僕色に染めて

「・・・はぁ・・・あっ・・・んぅっ・・」
 乾いた室内に響く、声。
「むつ・・み、あっ、もう・・・だめっ」
 瞬間、身体を硬直させる。
 純一のペニスを愛おしげに奥深くまで咥えこみ、その精液を1滴残らず飲み干そうと唇をすぼめる。喉が音をたてて、それを飲み下す。
「・・・純一さん・・・お願い。」
 上気した頬、懇願した瞳が純一を見上げる。今、自分のものを咥えていた唇に唇を重ねる。必死で睦の舌を探し、捕らえる。絡み合わせ、唇に感覚がなくなりそうになるまで
むさぼる。
「んぅっ・・・んっ・・・はぁっ」
 呼吸が出来なくて睦が喘ぐ。
 耳たぶを軽くかんで舌の上で転がす。睦はここが弱いのだ。
「あぁっ、い・・・やっ」
 純一の唇は、舌は順に睦の身体全部にキスの嵐を降らせる。そしてそっとアヌスに指をしのばせる。
「まっ・・・て・・・あっ・・・でも・・・だめっ・・・」
 完全に睦の思考回路は停止している。惰性で唇を動かす。
 そして純一は、大きく睦の両足を抱え上げ、ゆっくりと、押し入る・・・。




 ―最初に声をかけたのは睦だった。いつのまにかはまっていった、そして・・・陥ちていった・・・―
「ふぅっ、なんか、疲れた・・・」
 睦の寝顔を見ながらため息を付く。
(なんで俺いつも睦と寝ているんだ?そりゃ、睦は好きだよ、でも、女の子だって好きだし、もてないこともないし・・・。睦だって女の子が放って置かない綺麗な顔しているのに・・・。
まっちょっと頼りないけど。ただ・・・)
 ベットの端に座りこんでタバコを吸っていた。いたずら心が沸いてきて、睦の顔を覗き込みながら煙を顔に吹きかける。当然睦はむせ返って目を覚ます。睦はタバコが嫌いな
のだ。
「ケホッ・・・純一さん・・・」
 純一に文句を言いもせず、両目に涙をいっぱいためて、溢れさせる。
(こいつ、泣き虫なんだ、男の癖に・・・)
 睦は純一の首に両腕を回して唇を合わせる。
「何、まだ、したい?」
 唇の端に薄笑いを浮かべ、わざと冷たく言い放つ。
「・・・意地悪・・・」
(そうだよ、睦は俺しか見ていないんだ。・・・理屈じゃない、愛してる、それだけ。他には何も無い。)
 再び身体をひとつに繋げるべく、睦の身体をうつ伏せにする。快楽への期待に、身体が疼く。純一は一気に腰を沈めた。
「はぁっ・・・じゅん・・いち・・さんっ・・・」
 首を左右に振りながら睦が何かを訴える。
「なに?」
 純一は動きを止めた。
「もう・・・いいよ、ありがとう、ずっと・・・。でも・・・今でも愛してるけど、あなたを苦しめたくないから・・・」
 あとからあとから、涙が頬を伝う。
「馬鹿・・・」
 無理やり唇を奪った。
「俺が、俺の意思で睦と一緒にいたいって・・・睦と寝たいって、そう思っているんだから、いいだろ?」
 耳元へ唇を持って行く。
「愛してる。」
 ・・・純一の瞳からも涙が溢れていた。
「でも、僕が純一さんに恋しなければ・・・。僕があなたをこんな・・・こんな世界に引きずりこんじゃったんだ。ごめんなさい。あなたはいつも太陽の下で耀いていて、本当に僕の
憧れなんだ。」
 睦のお喋りになった口を封じるために、純一は攻撃を再開する。
「だめっ・・・ちゃん・・・と、聞いて・・・はぁっ・・・い・・・」
「いや・・・か?」
 首を左右に大きく振る。
「いい・・・あ・・・んっ・・・」
 睦の頭が反り返る。半開きの潤んだ瞳が、唇が純一を求める。
 もう、ベットの軋む音と二人の下半身から漏れる音しか、室内には聞こえない。
 やがて、睦は大きな波にさらわれ、純一もそれに飲み込まれていった・・・。
「睦が女だったら勃起しない。わかったか?・・・」
 まだ荒い息遣いの元、純一ははっきりと睦に言った。
「それと・・・一緒に暮らさないか?」




 純一はA出版社の営業職。そして睦は大学生のときその出版社の経営するブックセンターの本店にバイトで来ていた。
 睦の完全なる一目惚れだった。陽に焼けた黒い肌が魅力的な好青年だった。営業所が本店内にあったので早朝だったら会える。毎朝、毎朝、挨拶を続けた。
 そして純一の顔から笑顔が見えるようになって、初めて声を掛けた。最初は天気の話だったと思う。そして、好きな本の話になって、やっと、「飲みに行こう」と誘ったときは半年
経っていた。
 睦の就職が決まって、もう毎日会えないと分かったとき、意を決した。
「純一さん、僕を・・・抱いてください。」
 初めて二人きりで飲みに来ていた。周りの話し声と歌謡曲の大音量BGMの流れる居酒屋。他人は聞いていないと思うけど、雰囲気で分かったはずだ。純一にはそう、思えた。
「なに・・・って、俺、君のこと、そんな風に見たこと無いし、見る気もない。」
 それを聞いた睦は、ポケットからお札を何枚かテーブルの上に置いて
「そう、ですよね・・・ごめんなさい、変なこと言って。忘れてください。」
 店から駆け出して行った。寂しげな後姿を見送ってはいたが、純一は追わなかった。




 その後、睦からは何の連絡も無かった。気にはなっていたが純一も、放っておいた。声を掛けたらきっとはまっていく、そんなことは目に見えていた。だって、あんなに熱い瞳で
見つめられたら、誰だって気になってしまう。
 それから1ヶ月ほどした時だった。純一の携帯が鳴った。
『・・・』
 無言だった。
「・・・睦くん、だろ?」
『・・・会いたい・・・。会って、ください。変なこと言わないから。あなたの顔を見られればそれで良いんです。もう、忘れられない、あなたのこと・・・。仕事、辞めちゃったんです。何も
手につかなくて。』
 電話の向こうの声は湿っていた。
 そして、その夜が、始まりだった。純一は睦を受け入れていた。



「本当にいいの?」
「うん」
 睦が純一のアヌスに舌を這わせる。純一は羞恥で身体を硬直させた。
 指がそっと挿入された。
「うっ・・・」
「きついね、やっぱり・・・止めよう、ねっ。」
 睦は戸惑いを隠せない。付き合い始めて1年、一緒に暮らし始めて3ヶ月、今までずっと自分が純一に抱かれてきた。なのに突然
「今日は睦が俺を・・・抱いてくれるか?」
と、言われた。
「だめ、止めないっ。感じたいんだ、身体全部で、睦のこと。」
 身体が火照った。睦は中にいれた指の屈伸を始める。
「力、抜いて、僕に全部預けるつもりで・・・」
 ゆっくり、一本づつ、指を増やす。枕がかさかさと音を立てる。
「むつ・・・み・・・こっち、来て・・・」
「なに?」
 純一がリードのディープキス。と、突然純一は睦のペニスを握り締めた。
「あっ・・・」
「こんなになってるじゃないか。大丈夫だって。・・・ただ、バージンだからさ、俺、優しくしてくれよなぁ。」
 睦の屹立したペニスにキスをした。するとさらに、硬くなる。
 睦の瞳から大粒の涙があふれ出た。
「・・・なに、泣いてんだよっ、馬鹿。」
「だって、純一さんが僕のものになるなんて思わなかったから。」
 純一がうつ伏せになり、睦のペニスがアヌスに突き付けられ、ぐっと押しこまれた。
「ぐ・・・うっ・・・」
 声にならない声を発した。
「あと、少しだから、我慢してくださいね。」
 どうせ痛みを伴うのだからと、一気に押し入った。
「あっ・・・うっん・・・むつ・・・いたっ・・・こんな・・・はぁっ・・・」
 もう、なにを言っているのか分からなかった。
「僕、純一さんの中にいるだけで幸せだから、今日はこれで止めましょう、ね。いいでしょ。」
「やだっ。」
 振り返った涙目が、怒っていた。
「・・・お前・・・が、イケ・・なきゃ・・・意味・・・ないだろうが・・・」
「次で、いいよ。」
「次なんて、・・・待てない・・・」
 耳が真っ赤だった。
(あっ、可愛い、純一・・・僕の・・・)
 あとはもう、本能との戦いだった―。やがて二人は力尽きてベットに倒れこんだ・・・。




 ―バスルームから純一が戻ってくる。
「先に寝てて良かったのに。」
 照れくさそうに、笑う。
「うん・・・」
「なに?」
「今日は、して、くれないんだね。」
 甘えた声で睦が拗ねる。
「だって、今夜はこのまま、睦の余韻に浸って眠るんだ。」
 顔を真っ赤にして、純一が答えた。
「・・・そんなに、良かった?僕には辛そうにしか見えなかったけど。」
「最初はね。でも・・・」
 睦に顔を寄せて、耳たぶをそっと口に含む。舌を耳の穴に差し込んだ。
「いやっ、くすぐったいよぉ。」
「好きだから、かなぁ、すごく、感じちゃった。」
 睦の身体が真っ赤になった。
「おやすみ!」
そのまま、布団を頭からかぶってベットに潜り込んでしまった。
「好きだよ、睦。」
 目だけ出して
「耳が、熱い・・・純一さん。」
と、くぐもった声で言う。
「睦、その、「さん」付け止めよう、俺達恋人、だろ?」
「・・・うん・・・」
 瞳が嬉しそうに笑った。




 朝、目覚めたとき、隣で寝ている純一の顔を見るたびに、思う。
(純一のこげ茶色の髪が好き。いつも綺麗にカットしてあって、乱れることが無い。太い眉毛、長い睫毛、大きな瞳、存在感のある鼻、逆三角形の輪郭・・・全部、全部好き。)
 そして、そっと唇に人差し指を添える。
(ぽってりと厚い唇。・・・誰にも渡したくない。・・・でも、いつか、きっと・・・。誰か他の人に心を移していってしまうのだろうか・・・。)
 ベットを離れて、メイキングルームへ向かった。純一に泣き顔を見られたくないから。
 幸せなはずなのに、朝を迎えるたびに襲う焦燥感。急いで顔を洗った。
「また、泣いてただろ。本当にお前は泣き虫なんだから。」
 何時の間にか純一が背後に立っていた。そして力強く抱きしめられた。
「・・・不安、なんだ。あなたにいつか好きな人が出来て、僕から離れて行くって、分かっているから。」
「何で、分かっているんだよ。俺は・・・お前に不安しか上げられないのかよ、そんなの、嫌だよ。確かに、先のことなんか分からない。でも今は睦しかいないし、考えていない
から。泣くな。」
 純一は睦の柔らかい髪に指を絡めながら言った。
「今は、睦と生きていたい、って、だめか?」
 再び、睦の頬を涙が伝った。でも、これは、幸せの涙・・・。
「あっ、睦、お前、ここ・・・」
 単語だけを繋ぎ合わせて純一が焦っている。
「こんなとこ、キスマーク・・・どうするんだよ、隠せないぞ。」
 丁度ワイシャツの合わせ目の上くらいだろう、確かに目立つ。
「まっ、いいか・・・」
 独りごちて、歯ブラシを手にした。
(大人になりたい、せめて純一に迷惑かけないように・・・)
 睦はその3日後、就職先を決めてきて、アルバイト生活に終止符を打った。

 

「・・・・・・・・・・」
 リビングで異常なほどタバコを吹かしている純一。それをキッチンからじっと見ている睦。
「昨日から、何をそんなに怒っているの?」
 瞳が怒りに震えている。
「・・・いいんだ、たいしたことじゃ、無い。」
 すっくとソファから立ちあがりベットルームに入ってしまった。
 慌ててドアをノックする。中で純一はボストンバックを出して荷造りをしていた。
「明日、出張だから、帰らない。」
「なんで、僕、分からないよ。このまま、帰ってこないなんて、そんなこと無いよね。」
「帰ってこないかも。」
「・・・川原さんに、電話してくる。・・・」
 川原は純一の同僚で、二人のことを知っている唯一の人間だった。
「・・・なにが・・・何が『純一がいなきゃ、僕死んじゃう。』だよ、いい加減なんだから。人の・・・人の心もてあそんで楽しんでいただけなんだろう?いいよ、お前がその気なら
俺だって・・・。」
 睦は呆然と立っていた。
「・・・聞いたんだ、向井さんが、睦と会っていたって。」
「・・・なんのことだか、分からないんだけど。」
(何で、僕が辞めたバイト先の女の子と、会わなきゃならないんだ?)
「だから、たいしたことじゃ、ない。勝手に嫉妬してるだけだから。」
 怒りで肩が震えているのだとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい、声に涙が混じっていた。
「・・・ごめん僕今、すごく嬉しいってそう思っちゃったよ。だって、純一が僕にやっと心を開いてくれたんだなって・・・。僕なんかのために泣かないで。『死んでもいい』っていう
のは本当だよ。純一が嫌だったら今すぐ死んでも良い。」
 睦は純一の前面に回ってひざまづき、その頬に伝っている涙を舌で拭った。
「知ってる?涙って感情によって味が違うんだよ。今日はしょっぱいね。」
 そのまま唇をふさいだ。
「このまま、する?」
 睦は純一のTシャツの下に手を差し入れた。
「あとで・・・」
 なにか、言いかけたけど、睦は無視をした。




(おそいなぁ、純一・・・)
 予定外に出張が2日も延びてしまった。4日振りの再会。しかし時計はとっくの昔に十二時を回っていた。
 バスタブに身体を沈めていた睦が、仕方なく立ちあがった。
 パジャマを着て、ドライヤーをコードレスにしてリビングへ行く。髪の毛を乾かしながら、ぼんやりとテレビを見ていた。
「いくら、明日は土曜日だからって、遅すぎる。」
 声に出して言ってみたけど、何の返答も無いことは分かっている。まだ、帰ってきていないのだから。
 ドライヤーを片付けるためにメイキングルームに入る。
(純一のいないこの部屋はなんて寂しいのだろう・・・)
 危なくまた、涙を流すところだった。決めたのだ、睦はもう、不安になって涙を流すようなことはしないと。純一の心は見せてもらえたから。大丈夫。
 ソファに腰を降ろし読みかけの雑誌に目を落とした。どうしても起きていて、彼を迎えてあげたい。
 しかし、睦はすぐに深い眠りに落ちて行ってしまった。膝の上から雑誌が滑り落ちた。




 ―――――目を開けると朝だった。
「やばっ、寝ちゃったんだ、僕。」
 ボーっとした頭で考えていた。
(何で、ベットにいるんだろう・・・それに・・・)
 一糸まとわぬ姿で眠っていた。ふと目に留まったサイドテーブルの上に見なれた文字を見つけた。
『寝るときはちゃんとベットで寝なさい。重かったぞ。出張の報告書を書き上げたら速攻で帰ってくるから。それとごめん、手触りが良くなかったから、パジャマははがしたから。』
「帰ってきたんなら、起こしてくれれば良かったのに。」
 文字を目で追いながら笑ってしまった。純一の孤軍奮闘振りが目に浮かぶ。急いでベットメークをした。
「今日は昼間から純一を独占できるかもしれない。」
という、期待に胸を膨らませて。




 バタンッ
「お帰り」
 出迎えに走って行った睦の目に映ったのは、玄関に立っていた純一、そして、
「江澤先輩っ!」と叫んだ男の子。
 大学の後輩で、よく自分を慕ってくれていた、千葉博之だった。
「お久しぶりです。」
「俺の弟だよ。」
 ほぼ同時に二人が口を開いた。
「弟って・・・」
「両親が離婚して俺は父親、博之ともう一人の妹が母親について行ったんだ。」
 睦は困惑の入り混じった目で博之を見た。
「気にしないで、僕、知っているから、二人のこと。」
「そー言うからさぁ・・・」
「1週間ほどお世話になります。」
 ペコリッ
 可愛らしく頭を下げた。
 純一は着替えをするために部屋に消えた。
 それを待っていたように博之が睦の腰に手を回した。
「やっと、見つけた。ずっと探していたんですよ。灯台下暗し・・・って本当ですね。」
 博之の唇が睦を求めた。
「やめっ、だめだってばっ。」
 博之の両肩を思いっきりつかんで自分から引き剥がした。
 その時ジーンズのファスナーを上げながら純一が部屋から出てきた。
「兄さん、居候のお礼に良いこと教えてあげる。」
 二人のただならぬ雰囲気に胸騒ぎを覚えた純一は、視線を少し下げて博之の口元を見た。
「僕が江澤先輩・・・睦さんと知り合いなのは本当だけど、僕が勝手にくっついてたんだ。好きだから。」
 楽しげに笑う。
「怒ったっていいよ。平気。今までだってずっと振られっぱなしだったんだから。でも、それは違うと思っていたから。一緒だって、僕と一緒だって分かったから、もう遠慮
しない。僕は睦さんが好き。」
 くるりときびすを返した。
「今日は帰るね。会えたから、ここにいるって分かったから。それで良いんだ。」
 手を振ってドアを閉めた。
「どうしよう。」
 動揺の隠せない睦がいた。
「なんであいつ、あんなに自信あるんだろう?もしかして、口説かれた?」
 首を横に振った。
「好きなんて、言われたことない。」
「・・・じゃ、大丈夫だな。睦は誰にも渡さないから。」
「うん、離さないで、僕はあなたのものだから。」
 純一は睦を抱きしめた。




 ――翌朝、郵便受けに純一用のマンションの鍵が投げこまれていた。



 月曜日の夜だった。窓に明かりがついていたので今日は純一の帰りが早かったのだと思い、エレベーターを待つのももどかしかったので、階段で一気に8階まで駆け上が
った。
「お帰りなさい。早かったんですね。」
 中にいたのは博之だった。
「・・・やっぱり合鍵、作ったんだね。無断で。」
 睦が不機嫌な表情を作る。
「だって。睦さんの役に立ちたかったんです。それに僕のこと知ってもらいたいし。」
(どうしてこんなにこの兄弟は似ていないのだろう。身長だって頭一つ分純一さんのほうが高いし、顔だって、全然タイプが違う。性格だってかなり違うよなぁ。)
「兄さんは知らないけど、僕、父親が違うんです。母さんが浮気して作った子供。」
 心を見透かされたのかと思った。
「でも僕、父さん好きなんです。だから黙っててください。父さんに知られたくない。」
 大きな瞳が見据える。両手を広げて睦を招き入れる。と、キッチンでアラームが鳴った。
「残念、タイムリミット。あっ、勝手にオーブン借りました。」
 小さな身体で精一杯背伸びしている博之がその時ふと、可愛いと思った、睦がいた。
 しばらくして純一が帰ってきたので、夕食を3人で一緒に食べた。博之の料理が美味しかったかどうかは別として、純一の買ってきたワインをグラス1杯飲んだだけで、博之
は身体中を真っ赤にして酔っ払って寝てしまった。
 客室のベットに博之を寝かせて、二人はベットルームで愛し合った。




「ん・・・」
 客室で寝ていた博之が目を覚ました。
(んっと、ここ、どこだっけ?)
 痛む頭を抱えて考える。
(何でここにいるんだ?ガーっ頭痛い。・・・あっ、そうだ、3人で飯食って、それで僕・・・酔っ払ったのか?)
 突然、飛び込んできた睦の声に、博之は耳を押さえた。
「いやっ、・・・お願い・・・やめて・・・」
 二人の声が聞こえてくる。ベットの軋む音もはっきりと聞こえる。
(兄さん、愛してるの?睦さんのことちゃんと愛してるの?ただ、セックスしたいだけだったら他の人にしてよ。)
 ベットから飛び出した。頭が痛いなんて言っていられない。
(二人を止めなきゃ・・・)
 ドアに手をかけた。
(・・・なんで、止めるんだ?いいじゃないか、二人の家なんだよ、ここは。あの人は僕のものじゃ、ないんだ。)
 廊下に座りこんでしまった。声を殺して泣いていた。



 カチャ――ドアが開いた。
「ほら、やっぱり聞こえたんだよ。だから言ったじゃないか。」
「うん。」
 二人とも全裸のまま、立っていた。
「兄さん、睦さんのこと好き?ちゃんと、答えて。」
 膝を抱えて座ったまま聞いた。
「あのさぁ、本当のこと言うと俺、睦とこうなる前、付き合っていた女の子いたんだ。今でも、女の子、好きだよ。でも、睦は別なんだ。睦と今別れるとか、博之に譲ってやるとか全
然考えられないわけ。分かるか?
 ただ、睦が博之を選ぶんだったら、俺は潔く身を引く。睦に愛されないんだったら、一緒にはいられないから。それじゃ、だめか?」
 頭を掻きながら照れくさそうに答えた。
 相変わらず顔を膝に埋めて俯いたまま、それでも小さく頷いた。
 純一は睦の腰を背後から抱きしめた。
「そんなに簡単に睦は落ちないぞ。なんてったって、俺にぞっこんだからさ。今だって、俺の下で散々泣いていたんだから。」
「純一・・・いいすぎだよ・・・」
 博之は顔を上げた。そして今までにない晴れやかな表情を睦に向けた。
「今度、ちゃんとデートに誘います。付き合ってくれますか?」
「・・・襲わない?」
 にっこり笑った。




「会うたびに幸せそうな顔してますね。そんなに兄さんが好き?なんか、嫌になってきた。大学のときはそんなこと無かったのに。」
「あの時は片想いだったから。」
 睦の運転で海へ行こうと誘われて、勇んで出てきた博之は少しむっとした。
「もう、何回もデートしたのに、ちっともあなたは僕に心を開いてくれないんですね。」
「そんなことないよ。」
 前方をじっと見ている瞳に力が入っていた。
「・・・近くに僕の実家があるんだけど、寄って行く?」
 睦の顔をじっと見た。別に照れているわけでもなく、いつもと変わらない穏やかな顔をしていた。驚いて目を大きく見開いていたのは博之のほう。
「どうして?」
「どうしてって、近くにあるから、それだけだよ。なんで?」
「紹介してくれるのかと思った。」
「ん・・・」
 紹介されたのは、『妹』だった。多分睦が女の子だったらこんな感じなのではないかと思うような、よく似ている兄妹だった。
「何で、妹さんなんて、僕に会わせたのですか?僕は・・・」
「ごめん、もう、やめたいんだ、こんなこと。博之がいくら僕に好意を抱いてくれたって、だめだよ・・・友達以上には考えられない。だから代わりに、博之が斎<いつき>を好きになって
くれないかって・・・。」
「止めて。車、止めてください。僕電車で帰ります。こんな、薄情な人だなんて知らなかった。人の気持ち、なんだと思って・・・。」
「今日は帰らなくていいんだ。実家に泊まるって言ってあるから。」
「でも・・・」
「交換条件・・・博之の想い、今日だけ受け止めてあげるから。だめ?」
 その夜、博之は初めて想いを遂げた。




「睦、電話。」
「誰?」
「斎ちゃん。」
 睦は眉を潜めた。愚痴を言われるのは分かっていた。
『お兄ちゃんと博之君って、どういう関係なの?』
「どういうって・・・」
 返事に窮した。後輩って言えば良いのに、戸惑った。
『彼、私と会ってもお兄ちゃんのことばかり聞いてくるの。』
「好きに、なっちゃったんだ?」
『そのつもりで、会わせてくれたんじゃないの?・・・時々、名前間違えるし・・・。』
 あれから1度も博之から連絡がなかったので、睦もそのままにしてしまっていた。
「分った、なんとかするよ。」
 睦は電話を切った。
「どうした?」
「ん、痴話喧嘩の仲裁。」
 なぜか純一に本当のことを言えなくなっていた。




「友達に格下げになったから、3ヶ月に一回しか会ってくれないんですね。」
 会ったとたん、博之は嫌味を言ってきた。
「妹さんから何か言われたでしょ。分っててやったんだ。・・・あんな、蛇の生殺しみたいな・・・酷すぎるよ。僕がどれだけあなたのこと好きだったか分っててやったとしたら、あなた
は人殺しだよ。僕の心なんてもう、死んだまま・・・。」
 喫茶店だったら人目があるから博之も冷静に話せると判断したのだが、間違いだった。博之は初めから人目など気にせず、ずかずかと心の中に入ってきた。睦は腹を括った。
席を立ち博之の腕を掴んだ。
「行くよ。」
 伝票を指先でつまんでレジへ向かう。その間中博之はむくれて横を向いていた。
 店を出て、車へ向かった。博之を助手席に押しこみ、自分は運転席に回った。
「どこへ行くの?」
「博之の行きたいところに行ってあげるよ。」
「行きたいところなんて、もう、ないよ。あなたを忘れる事以外、僕の生きる道はないんだとしたら、どこへ行っても何をしても、意味がないんだ。」
「博之、僕は君の兄さん、純一を愛していて、恋人・・・なんだ。だから君を恋人には出来ない。でも・・・」
 睦は躊躇った。言ってしまったら彼はどうなるのだろう。
「・・・良いって、言ったじゃない。僕は睦さんに会って話が出来ればそれで良いって。」
 博之がずっと自分のことを想っていてくれた事知ってて冷たくしたことが後ろめたかった。
「ねぇ、睦さん、セックスフレンドじゃ、だめ?」
 睦が言おうとしたことを、博之が辛そうにつぶやいた。
(君は、そんなに思いつめていたんだ・・・ごめん、僕は自分の幸せしか見えなかった。)




「あっ・・・あっ・・・」
 博之の中で睦のペニスは猛々しく動き回った。
「あっ・・・これ、この感じ、これが欲しかったんだ・・・。あなただけ、あなたじゃなきゃくれない、こんな気持ち。」
 睦は博之が可愛いと思った。一途に自分を想ってくれる博之の気持ちの切なさが痛いくらいわかるから。
 二人は会うたびに身体を重ねた。純一に内緒で会うようになった。
「斎とは、寝たの?」
 いつの日か睦は妹に嫉妬までするようになっていた。
「・・・うん・・・ごめんね。」
 正直に話してくれた博之に恨み言を言った。
「じゃあ、もう、僕は要らないね。」
「いやだっ、僕、睦とセックスできなくなったら、斎にも会わない。・・・やり逃げしてやる。大体、睦だって今でも兄さんと一緒にいるんだろ?僕のこと言えないじゃないか。彼女は
人質。」
 本気で目が怒っていた。
「まだ、兄さんが好き?」
「うん・・・気持ちは変わらない。でも・・・二人のときは博之だけ見ててあげるから・・・」
 博之は延々と睦の唇をむさぼった。




「んっ・・・」
 純一には気になることがあった。睦のキスの仕方が以前とは違う。
 どのように変わったかと聞かれても、上手く説明できないけど、今までは受身一方だった睦が積極的になった。
 指で、舌で、唇で、身体中愛撫して・・・やっぱり何かが違う。
「・・・相手は、女?」
 耳元で怒りを含んだ声でささやく。
 両手の親指を喉にぐっと押し当ててちょっと力を入れた。脅かすつもりだったのだ。なのに、
「・・・そのまま、一気に締めて。殺して・・・。」
 睦は認めたのだ。自分以外の人間と関係を持ったことを。
「誰だよ、相手は?何で言わないんだよっ。」
 睦の両肩を色が変わるほど力を入れて掴んで揺さぶって。それでも睦は口を開かなかった。
「・・・本気・・・なのか?」
 覆い被さるようにキスをした。
「離さない。こんなに夢中にさせといて、今更離れられない。」
 その夜、純一は狂ったように睦を抱いた。




 次の夜もその次の夜も、休みの日は朝から晩まで、純一は睦を離さなかった。睦も黙ってされるがままになっていた。
 そんな日々が2週間ほど過ぎた時だった。
「別れよう、このままじゃだめになっちゃう。僕はそんな純一、見ているの嫌だ。」
 不透明な瞳が純一の目に映った。
「何言って・・・やだよ、睦が居なくなるなんて・・・。分ったよ、睦が誰と付き合っても構わないから、別れるのだけは考えて欲しい・・・。」
「僕が愛しているのは、永遠に純一だけ・・・。でも、あなたは僕を信じてくれなかった。」
「だって、ずっと嫉妬しているのは俺じゃないか。博之の時だって・・・あ・・・博之・・・なのか?」
 睦は瞳を伏せた。
「彼を責めないで。悪いのは全部僕だから。・・・彼が好きなんだ・・・。」
 好きと言った時、一瞬だけ睦の表情が動いた。
「俺だけじゃ満足しなかったのか・・・愛してるなんてそんな言葉で俺を縛り付けて、がんじがらめにして、夢中にさせて・・・捨てるんだ。」
「純一と別れたら遠くに行くよ。博之にも会わない。これだけは約束する。今はこれしか言えないけど。」
 スッと立ちあがって睦は衣服を身に付けた。
「荷物は適当に処分して。何にもないけどね。」
 玄関のドアに手を掛けた時だった。
「睦は兄さんを本当に愛してるんだ。なのに僕がどうしても諦められないから、無理して付き合ってもらっていた。連絡が取れなくなったと思ったら、そういうことだった
んだね。」
 ドアの向こうから現れたのは博之だった。
「僕が身を引いたらやり直せる?・・・僕は今度こそ、諦めるから。――って、睦の妹がね、妊娠しちゃったんだ。僕が、責任取らなきゃ。だから、兄さんは睦を離さない
でいて。」
 睦は目を閉じた。
「責任ってなに?博之の僕への気持ちってそんな簡単なものだったの?・・・見損なったよ・・・。」
 そのまま、ドアの向こうへ消えて行った。




「はぁ・・・。」
 純一はため息をついた。
 睦がこの部屋を出て半年。荷物は全部そのままで、純一は睦の帰りを待っていた。
 変に嫉妬をして彼を怒らせてしまった。
 最初の頃ちょっと思った。これで良かったのではないかと。元の生活に戻れる、そう思った。
 でも、戻れなかった。誰と寝ても思い出してしまう、睦の声、肌、瞳。甘えたような仕草。照れて笑った表情。
 純一の心の中に住みついた睦は、思った以上に大きかった。
 探せるところは全て探した。残して行ったアドレス帳から、電話を片っ端から掛けた。会社にも足を運んだ。
 実家にも戻っていない、あと、どこを探せば良いのだろう。
 そう言えば一緒にいた時間、デートなんてしなかった。
 睦の気持ちを受け入れてから、セックスばっかりしていた。それが、目的だったかのように。いや、目的だったのかもしれない。
 二人の思い出はなにも、無い。それが辛かった。
 博之とはいくつ思い出を作ったのだろうか。あのまま博之は斎と一緒になった。それなりに上手くやっているようだ。睦の面影をたたえた妹と。・・・そう言えば博之は睦と携帯
電話で連絡を取っていたはずだ。
「あっ・・・」
 気付かなかった。睦の持っていた携帯電話に、電話をしようと、どうして思わなかったのか。
 急いで電話に駆け寄り、番号を回した。呼び出し音が一回、二回、三回・・・と、鳴り響く。
 寝室で電話の音が、する。・・・なんだ、あいつ、電話も置いて行ったのか。
「待てよ、半年も放って置いた電話が鳴るわけ無いだろうが。あぁ・・・そう言う、事か。」
 無機質な声が受話器から流れる。
「もしもし、睦?早く帰って来い。」
 睦は待っている。ずっと待っていたんだ。
 外からだって留守電は、聞ける。純一があまりにも長いこと、思い出さないでいたので業を煮やして忍び込んだ。そんな所だろう。
 睦の電話が再び鳴った。純一は急いで電話機を探した。
『遅いよ、遅すぎるよ、もう、忘れちゃったかと思った。ここで、どれだけあなたを待って、待ちつづけていたか。』
「俺だって待っていたんだ。二人で待っていたら会えるわけ無いだろうが。電話の音が聞こえる所にいるんだろ?早く、もう、待てない。」
 純一は玄関を飛び出した。隣の部屋から睦が現れた。




「イギリスへ一緒に行かないか?引越しもしてちゃんと二人の場所を作ろう。」
「純一、それじゃ純一に好きな人ができても、結婚できなくなっちゃう。」
 睦の裸の背中に両腕をしっかりと回した。
「睦と、結婚、したい・・・だめ?イギリスへ新婚旅行・・・フランスがいいか?それとも、イタリア?」
 睦の腕が純一の腰を抱いた。
「純一と一緒なら、どこでもいい、どこまでも行く。」
 ちょっと力を抜いて、睦の目を覗きこんだ。
「どうしてあの時、飛び出したんだ?」
 睦の目が困ったように視線を落とした。
「・・・本気で斎に嫉妬した。」
 トーンを落とした声で言った。
「そんなに博之が好きだった?」
 すると今度はきょとんとした瞳で純一を見た。
「うん、好きだった。でも、嫉妬したのは違うことだよ。・・・女っていいなぁって。女って事だけで男を引き止められる。すぐに、子供が出来たとか言って男を繋ぎとめる。
・・・僕には出来ないからね。」
(睦、もういいよ、何も言わなくて・・・)
心の中でそうつぶやいて唇を合わせた。
「僕は、オーストラリアへ行きたい。」
 睦の唇が直接純一の唇にそう、伝えた。



 窓に掛けたカーテンが大きく、揺れた。
「広いマンションがいいかな?小さな一戸建てがいいかな?僕達の城・・・」