謙一郎&温シリーズ
=宴= 『忘年会《その後》』

 春の暖かい雨の降る中、僕はスーパーマーケットに向かって歩いていた。
 一人暮しにはなれたけど未だに買い物は不得意だな。
 商店街に1軒だけ、日曜日に営業している八百屋がある。
 おじいさんが経営していていつも椅子に座って居眠りしている。
「じいちゃん」
 返事が無い。
「じいちゃんってば」
 もう一度呼ぶ。
 俯いたまま
「分かってるよ、早く買い物済ましてきな、けんちゃん」
と言う声。
 なんだ、ちゃんと分かっていたのか、そっか。
 じいちゃんはここではじめて友達になった人だ。って友達なんて言っていいのか。
 必要最低限のものをスーパーで買い揃えてじいちゃんの店に行く。
「今日はあっちゃんが来るんだろ?」
「うん」
「何を作ってもらうんだ?」
 にやにやとじいちゃんは笑う。
「わかんない、これだけ買っておけって言われた。」
 指示されたものを告げる。
 じいちゃんは「どっこいしょ」と声を掛けて店の奥へ入っていく。その間の店番は…僕なんだろうな、暗黙の了解。
 スーパーバックに二つ、沢山の野菜をつめてくれてじいちゃんが戻ってきた。
「いくら?」
「これでいいよ」
 じいちゃんが出したのは右手の5本指。
「だって…」
「ほら、うだうだしているからあっちゃんが迎えに来たじゃないか。」
 …じいちゃん、知ってたの?『あっちゃん』が『温さん』ってこと。
「こんにちは」
 温さんがじいちゃんに微笑む。
「ん・・・」
 じいちゃんは又椅子に座って居眠りをはじめてしまった。



 荷物を一つ持ってくれている温さんと並んで歩く。
 ふと、橋のたもとにある桜の木に目が止まった。
「温さん、桜、咲きそうだよ。」
 桜が咲いたらじいちゃんも誘って花見をしよう、じいちゃん、ちゃんと起きてて桜の花見てくれるだろうか。