恋する条件
 作業の手を止め、ショーウィンドウ越しに街を眺める。ボクはこの風景が好きだ。
 高校を卒業して、製菓学校へ入学した。そこで2年間勉強し、念願のケーキ職人になった。
 パティシエなんてカッコいい肩書きでなくていいんだ、街のケーキ屋さんになりたいんだ。
 誕生日に、クリスマスに、あの店で買いたいと思ってもらえる、地元に密着したケーキ屋さんになりたいんだ。

 しかし、ボクの父親は度々雑誌にも特集を組まれるほどの有名な『パティシエ』である。
 修行と称して家を出たかったのだが、父の知名度が邪魔をして実現しなかった。
 あとは、資金を貯めて独立するしかない。
 早く一人前になりたいと、日々願っている。

「いらっしゃいませ」
 もうすぐ閉店という時間に、一人の男性が扉を開いた。
 今日の閉店時の店番はボクの担当だ。
 精一杯の笑顔で、客を迎え入れた。
「あの、一人向けのバースデーケーキ、ありますか?」
 この声、聞き覚えがある。
「申し訳ございません。生憎一人向けのバースデーケーキはご予約となりますので、店頭には置いてないのですが、デコレーション違いのミニサイズでの商品がございます。」
 ボクはショーウィンドウの位置を示した。
「あ、これが良い、これを頂けますか?」
 間違いない、この人…、
「ありがとうございます、サービスでプレートをお付けできますがいかが致しますか?」
「それじゃあ、」
 男性はこれまた聞き覚えのある女性名を告げた。
「少々お待ちいただけますか?」
 冷蔵室からチョコレートプレートを持ち出し、名前を書き入れる。
 ケーキの上に飾り付け、箱にしまった。
「お待たせ致しました。」
 金額を告げ、会計を済ませると、扉まで見送る。
「ありがとうございました、是非またお越しください。」
「はい、是非。」
 男性は笑顔で去って行った。
 その人は、アイドルグループ「Hearts」のメンバー、二葉遙(ふたばよう)さんだ。
 ボクの唯一の趣味はHeartsのファン、所謂アイドルオタクだ。しかも男性アイドルグループ。
 そして、二葉遙さんの担当。
 チョコレートプレートに書き込んだ名前はお母さんの名前。
 今日は遙くんのお母さんの誕生日なんだぁ。
 なんか、凄くラッキーだなぁ。
 また、来てくれないかなぁ…と、ワクワクしながら今日の仕事を終えた。

 翌週の同じ曜日、再び二葉遙くんが現れた。
「いらっしゃいませ…ぁ」
 この日もボクが店番。
「こんばんは。また、来ました。」
「ありがとうございます!」
 ボクは浮き足だった。
「今日はホールケーキを二つ、頂きたいのですが。」
 前回は一人用で今回はホールか。
「どのような物がご希望ですか?」
「一つは生クリームたっぷりでイチゴが載っているもの、一つはフルーツ多めでタルトであればなお嬉しいです。」
 どっちも、厨房に行けば揃えられる。
「少し、お待ちいただけますか?奥へ取りに行って参ります。」
 その時、満面の笑みで「ありがとう」と言われ、ボクは動揺した。
 どちらも、ボクが一〜二時間前に作ったものだ。
「お待たせ致しました。こちらで宜しいでしょうか?」
 内心ドキドキしながら披露する。
「はい、思った通りの品です、よろしくお願いします。」
 前回も思ったけど、遙くんは言葉遣いが綺麗だなぁ。
 一人で持ちやすいように包装して手渡す。その時、高校生みたいに手が触れてしまったことで、今度こそ表情に出てしまっただろうほどに動揺した。
「申し訳ございません。」
「そんな、気にしないでください。それよりケーキを落とさないで居てくれた方が有り難いですから。」
 あー、完全に動揺を見透かされてしまった。
「また、来ます。」
 明らかに瞳をキラキラと輝かせたであろうボクであった。

 翌週の同じ曜日、ボクは厨房にいた。今週はボクの店番ではなかったのだ。
 遙くんが来るのに。
 しかし。
 遙くんは店の前を通ったのに、ドアを開くことはなかった。t
 店の造りは、右側が店舗、左側が厨房。どちらもガラス張りで見通せる。
 厨房には職人が三人。オーナー(父である)と、先輩とボク。
 店舗には販売スタッフが三名、常にいるのは二名で交代制。夕方6時から8時は、販売スタッフが一名になるので、厨房スタッフが一名交代で入る。
 ボクは、ガラス張りの厨房から、遙くんを見ていた。
 でも、店を覗くこともなく通り過ぎた。
 二週続けて来てくれたのは偶々だったんだと、かなり寂しい気持ちになった後、もしかしたら先週販売したボクの作ったケーキが口に合わなかったのかと、後悔の念に駆られた。

 翌週も、翌々週も遙くんは来なかった。この二週間、ボクも店番が出来なかった。

 三週間後の同じ曜日、久しぶりに店番に入った。販売スタッフの人は、今日は早番でボク一人だ。混んできたら厨房から見ていてヘルプに入ってくれる。
 そろそろ、遙くんが通る時間だなぁ…と、ドアを見た瞬間、開いた。
「ここ三週間見なかったけど何かあったの?」
 遙くんはドアを開けた瞬間、そう言った。
「あ、店のこと、ご覧頂いていたのですね。実は私、あちらの厨房におりまして…」
 自分が職人であること、常に店にいるわけではないことを説明した。
「良かった…この間のお礼が言いたくて、毎週通る度に覗いていたのですけど、そちら側を確認できなかったので…そうか、職人さんだったんですね。」
 明らかに安堵した表情に、ボクの方が安堵した。
「あの…お店は何時に終わるのですか?終わったら食事に誘いたいのですけど。聞いて頂きたいことがあるのです。」
 え?
 今、ボクは遙くんにデートに誘われた?ボクが?
「イヤ、ですか?」
「いえ、嬉しいです。」
 咄嗟に言っていた。

 閉店後、ボクはケーキの箱を手に、店頭で遙くんを待っていた。
 自分で作ったケーキを、プレゼントしたいと思った。
 遙くんは車で現れた。
「乗ってください。」
 遙くんが運転する車に乗せて貰った。
 向かった先は、一軒家のレストランだった。

 料理は所謂日本の洋食で、オムライスが美味しいと言われた。
「すみません、食事に誘ったのに、お名前を伺っていませんでした。」
 ボクはまたまたパニック状態だ。
「え、あ、わ、私は都々楽経(つづらけい)です。」
「経くん、ですね?」
「は、はい!」
「私のことはつかさと、呼んでください。因みに対策用のセカンドネームです。」
 つかさ…セカンドネームまでカッコいい。
「更に言うと樹の「幹」一文字でつかさって書きます。」
「ステキなお名前ですね。」
「母の幹栄(みきえ)から貰いました。芸名を使えば良かったと後悔しています。」
「そう言えば私に何かお話があるとか。」
「あ、そうでした。先日のホールケーキ、大変評判が良かったのです。それで出張サービスをしていただけないかと思ったのですが、あれは、経くんの作ったケーキですよね?」
「そうですけどなぜ、そう思われましたか?」
「なんか…貴方が職人さんと聞いた瞬間、勘、です。」
 こういうときの勘は当たるものらしい。
「聞いて頂きたいというか、どうしてもやって頂きたいのです。来月の第二火曜日、私の所属事務所の社長が誕生日なんです。その時にバースデーケーキを作って頂きたいのです。」
 え?
 遙くんの事務所の社長って、フランスと日本のハーフと言われているあの、有名な?
「あの、私一人…でしょうか?」
「可能であれば。この間と同じ大きさで良いのですが。ただ…」
「ただ?」
「会場で作って頂きたいのです。。設備に関しては専門家に任せますからご安心ください。」
 設備に問題が無いのであれば、やりたい気持ちはある。
「事前に、設備チェックとか出来ますでしょうか?」
「はい、それは勿論。あ、なら、これからどうですか?」
 これから?
 明日は休みだけど、どうしよう。行きたい。
「わかりました、では伺います。」
「あの…だったらこれからはタメ口で、いいですか?」
 遙くんにはいちいち驚かされる。
「はい。」


「ありがとうご…あ、ありがとう。」
 ボクは遙くんが運転する車の助手席に座って、また横顔を眺めていた。
「経、くん。」
「はい、」
「この先、お店に行くときはマネージャーも一緒に着いてきます。今まではグループで二人しか居なかったのに、個々の仕事が増えるとかで一人に一人、マネージャーというか付き人っていう、スケジュール管理をしてくれる人が常に私に付くことになって。」
「凄いです、自分のスケジュール管理をしてくれる人がいるなんて。ボクなんか自分で把握しないといけませんからね。」
「そうか、そう捉えれば良いのか。ありがとう。」
 何だか楽しそうだ。
「実は、経くんとは友達になりたいと常々思っていたので、こんな風に話せて嬉しいです。」
 タメ口でと言いながら、まだ互いにぎこちない。
 車は設営会社のモデルルームに着いた。
「あちらのセットで依頼していますが、足りないものがあったら言ってください、追加します。」
 実のところ、使い慣れていないと良いものは出来ない…まだ新人だから…という言い訳はしたくない。
 なので、ある程度下ごしらえをしてから会場へ向かうつもりで居る。
 ボクはオーブンの機種と水回りの確認をして会場を後にした。

 幾つか、疑問に思っていることがある。
 ボクが職人と知らなかったのに何故ケーキのパフォーマンスのようなことを依頼してきたのか?
 前からボクと友達になりたかったと言うことは前からボクが職人と知っていたのではないか?
 でも、店の前を素通りするときは全く店を見なかった。
 謎だらけの中、ボクは依頼を受けた。

「勝手なことをするなら、辞めて貰う。」
 オーナー…父に伝えたところ、事後報告が気に入らなかったらしい。
「友人の所へ行ってケーキ焼くだけなので、別に仕事ではないです。ただ、仕事と同様の行為を行うので、念の為報告しただけです。」
「経、お前はこの店の跡取りだぞ?それをわかっているのか?」
「私は、跡は取りません。佐々木先輩にお願いしてください。」
 ボクより10歳以上年上の先輩を差し置いて跡は継げない。
「私の跡を継ぐためにパティシエになったんじゃないのか?」
「私は、街のケーキ屋さんになりたい。昔からそう伝えてきたのに。気付いて貰えなくて残念です。」
 ボクは、家も仕事も継ぐことが出来ないから、離れよう。そう決意した。
「経は、おじいちゃんに似たんだな。職人に、なるんだな?」
 おじいちゃん?父の、父親のことか?
「おじいちゃんは、職人だったんですか?」
 ボクは祖父に会ったことがない。
「志半ばで病に倒れたが、素敵なケーキ職人だった。それを見て、私はパティシエを目指した。そうか、経はケーキ職人になるのか。」
 父がなんだか嬉しそうに微笑んでいる。
「K駅前の店をお前にやる。そこで好きなケーキを焼いたら良い。そこはおじいちゃんの店だ。だから、おじいちゃんのケーキを私が焼いている。そうだな、佐々木に跡は任せよう。」
 え?
「待って!おじいちゃんの店はお父さんが守っていたのだから、ずっと、お父さんが守り続けてよ。ボクは自分で、」
「いや、限界なんだ。私にはケーキ職人は無理だった。」
 ケーキ職人は変わらぬ物を淡々と作り続けること(新作を出しちゃいけないということではない)。
 パティシエは常に新作と向き合うこと。
 ボクはそんな風に考えている。
「うん、お父さんは、パティシエの方が似合うよ。」
「そっか。」
 オーナー…父は、嬉しそうに微笑んでいる。そしてボクの頭をポンポンと叩いた。
「善は急げだ。明日からK駅前の店を任せるから、その、友人の依頼もきちんと仕事として受けてやりなさい。」
 明日から?まだ一年なのに?
 でも、嬉しい。
 ボクの焼きたいケーキを焼くことが出来るんだ。
 定番のイチゴショートケーキにモンブラン、シュークリームにチョコレートケーキ。チーズケーキとフルーツがたくさん入ったロールケーキ。
 夢は広がる。
「ありがとう、お父さん。」
「うん。」

 一人で6種類のケーキを焼くのは大変だ。
 けど、好きなことだから苦にはならない。
 その合間に遙くんのケーキをどんな物に仕上げるかを考える。
 なんて、幸せな時間なんだ。
 開店までに4種類までは何とかショーウインドウに並べた。
 あとシュークリームを個々にカップに入れるのと、ロールケーキを切り分けてこれもカップに入れて終わり。
 父は、今まではこれだけを店頭に並べていたようだけど、いずれは定番のプリンを入れたい。
 それと手土産用のクッキー。
 街のケーキ屋さん、これがボクのイメージだ。
 あまりにも浮かれていて、遙くんに、店が変わったことを伝えるのが、夕方になってしまった。

『経くんが厨房に居ないので焦りました。異動されたのですか。お顔を拝見できないのは残念ですが、経くんの夢を叶えられるのであれば応援します。』

 そんなメッセージが届いていた。

「やっと、会えました。」
 誕生日会当日、遙くんはそう言って迎えてくれた。
「実のところ、芸能人以外の友人が経くんしかいないので、会えないと寂しいのです。お店の場所を教えて頂けますか?」
「あ!すみません!すっかり連絡したつもりでいました。」
 ボクは早々に夢を叶える第一歩を踏み出したため、舞い上がっていて遙くんのことを忘れていた。
「でも、この間これからはマネージャーさんと一緒にいらっしゃるとか聞いたので、わざわざお越し頂くのは難しいのではないですか?」
 ボクの新しい店は、商店街の一角にあり、有名人が訪れるにはむかない店だ。
「行きます、行かせてください。」

 それから暫くして、遙くんが店に来てくれた。
「なんか、前のお店より経くんにあっているね。」
 遙くんはやっと、タメ口をきいてくれた。
「うん。ボクの夢は、街のケーキ屋さんだから。」
「経くんっぽい。」
 遙くんが笑う。
「あれ?マネージャーさんは?」
「あ、」
 途端にがしがしと頭を掻いた。
「今日は、完全にプライベートで来た。経くんに会いたかったから。」
「え?あ…ありがとう。」
 喜んでいいのかどうなのか、ちょっと判断に迷う。
「あのさ、」
 遙くんの瞳に、迷いが見える。
 だから、ボクは彼が言い出すまで待つことにした。
「その…経くんは、付き合っている人はいるのかな?」
 ん?何?
「ボクの恋人はケーキだから。まだまだそんな暇も無いしね。」
 当たり前のことを当たり前に伝えた。
「そっか。うん。そうだね。僕もそうだし。うん、仕事が恋人。そう。」
 なんだ、歯切れが悪いぞ?
「幹くん?」
「こうして、また、来ても良いかな?」
「勿論!遊びに来てよ。顔を見せてくれたら嬉しい。」
 ボク、ファンだし。
「経くん。僕は、経くんが好き。」
 え?
「好きなんだ。店の外から見かけて、一目惚れして。何か切っ掛けと考えて、母の誕生日が近かったから、これを理由にって。母は、田舎に居るのにね。」
 ええっ!
「幹、くん、」
「その名前、本名なんだ。」
 うぇ?
「僕のこと、キミに本名で呼んで欲しくて。付き合ってくれ何て言わない。ただ、いままでみたいに会って話が出来たら嬉しい。だめ?」
「ダメじゃない。よろしくお願いします。」
 遙くんには、ずっと会いたい。
 ん?
「今、付き合いたいって?」
「うん。」
 え?
 えぇっ!
「ボクと?」
「うん」
 遙いや、幹くんは真面目な顔でボクを見ている。
「だから、まずはお友達から。恋はね、知り合わないと始まらないんだよ。」
 けど。
「幹くんは遙くんってアイドルだから、」
「経くんも立派なケーキ職人だよ?」
 幹くんは、外から見えない厨房にボクの身体を押し込むと、「大好き」と言いながら、思いっきり抱きしめた。

続・恋する条件
おはよう。
今日も一日頑張ってね

「かーわーいーいー」
 僕が愛して止まない都々楽経は、ケーキ職人だ。
 歳は…多分…20歳…位?あれ?僕は彼の年齢を聞いたことがないな。
 慌ててスマホを手に取り、経にメッセージを送る。

おはよう。
そう言えば経くんの生年月日って何時なの?

 暫くして返信が届いた。

××××年9月20日です。幹くんと近い、よね?

「うわーっ、かーわーいーいー」
 いちいち返事が可愛い。
 って、22歳?今度23歳?

経くん、僕と同い年なんだ。

 その返事は、昼過ぎに届いた。
 経は朝早くからケーキを焼いている。
 だから仕事が始まるとスマホなんかには構っていられないのだろう。

うん。同い年なんだ?

 僕は最後の記号を見て、興奮した。
 なんて、可愛いのだろう。
「遙、行くぞ」
「おぅっ」
 メンバーから呼ばれて慌てて楽屋を後にした。


 経を見留めた日。それは家に帰る道筋にあるケーキ屋の店頭だった。
 色の白い、目の大きな少年が、チェックのハンチング帽を被って、ショーウィンドウの前でケーキを見詰めていた。
 近くへ行ったり遠くへ行ったりしながら、どの場所に配置したら売れるかを考えていたようだ。
 翌日、白い帽子に白衣姿で厨房に居た。
 出来上がったケーキを台に載せて、自分が周りを回っていた。
 そんな姿を度々見掛けた。
 ある日、CDショップで見掛けたときは、手に僕らのCDを持っていた。
 男の子で男性アイドルグループ好きは、三割の確率で勘が当たる。
 野球に例えたらかなり良い打率だけど、医師に例えたら最悪の確率。
 つまり、彼は僕と同じってこと。
 胸が躍った。
 しかし、自問自答もした。
 三割の確率しかない。しかも自分の勘だ。
 そこで、確認をすることにした。
 …この時点で、僕は一人のファンを自ら失うことを覚悟している。

 解らない。
 僕の母の情報を知っているのか知らないのか。
 次の手に出る。
 全く解らない。
 よし、少し距離を置こう。
 …ダメだ、僕が我慢できない。
 遂に最終手段だ。
 僕の運転する車に乗ったら、少しは嬉しそうにしてくれるだろう。
 そこで初めて気付いた。
 好意を持っている相手は、読めない。
 いっそ、思い切って告げてしまおうか?
 でも、アイドルがゲイだってバレたらまずいんだ。
 彼がゲイじゃなかったら…。
 怖い。
 今ひとつ踏み込むことが出来ずに、とりあえず友達ということになったけれども…。

「え…」
 偶々、店の前を通った。
 いつもは通らない日に通れた。
 それだけで嬉しかったのに、彼がいない。
 慌てた、物凄く慌てた。
 その答えは夕方、彼からのメールで判明した。


「最近、遙くんは楽しそうに見えますが何か良いことがあったのでしょうか? 」
 コンサート会場でファンからの質問コーナーを設けた。
 いきなり核心を突く質問で、内心かなり動揺している。
「確かに、遙がはしゃいでる、うん。」
 メンバーからは一切フォローされずに…まぁ、フォローするような内容ではないからなんだが…僕は短時間で頭をフル回転させた。
『男の子の恋人が出来た…いや、人気商売だからダメだろ、なら女の子?イヤイヤもっとダメだろ、じゃあ犬?猫?どうする?』
「遙くーん、また無口になっちゃったねー。」
「あ、良いこと、だろ?コンビニのアイス。すっげー美味しいの、見つけた。」
 何故か片言になってしまった。

「僕は、コンビニのアイス…ですか?」
 経の店に顔を出したら、そう言われた。
「幹くんは、最近ご機嫌です。それは僕も気付いていました。そして僕たちが付き合い始めた頃っていうことにも。」
「ちょ、ちょっと待って!なんで昨日の…え?来てたの?」
「行かない理由がないです。」
 マスクをしているから分からないけど、目が笑っている。
「僕はHeartsの遙くん担です。」
 前に、僕の名前が入った団扇を見せて貰った。
「二階席の最後尾だったから気付かなかったと思いますよ。」
 経は、物凄く可愛い。言葉を発すると手が動く。それが大げさではなく手のひらを左右に振ったり指を曲げたり伸ばしたりと、手の表情が豊かなんだ。
 そして、タメ口で良いと言ったのに、また丁寧語に戻っている。多分最初に客として会ってしまったからいけないのだろう。もう少し親密な仲になれれば、変わってくると思う。
「経、」
 初めて、呼び捨てにした。
「はい、」
 気にする様子もなく、笑顔を向けた。
 そのタイミングで、キスをした。
「つ、つ、つ、幹く…」
 僕は経の唇に人差し指を充てた。
「キスの後はしゃべらないの。余韻に浸る。」
「あの!」
「ん?」
「ボク、もう少ししたらここの上に引っ越ししてきます。そうしたら、」
「うん、泊まりに来る。でもさ、今日は…ウチに来ない?」
 経は、言葉を発さず、目を大きく見開いて、首を縦に3回振った。

「あっ」
 経を部屋に連れ込み、玄関でキスをして、抱き締めた。
 そのまま抱き上げ、ベッドルームへ直行する。
 ベッドへ投げ下ろし、裸に剥いた。
「つか、幹くんっ」
「経、好き、好きなんだ。」
「は、はい…ボクも好き、です。」
 経の為に用意したローションを、手のひらに出して、早速バックを弄くる。
「んんっ」
 すぐさま、反応した。
「経、こんなせっかちな奴でごめん。」
「んんっ、ううん、あ、へーき、あれからっ、毎晩、ん、妄想、ひゃっ、してた、から、」
 孔を弄くられていても、懸命に答える姿が愛おしい。
「経、けいっ」
「つかさっ、ああっ、ダメっ、」
 たった三分、指で中をこねくり回しただけなのに、経が身悶える。
「すげー感度がイイ」
「あはっ、ごめ、んっ」
「謝らなくても良いんだよ、むしろ嬉しい。」
 嬉しいに被せて、経が嬌声を発した。
「あー、あっ、あっ、イヤ、ダメぇっ、あ、あ、あ、あ、あぁ」
「ダメなの?」
 首を縦にガクガクと振る。
 僕は指を引き抜いた。
「経が嫌なら止める。」
 また、経は両目を大きく見開き、少し涙目で僕を見た。
「ごめん。…止め、ないで。」
 その唇を唇で塞ぐ。
「素直で良い子だ。」
 再び、今度は指の本数を増やして突っ込んだ。
「あうっ、」
 経の嬌声以外は、ぐちゅぐちゅと孔を弄くる音しか響いていない。
 音楽でも掛けてやれば良かったと、少し後悔した。
「つかさぁ、も、限界、入れてぇ」
 え?
 入れて?
 意外な言葉だった。
「いいの?」
「うん、幹くんのが、欲しいの」
 僕は、慌ててゴムの封を切り装着した。
「挿入れるよ?」
 もう一度、声を掛けた。
 経は自ら足を抱え、腰を浮かせた。
 躊躇わず、先っぽを差し入れる。
 物凄い抵抗力で押し戻される。
「あれ?」
 不用意に零した言葉を、経は聞き逃さなかった。
 手を足から離すと起き上がり、潤滑剤を僕の方に塗った。
「これで、平気。ぐっと力を込めて押し込んで、先っぽが入ったらゆっくり推し進めて。」
「は、はい。」
 僕は言われたとおりに動いた。
 ぬぽっ、という感じで首までが入る。
「んあっ」
 物凄く気持ち良さそうな顔をした経が目の前に居る。
 指先で、乳首をなぞる。
 すると中がきゅっと締まった。
「幹、もっと、奥までぇ」
 少し前傾姿勢になり、舌で乳首を転がしながら、身体を前に進めた。
「あぁっ、んぅっ」
 両手は、枕の横でシーツを掴み、目を閉じ、唇は半開き、顎を上げて身悶える。
「あぁっ、あっ、んっ、んっ、」
そこからは勢いに任せて突きまくった。時々乳首を甘噛みしながら、経の身体がベッドヘッドに当たるほど、突いた。
「イイッ、イクッ、イクぅっ、あぅっ」
 経は、痙攣して気を失った。

「おはよ。」
 僕が目覚めたとき、既に経は身支度をして朝ご飯を作っていた。
「よく眠れた?」
「経!」
「ん?」
「初めてじゃ、無かったのか?」
 経は、吃驚して目を見開いている。
「ボクが、バックバージンの方が良い?」
 そりゃ、初めての男なら、嬉しい。
「いや、そう言う意味じゃなくて、手慣れている感じがあったから、意外だった。」
 経は苦笑いをする。
「ごめん、小説の読み過ぎと、一人エッチのし過ぎ。」
 ん?
 蚊の鳴くような声で、真っ赤な顔をして上目遣いで僕を見る。
「二葉遙とシタら、どんな感じかなぁ、なんて。」
 なに、それ。なんて、なんて可愛い!
 僕は両手を広げ、経を抱き締める。
「好き。」
「ボクも幹くんが大好き。」
 腕の中で微笑む経を、何度も何度も口付けた。
 その後、互いに仕事が忙しくなり、時々僕が店に顔を出したときにだけ、会えるくらいだったから、当然セックスはしていない。
 けど、あの日の経の顔を思い出すことで、取り敢えずまだ乗り切れていた。
 しかし、ある日僕が店に行った日、接客をする経に、猛烈に嫉妬してしまった。
 男性客でバースデーケーキを購入していたのだが、やたらと親切に対応しているように見え、苛立ってしまった。
 客に顔を見られないように、目深に帽子を被っていたのだけれども、胡散臭そうに見えたらしい、ジロジロ見られた。
 気持ちに任せて睨み返しそうになったが、慌てて目を伏せた。
 ドアを出たのを確認して、経に詰め寄る。
「あいつ、ヤケに馴れ馴れしくないか?」
「うん。だって姉の旦那さんだもん。ボクの店のご祝儀だって。」
 身内と聞いてホッとする辺り、まだまだ人間が出来ていないと反省する。
「そろそろ、ウチに来ない?」
 途端に顔を真っ赤にして、小さく頷く。
「じゃあ、今夜。仕事終わりに。」
 そう言われて、浮かれたけれども、よくよく考えてみると、自分は経となんで付き合っているのか?セックスしたいからなのか?なら、経じゃなくても良いんじゃないかと思い始めた。
 経が部屋に来るまでの間、ずっと考えていた。
 経が気持ちいいなら、性交渉も良いけど、そうじゃないなら、男同士の性交ほどきつい物はないんだから、無理強いはしたくない。
 でも、経以外の人と、そもそもそんなこと出来るのか?
答えは否だ。
 経だから、抱き締めたい。
 経だから、愛し合いたい。
 経だから、キスしたい。
 経だから、嫉妬もする。
 経だから、会いたい。
 経じゃなかったら、セックスしない。
 経じゃなかったら、キスしない。
 経じゃなかったら、会いたいと思わない。
 けど、会って話すだけでも嬉しい。
 なんだ、簡単だ。
 経を、愛しているんだ。

「大丈夫、頑張るから。」
 今年は全国ツアーをやる。だから三ヶ月くらい東京を離れる。
 その間、僕は経に会えない。
 胸が締め付けられるよう、ではなく、本当に締め付けられて苦しい。
 でも、経に告げたらあっさりと言われた。
 悔しくて「その間、セックス出来ないよ?」と、言ったらそう言われた。
 何を、頑張るのだろう。
 しかし、実際旅に出て分かった。
 会えなくて辛いことを乗り切らなきゃならないことを、頑張らなくてはならない。
 夜、ホテルに着いたタイミングでショートメールを送った。
『経』
『ん?』
『名前、呼んで。』
『幹、大好き。』
『僕も、愛してるよ。』
『え?あ、愛?!』
 経に愛していると告げるのは、何回目だろう。その都度驚きと喜びを表現してくれる。
『幹、あのね、』
『うん』
『帰ってきたら、してくれる?』
『なにを?』
『セックス』
『わざと聞いたのに、ストレートに返すんだ。』
『うん。ずっと、身体が疼くの。幹に会いたいって。ボクはHeartsの遙くんのDVDを見たり出来るけど、幹はきっと心で思い描くだけだろうから。』
『残念でした。経がウチに泊まった日、隠し撮りしました。…毎晩見てる。』
『会いたいね』
『うん。会って、キスして、抱き締めたい。』
『ふふっ』
 そうなんだ、会いたいんだ。好きだから会いたいんだ。
 会ったらキスしたくなり、抱き締めたくなり、抱き合いたくなる。身体を?ぐのも、好きだからだ。
『幹』
『つーかーさぁ』
『おーい』
 僕がぼーっとしている間も、経はショートメールを送り続けていた。
『電話していい?』
『いいよ』
 ショートメールの画面を消し、通話に切り替えた。
「もしもし?」
「経の声だ。」
「うん。」
「もっと聞かせて。」
「…愛してるよ。」
「僕も、愛してる。」
「最終日の横浜、観に行くからね。」
「待ってる。」
「今回は神席だったよ。きっと遙くんから見える。」
「それは楽しみだ。経、帰ったら、一緒に住みたい。」
「それは無理。」
「え?」
「だって、幹は遙くんだから。」
「そう、か。」
 大きなネックだった。
 僕がアイドルだと、恋人と同棲も出来ないんだ。
 先日、別のグループが女性問題で活動休止に追い込まれた。
 「色々、考えてみようよ、二人にとって最善の方向を。」
 経は、可愛いだけじゃなく、ちゃんと未来を見ることが出来る人だ。
「タイミングを見計らってマネージャーに相談してみる。」
「急がないでね。」

 Heartsを結成するとき、最低でも五年は続けたいと事務所と話し合った。
 人気が出なければ、解散。
 方向性が合わなければ、脱退。
 僕たちは今、ステージで勝負している。
 ほぼ、ステージだけで活動している。
 残りはレコーディングと個々の芸能活動。
 僕の個人活動はバラエティ番組が主。クイズ番組のレギュラー解答の席がある。
 それ以外は時々作詞活動をしている。

「うん、聞いてる。」
 マネージャーは先日交代した。先代から引き継ぎはあったらしい。
「性同一性障害とか、LGBTとかじゃなく、ゲイなんだよね?」
 この人は理解していない。LGBTの中にゲイが含まれる。
「同性愛者と、解釈していて貰えればいいです。」
 面倒なのでこれでいいや。
「男の恋人と同棲するんだ。それは友達じゃダメなの?まぁ、外でイチャイチャしないで、ウチの中ですれば良いじゃないか。マスコミにバレなきゃいいよ。女の子じゃ言い逃れ出来ないけど男の子なら逃げ延びれるでしょ?」
 よし、取り敢えずO.K.は貰った!

「え?だって幹って、お母さんと一緒に暮らしてるんでしょ?だから、同棲とか無理かなって。」
 ん?経は、そう言う意味で無理って言ったのか?
「初めて店で会ったとき、お母さんの誕生日だって言ってた。」
「言った。口実で。」
「口実?」
 僕は話し掛ける切っ掛けを作るために嘘を言ったことを謝った。
「でもさ、表向きでもなんでも、ボクとしては暫くこのままでいい。仕事もやりたいことを始めたばかりだし、まだ恋人っていう関係を楽しみたい。」
 経は、僕が初めて付き合った男で、初めての相手なんだそうだ。
「ボクさ、二葉遙のファンだったけど、それは恋愛対象だなんて思いもしなかった。カッコいいなぁって思ってた。まさか本人がボクに恋してくれてたなんて、これは奇跡だよなぁ。本当に、恋は出会えば始められるんだね。」
 そうとも限らないけど、まあ、恋に夢を抱いている経には、言わないでおこう。
「経、好きだよ。」
「うん、ボクも、大好き。」



 あれから、10年。
 経の店は街の人に愛される、ケーキ屋さんになっていた。
 幹の方は、既に芸能界からは引退していて、経の隣で接客をしている。
 時々お客さんに「二葉遙さんですか?」と、聞かれるけれど、「いいえ、秋山幹です。」と、本名を名乗っている。
 家には、時々幹の母親がやって来る。
 同様に時々経の両親と姉夫婦もやって来る。
 いずれも同居人としては理解できても、伴侶としては理解していないようだ。
 それでも楽しそうに来て楽しそうに帰って行くから、それはそれでいいと思う。
 二人が40代、50代になったとき、解って貰えたらと、長期戦でいくようだ。
「遅くなってすみません。」
 閉店時間を一時間過ぎているが、住まいの方の玄関にお客さんがやって来る。
 予約商品の受け取りだ。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう、遙くん」
 実は、常連さんは何人か幹が遙だと知っていて、誕生日ケーキの受取に幹を指名してくる。
「作ったのはボクなのにな。」
「解ってます、経くん。ありがとう!」
 満面の笑みで帰って行く。
「人を、幸せにする仕事だよな。…もう一度、俳優業に復活しようかな。」
「うん、そうしなよ。ボクは二葉遙のファンだもん。」
 出会うって不思議。
 全く共通点がなかった二人が何故か出会う。
 出会って、恋をする。これも奇跡。
 だから、運命だって、ときめくのかも、しれない。