「うん、帰る。…皆は?」
「外に出たよ、行こう。」
「う…ん」
 店を出た。
 エレベーターが混んでいたので階段で降りようと、先輩が言った。
 眠ったから頭はかなりはっきりしていたんだ、だから先輩の背中、大きな背中じっと見てても取り乱したりなんかしなかった、はずだ。
 頭ははっきりしていたけど足元がふらついていた。
「おっと。」
 踊り場で少し体勢を崩していた。でも、転ぶほどじゃなかったんだ、なのに先輩は慌てて振り返ってくれた、声を掛けてくれた。
「急がなくっていい、ゆっくり降りよう。」
「うん」



 急に目の前がグレーになった、何でだ?
 やっぱりまだ酔ってるんだ。
 コツコツコツ…
 上から人の降りてくる気配。
 視界が開けた。
 ホンの数秒だった、僕は先輩の腕の中にいたんだ。
 先輩のお気に入りのコートの中にすっぽりと収まっている僕がいたんだ。
 だからスーツのグレーが目の前にあったんだ。
「先輩…」
 先輩は一言も発せず僕の前を歩いた。
 僕の横を二人の人が通りすぎた。


「2次会はカラオケボックスだぞ。」
 同僚が叫んでいる。
「僕は帰る。」
 背後からいろんな声が飛んできたけど僕は構わずその場を去った。
 ―そんな、先輩が…―
 すっかり酔いの覚めた身体で走った、改札に向かって。