ココロとカラダ
 あ、来た!
 硬く屹立した男のそれは、オレのアナルにゆっくりと、差し込まれていく。
「すげー、中、気持ちいい…」
 男の言葉は、下から見上げた表情からも本心であることが判るほど、恍惚としていた。
 男の腰が臀部に当たった。
「深い…イイ…」
 片言になるくらい、気持ち良かった。
 オレ達は、物凄く身体の相性が良いようだ。
 その後も、男は永遠に続くのでは無いかというくらい、ゆっくりゆっくりと、抽出を繰り返した。
「もっと、激しく突いて。」
 焦れたオレは、男を急かした。
「無理、気持ち良すぎて、直ぐ出ちゃうよ。」
 男は、オレの腰をグイと持ち上げ、孔がオレに見える位置で、奥まで差し入れた。
「エロいだろ?キミの孔。」
 大きく広げられた脚の間に、男のペニスを銜え込む、赤い色を外部に曝け出している、孔は、ヌメヌメとした粘液を纏って光っている。
 その手前には、小さく縮こまっているオレのペニスがあり、透明の液を割れ目からぷっくりと湛えている。
「うん、エロい。」


「志幸(ふみゆき)はエッチだけ、だよなぁ。」
 オレ達は、出会ったその日に意気投合してセックスした。
 互いにこの世のものとは思えないほどの快楽を得て、直ぐに同棲して、以来毎日セックスする。
 しかし、志幸は一週間に二日しか仕事に行かない。そして家のことは、全くやらない。なので部屋がドンドン汚れていく。
 オレの休みは土日のみ。この二日間で、買い物をし、掃除をし、洗濯をし、セックスする。
「志幸の仕事って何?」
「そのうち判るよ」
なんだ、それ。
「時央(ときお)はデザイナーだろ?」
「話したっけ?」
「3回目のセックス中に言ってた。」
 よく、覚えてるな、回数なんて。
 デザイナーと言ってもウェブデザイナーだ。いつか独立できたらと思っている。
「あ、そうそう、明日は帰れない。仕事が朝まで掛かるんだ。」
「了解」
「だ・か・ら、」
 志幸はオレの背後に回ると、そのまま抱き締めた。
「一緒に風呂、入ろう?」
 え?
「時央のエロい姿を、目に焼き付けておくんだ。」
 なんだ、それ。
「オレのモチベーションに関わるんだ。手伝ってくれるよな?」
 どうしてオレが志幸のモチベーションに関係するんだろう…という疑問を抱きながら、それでも性欲に負けた。


「志幸!…って、いないか。」
 仕事から急いで帰って来たのに、志幸はいない。
 今日、映画の告知用ウェブサイト作成依頼があった。
 その出演者の中に「斑出志幸(はんだふみゆき)」と言う名の俳優がいた。
 志幸の写真が、データで送られてきた。
 だから、週二日なんだ。
 俳優って、意外と休みが多いって聞いたことがある。
 その代わり、集中すると、ずっと撮影が続くらしい。
 オレは、俳優とセックスしていたのか?
 ヤバくないか?


 翌日、オレが仕事に行っている最中に戻ってきたらしい志幸は、置き手紙を残して、長期撮影に旅立ってしまった。
 聞きたいことは山のようにあるのに。

『愛する時央へ
昨晩で仕事が片付く予定でしたが、急遽予定が変更となり、暫く泊まりとなりました。
あの晩みたいに、誰彼構わず着いていかないように。
浮気しないで待っていてください。』

 …待てねーよ。
 夕べもしてないのに?
 身体が、疼く。


「ご苦労様〜」
 宅配便が届いた。
 オレが通販で買った。
 外国人並みの、男性器の張り型だ。
 これなら、浮気とは言わせないぞ。
 早速使ってみた。
 しかし、全然満足できない。
 やっぱり、志幸のが、いい。


『いつ、帰れる?』
 LINEを送る。
 散々待たされて、ベッドで眠りに落ちた頃、着信の音がした。
『上手くいけば明日』
 しかし、翌日の昼過ぎに
『ごめん、今日は無理だ』
 …それが一週間だ。
 もう、限界。
 でも、志幸と別れたくない。
 あー、気が狂いそうだ。


 ウェブサイトが完成した。
「え?」
修正依頼?
「嘘…」
 主演、斑出志幸?
 …帰れないわけだ。
 つーか、そんな有名な俳優だったのか?
 オレは何にも知らないぞ。


 ウィーン、ウィーン、ウィーン…
 耳元でモーター音が唸るように聞こえる。
 しかし、直ぐに聞こえなくなった。
 だから、オレはそのまま再び眠りに落ちた。


「おはよ」
 顔に朝日が当たって、眩しいなと思い、目を開けたら、隣に志幸がいた。
「おはよ。いつ帰ってきたんだ?」
「深夜。つーか、時央、何買ってんだよ。」
「何って?」
 志幸は枕元を探ると、張り型を取り出した。
「そんなに俺が恋しかった?」
 オレは首を縦に振った。
「しよ?今から、しよ?」
「仕事は良いのか?」
「休む。」
 下半身が、志幸を欲して飢えている。
 オレは、上になったり下になったりしながら、志幸のペニスを飲み込んで、出し入れした。
「あっ、これ、これが欲しかったんだよ。」
 ゆっくりと身体全体で上下しながら、出し入れする。
「あっ、あぁっ、壁に擦れて気持ちイイっ。」
 志幸は、下でされるがままに笑っている。
「志幸。」
「ん?」
「オレとしなくて、へーきだった?」
 25にもなって、子供みたいなことを聞いてしまった。
「平気だと思うか?」
ニヤリと笑う。
 途端に下から物凄い勢いで突かれた。
「だめっ、あっ、壊れるぅっ」
 言いながら、腰を振る。
「時央っ!」
 オレの名を呼びながら、果てたらしい。
 急いで風呂場へ行き、身体を洗う。
 太股を伝う、志幸の白濁液。
 志幸がいれば、こんなに満足感が得られる。
 脚を開いて、シャワーを臀部に当て、指で白濁液を掻き出す。
 その時、いつも思うのは、バリウム検査の後の、下剤みたいだと。
 オレ達の精液は、下剤みたいだと。
 一気に萎える瞬間。
 慌てて風呂場をあとにして、ベッドへ戻る。
 入れ替わりで志幸が風呂場を使う。
 パンツを履いて、そのままベッドに転がる。
「時央、」
「ん?」
 風呂場から戻った志幸は、素っ裸のまま、ベッドに転がるオレを、毛布ごと抱き締めた。
「どうした?」
「時央…愛してるよ。」
 …
 …
 …
 ん?
 愛してる?
「う、うん。」
 そっと、志幸を見る。
 瞼を閉じて、切なげな表情で、オレを抱き締めている。
「たった数日間離れただけで、時央をこんなに欲するなんて。こんな事今までなかったんだ。好きだよ、愛してる。」
 オレ、愛されてるのか?
 でも、オレは…志幸の、その…アレが、好きなんだ。
 志幸でなくても、アレが付いてたら、好きなんだ。
 早い話、抱いてくれるなら、誰でもいいんだ。
「オレも、好き。」
志幸のアレ。
「良かった。」
 とりあえず、今は離れたくないから、話を合わせておこう。
「実は…」
 志幸の話は、今のマンションだと、セキュリティが甘いので、もう少しセキュリティがしっかりしているマンションへ越したいということだった。
「一緒に、行ってくれるか?」
「うん。」
 特に問題はない。
「それと、マンション以外で俺に会っても、声は掛けないでくれないかな?」
「主役だから?」
「え?」
「映画の主役だから?」
「なんだ、知っていたのか。そうなんだ、急遽、俺にお鉢が回ってきた。それでも念には念を入れておかないとな。俺は、結婚しない男として、売り出す。だから、女の影はチラつかせるなってことなんだ。当然、男もダメなんだ。」
 人気商売だから、結婚しないのは歓迎だろう。しかし、同棲相手が男なのはマズいと。
「分かった。」
了 解したのを確認すると、志幸はオレのパンツをまた、脱がした。



 オレは、セックスが好きだ。それも、男に抱かれるのが好きだ。
 普通に考えたら、女とヤル方が好きになるんだろうけど、実際にヤッてみたら、全然気持ち良くなかった。
 高校の時、男同士でも出来るって知って、ネットで調べまくった。
 男は排泄器官を、女の生殖器官のように使うという行為に、驚いた。
 いや、女の孔も小さいけど、伸縮性が高い。でも男の孔は、入れるための場所じゃないので、許容範囲が狭い。果たして、どこまで伸びるのか?と、トイレの中で考えていたら、なる程、そういう事かと合点がいった。
 大人のおもちゃを扱っている店に、同級生と一緒に出かけていき、さも女に使うような顔をして、小さな電動バイブを買った。
 これを自分の孔に入れてみた。
 …イッた。
 あっという間に射精した。
 女の中であんなに擦ったのにイケず、罵倒されてスゴスゴ退散したのが、やっと理解できた。
 オレは、挿れられるのが好きなんだ。
 そのことが判明した頃、高校二年の時の担任に犯された。
 婚約者もいる、筋金入りのノーマルなのに、そいつはオレが在学中に、自分は一ヶ月後に結婚式が控えている身で、放課後の教室で、なぜかオレを抱いた。
「私のことが、好きなんだろう?」
 そう言って硬く屹立したモノをオレに突き入れた。
 いくら痛いと喚いても、ヤツは抜かなかった。
 オレの孔にワセリンを流し込み、滑りを良くされたので、案の定感じてしまったオレに、ヤツは勘違いをして調子に乗った。
 出したり入れたり、出したり入れたり…耳元にはぁはぁと卑猥な息遣いを吐きかけ、雄叫びを上げながら、オレの中に出した。
 オレはそれがものすごく気持ち良かったから、脚を絡めて密着を深くした。
 そのまま、教師の愛人になった。
 在学中、オレはヤツとセックスした。
 放課後の資料室、昼休みの屋上、授業中の図書室と生徒用のトイレ。オレは三年になっていたから、半年くらいの関係だったが、これが男に目覚めたきっかけだった。
 しかし、今でもなんでヤツが襲ってきたのかわからない。
 卒業と同時に関係は切れた。連絡はあったが、大学でもっと良い相手を見つけたので無視した。
 その相手は主任教授。
 かなりの年配だったと思うが、粘着質のセックスにはまった。
 他にサークルの一年先輩が誘ってきたので付き合った。
 どうして誘ってきたのか聞いたら、なんとなくわかるのだそうだ。ま、外したら冗談で済ますのだろう。
 この先輩は、寮に住んでいたので、大学の空き時間に、した。
 教授は、住まいとなる部屋を借りてくれたので、専ら夜。教授がやってきた日にする。
 例えオレが部屋にいなくても、バイトだと言えば文句は言わなかった。
 ただ、時々同級生が泊まっていくことがあり、時々セックスしてしまって、教授から怒られたことがある。
 だが、オレのセックスは別に生殖活動ではなく、ただの快楽だけなんだから、怒られる意味合いがわからない。
 この生活も大学を卒業したら、先輩も同級生も切れた。
 教授も新しい男を囲い込んでくれて、綺麗に切れた。
 就職して、暫く大人しくしていたが、カラダが寂しくなったので、その手の店を探して出掛けていった。
 志幸は、その中の一人だ。
 正確に言うと、最初の男は三回で終わって、2番目は一回。3番目は二ヶ月で、4番目はセックスなし。5番目は一年、6番目は二回。7番目は半年で、8番目は一回。9番目も一回で、志幸は10番目だった。



 散々愛し合って、疲れ果てて二人で惰眠をむさぼっているとき、志幸のスマホに電話が入った。
 ブツブツ言いながら志幸は通話ボタンを押すと、突然声のトーンが変わった。
 朝ドラのヒロイン相手役オーディションを受けることになったそうだ。
 俺は芸能界に疎いので、よく分からないけど、若手俳優の登竜門だとか。
 映画の主演をしていて何を言うかな?、と思ったけれども、テレビドラマに出ておくと、お茶の間の知名度が違うそうだ。
「それで、何か問題があるのか?」
「うん。約1年間、大阪暮らしになる。」
 大阪暮らし?
「だってあれって渋谷に放送局があるだろ?」
「うん、だけど東京と大阪に放送局があって、交互に制作しているんだ。」
 知らなかった。
「時央と、離れたくない。」
 志幸が俺にぎゅーっと、抱きつく。それに対して俺は嬉しいと感じた。不思議な感情だ。
「けど、まだ時央一人を養うほど、稼ぎがあるわけじゃないんだ。どうしよう。」
「俺だってフリーになるほどじゃないんだよ。仕方ないだろ?」
 俺は別れを想定していた。
 しかし、志幸は、継続を模索していた。
「ここの家賃は俺が半分持つ。だから、一年待って欲しい。その間…浮気はしないで…好きなんだよ、時央。」
 浮気はしないでって、俺に一年セックスするなと言うのか?


 俺は、よく志幸が男漁りをするような店に出入りしていたと、思った。
 だって、志幸は純情なんだ。
 毎晩、俺に電話をしてきては、照れながらテレフォンセックスするんだ。
 俺もそれに応じてやるあたり、志幸に惚れてるのかもしれない。
 耳元で囁かれる声と言葉に翻弄されている。
 よくよく考えたら、志幸より俺の方が純情なのかもしれない…なんて思ってしまった。
 しかし、一ヶ月が過ぎ、張り型では物足りなくなってきた頃、俺は部屋に男を連れ込んだ。
 志幸と会った店でナンパした。
 セックスの上手い男だった。
 けど、物凄い罪悪感に苛まれて、一回で止めた。
 なのに、男を連れ込んだのが災いして、何度か訪ねてきた。
 最初は居留守を使った。
 その内俺の帰りを待つようになった。
 仕方なく、二度目のセックスをした。
 やっぱり上手いから、イキまくる。
 けど、違うんだ。
 志幸が、いいんだ。
 そこで、初めて気付いた。
 気持ちの伴ったセックスが、一番気持ちいいってこと。
 だから、男と女のセックスは、子供が生まれるんだ。
 じゃあ、男と男のセックスでは、何が生まれるんだろう?


 断り切れずに、三度目のセックスをした夜、志幸のマネージャーと名乗る人がやってきた。
 男を放り出して、マネージャーとやらを迎え入れた。
「志幸がいなくても、大丈夫みたいですね?志幸と、別れてください。」
 単刀直入に言われた。
 否定のしようがない。
「志幸の、意思ですか?」
「志幸は、これからスターになります。あなたが邪魔です。」
 ドストレートな物言いだ。
 俺は頷くしかなかった。


「待っ…んんっ」
 俺は男の下に敷かれて、脚を開いている。
 少し、腰を浮かせて、受け入れる態勢を作る。
 蕾の中央に、熱くて硬い欲望が当たる。
 一、二度ノックするように押し当てられ、一気に貫く。
「ダメっ、まだ、やぁっ、んん…」
 男は、否定の言葉を繰り返すと喜ぶ。
 しかし、俺の中ではどんどん冷めていく。
 ここに、志幸のモノがあったら、どんなにか幸せだろう?
 でも、俺はたった一年を我慢できずに志幸を裏切り、失った。
 あれから一年半。
 志幸の出演したドラマは大当たりし、一躍時の人となった。
「やっ、あんっ、」
 俺は、あの時部屋に連れ込んだ男の部屋で、一緒に暮らしている。
 毎日のように抱かれている。
「時央くんっ、いくっ、いくよっ!」
 大量の物を中に吐き出される。
「時央くんは可愛いし、いくら中出ししても妊娠しないし、女みたいにベタベタ甘えないし、サイコーのセックスパートナーだ。」
 これがこの男の毎晩のピロートークだ。
 こんなんで、誰が恋をする?
 馬鹿な奴だ。
 でも、俺の方がもっと馬鹿だ。
 だけど、もう相手を探す気力がない。
 セックスの相性が良いなら、別に良いか…とさえ、思う。
 結局、俺も馬鹿だ。



「時央!」
 会社の前に、俺を待っている人がいた。
「ふみ…って、馬鹿か、お前は!」
 こんな人通りの多いところで、大声なんか出して。
「君が、約束を守らないからだろう?」
 それでも、志幸は大声で不平を言い続ける。
「たった一年を待てないなんて…。」
「解ったから、場所を変えて、」
 志幸は、無言で俺の手首を掴むと、歩き出した。
 余りにも堂々としていたので、逆に誰にも気付かれていないようだ。
 高級車の横に連れて来られて、助手席に押し込まれた。
 運転席に滑り込むと、志幸は俺を抱きしめる。
「会いたかった。」
俺も…会いたかったよ。
「俺が浮気したから愛想尽かしたんだろ?何を今更…」
「…浮気、したのか?」
 え?
「だって、マネージャーとやらをがきて、別れろって。」
 志幸が大きく溜息を着いた。
「俺の言うことだけ、信じろよ。何聞いてたんだよ。毎晩電話でヤラシイこと、してたのに足りなかった?」
「あんなの、足りるわけ…」
 志幸のペニスじゃなきゃ、満足なんかしない。
「時央が好き者だって、解ってたから色々考えたのに…浮気しても、許すつもりだった。離ればなれになった原因は俺だし。でも、もうダメなのか?」
 ダメじゃない、志幸がいい、毎日志幸のことばかり、志幸とセックスすることばかり、考えてた。けど、それは言わない方が志幸のためなんだろう。
 俺は、黙って頷いた。
「東京に戻ったんだ。」
 志幸は、俺の手の中に、メモ用紙を握らせた。
「いつでも良い、戻ってきて。」
 俺は、そのメモ用紙をダッシュボードに置いて、車から飛び出した。


 志幸を思いながら、今夜も男に抱かれる。
 俯せにされ、腰を持ち上げられ、背後から揺さ振られる。
「もう、ムリ」
 その言葉に反応して、男が痙攣する。
 ベッドに崩れ落ちながら、
「俺、明日出て行くよ。」
と、告げた。
「そっか。残念だけどそろそろ潮時かと思ってた。」
 男があっさりと手放してくれたから、俺は久し振りに一人暮らしを始めることになった。



 あんなに男を切らしたことがなかった俺が、自慰で足りるようになったのは、年をとったのかもしれない。
 それでも、志幸をおかずにする辺り、未練たらしい。
 今夜も新しい雑誌を手に入れたので、早速始めた。
 志幸は、更に手の届かない存在となった。
 毎週何かしらの雑誌に登場し、世の中の女性を虜にしている。
 俺はと言えば、ウェブデザイナーとして独立し、幾つかの企業と契約をしていて、ある程度の安定は得ているが、お陰で自分の時間が余りない。
 オフィスを借りて、時間を区切った方が良いのだろうけど、まだそれ程の余裕がないから、オフィス兼自宅になってしまう。
 深夜まで仕事をして、行き詰まると、志幸の載っている雑誌を手に取り、眺めている。…眺めているだけのことが多くなったことにも驚きだ。
 きっと、生き物には、いや、人間には生涯でのセックスの回数に上限があるんだ。だから、俺はもう、しなくても生きていけるカラダになったってことなんだろう。
 …時々、手が下半身に伸びるけどな。
「ん…ふみ…」
 ピンポーン
 あと一息でイケるとこだったのに!
 つーか、こんな夜中に誰だよ!
 無視してやる!
 ピンポーン
 ピンポーン
 ピンポーン
 エントランスのチャイムが止まない。
 これでは近所迷惑だ!
 仕方なく、立ち上がり、リビングへ向かう。インターホンのモニターを見ると、志幸だった。
 マスクをして帽子を目深に被っているが、間違えるはずがない。
 ま、そんな予感はしていた。
 応答のボタンを押す。
「開けるから、静かにしろ!」
 志幸は、頷いた。


「志幸の所属している事務所のホームページ、俺が作ってるからな。」
 言われる前に、言ってやった。
「俺のこと、嫌いか?」
 俺の言葉には何の反応もせず、自分の話を切り出す。
「好かれている自覚、あった?」
「あった。」
「それはな、志幸のペニスに好意を持っていたと、そんなわけだ。」
 間違ってない、俺は志幸のセックスが好きだ。
「それでもいい、側にいて欲しい。」
「お前、馬鹿じゃないのか?俺は、」
「いいんだ、それでも。俺のカラダが好きなら、それでいい。俺は時央が、時央のカラダもココロも好きだから。」
 言い終わると、そのまま唇を塞がれた。
 カラダから、力が一気に抜けていく。
 俺だって、志幸のココロまで、欲しいけど。
 そっと、胸に手を当て、押し返す。
「住む、世界が違う。」
「なら、俺のヒモになれよっ!だったら、ずっと側にいても変じゃないだろ?」
「あのさ、俺にもプライドってもんが、少しだけどあるわけ。なんで志幸に飼われないといけないのさ。」
 志幸の必死さは伝わったから。だからこれ以上、俺の決意を鈍らせないで。
「…時央、大学生の時、コンビニでバイトしていただろ?俺は、あの時、恋をした。時央に惚れたんだ。でも、どうやって近づいたらいいか分からなかった。時央の性的志向も分からない。だから、」
 そう。『だから、』あの店に来たんだ。そうか。
「俺の後を着けた?」
 うん、と頷く。
 一歩、足を前に出した。
 両腕で、志幸を抱きしめる。
 耳元に「しよ?」と、囁いた。


「時央、これ、どうにかならないのか?」
 ベッドの脇の大きな本棚に、志幸の載る雑誌が全て並んでいる。
「これは、引っ越しの条件だったから、譲れない。」
 志幸は、俺のマンションからすぐ近くのマンションに住んでいた。
 だから、俺は自分のマンションを仕事場にして、住まいを移した。
 時々、仕事が忙しくなると、仕事場に泊まることもある。
 でも、『あの夜』の出来事で、志幸は俺を信用して送り出してくれる。
「時央」
「ん?」
「男と男のセックスが超絶気持ち良かったら、生まれるのは『愛』だってさ。」
「『だってさ』って、誰に聞いたんだ?」
「芸能界って、そういう世界なんだよ、うん。」
 そう言って志幸ははぐらかす。
「俺たちの間には、愛がいっぱい生まれてるんだよな。」
 志幸が幸せそうに微笑むから、俺も「そうだな」としか、言えなくなった。
 今の時代、芸能人が男同士で同居していると、女性ファンは大いに喜ぶらしい。
 だから、ばれても良いと志幸は言う。件のマネージャー氏の意見は聞けていない。
「志幸、愛してるよ。」
 不意打ちで、言ってみた。
「うん」と、照れくさそうに、俯いた。


 あの夜。
「時央、挿いんないよ。」
「だから。ずっと、してないんだよ、志幸としか。」
「俺?」
「うん、雑誌の志幸。」
「高校生でも今時そんなことしないぜ。」
「良いじゃないか、好きなんだから。」
「マスかくのがか?」
「志幸が!」
「え?あ…ありが、と。」
 頓珍漢な答えが、返ってきた。


 今から四年前、大学生の時にコンビニでバイトをしていた。
 同級生が、正月で実家に帰るのに代わってやっただけなので、確か一週間くらいだったと思う。
 大学の多い街だったので、冬休みになると、閑散としていて、お客は住宅街へ帰っていく社会人の男性が主だった。
 そんな中に、志幸がいた。
 だから顔はなんとなく覚えていた。正確に言うとおじさんの中にただ一人いた、若い客だったので、帰省しなかったんだなぁと、ぼんやりとした印象しか残ってなかった。
 なので、男が、恋愛の対象として出会いを求めて行く、あの店で会ったとき、意外に思った。
 更にコンビニでは余り印象に残らない、地味な感じだったのに、店に現れた志幸は、スターだった。
 オーラを纏った、スターだった。
 そりゃぁ、そうだ、俳優だったんだから。
 コンビニではオーラを消していたんだ。
 俺はまんまと騙されて、恋に落ち、散々カラダを重ね、身も心もメロメロにされたんだ。
 このまま、騙され続けて生きて行く決意さえ込めて。