家に居て欲しい
【その一】

《こんばんは》
 LINEでパンダが手を振るイラストを送った。
 直ぐに返信が来た。
《まだ起きてました?》
 僕はベランダの窓を開け外に出た。
 隣のベランダの窓も開いた。
「春田さん、外寒いですね。すみません。」
「いやいや。また、寝られないんですか?夏木さん。」
 偶々隣同士で季節の入った苗字だったので、話をするようになった。
 休日に同じタイミングで洗濯物を干したり、取り込んだりして、緊急避難用の壁の隙間越しに挨拶を交わし、その内マンションの役員会で一緒になり、LINEを交換したりして、今に至る。
 互いに一人暮らしで、話がしたいと思ったらLINEを送る。
 気分が乗らないときは返事をしない。既読スルーだ。
「大したことじゃ無いんですけど…」
 互いに他愛も無いことを10分くらい話して、部屋に戻る。主婦の井戸端会議のようなものだ。
 最初の頃は既読スルーが多かったが、ここ三ヶ月くらいは毎晩話をしている。
 出版社の愚痴、担当の愚痴、仕事の愚痴、マンションの管理会社の愚痴、組合長の愚痴と、愚痴ばかりだったが、何故か家族に関しての話には触れなかった。恋人に関してもいる、いないも含めて一切しなかった。
 本当に世間話だけだった。
 これは、心を許していないからなのか、知られたくないのか…。
「運動不足だと思うんですけどね。仕事柄閉じこもりがちで。」
「それはお互い様ですがね。」
 双方苦笑い。
 乾完(いぬいかん)こと春田雪(はるたそそぐ)は少年漫画家。
 デビュー作が評判になり、続編を連載している。人気はあるのだが、派手な展開が思い付かずに苦戦している。
 三津居倫(みついりん)こと夏木満(なつきみつる)は高校生で文学賞を最年少受賞した、小説家である。
 いつもベストセラーになるのだが、女っ気がないので、恋愛場面に苦労している。
「朝6時30分、ここでラジオ体操をしませんか?」
「ラジオ体操?…いいですね、載りましょう。」
 そうして僕たちは朝も顔を合わすことになった。


2020.04.14
2020.04.18改

【その二】

 夏木さんは、純文学賞を史上最年少で審査員全員一致の満票で受賞した強者だ。
 しかし、極度の人見知りで友達が少ない。
 知り合って三年になるが、編集者と宅配便くらいしか来ない。家族関係はよく知らないけど、ご両親がいらしたことは無い、と思う。
 ただ、時々数日間留守にするのでその時実家に帰っているようだ。
 かく言う自分も人見知りで、父と担当者しか来ない。母は弟の方が気に入りだから来ない。
「おはようございます」
 ベランダに出ると、夏木さんが既にいた。
 今朝から運動不足解消でラジオ体操をすることになった。
 室内にラジオを置き、外に音漏れしないようにして大の大人の男が二人して外に向かって背伸びの運動やらぴょんぴょん跳ねたりしている。
「結構疲れました。」
 夏木さんは隙間から笑顔で汗をタオルで拭う。
「ぴょんぴょん跳ねて下からクレーム来ませんかね?」
 夏木さんは少し考え、「来たら、止めましょう」と、また笑いながら答えた。
「本当は散歩とかした方が良いのでしょうけど、締め切りに追われているのでね。書き上げたら歩こうと思います。」
 夏木さんは締め切りが過ぎたら少し時間が取れるようだ。
 しかし自分はまた次の締め切りが追ってくる。
「羨ましいです、私は常に締め切りがやって来ます。」
「売れっ子ですからね。」
「読まれるんですか?」
 純文学なんか書いている人だから、漫画なんか読まないと思っていた。
「昔から好きです。春田さんの作品も購読しています。」
「え?そうなんですか?言ってくれたら差し上げたのに。」
「いや、ちゃんと買います。まぁ、毎週買いに行くのが唯一の楽しみになっています。」
 そうか、夏木さんは笑顔がジャ○ーズのイノハラさんに似ているんだ。可愛らしい。
「夏木さんが夏川賞を貰ったのは、10年くらい前ですよね?」
「はい、13年前です。」
「なら、30歳?」
「はい。春田さんは?」
「27です。」
 夏木さんが驚いた顔をした。
「なら、新人賞は高校生で?」
「いえ、浪人中です。結局大学は行ってません。」
「そうか、まだ7年なんですね?巻数が膨大になっているので10年くらい経った気がしていました。」
 夏木さんが自分のことを色々知っていて驚いた。
「夏木さん、酒は何を飲まれます?」
「ビール、日本酒、焼酎位ですかね。あ、ワインとウイスキーも。」
「なら、今夜、家にいらっしゃいませんか?良いウイスキーを頂いたんです、ファンに。一緒に飲みませんか?」
「良いんですか?嬉しいな。」
 互いに夜までに作品を仕上げようと、張り切って室内に戻った。

2020.04.15
【その三】

「こんばんは」
 夜8時。春田さんに呼ばれて部屋を訪れた。
 幸いにも冷蔵庫に頂き物の高級蒲鉾と未開封のイカ塩辛があったのでそれを土産にした。
「あれから嘘のように原稿が仕上がって、編集さん喜んでいました。今はメールで送れるから便利です。」
 そう、パソコンで書いてメールで送る、なんと便利な世の中だろう。
「私もパソコンで描いて送りますよ。」
「え!?手描きじゃないんですか?なんか凄いな。」
 パソコンで絵が描けるのがイメージ出来ない。
「見ます?」
「いや、今見たら話が繋がらなくなるし、それに、」
「連載とは違う絵を描きますよ?」
「あ…お願いします。」
 慌ててしまった。
 パソコンに電源を入れて立ち上げ、ソフトを開く。
「これでね、描くんです。」
 ペン付きのタブレットで器用に描いていく。
「わぁ、ヒカルだぁ!」
 思わず一ファンに戻ってしまった。
「嬉しいなぁ、夏木さんが私の作品のファンだったなんて。」
「漫画は小学生の頃から読んでて、春田さんの作品が掲載されたとき、もっとこの作品が読みたいと出版社にペンネームの方で送っちゃいました。」
 僕には書けない世界観だから、それこそワクワクしていた。
「そういえば、連載の話が来たときに、担当が有名人が熱望してくれていると言っていたような…あれ、夏木さんだったんですね。」
「僕だけじゃ無いと思いますよ、32ページに夢と希望が詰まりまくっていました。」
 小説家とは思えない言葉を使ってしまった。
 まさか僕が今一番好きな漫画の作者が、隣に住んでいるなんて思いも寄らなかった。
 知り合ったときは互いに本名だったし、職業も知らなかった。
 ただ、常に家に居た。
 僕がベランダで洗濯物を干す際に一度置く場所と、春田さんが置く場所が近かった。
「あ、こんにちは。」
 手にバスタオルを持ったまま、挨拶した。
「こんにちは。良い天気ですよね。」
 春田さんはシーツを手にしていた。
「乾燥機だと、生乾きな気がするんですよ。」
「僕は陽向の匂いが好きなので、乾燥機は持っていないんです。」
「なら梅雨時は大変ですね。」
「そこは室内乾燥機で。」
「風呂場ですか!そうか、その手があったか。」
 その為にこのマンションを購入したのだが。
 春田さんの笑顔はイタズラを注意された子どものような幼さがある。
 普段は童顔という訳では無い。笑顔だけ幼い。
「夏木さん、水割りにします?ロックにします?それともストレート?」
「あ、ロックで。」
 リビングのローテーブルに、ウイスキーの入ったグラスが二つと、つまみが数種並んだ。

2020.04.16
【その四】

 自分のファンだと言ってくれるこの小説家に、興味があった。
 小説は読んだことが無いが(読む時間が無いのが現実)、人間に興味があった。
 少し、自分の描いている作品の主人公に性格が似ているような気がする。
 いや、似ていて欲しいという願望がそうさせているのかもしれない。
「夏木さん、ご家族は?」
「都内にいます。両親と兄、妹。僕は早くに自立したので独立しました。春田さんは?」
「両親と弟です。」
 そうだよな、相手のことを聞いたら自分のことも聞かれるよな。
「因みに恋人も婚約者もいません。」
 夏木さんは聞いてもいないのにそう言った。
「自分もいません。高校卒業してからずっと。」
 余計なことまで告げてしまった。
「女心は、よく分かりません。」
 …はぐらかした?
 カランと、グラスの中の氷が音を立てた。
 それを機に、夏木さんが立ち上がった。
「春田さんはまだ仕事ですよね?そろそろ失礼します、楽しかったです。また、明朝。」
「あ、はい。また明日。」
 慌てて立ち上がり見送った。
 玄関まで行き、扉が閉まるまで手を振った。
 つかみ所の無い人だ。
 でも、更に興味が出てしまった。
 玄関ドアの鍵を閉め、グラス類をシンクへ放り込み、残ったつまみを冷蔵庫へ仕舞うと、再びパソコンに向かった。
『あ、ヒカルだぁ』
 夏木さんの声が、耳にこだました。

2020.04.18
【その五】

 まさか、いつから恋人がいないかなんて、聞かれるとは思わなかった。
 用心しないと。
 まさか、童貞なんて言えない。
 彼女いない歴と年齢が一緒なんて口が裂けても言えない。
 先程仕上げた小説の主人公は、女を次から次へと渡り歩くジゴロというヤツだ。
 なのに、作者は童貞なんて…。
 空しくなってきた。
 風呂入って寝よう。

「おはようございます」
 夕べの酒は残らない程度にしておいたので、無事に朝起きられた。
「おはようございます、二日酔い、大丈夫でしたか?」
 春田さんは酔っているのか、少し眠そうだ。
「はい、お陰様で。春田さんはあの後仕事でしたか?」
「ええ、一時間ほど頑張りましたが、眠気に勝てなく寝ることにしました。」
 音楽が流れ体操が始まる。
 手を上げると、腕の外側が痛い。
 足を開くと、太ももの外側が痛い。
 跳ねると…飛べない!
「あれ?」
 春田さんが呟く。
「春田さんもですか?」
「夏木さんも?」
 互いに苦笑い。
「相当運動不足ですね。」
 たった一日で筋肉痛だ。
「夏木さんは脱稿したんですよね?」
「ええ、校正待ちです。なので暫く時間が出来たので、次回作の構想を練ります。」
 今、書きたいことがある。
 それについて幾つか調べたい。
 まずはネットで。
 次は図書館で。
 その後は取材旅行に出る。
 いつものパターンだ。
「春田さんは取材旅行に行かれるんですか?」
 唐突に聞いてしまった。
「必要に迫られれば行きますけど、暫くは無いかなぁ?」
 今朝は、ここで別れた。

2020.04.19
【その六】

 取材旅行か、いいな。
 経費として計上出来る。
 だか、今描いている場面は取材は不要だ。
 もう少し進んだらいけそうだ。
 さて、何処へ行くか?
 そうだ、主人公を修学旅行にでも行かせよう。
 なら、北海道?九州?京都奈良?悩むな。
 …夏木さんは何処へ行くんだろう?
 なんだか、最近はやたらと彼の行動が気になる。
 仕事しよう。


 スマホがLINEの着信を告げた。
《晩御飯食べましたか?》
 夏木さんだ。
 顔を上げると外は真っ暗だ。
 考えてみたら朝から何も食べていない。そう思うと急に空腹を覚えた。
《いえ、まだです。これから牛丼でも食べに行きます。》
《なら》
 物凄い勢いで返信が来た。
 なら?
《夕べの御礼に、食べに来ませんか?簡単なモノですが作りました。》
《嬉しいです、行きます!》
 今日は一日根を詰めて仕事したので、もう少しで終わる。


「凄く嬉しいです、ありがとうございます。」
 夏木さんの家のダイニングテーブルには、ポテトサラダと厚焼き玉子が載っていた。
「ビールですけど、飲んでも大丈夫ですか?」
「はい、仕事は明日の午前中に送ればいいので、少しだったら構いません。」
「なら、一本だけ。」
 そう言って缶ビールをコップに注いだ。
「お疲れ様です!」
 互いに慰労して一気に飲み干す。そして、「旨い」と、唱和した。
「昨日から仕事がはかどってはかどって、天にも昇る気持ちです。これなら次の話に取材旅行が出来そうですよ。」
 舞い上がって饒舌になっていた。
「春田さんも取材旅行に行かれるんですか?どちらへ?」
「まだ決めていないのですけど、ネタバレになっちゃいますよ?」
「あ、ならダメです。」
 相変わらず他愛も無い話だ。
 一本と言いながら既に三本の缶ビールが空いた。
「既にお気付きだと思いますが、今夜はカレーライスを作りました。」
 夏木さんが立ち上がった。

2020.04.20
【その七】

「美味い!」
 春田さんは本当に美味そうに僕の作ったカレーライスを頬張っている。
 僕が唯一美味く作れる料理がカレーライスだ。
 夕べの礼というのは本心だ。
 けど、もう少し彼と話をしてみたかった。
「今日、次回作の構想を練ったのですが、舞台は東京にしようと思うんです。なので、取材旅行には行かないことにしました。行くとしたら個人的な観光旅行です。若しくは慰安旅行?自分自身に。」
「そうか、自分自身に慰安旅行って、良い口実ですね。」
 春田さんは否定しないから良いな。
「温泉とか、行きたいですよね。」
「行きたいですねぇ。」
「…誘っても、良いですか?」
 また、余計なことを口走ってしまった。
「はい、その時はよろしくお願いします。」
 カレーは沢山作りすぎたので、密封容器に入れて土産で渡した。
 明日も互いにカレーを食うんだろうなと、ちょっと想像してみた。
 僕は、なんでこんなに春田さんに執着しているのだろう?
 人見知りの僕には、初めてと言って良い、友達…だ。
 幼稚園も小学校も中学校も、近所の幼馴染みが一緒にいてくれて、寂しくは無かったけど友達と言うよりは母親の延長みたいだった。男の子なのに。
 高校は幼馴染みが別の学校へ行ったので、常に一人だった。
 だから図書館にいる時間が長く、小説を書き始めたりして、出版社の新人作家募集に応募したりした。
 運良く新人賞に入り、出版され、直川賞を貰った。順風満帆な作家デビューだった。
 大学では、同じアパートの女の子が話をしてくれたから口を開いたが、彼女は僕の肩書きに寄ってきていた。
 前述のとおり、童貞なんで彼女とはなにもなかったし、その後も女の子と付き合うなんてことは想像だにしなかった。
 そのうち、編集担当の人から、恋愛部分の表現がいつも似ていると言われた。
 仕方ない、参考文献が官能小説だから。
 色んな表現をするなら、沢山の女の子と付き合わなきゃいけなくなる。
 それは、無理だ。

2020.04.22.
【その八】

 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ!
 夏木さんに胃袋掴まれた。夏木さんが女の子だったら良かったのになぁ。
 けど、所詮夏木さんは男だから。
 高校時代に女の子と付き合っていた。
 人伝に恋われていることを知り、自分から告白して付き合い始めた。
 一ヶ月でキスして、三ヶ月でセックスした。
 最初のセックスは初体験だったので、盛りの付いた犬のように腰を振った。
 けど、段々愛情のないセックスに起たなくなり、ゴム代が勿体なくて、別れた。
 最低だ。
 なので、それ以降は本当に好きな人とだけ付き合ってセックスしようと思った。
 のに、…好きな人が出来ない。


 漫画家になったのは現実逃避だ。
 受験に失敗して、浪人中になんとなく描いたものをなんとなく送ったら新人賞を貰ってデビューした。
 もともと漫画を描くことが好きだったので描いて送ったのだが、話を作るのは苦手なのだ。
 恋愛経験が皆無に等しいので、妄想で描いている。
 昔読んだ漫画とか、女の子の好きなハーレクインロマンスとか。
 少年漫画なのにこれが又ウケる。
 今の男の子たちは胸キュンが欲しいのか?
 …あとはカラーの扉絵だけだ。さっさと描いて、寝よ。


 結局、パソコンの前で力尽きて寝落ちしていた。
 とりあえず仕事は終わった。
 惰眠を貪る!…の前に、腹減った。
 夕べ貰ったカレーを食べよう。
 密封容器にご飯とカレーが別々に入っていた。
 ご飯はレンジでカレーは鍋で温めるように、夏木さんに言われた。
 言われたとおりに温めると、昨日の味が蘇った。
 夏木さんは料理の天才か?
 また、呼んでくれないかな。
 …あ!ラジオ体操!
 過ぎてる…。

2020.04.24
【その九】

 春田さん、出て来ない。
 ビール飲ませすぎたかな?
 仕事が佳境と言っていたから、今頃寝ているのかもしれない。
 仕方ない、今朝は一人だ。


 ラジオ放送が終わっても、春田さんは現れなかった。
 どうしたんだろう?
 …
 …
 あれ?僕はどうして春田さんのことばかり考えているんだ?
 気分転換にネットで買い物しよう。


 2時間後、ネットスーパーから食材が届いた。
 今は外に出なくても買い物が出来てしまう便利な世の中だ。
 今夜はハンバーグにする。
 さっき探したレシピサイトをタブレットで表示して、種を作る。
 パンはパン焼き器で一昨日焼いた物がある、これでいいや。
 付け合わせはブロッコリーを茹でる。
 …なんだか最近主婦並みに料理をしていないか?苦手なのに!
 準備が整うと、春田さんにメールする。
《二日酔いですか?》
 暫くして返事が来た。
《あのあと仕事して寝落ちしました。》
 そういうことか。
《また、今夜来ませんか?》
《今夜はちょっと用事があるので…すみません。》
 用事が、あるぅ?
 何の用事だろう?誰との用事だろう?聞きたい、聞きたい、聞きたい!
 でも、ヘタレな僕は、ハンバーグの種を成型して冷凍庫に入れただけだった。

2020.04.26
【その十】

 変に思われなかったかな?
 こう毎晩夏木さんに会っていたら、本当に好きになっちゃうかもしれない。
 中学時代、美術部の先輩に憧れたことがある。
 声を掛けて貰ったら喜んで、他の子が褒められたら猛烈に嫉妬した。
 かと言ってどうにかしたいとかなりたいとかいう感情はなかった。
 ま、子供だったからな。
 しかし、女の子と付き合いたい気持ちはあるし、子供も欲しい。
 夢はマイホームで子供に囲まれながらバーベキューをすること。
 仕事はずっとここでも良いけど、住まいは何時か別に構えたい。
 だから、これ以上夏木さんと接近したくない。
 興味はあるけど、隣人のままでいたい。

2020.04.27
【その十一】

 春田さんの用事が気になって、眠れなかった。
 けど、日に一度必ず会える朝のラジオ体操だけは、何としてもやる!
 顔を洗って着替えて、ベランダの窓を開けた。
「おはようございます」
「おはようございます、夕べはお誘い頂いたのにすみません。実は原稿のダメ出しがあって、修正してました。」
「そんな、気にしないで下さい。」
 そっか、仕事か!
 ラジオから音楽が流れ出した。
 準備運動、ラジオ体操第一、ラジオ体操第二と、淡々と進めた。
 真剣にやるとかなり疲れる。少し息が上がる。
「それでは、失礼しまし…」
「あ、待って…いや、何でも無いです、失礼します。」
 春田さんはそそくさと部屋に消えていった。
 春田さん、何かあったのかな?
 知りたい。
 次の話の題材に、知りたい。

2020.04.28
【その十二】

 そう言えば夏木さんって、年齢と彼女いない歴が同じって言っていたな?
 …もしかして…いや、彼女がいなくても。妄想が膨らむ。
 夏木さん風の登場人物を出そうかな?あ、でも夏木さん読者だからバレるかな?
 いやいや、自分の妄想だから大丈夫だろう。
 よし、次のシリーズから登場させよう。
 楽しいなぁ、妄想。
 もともと妄想癖があったから、漫画を描いていたんだし、そこに創作意欲が加われば百人力。
 しかし、どうして夏木さんは独り者なんだろ?
 イケメン…ってほどでは無いけど、悪くは無い、多分女の子は好きな顔だと思う。
 暗いと言ったら暗いかな?
 口数も少ないし、積極的に話し掛けてくるタイプでも無い。
 そうか、女の子的には近寄りがたいタイプなのかもしれない。
 誰かに似ているんだよなぁ。
 誰かなぁ?

2020.04.30
【その十三】

 今まで書いたことの無い出版社から、執筆依頼がきた。
 しかも、女性向け週刊誌の連載だ。
 毎回、ハラハラする展開
 一ヶ月に一回、あそこがキュンとする内容
 二回に一回、キスシーン
と言う条件なのだが、あそこがキュンとするって、なんだ?
 ネットで検索した。
 つまり、エロか。
 直接的ではなく、イヤらしいことを想起させてしたくなるような内容ってことだな。
 不得意な分野だ。
 止めるか?
 でも、チャンスだし。


 マンションの上下階に住む男女、女の部屋に間違えて入ってきてしまった男。
 それを切っ掛けに意識し出す二人。
 こんなのでどうだ?
 少し肉付けして、出版社へメールした。
 O.K.が出て、連載が決まった。
 明日、出版社へ出掛けることになった。

2020.05.02
【その十四】

 取材旅行に行きたいがために、次の展開で修学旅行を設定しようと担当者にメールをしたところ、編集長が興味を持ったらしく、話を聞きたいと言われた。
 幾つか欲しい資料を揃えてくれるというので、編集部へ出向くこととなった。

「おはようございます」
 夏木さんは今朝もちゃんと起きてベランダに待機していた。
「久しぶりに夕べは早くにベッドに入れました。」
 そんなことを話してその朝は別れた。
 黒のジーンズ(ユニクロだけど)と白のティーシャツに横須賀のどぶ板通りで大枚はたいて買ったスカジャンを着て、玄関を出た。
「あれ?夏木さんお出掛けですか?」
 夏木さんも玄関先で鍵を掛けていた。
「春田さんも?」
「はい」
 茶色のスーツにピンク系の花柄のネクタイをした夏木さんは、髪に櫛を入れて、普段とは全然違う雰囲気だった。
 あ、やっぱりイノハラくんに似ている、水曜日に放送している刑事ドラマでのあのイノハラくんだ。
「私は出版社へ、」
「え?連載の?」
「はい?」
 どうしたんだ?
「あ、なら行き先は一緒です。神保町ですよね?」
「ええ。」
「あそこの女性週刊誌に連載が決まりました。」
「え?」
 確かあの出版社の女性週刊誌に掲載されている小説って、少しエロいよな?
「夏木さんって文芸作品じゃないんですか?」
「あ、内容ですか?いいんです、エロくても。実は仕事が減ってまして、何でも書くんです、少し前から。」
 夏木さんも大変なんだな。

2020.05.04
【その十五】

 やっぱり恥ずかしい内容なんだ。
 過去作品を読んでからにすれば良かったな。
 しかも、それを知っている春田さんと同じ場所へ行く…屈辱的だな。
「ま、私の漫画も偶にエロを入れないと読者離れが加速します。一ヶ月に一回は女生徒のパンツが見え隠れしています。」
 あ、そう言えば。
「漫画も大変なんですね。」
「そうなんです、今は小学生が妊娠する時代ですから。」
「え?」
 小学生が妊娠する?三十路で童貞には信じられないことだ。
「それじゃあ、女性向けなら当然ですね。」


 ふぅ。
 良かった、無理難題は全くなかった。
 俺の作風でいいということだった。
 女性はなんでもきゅーんとする内容にワクワクするのだそうだ。
 それがエロくても純情でもクサくてもなんでも構わない、それを入れて欲しいということなんだが…如何せん経験がない。
 よし!少女漫画だ!
 俺は神保町の古書店街へ昔の少女漫画を探しに向かった。

2020.05.06
【その十六】

 夏木さん、あの週刊誌に書くのか。
 かなりハードルを下げてくれた、よし、読んでみよう。
 どんな文章を書くのか楽しみだ。

 取材旅行は京都に決めた。
 定番の修学旅行はやはり京都だからな。
 金閣寺、銀閣寺、平安神宮、北野天満宮、嵐山、本能寺、壬生寺…一貫性がないな。なにをターゲットに絞るか?
 幕末なら南の方に行くのも手だな。
 よし、三省堂にガイドブックを買いに行こう。

2020.05.09
【その十七】

 古書店で少女漫画を物色する…ただ単に俺が読みたいだけなんだが。
 子供の頃、姉が買っていた少女漫画雑誌を、月遅れで読んでいた。次の号を買うと先月号を廃棄するので、そのタイミングで読んでいた。
 楽しかった。
 正にめくるめく夢の世界だった。
 男子高校生はスラリと背が高く脚も長い。
 皆、容姿端麗成績優秀優しくて喧嘩も強い。理想の男像とはこういうものなんだと、愕然とした。
 それがトラウマになっているのも、ある。
 それに反して女の子は様々だ。
 小さくてドジで成績悪くて。でもそれが母性本能を擽るらしい。
 主人公の女の子は、影のある男にキュンキュンするらしい。
 大方筋は決まった。
 気になった漫画を買い帰路につくと、三省堂の前に春田さんがいた。
「あれ?夏木さん!」
 なんだろ?満面の笑みで手を振る姿にドキドキした。

2020.05.12
【その十八】

「京都のお寺だったらガイドブック持ってますよ?貸しましょうか?」
 夏木さんからの申し出に思わず頷いていた。
「銀閣寺が好きでよく行くんです。」
 またまた夏木さん情報を入手してしまった。
「なら、京都は詳しいですか?」
「まあまあです。」
「あの…お忙しいのは重々承知なのですが、少し取材をさせて頂けませんでしょうか?」
「どうぞ。」
 僕はお茶菓子を持って夏木さんの部屋を訪れた。
「高校生が修学旅行で行くのなら、やはり歴史的背景を重要視した方が良いでしょうね。そうすると、平安京、足利、信長と秀吉、幕末で分けると分かりやすいのではないでしょうか?若しくは美術的価値。…高校の日本史の教員免許を持っているんです、仕事に役立つかと思って。」
 成る程、だから色々な面から考えられるのか!
「幕末…新撰組に特化することは可能でしょうか?」
「可能ですけど、彼等は一箇所に住んでいたはずですよ?」
「そっかー。」
 夏木さんに借りたガイドブックをパラパラと捲りながら頷く。
「やっぱり、取材に行こうかな?伏見へ。」
「伏見って水が綺麗なのでお酒も美味しいんですよね。」
 その時、僕は意外なことを口走っていた。

2020.05.14
【その十九】

 急遽、伏見へ行くことになった。
 春田さんはお願い上手だ。
「なら、お礼にご馳走しますよ、一緒に行きませんか?可能ならば案内もお願いできるとスゴく助かります。」
 なんて言われたら心が動く。
 主人公の出身地を伏見にすれば良いか。
 一週間後に2泊3日でと決まった。

「もう少し、テレビのニュースを見ておけば良かったです。」
 春田さんがしょんぼりしている。
 新型コロナウイルスは、対岸の火事だとばかり思っていたのだが、思わぬ飛び火が降りかかっていた。
 日本中に感染の恐れが出てきたのだ。
「やはり、東京から出るのはダメですね。」
「そうですね…っていうか、朝ここでラジオ体操も難しくなるかもしれませんね。」
「あ、それは平気です、向かい合わなければ良いのですから。話をするときはマスク、ですね。」
「伏見の酒、いつか行きたいです。」
「はい、いつか。」
 取材旅行はなくなってしまった。

 東京を含む7県から全国へと拡大した緊急事態宣言。
 『ステイホーム』を合い言葉に、一斉に家から出ないようにと要請され、日本中家の中に居なければならなくなった。
 もともと家で仕事をしているので、苦ではないのだが、出るなと言われると出たくなる。
 運動不足が囁かられ出した頃から、春田さんとは反対側の部屋の住人が、同じ時間にベランダに出て来て、「ご一緒させてください」と、ラジオ体操を始めた。
 その輪は次々と広がり、マンション全体に波及した。

2020.05.18
【その二十】

 参った。
 夏木さんと僕だけの楽しみだったラジオ体操なのに、ウイルスのせいで、アッという間に広がってしまった。
 何故かモヤモヤする。
 毎朝、窓を開けると夏木さんとは逆のベランダからも挨拶される。
 夏木さんとは挨拶だけで終わってしまうこともある。
 …苦痛である。
 夏木さんとは人見知り同士で気易かったのになぁ。
 …ラジオ体操、止めるか?
 それは悔しい。

《最近、ラジオ体操の時に夏木さんとお話しできなくて寂しいです》
 LINEを送ってみた。
《それでは夜9時に我が家で》
 なんか…逢い引きみたいだ。
 ドキドキしてきた。
 なんだ、これ?

2020.05.19
【その二十一】

 寂しいって、春田さん女子高生みたいだ。
 作品のための修学旅行用京都旅も出来なくなってしまったし、定番のルートを教えてあげなくては。
 ステイホーム中だけど、少しくらい差しで話してもいいよな?
 って、やって来た春田さんは、目元が少し腫れていて、捨てられた子犬みたいな表情でやって来た。
 本人曰く「花粉症なんで」とのことだが、色っぽくてそそられる。
 ん?そそられる?
 なんだ、それ?
「夏木さん、伏見って、秀吉の居城もあったんですね。」
 嬉しそうに京都の話をする。
 そうか!春田さんは朝、NHKに出ているアナウンサーに似ているんだ!
 なんだっけ、名前。あっ!近江ちゃんって言ってた。
 なんとなく頼りなさそうな感じ。
 可愛いな。
 ん?可愛い?
 ヤバいな。

2020.05.20
【その二十二】

「金閣寺と銀閣寺を同じ日に行くのは難しそうっすね。」
「今の京都は常に道が混んでいるから、バスで移動しても同じ日は難しいね。」
 気が付いたら、タメ口になっていた。
「なら、伏見と宇治なら平気かな?」
「それなら行けると思う。」
 僕はアシスタントを使わずに描いているので、作業量が多い。
 その代わり一ヶ月に一回、休載する。つまり、月に3回の掲載だ。
 修学旅行編は三ヶ月先に掲載予定だが、背景に時間が掛かるので、今から少しずつ仕上げていく。
「伏見の日本酒って黄桜と月桂冠が有名なんだよね。他も行ってみたいなぁ。」
「蔵の見学したいなぁ。」
 行けないとなると行きたくなるのが人間の性。
「そうだ、せめて取り寄せして飲み比べしよう?」
「いいね、しようしよう!」
 意見が一致した。

2020.05.21
{【その二十三】

 深夜。
 こっそり春田さんがやって来る。
 三密…密閉、密室、密接…を言われているので、本来はこんな風に行き来したらいけないのだが、元々外部との接触がないので、移る要因がない。と、言い聞かせている。
「富山のホタルイカ、京都の千枚漬、岩手の海宝漬、他にローストビーフ、焼豚、あと和歌山の梅干し。日本酒に合いそうなものをポチっちゃった。」
 両手に抱えて入ってきた春田さんは、やっぱり可愛い。
「それでは、深夜の飲み会、スタート」
 戯けて言う顔は、世間の切羽詰まった危機感を払拭してくれる。
 飲んでいるうちに、仕事の話になっていく。
「小説の方はどう?」
「編集さんからO.K.出て、無事に連載スタートっす。」
 マンションの上下に住む男女が、酔っ払いの男によって均衡を破られ、急接近したり突き放したり危機迫ったりと、毎回トラブルが発生する。
 月1のキュンキュンで良いと言われたが、毎回のトラブルに、編集長が大層喜んだそうだ。
「80年代のトレンディドラマみたい。」
「80年代って言ったら、親世代?」
「うん」
「古本屋で見付けた昔の少女漫画からヒントを貰ったんだけど、古臭かったかな?」
「編集長さんが80年代かもね。」
「そうかも。」
「春田さんの方はどう?」
「順調に修学旅行へとストーリーが進んでる。」
「楽しみだなぁ。」
 こうして夜が更けていった。

2020.05.22
【その二十四】

 んっ
 あれ?なんだろ?ふわふわする。
 重い瞼をこじ開けると、目の前に夏木さんがいた。
「夏木さん?」
「ん…」
 夏木さんの瞼が、ゆっくりと開く。
「あれ?春田さん?」
 夏木さんの部屋のリビングで飲んでいた。
 深夜まで色々話していて、その後…どうした?
 っていうか、どうして僕は夏木さんとソファで抱き合っているんだ?
「夏木さん、僕何かしちゃった?」
「?どうだろう?記憶がない。って、何をするの?」
 キスしたとか、セック…は、ないな。
「押し倒してない?」
「ないない。」
 二人して起き上がる。
「朝帰りだ。」
 僕が笑ったのに、夏木さんは苦笑していた。
「ラジオ体操、休んじゃった。」
「しかも二人で。」
「春田さん。」
「はい?」
「可愛いって思うのは変?」
「あ、僕も夏木さんが可愛いと思ってるから、変じゃないと思う。」
「良かった。」
「つまみ、置いといてもいい?また来たい。」
「待ってる。」
「とりあえず帰って寝る。それから仕事。」
「同じく。」
 僕は慌てて夏木さん宅を後にした。
 …あのままだったら、夏木さんを襲いそうだったから。

2020.05.23
【その二十五】

 良かったぁ、春田さん覚えてなかった。

 夕べ、二人して飲んでて、先に春田さんが寝てしまった。
 その顔がスゴく色っぽくて、欲情した。
 思わず名を呼んで起こした。
「春田さん?起きないと襲うよ?」
 すると、
「みつ…」
と、呟いた。
 驚いた。
 今考えたら偶々だろうけど、自分の名前を呼ばれたと思ってしまった。
 ドキドキした。
 春田さんが起きないように、そっと床に座った。
 寝顔も、可愛い。
 顔を寄せる。
 …何を血迷っているんだ。
 春田さんは男だ。
 よし!酔って寝てしまおう!
 狭いけど、春田さんを抱き寄せて、よし。
 おやすみ。
「夏木さん?」
「…」
 寝たふり寝たふり。
「寝ちゃった?夏木さん?そっか。」
 ごそり
 春田さんは、俺の胸に顔を埋めて再び寝てしまったのが、真相である。

2020.05.24
【その二十六】

 週6で飲んでる。
 もう、ヤバイ。本当にヤバイ。
 会えない日は仕事が手に着かない。
 恋だ。
 美術部の先輩に憧れた時、男相手に反応することを知った。
 どうやら僕は女にも男にも反応するらしい。
 だから、ヤバイ。
「夏木さん、年齢と彼女いない歴が同じって言ってたけどもしかして、童貞?」
 ガタン
 夏木さんが立ち上がった。
「そ、そんなこと言いました?」
 …図星か?
「うーん、確かに言っていたと思うけど。あれ?夢か?」
 夢に見るほど焦がれているのか。
「ない、です。」
「ゲイ?」
「げ!?」
 ん?違うのか?
「男が好きなの?」
「お、お、オトコぉ?」
 …動揺している?
 段々酔いが覚めてきた。
「夏木さん!満さん!僕の目を見て!」
 夏木さんの正面に座り、両肩に手を置いた。
「キス、したい。」
「き、き、き…三密!そう、粘膜の接触は、」
 夏木さんの後頭部に手をずらし、そのまま接吻した。
 フリーズしている。
 強引に唇をこじ開け、舌を差し込む。わざとくちゅくちゅと音を立てる。
 まだフリーズしている。
「ぷはぁ…気持ちイイ。」
 久しぶりにキスをした。
「夏木さんが好きみたい。だめ?」
 …
 …
 …
 長い沈黙。

2020.05.25
【その二十七】

 真っ白。白銀。頭の中、星が飛んでる…。
 そうだよ、童貞だよ!そしてファーストキスだよ!
 …気持ち良かった。
 唇が離れたけど、余韻が残っている。
 それより、春田さんは僕の名を知っている?
「もっと、したい。」
 そう言って春田さんは、再びキスをしてきた。
 息をして良いのか?止めてるのか?
 舌は出した方が良いのか?
 春田さんの舌に絡めた方が良いのか?
 判らない、本当に判らない!
 春田さんの唇が離れ、「考えなくて良いから、感じていて。」と言って、またくっ付いた。
 …
 …
 く、苦しいっ!
 ゆっくり、春田さんが離れた。
「満さん、」
「は、は、はい?」
「僕は、夢があるんです。郊外に一軒家を持ち、家族と暮らす。ここの仕事場はこのままで。公私を分けたい。」
「はい?」
「奥さんと子供が欲しい。」
「それは僕も同じで。」
「なら話は早い。」
 早くなんかないっ!
「忘れます。酒の席でのことなんで、忘れます。で!暫く会いません!」
 言った!

2020.05.26…緊急事態宣言は解除されましたが、まだ続きます
【その二十八】

 あ。
 また夜だ。
 さっき日が昇ったと思ったのに、もう夜だ。
 仕事は妙に捗る。
 でも、寂しい。
 何度もLINEで謝罪した。
 返事はない。
 朝もベランダには出て来ない。
 キスがそんなに嫌だったのか?
 でも、僕の求めに応えていた。
 モヤモヤする。
 好きだ。彼が好きだ。
 お互いにいつか出会う、嫁さんまでの繋ぎに…と、思った瞬間、胸がチクリと痛んだ。
 そうか!簡単なことだったんだ。
 椅子から立ち上がると、玄関で靴を引っかけ表に出る。
 隣のインターホンを鳴らした。
 当然出ては来なかった。
 拳でドアを叩く。
 ガンガンとフロア中に響き渡る。
 再度インターホンを鳴らしまたドアを叩くのを数回繰り返して、やっとドアが開いた。
 チェーンが掛かっている。
「みっともないからやめ…」
「取り消します!だから、もう一度話を聞いてください。」
「大声を出すな。」
「開けてくれたら、話を聞いてくれたら、諦めます。」
 ドアが閉まり、チェーンが外れる音がした。
「三分だけ。」

2020.05.27
【その二十九】

「僕が、嫌いですか?」
「…」
 夏木さんの返事がない。
「結婚相手が見付かるまでって言う意味ではないんです、あくまでも夢です。…夢って叶わないから見られるんだそうです。叶えようと努力する人もいるけど大抵は挫折する。」
 これは、ただの独り言。
「だから、挫折しない夢を見たい。あなたが欲しい。」
 ビクッと夏木さんが肩を揺らした。
「春田さんの言うとおり、私は童貞です。女の子と付き合う機会がなかった。だから恋愛描写がいつも似ている。」
 ドン
 …少し前に流行った壁ドンをしてみた。
 あ。
 僕の方が背が低かった。
 ま、いいか。ほんの数センチくらいだ。
「僕と、恋愛してください。女の子にしてモデルにして貰っても構いません。夏木さんと恋愛したい。」
 嫁も子供もいらない。
 郊外の一軒家に夏木さんが居たら、楽しいはずだ。
「夏木さん、僕のこと好きですよね?違いますか?」
「好き?」

2020.05.28
【その三十】

 そうか。
 春田さんのことが可愛いとか、会いたいとか、嬉しいとか、これが好きっていう感情なんだ。
「多分」
 下から見上げている春田さんを抱き締めた。
「恋愛は、女の子とするもんだと思ってた。」
 春田さんが僕の首に腕を回し、唇を重ねた。
 最初は触れるだけ、段々深く、最後は互いに貪るように。
 この間はあんなに悩んだのに、すんなりと出来た。
「キスだけで、三分過ぎた。」
「そんなん数えてない」
 また、キスをした。
 何度も何度もキスをした。
 そうか、これが恋か。
「な、夏木さん!?」
「え?」
「手が」
 無意識のうちに左手が春田さんの尻たぶを揉んでいた。
「本当に童貞ですか?」
 春田さんに頭を抱えられ、キスをした。

2020.05.29
【その三十一】

 し、死ぬかと思った。
 もう少し居て欲しいと言われたけど、仕事があるので帰ってきた。
 …あんなにキスしたことない。
 ドキドキがMAXで、息が止まって、下半身がズキズキして、本当に彼が好きだと実感した。
 好きな人とのキスって、気持ちイイ。いつまでもしていたい。

「これ以上キスしたら、明日の朝唇が腫れてる。」
「そっか」
 その声が本当に名残惜しそうだった。
「…春田さんに、愛人になれって言われたと思って。」
 やっぱりそうか。
「三十にもなって童貞で、男の愛人な引き篭もりの小説家って、最悪だと思った。」
「夏木さんを、満さんを愛人になんかしないよ?郊外の一軒家は満さんと住む。」
「都心の一軒家がいい。」
 え?なんて贅沢な!
「東京じゃなくても、都心がいい。」
「まだまだ先の話…」
「明日にでも購入は可能だけど。」
 …
 …
「え?!」
 夏木さんは金持ちだ。
 高校生からベストセラーを何冊も出している。
 夢の印税引き篭もり生活だ。
 でも。
 そうしたら、僕はヒモになっちゃう。
 大ヒット作、描かないと。

2020.05.30
【その三十二】

 ネットで戸建ての売り出し物件を探す。
 別に今すぐ引っ越しとか考えてはいないけど、夢を叶えてあげるのも良いなと思った。
 …待てよ?
 互いに引き篭もりで、原稿もメールで送れる。なら、春田さんの言うように郊外でも良いかもしれない。


「と、思ったんだけど、どうだろう?」
「満さんがいいのなら。」
 春田さんは僕のことを名前で呼ぶ。
 僕も春田さんを名前で…なま…なまえ?
 名前を知らないぞ?いや、聞いたはずだけど覚えていないんだ。悩んでいても仕方ない、聞いてみようと顔を上げた。
「あのさ、」
 ダイニングテーブルに頬杖ついて僕をじっと見詰めている…可愛い。
 同居する前にすることがないか?
 頭の片隅に浮かんだ疑問が吹っ飛んだ。
「なに?」
「春田さんの名前、なんだっけ?」
 途端に表情が曇った。
「苗字が春なのに生まれたのが真冬だったから雪。すすぐ。会って直ぐに言ったのに。」
 怒った顔も可愛い。
 椅子から立ち上がり、雪の横に立つ。
「雪、好きだよ。」
「名前も覚えてなかったのに?」
 両手を頬に当て、顔を寄せる。
 自分からこんなことをするのは初めてだから、うまく出来るか判らない。
 けど、気持ちがそうさせる。
 雪は目を閉じて待っている。
 瞼が薄らと赤い。
 柔らかい唇が自分の唇に重なる。
 舌先で歯列を強引にこじ開け、舌を差し込む。
「んっ…んんっ」
 雪が、小さく喘ぐ。
 苦しいのかな?
 でも、この間と同じくらい気持ちイイ。
 舌で顎の裏を擦る。すると雪の身体がブルッと震え、僕の肩にギュッと縋った。
「んふっ」
 くぐもった声が漏れる。
 雪も、気持ちイイのか?
 ゆっくり、唇を離す。が、離れがたくて額を合わせる。
「満さん、初めてって嘘でしょう?」
「みつるでいい。本当に初めてだけど。」
「すっげー気持ちイイ。」
 言うと雪から唇を求めてきた。
「んふ…んっ」
 雪のくぐもった声は、色っぽい。下半身にドンドン血液が集まっている感じだ。
 …やっぱり、何か忘れている。

2020.05.30
{【その三十三】

 キスされる度に、疼く。
 夏木さん、触ってくれないかなぁ…と、思ってしまう自分が浅ましく感じる。
「んんっ」
 声を出して煽ってみる。
「雪、可愛いよ。」
って、アイドルの写真集撮影じゃないんだからさ、可愛いって言われてもね。
 僕は、したい。

「満さん。」
 今夜も夏木さんの家で晩飯を一緒にして、片付けを終える。
 お酒も入って、二人とも気分が良くなっている。
 ダイニングの椅子に座る夏木さんの膝に跨がって、互いにキスを貪る。
 頭の片隅で「仕事!どーするんだ!」と警鐘が鳴っているけど、後で埋め合わせる。
 二人の距離が縮んでいる。
「やっぱり、キスはヤバいよな…」
 いや、キスより先を。
「このご時世、粘膜の接触は、ヤバい。少し自重しよう。」
 なに?!

2020.05.31
【その三十四】

※注意 ここから先は暫くエロばかりです


 春田さ…雪が不機嫌だ。
 最近は夜から朝までずっと僕の部屋で一緒に居る。
 一緒にご飯を作って一緒に食べて一緒に寝る…少し狭いけど。
 なのに朝になると不機嫌だ。
 風呂は朝、部屋に戻ってから入るらしい。
 ところが。

「満さん、おはよ。」
 目覚めると珍しく雪が起きていた。
「おはよう。早いね。」
「ねぇ、お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「キス、したい。」
「でも、ウイルス…」
 まあ、元々外に出ない二人だから、時々来る担当か宅配便が持ってこなければ問題ないはず。
 そう考え直して、上から顔を寄せる。
 すると、ガバッと頬を両手で挟まれ、身体を捻じ曲げられた。
 雪を跨ぐ形でキスをした。
「して…」
 今離れたのに、また?
 顔を寄せると、「そうじゃない」と言われた。
 …薄々気付いていた。
 でも、雪は男だ。
 どこに?どうやって?どうしたらいいんだ!!!
「とりあえず、触って欲しい。」
 触る?
 あ!
 慌てて身体を下方にずらす。
 雪は部屋から持ってきたパジャマを着ている。
 その上からでも、解る。
 急いで下着と一緒に下ろすと、中から飛び出してきた。
「す、」
 スゴい。でかい!
 でも。
 雪のだと思うと愛しい。
 僕は全くの躊躇いもなく、舌を這わせた。
「あぅっ」
 雪の身体が、魚のように跳ねた。


2020.05.31
【その三十五】

「ああっ」
 だから!
 本当にこの人初めてなのか?
 下から上に、丁寧に舐めあげる。裏も表も。それだけでイキそう。
 なのに、躊躇いもせず咥えた。
 自分の下半身が別の生き物になったかのように、ドクドクと脈打つ。
「ああんっ」
 追い詰められ、声が出てしまう。
 自分の喘ぎ声とジュブジュブとしゃぶられる水音だけが聞こえ…いや、満さんの鼻息が荒い。
 興奮してくれているのか?
 慌てて満さんの髪を掴む。
「痛いっ、抜けるから。」
 いや、そんなに慌てなくても薄くないし。
「そんな、追い詰めないで。イッちゃうから。」
「イッていいよ。」
 うわぁ、満さんっ、男前!
 いやいや、違う。
「んっ、満さんも、一緒に…」
 頭を押さえて留める。
「こっち、空いてる。」
 口を開けてみせる。
「え?ええっ!?」
 動揺している。
 満さんが好きだと自覚してから、色々調べた。
 まずは、マスターベーションの進化形から。
 お互いに触ることで快感を得られることを知る。
 怖ず怖ずと満さんは身体を反転させた。
 目の前に太い血管を浮き上がらせた怒張が現れた。
 満さんは、これを躊躇わずに咥えた。
 大丈夫、僕だって。
パクリ
 …うえっ、なんか…美味くはない。
 けど。
 可愛い。
 舌を使って括れをなぞる。
「ん」
 満さんが呻いた。
 手も使って胴の部分を扱いてみる。
 頭を上下することが出来ないので、手を使うしか無い。
 唾液を使ってゆっくり湿らせる。
 締めたり緩めたりして、時々舌を鈴口に差し込む。
 次にどうしようか考えていると、射精感を我慢できていたのだが、満さんまで僕の鈴口に舌を差し入れたから、腰が浮いてしまい、その拍子に満さんの喉の奥まで入ってしまった。
「う」
 満さんが呻く。
 その振動が伝わり、堪えていた快感が全て引きずり出され射精してしまった。
 すると、満さんは
グッ
と、僕の喉奥に突き入れ、抜き出し、もう一度突き入れたとき、爆発した。
 満さんは僕の上から横に転がり、仰向けに寝転んではあはあと肩で息をしていた。
 当然、僕もだけど、物凄く爽やかな気持ちだった。

2020.06.01
【その三十六】

 どうしよう、雪の口に出しちゃった。しかも強引に喉の奥まで入れちゃったよ。
 だって、気持ち良かったんだ。って、雪は怒ってないか?
「満さん!気持ち良かった?」
「う、うん、スゴく。」
「良かった。じゃあ、帰る。」
「え?」
「また、夜来るから。」
 そう言ってさっさと帰ってしまった。


 すれ違いざま、左手で行く手を遮る。
 彼女が振り返った。
 視線が絡み合い、戸惑いの色を見せた。
「逃げないで、ください」

 ダメだ。
 雪の顔が浮かんで、女性の描写が全て雪になってしまう。って言うか、今朝の雪、可愛かったな。
 これで組み敷いたらどんな表情で喘ぐんだろう。
 見てみたい。
 でも、本当に良いんだろうか?
 自分の勝手な想いだけで、雪を手込めにするようなことをしても。
 …逃げているのは、僕の方かもしれない。

2020.06.02
【その三十七】

 スゴい!
 スゴい、スゴい、凄い!
 好きな人にして貰うのって、こんなに気持ちいいんだ。
 いや、初体験もそれなりに気持ち良かったけど、比にならない。
 興奮しすぎて高校生みたいにはしゃいでしまった。
 しかし。
 満さんは童貞で。
 やっぱりしたいよな?
 なら。
 …うーん。

2020.06.02
【その三十八】

 調べてみるとボーイズラブのライトノベルかコミックスが出てくる。
 思わず読みふけってしまったけど、やり方はよく分からない。
 分かったことは「排泄器官なので本来は入れない方が良い」ということ。
 ただ、男女のセックスでもこの排泄器官を使用することがあるらしい。
 そして、男の場合、前立腺を擦るとイクらしい。
 この前立腺というのはなんで存在しているのか、現在でもまだ解明されていない。
 なので、男性同士のセックスで重要視されている、これは快楽を得るためにあるのだと。
 それと、人間の排泄器官の孔は、もともと他の動物と同様に排泄物を出した後、汚れた部分は内側に収納されるようになっていたのだが、いつの日か外側に露出されたままになってしまったそうだ。だから排泄後に紙で拭き取る。つまり、汚れているのだ。
 コンドームと潤滑剤は勿論、中を洗浄するものが必要となるのだが、腸内洗浄…浣腸をしないといけない。
 身体の中のことだから、出来るだけ安全に行いたい。
 彼を傷付けたり病気にさせたりすることは何が何でも避けたい。
 結局、通販で一万円強の商品を購入した。

2020.06.03
【その三十九】

「ん…ふ…んぅ」
 くちゅくちゅと音を立てながら、今夜も晩餐の後、キスをする。
 満さんの手が、股間に触れ、優しく揉まれる。
「んんっ」
 満さんに騙されてる、本当は百戦錬磨のプロじゃないか?
 僕は毎日キスだけでイッてしまうのに。
 あ、ダメだ、触れられただけで出る。
 慌てて満さんの胸を両手で押し退け、「イク」と、耳元に囁いた。
 すると、満さんは熱く滾るモノを下着から取り出し、直に扱きだした。
「あっ、ヤダっ、出る、出ちゃう、出ちゃうぅっ」
「出して良いよ」
 耳朶に舌を這わせながら直接言われる。
ドクンッ
 弾かれたように吐精した。
「ごめ…」
 間髪入れずに、シャツの下からその濡れた手を差し込まれ、乳首を弄られた。
「ひやあっ」
 なになに?今の声?自分の声?
「可愛いよ、雪。」
 絶対絶対、満さんは初めてじゃない!

2020.06.03
その四十】

 膝の上で雪が悶えている。
 その姿が可愛くて、どんどん手を出してしまう。
 硬く尖った乳首を口に含み、舌で転がす。
「はあっ、はあっ、ダメ、変になる」
 変になってくれ。
 雪が出した精を、後ろの孔に塗り込むように揉み拉く。
「ヤっ、満さん、今日は、スゴい」
 スゴい、なに?
「全部、持ってかれる」
 雪のお尻から、イヤラシい音がくちゅくちゅくちゅくちゅ鳴っている。
「今夜は、寝かせない」
「あんっ、明日…締め切り」
 なに?!
「なら、止める?」
 …
「止めない」

2020.06.04
その四十一】

「くっ」
 散々追い詰められ、身体中が熱くて、何とかして欲しくて、満さんに縋った。
 すると、互いに素っ裸になり、風呂場へ連れて来られた。
「少しだけ、我慢して」
 緩くなった孔に、何か冷たい物が挿入された。
 次の瞬間、ゴボゴボと液体が注入されたのだ。
「なに?なになに?」
「腸内洗浄」
 へ?
「腸壁からばい菌が入ったら困るからね。」
「満さん、女の子の経験はないけど男との経験があるんだ!そうでしょ?」
 でなきゃ、こんなこと知っているはずがない。
「雪としたいから、勉強した。」
 ダメだ、その一言でまた喜んでしまう。
 その間に両手で石けんを泡立て、そそり立つ肉塊を丁寧に洗い始めた。
「や、満さん、そんな…」
 ぬるぬるして気持ちイイ。
「僕のも洗うから待ってて。」
 自らの手で腹に着く勢いの肉塊を洗う。
と、
ギュルギュルキュル
腹が鳴り始め、強烈な痛みが襲ってきた。
「ん、お腹、痛い」
 満さんは慌てて石けんを洗い流し、僕を便座に座らせた。
「お腹に力を入れて全部放り出すんだ。」
 え?
 なんか、僕ばっかり恥ずかしい思いをしている。
「満さん、恥ずかしい」

2020.06.04
【その四十二】

「満さん、恥ずかしい」
 便座に蹲りながら、雪が羞恥に顔を赤らめる。
「雪の、全部を僕に見せて。」
「でも」
「あとで、僕も見せてあげる」
 瞬時に雪が期待の眼を向けた。
 内心、身体が動かせればね、と思いながら。
「全部出た?」
「うん」
 水洗のレバーを動かし、排泄物を流す。
 雪を立たせて壁に手を付きお尻をあげさせ孔を洗いながら、二本の指で花弁を解す。
「やっ、やぁっ」
 雪が鳴いているのか喜んでいるのか判らない声を出し始めた。
「雪のここに、指を入れるよ?」
 既に涙声の雪には、思考回路がショートしているようで、ガクガクと膝を震わせていた。
 ずぷっ
「やぁっ…んん」
 中を掻き回す。
「あん、ああんっ」
 膝から頽れ落ちた。
 シャワーを止め、バスタオルで包みベッドへ運んだ。

2020.06.05
その四十三】

 少し手荒にベッドの上に落とした。
 雪の身体がスプリングにバウンドする。
「満…さんっ」
 両手を広げて僕を待っている。
「雪」
 雪の身体を跨いでその上に重なる。
 唇を塞ぎ、耳朶に舌を這わせ、首筋を舐めあげ、胸に咲く花を吸い上げる。
「ん」
 雪の左手がシーツを強く握りしめた。
 反対側の乳首に歯を立てた。
「いっ…」
 少しずつ下へ降りていき、熱く滾った肉塊を口に含んで吸い上げる。
 その隙にサイドテーブルに置いておいた潤滑剤を手に取り、雪の後ろの孔に塗り付け、急いでコンドームを付けた、練習の甲斐があった。
「痛かったら言うんだよ?」
 雪は、声も出せずにガクガクと首を縦に振った。

2020.06.05
【その四十四】

 バチバチ
っと、目の前に花火が散った。
 尻孔に、満さんの熱い肉棒があてがわれたと思ったら、グッと押し入ってきた。
 満さんとセックスしたいと望んでいたけど、自分が入れられる側だとは、全く思っていなかった。
 でも、嘘つきな満さんに騙された。こんなテクニックを持っているんなら流されてもいい。
 膝の裏に満さんの肩がある。
 左脚がその肩からズルリと落ち、物凄く開脚することとなる。
 するとその隙間から満さんは僕のを握った。
「ごめ、余裕ないから、こっち、気持ち良くしてやれない」
「んっ、あっ、ううん、気持ち、いっ」
 え?なに?
「あっ、ああっ、イヤ、そこ、ダメ、ダメダメっ、イイっ、なに?えっ?」
 中が物凄く気持ちイイんだ。
 満さんにごりゅごりゅされて、たまんない。
「みつ…さんっ」
「すす…ぐ」
 さっき、イッたのに、いっぱい出たのに…。
 仰け反って全身をビクビクと痙攣させていた。

2020.06.06
【その四十五】

「うっ」
と、呻いて、吐精した。
 自分の手の中以外で、初めて自分ではない人の中で吐精した。
 肩で息をしながら、雪を見る。
 まな板の上の魚みたいにビクビクと暴れていた。
「雪、気持ち良かった?」
「すご…気持ちイイ。もっかいして。」
 え?
「満さん、初めてなんて言って騙してたでしょ?絶対油断させようとしてたんだ、だから」
「ちょっ、待って。本当に初めてだから。暗くてモテなくて小説なんか書いてたから益々縁遠くなって、今に至るんだ。」
「そうだとしたら、満さんは性交の天才?なのかな?」
 そんなもの、あるのか?
「こんなに気持ちイイセックス、もっとしたい。」


 宣言通り、雪と朝まで延々と交わり続けることとなる。


 盛りの付いた犬のように交わり、途中で力尽きたらしく、雪の孔に使ったコンドームが、中から精液が零れた状態で垂れ下がっていた。
 突っ込んだまま、意識を失って、小さくなって抜けたのだろう。
 寝室が生臭い。
 二人分の精液の臭いだ。
 頭をもたげて時計を見る。
「す、雪!」
 慌てて揺り起こす。
「ん…気持ち…イイ」
「寝ぼけている場合じゃない、昼の12時を回ってる!」
「ええ!!!」

2020.06.07
【その四十六】

 ノートパソコンを抱え、雪の部屋へと急いだ。
 雪は服だけ着込むと急いで部屋へと戻り、シャワーを浴びて仕事を始めた。
 僕もシャワーを浴び、洗濯機へシーツと枕カバーとバスタオルを放り込み、雪の仕事を手伝うべく、隣室へ飛び込んだ。
「清水寺の写真。URL送るか?」
「うん、イラレ(イラストレーター)で加工する。あと東寺の五重塔が欲しい。」
「了解。」
 平静を装って検索しているが、「欲しい」の言葉に動揺した。夕べの色っぽい顔の雪を思い出したからだ。
 完全に色惚けだ。
「あとは?大丈夫?」
「うん、ありがとう。あとはなんとかなる。」
「じゃあ、邪魔したらいけないから部屋に戻る。」
「ん。また、夜に。」
 ドキッとした。
 また、夜?夜どうするんだ?


 部屋に戻ったら戻ったで、夕べの情事の臭いが充満していて、下半身が疼く。
 セックスの味を覚えて、思春期の少年と同じだ。
 でも、これを小説の描写に使いたくない。
 雪を、可愛い雪の淫らな姿は、僕だけの中に留め置きたい。
 よし!晩御飯の仕込みだ!
 何を作ろう?
 肉じゃがにほうれん草のおひたし。和食でいこう。なら、豆腐と油揚げの味噌汁も必要だ。
 デザートに大福を買おう。
 買い物だ、うん。

2020.06.08
【その四十七】

 は!
 また手が止まっている。
 7時までに原稿を送れば大丈夫だ。
 八坂神社の前で記念写真を撮るカラーの扉絵で完成…って、満さんのアレ気持ち良かったなぁ…は、違う、ヒカルの制服は…満さん、ヒカルを見て喜んでた…僕も夕べは満さんのアレで散々喜ばされて…ダメだ。何もかもが満さんとのセックスに繋がっちゃう。
 兎に角集中!


 何とか煩悩を振り払い、原稿を送った。
 これで、ゆっくり満さんと夜を過ごせる。
 …やましい気持ちはありません。

2020.06.09
【その四十八】

 出掛けようとして気付く。外出自粛令だった。
 再び冷蔵庫、冷凍庫、食糧棚を覗く。
 ある物だけで何とかなる。
 その前に、ネットスーパーで買い物をしておこう。
 到着は明日の午後。
 よし、晩御飯の後は、二人で一緒に風呂に入るというミッション遂行だ。


「凄い、夏木さん。冷蔵庫の中身だけでこんなに出来るんだ。」
 鶏の唐揚げ、ポテトフライ、ピーマンの肉詰め、マカロニサラダ、茄子の味噌汁。
「ネットスーパーで食材を注文したから、明日には届くよ。」
 今夜は酒を呑まずに素面でヤル。そう決めているのだが。
「今夜は明日の仕事に支障が出ないようにしないとな。」
と、振ってみる。すると、
「明日は平気。次の締め切りは来週だから。」
と、返ってきた。それは、誘われているのだろうか?
「なら、呑む?」
「少し」
 冷蔵庫の奥に仕舞ってあった、獺祭を出す。
「高知のアンテナショップで買った」
「いいよね、アンテナショップ。今度一緒に行って酒を物色しよう」
「いいね。広島とか酒屋があるからね。」
 日本酒を呑みながら、日本酒の話で盛り上がった。


 残った料理は冷蔵庫に仕舞い、洗い物を済ませる。
「一緒に風呂に入らないか?」
 さりげなく誘ってみる。
「夏木さんがいいなら。」
 少し俯いて答えるのだが、そう言えば、さっきから苗字で呼ばれている。
 雪の前に立つと、シャツのボタンに手を掛ける。一つずつ外すと、雪は「あ、自分で出来るから。」と、手を制したけれど、無視して続ける。
 現れた乳首に吸い付く。
「ん」
 雪は僕の頭を抱えた。
「待っ…て」
 吸って囓り、舐めては吸う。
「んんっ」
 途中で「これ以上は堪えられなくなるから、お預け。」と伝え止める。
「んっ、満さんのイジワル」
 あ、名前になった。
 雪の服を脱がすと、自分の服も脱ぎ、風呂場へ向った。
 昨日同様石けんを手に取り十分に泡立てると雪の身体に滑らせ、抱き締めると自分の身体で擦る。
「んっ…はぁっ」
「どうした?」
 分かってやっている、悪い奴だ。さっき弄った乳首が感じるのだ。
 自分の身体の中央で雪へ穿つのを今か今かと待ちわびているモノへも石けんの泡を付け、徐々に立ち上がりつつある雪のモノを一緒に握り混み、擦り合わせる。
「あぁっ、ダメ、そんな…しないで」
 語尾が揺れる。
 脚の力が抜け、上半身を僕に預けている。
「今日は仕事を頑張ったから、ご褒美。」
「んんっ」
 腰をくねらせ始めた。
「イク…イクぅ」
「いいよ、いっぱい出して」
「ああっ、んっ」
ビシャッ
 大きな音を立て、雪の精が湯に溶ける。
「はぁっ、はぁっ…満さん、今夜も満さんのでいっぱいにしてぇ」
 ズクッと、下半身に響いた。
「エロっ」
 身体中の泡をシャワーで流すと、壁に手を付かせ、股の間に顔を突っ込む。
「ダメ、そこ汚い」
 それには答えず後ろの孔に舌を這わす。
「ダメっ、ダメダメっ、汚い、ううんっ」
 否定の言葉を吐きながらも感じている。
 舌の隙間から指を差し込む。一本、二本、三本と増やす。
「雪のここ、ヤラシイ音がする。中は綺麗なピンク色。」
 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ卑猥な音の奥で、あんあんと雪が喘ぐ。
「も、ガマン、出来な…い」
 雪の言葉を待たずに、バックから自分の肉棒を入り口に宛がう。
「雪、僕を狂わせて」
 グッと力を込めて突っ込んだ。
「あうっ」
 最初の挿入は苦痛のようだ、急いで前に手を伸ばして上下に扱く。
「あんっ」
 ググッと立ち上がったのを確認して、腰を両手で掴み、ガンガンと打ち付ける。
 湯船の湯が、大きく波打つ。
「イイっ、イイよぉ、スゴい気持ちイイっ」
 雪の声が風呂場に響いた。

2020.06.09
【その四十九】

「あっ、あっ、んんっ」
 今夜も満さんに喘がされっぱなしだ。
 お腹の中は満さんの肉塊でいっぱいに満たされている。
 水がパシャパシャと波打つ音と、パシパシと身体が打つかる音とぐちゃぐちゃと中を掻き回される音が響く。
「ごめん、先、イクっ」
 結合が深くなり、最奥に熱い飛沫が放たれた。
「ヤバいよ、嵌まっちゃうよ。雪のここ、気持ち良すぎる。」
 ズルリと引き抜かれると、ゴボッと音がして満さんの精液が流れ出た。
「今度は雪の番ね?」
 満さんは余程切羽詰まっていたようで、ゴムもせずにセックスした。
 だから、中に指を入れられ掻き回され、放たれた精液を掻き出された。
 終わるとバスローブを渡され、先に行って待つように言われた。
 満さんのベッドルームは、リネンが全て取り替えられている。
 ベッドの淵に座り、昨日から満さんに全て主導権を握られているなと思いつつも、気持ち良さが尋常じゃないので、またして欲しいと思っている。
 自分の僅かな性体験など、満さんの知識に叶わないと、お手上げ状態だった。
 でも、恥ずかしいのは恥ずかしい。
 こんな風に期待して待つのも、浅ましく思われないか不安になる。
 けど、一回じゃ満足できない。もっともっと、して欲しい。もっともっと、突っ込まれて喘いで掻き回されて、射精したい。
 前立腺をアレでごりゅごりゅして欲しい。
 まずい、MAXに起ってる。
「雪?」
 ドアを入ってきた満さんは、心配そうな瞳で僕を見た。
「具合悪い?」
 首を左右に振る。
「早く、欲しい」
「可愛いな、雪は。」
 両手で頬を挟み込まれ、深く、口付けられる。歯茎をなぞられ、顎裏をなぞられ、内頬をなぞられ、総毛立つ。
 液体歯磨きの味がした。
 さっき、汚いと言ったから気にしたのか?
 舌を絡めて唾液を交換してそれでも離れることが出来ない。
 口の端から唾液が溢れ落ちる。
 それでも離したくないとばかりに舌を突き出す。
 息が出来ない。窒息するかもしれない。それでも離れがたい。
「そんなに、キスが好き?」
「ん、満さんとのキスが好き」
「僕も雪とのキスが好き。でも、身体を繋げてからのキスも好き。」
「待って」
 何度か、女の子としたことがある…あの時は僕が下だったけど。
「騎乗位でしたい」

2020.06.10
【その五十】

 満さんの肉棒を口に含み、ジュボジュボと音を立ててしゃぶる。
「ああ、いいよ、雪、イイ」
 満さんの腰が浮く。
 口腔内に収まりきらないほど大きくなったそれを、後孔に導いた。
 ゆっくりと腰を下ろす。
「いっ」
 熱い。肉壁が焼け爛れそうなほど、熱い。
「ああんっ、満さんの、熱い」
「雪が欲しくてたまらないから」
 ドクンと、大きく心臓が鳴った。
 この人が、好きだ。
 きっと、初めて言葉を交わしたときから、惹かれるものがあった。
 あの時から、これが欲しかった。
「これ以上、入んな…い」
「体重を全部僕に預けて良いから、もっと奥に。雪の善いところはもう少し奥。」
 僕の善いところ?
「男同士で愛し合う為にあるモノ。」
 体重を掛ける。
 あ。
 これだ。
 ここ、ここを。
「あっただろ?」
「ん」
 下から満さんが突き上げてくる。
「あん、あん、んんっ、ひゃっあ、はぁっ、」
 もう、訳の分からない言葉が口をついて出る。

「ごめ、またゴムしなかった。」
「いいよ、満さんとは生でしたいから。」
 そう言いながらも、正常位で突かれまくっている。
「貞操を守ってて良かった。最高の伴侶に会えた。」
 本当に満さんは僕が初めてなんだろうか?
 前立腺を集中的に責められ、気持ち良すぎて海老のように背を逸らした時、唇を吸われた。
 これが好きだと言ったから、満さんはしてくれた。
 上も下も満さんに攻め込まれ、完全に白旗を上げた。

2020.06.11
【その五十一】

 目覚めたとき、満さんの顔が目の前にあり、少し焦った。
 満さんの腕枕で、きちんとバスローブを着せられているということは、意識を手放した後、満さんは全部始末をしてくれたらしい。
 胸に顔を埋めて、こんなに甘やかされた性生活を送って良いのかと、不安になる。
 ただただ、気持ち良くして貰っているだけだ。
 今夜は、僕がしてあげよう、でも今は心地良い眠りをもう少し貪りたい。

 ビクッ
 身体中を強い刺激が駆け抜けた。
 決して嫌なものではなく、快感だ。
 脚を大きく開かれ、間に満さんが顔を突っ込んで小さく縮こまっている僕のモノを咥えていた。
「あ、朝から、んっ、何して…」
「可愛い雪を、起こしてる。朝ご飯出来たよ?」
 な、な、なんて!
「満さんって、スケベ?」
「スケベだったらとっくの昔に童貞捨ててたよ?」
「それ自体が嘘なんでしょ?」
「雪専門のスケベ。なら納得?君が気持ち良くなるんならって、研究したよ。」
 言いながらも舌を使ったり、手を使ったりしてすっかりそこはその気になっている。
「一回抜いたら朝ご飯にしよう。」
 朝から美味そうに口の中を出入りさせている。
 満さんの口元がエロくて、弾けさせた。
 ゴクリ
 音を立てて飲み下した。
「ごちそうさま」
 やっぱり、スケベだ。

2020.06.12
【その五十二】

「え?」
 身支度を調えた雪と、朝食の最中、自分の考えを伝える。
「だから、前に雪が夢だと言っていた郊外の一軒家の件だけど、4LDKあればいい?それとも6LDKくらい?僕としては二人の仕事部屋があって、広い寝室と荷物を入れる部屋があると便利かな?」
「ちょっ、待って!」
「良い土地が見付かったんだけど、一緒に見に行かないか?」
 何故、こんなに急いでいるか。それは、雪が気の迷いだと感じたら嫌だから。
「僕は、ここで仕事して生活の場として郊外に…でも、それは夏木さんの隣人でいたかったからで、一緒なら、ずっと一緒なら、部屋数なんてそんなに要らない。」
「同じ部屋で仕事する?」
「それも良いかも。でも、僕は古民家が好きで…」
 あ、だから郊外なんだ。
「じゃあ、そっちで探してみよう。あ、古民家を移設するって手もあるか…でも寝室は防音にしないといけないな。」
 雪の耳が真っ赤に染まる。
「夏木さん、そんなに…する?」
「逆に雪はしたくない?」
 慌てて首を左右に振る。
「…したい。」
「よし、善は急げだ、後で検索掛けて不動産屋を当たってみよう。」
「夏木さん!」
「満。雪はセックスの時しか名前を呼んでくれないの?」
 今度は首まで真っ赤だ。
「み、満さん、そんなに急がなくても、もう少しここでこうして過ごしても良いのでは?第一緊急事態宣言中だし。」
「あれ?知らなかったの?もう解除されてるよ?」
「う、嘘!あ、じゃあラジオ体操は?」
「もう誰もやってない。僕たちはベッドで体操してるから、お休み中。」
 雪が両手で顔を覆う。
「満さん、やっぱりスケベ…」

2020.06.13
【その五十三】

 新型コロナウイルスは、その後第二波、第三波を用心しながらも、少しずつ通常生活に戻りつつある。
 しかし、夏木と春田は元々家から余り出ることがなかったので、ウイルスとは無縁のまま、相変わらず爛れた性生活を送っている。
 郊外の一軒家については、追々探すとして、とりあえず同じマンションの最上階が空いたので、そこを購入した。
 30畳のワンルーム。
 ここで衣食住を過ごしている。
 仕事の時だけ、今までの部屋を使う。
 朝起きてとりあえずセックスして、ブランチして仕事して、夜になったらリビングのソファだったり、バスルームだったり、トリプルベッドだったり、気分でセックスする。
 そのあと二人の好きなお酒を呑んでイチャイチャしながら夜遅くまで起きて、寝たり交わったり…。
 爛れまくっている。
 こんなに盛っていたら、絶対に飽きる日がやって来るだろうと、二人共に思っている。

2020.06.14
【その五十四】

「んっ、はぁっ、」
 今朝も起きて一発…である。
「満、僕たちよく枯れないな?」
「確かに。精子は陰嚢で作られるのに三日掛かるはずなんだよな。けど、毎日出る。これ、無精子?」
「別にどっちでもいいや。」
「だな。」
 言い終わらないうちに雪を押し倒し、口付ける。
「おはよ」
「おはよう」
 今日も、締め切りに追われている。


 朝方までしてた。飽きずにしてた。
 毎日毎回、違う顔を見せる雪が可愛くて、抱かずにはいられない。
 そして、それが今の自分には制作意欲となっている。
 雪の作品もヒロインが急に大人びて艶っぽい。
 OLになったのだが、よく同僚に口説かれないか不思議だ。…雪が口説くシーンを描かないからだが。
「『策之進、好きだ』『秀夫…』って、またBL読んでるの?」
「今夜の作戦。」
 今夜はどんな体位で雪を鳴かそうかと研究中。
「締め切りは?」
「ギリギリ。今回は純文学だからな、直接的なエロじゃないんだよ。」
「エロはなくてもいいんじゃない?」
「ま、ね。」
 言って雪を引き寄せ、キスをする。
 今は箱根の別荘地に古民家を買い、ここで執筆活動と衣食住と子作り(笑)をしている。
 山奥なので防音しなくても平気だ。
 付き合いだして直ぐに一緒に暮らし、三年経ってここへ越してきた。
 飽きもせず、ラブラブだ。
 仕事も順調で、二人共に連載が続いている。
 単行本は既に100冊になる。
「だから、締め切り…んんっ」
 雪のパンツを脱がせて膝に抱き上げ、そのまま貫いている。
「はぁっ…イイっ、」
 善いのかよ…ま、だから抱いてるんだけど。
「もうっ、ダメっ、イクっ…」
 タラリと、吐精する。勢いが無い。
「ホント、枯れちゃう」
「枯れたって構わない、僕はそれでも雪を泣かしたい。」
「ん、僕も。鳴かして。」

2020.06.15
【その五十五】

「おはようございます」
「おはようございます」
 今朝も、良い天気だ。
 緊急事態宣言で引き篭もりに拍車がかかり、とんでもない妄想をして、BL小説が出来上がってしまった。
 春田さんと恋愛関係になるなんて、天地がひっくり返ってもないだろう…な?。
 でも、何かきっかけがあったら、告白してみよう。
 片思いのまま終わるのはあまりにも勿体ない…いや、あれは妄想だから。
 でも、あのめくるめく妄想みたいに、春田さんを鳴かしてみたい。
 ちらと、春田さんの部屋のベランダを見る。
 すると春田さんもこちらを見ている。
「夏木さん、相談があるんですけど…今夜お邪魔してもいいですか?」
「は、はい!喜んで!」
 よしっ、チャンス到来!!

2020.06.16
【その五十六】

後日談
「…満、これ…」
 見付かってしまった。僕の妄想小説。幸いにも名前を急いで変えておいたから、自分がモデルだとは思っていないようだ。
「こんなの、やってみたいな。」
「え?」
「朝までとか、一日中とか、いいなぁ。今は締め切りに追われててそれどころじゃないけど、満とのえっちをもっと充実させたい。」
 お蔭さまで無事に僕の告白は雪に受け入れてもらえた。けど、残念ながら本当のところ、僕には前に男の恋人が何人かいたから、雪が初めて…とはいかない。
 でも雪が悦ぶ顔は可愛いし、もう少し二人の時間が欲しいとは思う。
 初めてといえば、今度出る雪の新作は僕が原作だ。

 乾完、初の原作に直川賞作家の三津居倫を迎える

と、話題になっている。
 二人の高校生男子が夏休みに北海道の牧場で体験する生と死と性についてだ。
 前回の冒険ものとは違う、雪の絵を最大限に活かした作品になると思う。
 僕達は、ベストパートナーになれる…はずだ。
 だって、互いに締め切りに追われてて、相変わらず会えるのは朝の一時間だけだから。
「あ、アシさんたちが来た。またね。」
 そう言って、朝食を終えた雪は自分の部屋へ戻っていった。

2020.06.17【完】