| 私には幼馴染みが二人居る。 二人とも同い年で家が隣同士。我が家の両隣に住んでいた。
 物心つく前から一緒に遊んでいた。当然幼稚園も小学校も中学校も一緒だった。
 いつも一緒に行って一緒に帰ってきていた。
 中学校ではクラブ活動が違ったけれども、なんとなく集まって三人で帰った。
 例えて言うなら、アニメ『タッチ』の、三人のような関係だった。
 
 「彩愛(あやめ)、オレたちさぁ、青蓮高校に行きたいんだ。」
 「何で?何で青蓮?あそこ偏差値高いよね?私には無理だよ。」
 「でも、陸上部に入りたいんだ。」
 「もしかして、駅伝?大学まで考えてる?」
 幼馴染みの二人、右隣の皐(さつき)と左隣の駿(しゅん)は、お正月恒例の大学駅伝ファンで、一月二日にはいつも江ノ島で応援していた。
 「彩愛はどうする?」
 その質問は、私には来なくて良いと言っているように聞こえる。
 「勿論、行くわよ!」
 悔しくて、そう言っていた。
 「良かった。じゃあ、今日から持ち回りでそれぞれの部屋で勉強会やろうぜ。彩愛、受かったら陸上部のマネージャー、よろしくな?」
 皐は私に来て欲しくなかったわけじゃなくて、一緒に進学してマネージャーになって欲しかったんだな。良かった。
 なんだか最近の私、ひがみっぽくないか?
 自問自答しながら、それでも幼馴染みが私のことを気に掛けてくれることに感謝した。
 
 「あやめ〜、そこは間違ったらいけないところだろう?」
 駿は数学と物理が得意だ。
 だから私の定期テストの出来の悪さに毎回文句を言う。
 「でも、現国と古典は間違えないよ?」
 私はベースが文系なんだ。
 皐と駿が、私の定期テストの結果を見ながら、間違った箇所について説明してくれる。
 二人とも説明が上手いので分かりやすい。
 「将来は学校の先生になれば良いのに。」
 私は単純にそう言った。
 
 三月、無事に私たち三人は青蓮高校に受かった。
 陸上部で二人は汗を流し、私は汗の染み込んだ体操服を洗った。
 
 三年後、大学進学。
 「えっとさ、どうして進学先を決めるときに私はいないわけ?」
 二人は駅伝で連覇している大学への進学を希望した。
 「決めたわけじゃなくて、同じだっただけ。彩愛はどうする?」
 また、高校進学の時と同じやりとりだ。
 「また、マネージャーして欲しい?」
 「当たり前じゃん、彩愛だもん。」
 皐は上手く私を持ち上げた。
 因みに、二人は高校陸上界でベスト5を争うタイムだった。
 
 
 二人は理系に進学し、私は文系に進学した。
 
 「え?マネージャーは入寮出来ないんですか?」
 同じ大学に通うことが決まり、二人は強化合宿含め徹底的に駅伝尽くしで四年間を過ごすために、寮に入ることを決めた。
 私も入ろうと思ったのだが、寮には寮母さんが居るので、マネージャーは要らないと拒否られた。
 間違いがあったらいけないと言われたが、まあ、確かにそうかもしれない。
 私だけ、家から通っている。
 まあ、大学は都内だし、家から30分の近さだ、当然と言えば当然である。
 しかし、二人に距離を置かれた気がして、寂しかった。
 
 「彩愛〜」
 トラックで会うなり、駿が飛んできた。
 「逢いたかった〜」
 前言撤回。
 皐は私に冷たいけど駿は優しい。それを私は勘違いしがちだ。
 あくまでも二人は幼馴染みなのだ。
 そして、私は夢見る少女だった。
 小説や漫画のように、二人の男の子が一人の女の子を取り合う…なんていう場面を想像してニヤニヤしていた。
 大丈夫、私は二人ならどちらでも受け入れるから、正々堂々と闘っていらっしゃい…なんて思っていた。
 皐は私に冷たいけど駿は優しい…それは逆だと気付いたのは、駿の話を聞いたときだった。
 「学校の寮を出たの?食事とか健康管理とか平気なの?」
 「良いんだ、オレたち別に選手になりたいわけではない、家を出たかったんだ。」
 「よく分からないんだけど?」
 「オレたち、中学入学したときから付き合ってる。」
 オレタチツキアッテル?
 頭の中で漢字変換が出来なかった。
 「えっと、」
 「オレは皐と付き合ってる。」
 「なんで?皐も駿も男の子なのに?意味わかんないよ!それって、私はもうずっと仲間はずれってことだよね?だから何でも二人で決めて私は蚊帳の外だったんだ?違うか、私は初めから二人の眼中にはなかったってことだもんね、馬鹿みたい、親友だって、幼馴染みだって信じていたのに。いつかは、」
 私は先を言うのを寸でのところで止めた。
 「仲間はずれなんて思ってない、彩愛はずっと、親友で幼馴染みだよ。ただ、オレにとって皐は親友でも幼馴染みでもなく、恋愛の対象になった。それは皐もおなじだった。」
 「もう、いい!」
 「よくない!彩愛の夢、壊しちゃったから。」
 「駿は優しくない!」
 今、この時に言われたくない。
 「ごめん。でも皐は言えないっていうから。いつまでも彩愛に黙っているのは良くないと思ってさ。」
 私の目の前は、ただいま色彩を一切失っている。全てがグレーだ。
 だって、常識から言えば、男二人に女一人の幼馴染みだったら、外れるのはどちらかの男だよね?
 事実、小学生の時はいつも二人は私を取り合っていた。「僕があやをお嫁さんにするんだ!」「駿はイジワルだからあやを直ぐに泣かすじゃないか!ボクのお嫁さんになるよね?」って。
 まさか、私が外れるなんて…。
 何かの間違いだよね?
 「彩愛は、皐とオレ、どっちが好き?」
 …今、それを聞く?
 「どっちが好きとかじゃなくて!…どっちも選べない。」
 これは、真実。
 「もしも、彩愛がこんなオレたちでも良いって言うなら、どちらかを求めてくれるなら、考えないでもない。」
 なに、それ?
 「オレたちが法的に認められることはないのなら、認められる誰かに、」
 「いやよ!そんな、かっこわるい!」
 私、敗者なのに。
 「彩愛、オレは彩愛のこと、好きだよ?それが恋愛ではないとしても、彩愛のことは、大好きだよ。そこだけは忘れないで。」
 …やっぱり、皐は優しい。
 「今まで通り、幼馴染みでいて、いいの?」
 「当たり前だろ?例えばさ、オレたちそれぞれに別のパートナーがいたら、オレたちもう幼馴染みじゃなくなるわけ?違うだろ?偶々オレと駿がこうなっただけで、関係は変わらない。いいね?」
 まだ頭の中は混乱していてまとまらないけど、取り敢えず頷いた。
 
 「そっか、駿は、彩愛に話したんだ。そっか…ごめん、僕はもう、彩愛に会えない。」
 え?
 「だって、考えてごらん。僕は駿と付き合っている。それを、男女に置き換えたら、わかるだろ?」
 私は黙って頷いた。
 「彩愛に後ろめたいし、恥ずかしい。」
 恥ずかしい、よね。確かに。
 「ずっと、友達で居てくれてありがとう。彩愛のことは大好きだよ、今までも、これからも。」
 だから!どうして二人は互いを選んで、私を選ばないの?
 「納得いってない顔してる。付き合い長いから、彩愛が何考えているかは大体分かるよ。なら、」
 なら?
 「最後に三人でデートしない?」
 
 三人って、切ない。
 まさか自分が仲間はずれの該当者になるとは、夢にも思っていなかったので、考えることもしなかった。
 でも、思い返してみれば、いつだってあの二人が一緒に居て、私はあとから加えられていた。
 こんなことになるなら、初めから外れていれば良かった。
 高校も大学も、別にすれば良かった。
 あと三年、校内の何処かで、二人に会うことになる。
 
 それは、意外と早く来た。
 「!!」
 今日は三限からだったので、10時に校門を潜った。
 すると、前方から手を?いだ二人がやって来た。
 私は目を逸らすことも出来ずに佇んだ。
 「彩愛〜」
 駿は変わらずに接してくれた。
 「よっ」
 皐は照れくさそうに手を挙げた。
 「今日は三限から?」
 「うん。」
 「頑張って」
 「ありがと」
 差し障りのない会話をして、別れる。
 いつまでこんなことを続けるのか。
 一体、私は何をしたのか?
 どうして一気に友を二人も失わなければいけないのか?
 それを見つけなければ、私自身が先に進めないと、思った。
 私は、踵を返し、二人の住むマンションへ向かった。
 
 「…掃除くらいしたらどう?」
 とてもじゃないが、愛の巣には見えない、散らかった部屋に二人は居た。
 「二人で、何が出来るの?私が居なくても、やっていけるの?」
 二人が就職したら経済的にも問題は無い。
 しかしこの有様。
 私は二人に話し掛けながら台所のシンクに溜まっている洗い物を片付けた。
 「彩愛ってさ、昔からこんな感じだったよな。」
 「うん」
 二人が顔を見合わせる。
 「こんな感じってどんな感じ?」
 「小さいお母さん」
 そうか。
 私が選ばれなかった理由はそこなんだ。
 妙に納得してしまい、洗い物と部屋の掃除を済ませると、逃げるようにマンションをあとにした。
 「彩愛!」
 駿が追いかけてきた。
 「恋愛小説で三角関係になったとき、落伍者がどうなったかは書いてないんだ。私はどうしたいのかが分からない。」
 駿の腕が私を捉え、そのまま両腕で抱き締められた。
 「僕たちは彩愛が大好きなんだ。傷つける気なんか一個もない。」
 駿に抱き締められても、何も感じなかった。
 あぁ、私はこの人に、友情しか抱いていないのだと、気付いた。
 「あのね、三角関係の場合は大抵一人居なくなるの。色んなパターンで。そうすると残された二人は、なんとなく気まずくなって別れるの。…二人は一緒に居てね?」
 私は駿の腕から逃れて微笑んだ。
 「どこ、行くの?」
 「どこにも。」
 
 私は、母に頼んで見合いをした。
 何も感じなかったけど、結婚した。
 大学は中退した。
 
 案の定、娘を一人連れて、実家に戻った。
 
 「可愛い!」
 駿は、大学を卒業すると、実家に戻ってきていた。
 私の娘をとても可愛がってくれた。
 「皐は?」
 「就職して海外赴任。戻るまで家に居ることにした。」
 「駿は、この後どうするの?」
 「彩愛はテレビとか新聞とか、見ないの?」
 「見るけど?」
 「なら、スポーツは?」
 「見ない」
 二人のニュースは見たくないから、出来るだけ見ないようにしていた。
 「実業団に入った。」
 「そっか!おめでとう。」
 「彩愛、」
 「ん?」
 「結婚しない?ただし、性生活はないけど。」
 「バ」
 「馬鹿になんてしていない。真剣に言っている。少し個人的な話をしたいんだけど、聞いてくれる?」
 
 僕も皐も、それぞれ早くから性的マイノリティだと気付いていた。
 彩愛を可愛いと思っていても、失礼な言い方だけど、飼い犬みたいな可愛さにしか思えなかった。
 そのうち、互いに意識し始めた。
 だから更に必死になって彩愛を愛そうとした。
 けど、彩愛を抱き締めても、皐とキスしても、性的興奮は得られなかった。
 つまり、僕は身体に欠陥があるんだ。性機能障害 、SDと言われるヤツだ。
 皐を、愛してる。
 けど、性的に満足させてあげられない。
 最初はそれでも良かった。
 でも、だんだん辛くなった。
 皐は浮気もせずに一生懸命僕のために頑張ってくれた。
 でも、だめだった。
 病院にも行った。
 やっぱりだめだった。
 「だから、陸上をやってたんだ。」
 そうなんだ。
 二人とも何かに打ち込んでいたら鬱々とした気分も晴れるかと。
 その頃、排泄器官を使ってセックスすることを知った。
 目から鱗だった。
 それまでは互いの性器を擦ったりしゃぶったりしてた。
 それで、膣では無くてアナルに入れるって、知ってた?知らないよね。
 僕も偶然知って、やってみた。
 それ以来、二人とも二度とやろうとしなかった。
 なんでかって?
 痛いんだよ。
 あんなに大きくなった物を、あんな小さな所に入れるなんて、おかしいよ。
 それからさ、なんとなく、ぎこちなくて。
 性交なんてしなきゃ良かった。それが無ければ、皐とギクシャクすることも無かった。
 
 「で?なんで私と結婚に至ったの?」
 「それは…彩愛の子に父親は必要だろ?それと、皐に幸せになって欲しいから。僕から離れて、別の人と幸せを見つけて欲しい。」
 駿の目を見れば分かる。本気だ。
 「わかった。」
 
 駿と結婚して三年。一度もセックスは無い。
 当たり前だ、彼は起たないのだから。
 でも、良い父親で良い夫だ。
 そんなある日、皐が海外赴任から帰ってきた。
 「駿!お前…何考えてるんだよ?」
 皐は戻って直ぐに駿の所へやって来た。
 「電話には出ない、メールアドレスは届かない、手紙は戻ってくる…そりゃそうだな、住所が変わっていれば。」
 「苗字も、変わったよ。」
 そうなのだ、駿は選手登録名は旧姓だが、戸籍名は私の姓だ。
 「何なんだよ?なんでオレがフラれてんだよ?」
 そう言って玄関で項垂れた。
 「駿は、痛がったけど、オレは生涯忘れられないほどの甘美な想い出だぜ。だから戻って…」
 「皐!僕はもう、彩愛の夫だ。分かるかい?」
 「判らない!判らないからオレもここで暮らす!」
 そう言って皐が押し掛けてきた。
 幼馴染み三人と娘の奇妙な生活が始まった。
 
 駿は、変わらずに良い夫だった。
 皐は、幼馴染みとして娘に接してくれる。当然駿の嫌がることはしない。
 ある日、皐は突然出て行った。
 それきり二度と来ることは無かった。
 「何があったの?」
 「皐、かなり前から好きな人がいたんだ。僕に操だてしてた。それを指摘したら出て行った。」
 「いいの?」
 「うん。僕も、昔から好きな人といるんだから。」
 え?
 駿は私を抱き寄せ、額に優しいキスを落とした。
 僕たちは、冬桜みたいだ。
 駿が呟いた。
 桜と名が付くけど、春の桜ほど華やかではなく、地味で目立たず、気付かれないことが多い。
 「結局、誰も僕たちのことなんか、気にしていないんだよ。」
 駿はそう言ったけど、僕たちとは、駿と私なのか、皐なのか、判らなかった。
 「皐は、彩愛のことが好きだったんだよ。僕に取られるのが嫌だったんだ。僕も、彩愛が好きだった。皐に取られたくなかった。それをはき違えていたんだ。」
 私は、駿の言いたいことが理解できなかった。
 ただ一つ言えることは、駿は私に言っているのではなく、自分に言い聞かせているってこと。
 そして、私は気付かないふりをする。
 結局、私はずっと仲間外れだったってこと。
 それだけ。
 
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