見上げたら君の瞳がそこにあった。
 優作は学校から帰ってきてちょっと早い夕食をすますと、大抵毎日バイトに行く。18時から21時までのバイトだ。たった3時間だけどけっこう良い収入になる。
 しかし、彼の本当の目的はバイト代なんかじゃなかった。
「今日は牛丼・・・っと。」
 手帳に書かれている文字は『焼肉弁当』とか『ウーロン茶』『食パン1斤』とか、何故か食べ物の事ばかりだ。時々『歯磨き粉』が出て来たりするが・・・。
 そして日課の一つがこの手帳を見つめて溜息・・・である。


−あの人は僕の存在なんて眼中にない・・・僕がいつもあなただけを見ていることなんて知らないんだ・・・−


【1】


 事の発端は新入生の入学式だった。たまたま前日の始業式に遅刻した罰として(遅刻の常習犯なのだ、当然のようにこの日も遅刻してこっぴどく叱られたけど)入
学式の準備を手伝わされていた。
 体育館に椅子を並べながらちょっと休憩・・・をしていた時だった、左側の小さな入り口から長身の若い男が入ってきた。
−チクリ−
 優作の心が騒いだ。
 そのまま瞳は彼を追っていた。
−誰だ?あいつ・・・−
「おいっ、森川、サボるなよ。」
 ぼんやりと手を休めたままその男を見つめていた優作を見つけた担任が声を掛けてきた。その横に男は立ち止まり、ニッコリ微笑むと何か話をしているようだった。
−教師?−
「なぁ、あいつ、誰だ?」
 隣りで一緒に作業をしていたクラスメートに声を掛けた。
「ん?あぁ、昨日紹介されてたじゃないか、新任の教師だよ。確か担当は世界史だったはずだけどな。」
「そうか、世界史の林先生、今年で定年だってそういえば言ってたっけ。」
「優作良く覚えているな。」
 だって・・・と言いかけて止めた。
 林と優作はお互いに秘密を保持していたのだ。その代わり必要な時だけ、
社会科準備室の鍵を借りる・・・そうそこが優作の密会場所。
 −あいつ、じじいのくせして好きなんだよなぁ〜まぁ、俺に手を出さなかっただけ
良かったとしなきゃいけないな。−
 林が優作に手を出さなかったのは・・・訳があるのだけれどそれはまた後で・・・。
 優作のターゲットとして新任の世界史教師は選ばれてしまった。



「ちわっ」
 作業終了後、社会科準備室に早速転がりこむ。
「なんだ今日は来ていたんだ。」
「当然、俺は学生だぜ。」
「そっか、学生だったな・・・」
 はははっ、と乾いた笑いを優作に向ける。
「ところでさぁ・・・」
「駄目だよ、秀一は。」
「・・・誰だよ、秀一って。」
「田所秀一、俺の後任だ。」
「そっか・・・秀一っていうんだ・・・ふーん・・・」
「あいつはノンケだ。」
「それが?」
「それが・・・って・・・俺が駄目だったんだよ。あいつがここにいたとき口説いたけど駄目だった。彼女がいたんだ、当時はな。」
「今は?」
「知らん。」
「ふーん・・・」
 急に林が真面目な顔を作った。
「優作、俺は一学期が終ると同時に定年なんだ。もうここで悪さしちゃ駄目だぞ。」
「悪さ・・・ってなんだよ、失礼だな。」
「だってお前・・・誰か一人に決めているんじゃないんだろう?毎回違う相手じゃないか。一人として同じだった事が無い。」
「何だよ、見てんのかよ、スケベだなぁ。まぁ先生はいつも同じ相手だもんな。」
「当たり前だ・・・なかなか家に呼べないからな。でもあいつが卒業したから一緒に暮らすことにしたんだ。」
「一緒に!?」
 林の相手は優作より1級上の生徒だ。この学校の生徒だったら誰でも知っている有名人で、『高田賢治』っていうサッカー部のエースだった。
 その人がまさか教師との、しかも40歳以上も歳の離れた男との恋に燃えていたなんて・・・優作しか知らないこと。
「良いなぁ・・・俺も運命の恋人に会いたいなぁ。」
 ふぅ・・・と小さく溜息をついた。
 優作が誘えば抱いてくれる彼氏は沢山いる。でも恋の相手にはなってくれない。
「誰も俺に本気になってくれる奴なんていないんだよ・・・ただの慰み者なんだ、俺なんて。」
「そんな風に思っていたらずっと恋人なんてできないぞ。」
「らぶらぶなじじいに言われたくない・・・」
「悪かったな、じじいで。」
 そう言いつつ、林は照れて顔を真っ赤にしていた。
「あっ、今日はここ使っても平気?」
「だからさっき言っただろう?もうここは俺が一人で使っているわけじゃ無いから駄目だ。」
「なんだよ、今までだって日本史と地理の先生と一緒に使っていたじゃないか。」
「権限が全く無くなっちゃったんだよ。秀一に全部渡しちゃったからな。俺はただいるだけ。」
「マジかよ・・・どうしようかな。」
 折角今日は2年のテニス部員を引っ掛けたのにさ・・・−と、心の中で呟いた、その時だった、入り口のドアが開いた。
「あっ、林先生ここにいらしたのですね。」
 秀一だった。
−ドキンドキンドキン・・・−
 優作の心臓が大きく鳴り、再び瞳は釘づけになってしまった。
−あぁ・・・やっぱりこの人だ・・・この人が俺の運命だ・・・−
 なんて独り善がりな思い込み・・・でもこの日から優作は今までのボーイフレンドと全て手を切った。
 秀一のために、秀一との未来の為に・・・。



【2】


「・・・全部で1,298円になります。」
「森川・・・うち、バイト禁止だぞ。」
−ドキッ−
「知って・・・いたのですか?」
 優作はゆっくり顔を上げた。
「俺のこと、知っていたのですか?だって・・・俺世界史とってないし、全然準備室行ってないし・・・しゅ・・・じゃない・・・田所先生と話したこともないのに。」
 優作が秀一に会いたいがために、彼の家の近くのコンビニでバイトを始めて半年目の今日、初めて秀一から声を掛けられた。
「だって・・・入学式の日、準備室で林先生と話していたじゃないか。」
そんなこと覚えていたのか?−優作の心はほんの少しだけ『期待』という感情を抱いた。
「毎日見るからさ、どこで会ったのかな・・・ってずっと考えていたんだ。でやっと思い出してさ、林先生に聞いたんだ。」
 林はもう、定年を迎えてとっくに学校から去っている。わざわざ確認したのか?
「あ・・・その・・・」
「学校には内緒にしててやるよ、でも・・・何でバイトなんてしているんだ?」
−あなたに会うため−なんて言えない。
「うちは・・・その・・・高校生になったら小遣いは自分で稼げって言う教育方針なんで・・・」
−めちゃめちゃないい訳だな−
「そうか・・・大変だなぁ。頑張れよ。」
ポンポンッ、と頭を2回撫でて彼は去って行った。
−秀一さんと話しちゃった・・・頭触ってもらっちゃった−
 今日の手帳は絶対赤いペンで書く・・・優作は誓っていた。



 翌日、優作は社会科準備室にいた、秀一が来るのを待っていた。
 −今日・・・想いを告げよう・・・『あなたを愛しています・・・』って言うんだ
 入学式の日から半年・・・ずっとずっと見ていました、あなたのこと−
優作の心には昨日の『期待』が残っている。絶対、彼が自分に興味を抱いていると信じていた。
 準備室に来た秀一はちょっと驚いた様に優作を見た。
「・・・あ、そうか、口止めにきたんだな。」
「??」
「大丈夫だって、まだ誰にも言っていないよ。」
「??」
「森川は林先生と仲良かったんだな。他の先生に聞いたらしょっちゅうここで話していたって噂になっていたぞ・・・その・・・良くない噂だけどな・・・」
「良くないって?」
「その・・・傷つけたらごめん・・・林先生は・・・」
「ゲイです・・・知ってます。俺もそうだから。」
 優作の『期待』という感情はこの時点で消えていた、消えると同時に失望が生まれた。
「あ・・・そう・・・なのか・・・やっぱり・・・」
「先生は・・・嫌いですか?ホモは・・・」
「だって・・・ヘンじゃないか?」
「なにがヘンなんですか?人が人を好きになるのはいけないのですか?」
 優作はゆっくり立ちあがった・・・勝手知ったる社会科準備室、鍵を掛ける。
「先生が好きです・・・そのためにずっとあそこでバイトしていました。チャンスを狙っていました・・・」
 秀一が抵抗するまもなく、優作がその唇に唇を重ねた。
「んっ・・・ん〜っ・・・ばっ馬鹿離せっ。」
「嫌だ・・・好きなんだ。」
「ちょっ・・・待てっ、な?話し合おう」
「何を?」
 その間も優作の手は動きを止めない、ゆっくり確実に修一のシャツの中を犯して行く。
「や・・・駄目・・・」
 いつもより少し高くて小さい声が優作の耳元でする。
「こんな風にするのは初めてなんです・・・好きなんです。」
 小さな突起をしごくとぴくぴくっと身体が震えた。
「・・・先生・・・秀一さんって呼んで良いですか?いつもそう呼んでいたから。」
「嫌だ。」
「つれないなぁ」
 ズボンのファスナーを下ろすと、それが顔を出す。
「お願いだから、止めてくれ。」
「力づくで止めれば良いじゃないですか、俺は全然力入れていない。」
「あん・・・力が入ら・・・ない・・・」
 淡々とした調子で優作は秀一のそれを愛撫し、小さな突起を口に含んだ。
 しかし、突然優作の喉から嗚咽が漏れた。
「抵抗してください・・・俺は秀一さんと恋がしたいんです・・・」
 大粒の涙を零しながら優作が秀一の胸の中で囁いた。
「愛しています・・・秀一さん・・・」
 愛おしげに彼の瞳を見つめた。
「ここであなたを犯してしまったら俺はもう・・・あなたに愛されることはないですよね?ごめんなさい・・・」
 そっと勃ちあがりかけた秀一のモノを下着の中に納め、乱れたシャツを丁寧にズボンの中に入れて、ネクタイを締め直した。
 その仕草を見つめていた秀一の胸の中で
−プチン−
と、音を立てて何かが弾けた。
「チャンスをあげようか・・・」
−何を言っているんだ、僕は・・・−
「1ヶ月・・・中間テストの成績が全部85点以上で・・・それで・・・あ、バイトは続けるんだ。それから・・・毎日家に夕飯を作りに来る。これだけ出来たら・・・考えて
やる。」
 たった今まで沈みきった表情をしていた優作がパッと明るい表情になった。
「バイト、9時までなんです。それからだから夕飯出来るの10時位になっちゃいますよ・・・あっ、そうだバイトに行く前に下ごしらえして行けば良いんだ。じゃあ、
秀一さんの部屋の鍵、下さい。」
 悪びれも無く微笑む。
 しばらく優作の瞳をじっと覗き込んでいた秀一だが意を決して立ちあがった。
「分った。帰りに合鍵を作っておく。今夜・・・家に来い。」
 秀一には自信があったのだ。一人の少年を『普通の恋』に目覚めさせてやる・・・ということに。しかし、それがどんなに無謀な事だったかは・・・気付かなかった。



「こんばんわ」
 ガサガサと食材を手に優作が入ってきた。
「今日は秀一さんの好きなものにしようと思って・・・」
 そう言って取り出したのはうどんだま。
「消化もいいですからね、沢山食べてください。」
 ニッコリ微笑む。
「森川・・・あのさ・・・」
 ごめん・・・そう言ってこの賭けは止めてしまおう・・・彼の笑顔を見たとき思った。
 しかし・・・嬉しそうに台所に立っている少年を見てもう少しだけ様子を見てみようと
考え直した。
「秀一さん・・・俺の事『優作』って呼んでくださいよ。俺・・・この賭けに勝つ自信あるんですから、大丈夫、ちゃんと恋人同志になれます。今から練習しておいてくだ
さい。」
 くすくす・・・女の子のように笑う。
 くるりっ、と振りかえった優作は頬を染め、幸せそうに秀一を見つめた。
「秀一さん・・・もう一個お願いがあるんですけど・・・夕飯食べ終わったら・・・秀一さんに触ってもいいですか?」
「駄目」
 間髪いれず拒否した。
「違います、学校の時みたいなことはしません。ただ・・・手に触れてみたいだけです。その長い指に触れてみたい・・・それも駄目ですか?」
「う・・・手、だけなら・・・」
「良かった。」
−この悲しそうな顔と嬉しそうな顔のギャプの大きさが苦手だな。−
「秀一さん?」
「ん?」
「はい、出来ました。早く食べないと冷めちゃいます。」
「ん・・・ありがと」
 じっと秀一を見つめている。
「・・・あのさ・・・そんなに見られたら食えない・・・」
「そっか・・・ごめんなさい。あっ、じゃあ明日から俺もここでメシ食おうっと、うん良い考えだ。」
 ニコニコと微笑む優作と複雑な表情でうどんをすする秀一。
「ごちそうさまでした。美味かったよ。森川料理上手いんだな。」
 突如手を取られた。
「なになに?」
「約束」
 じっと手を見つめている。
「1ヶ月後、この手に抱き締められるんだ・・・嬉しいなぁ。」
「ちょ・・・待ってくれよ。誰もそんなこと言っていないだろ?」
「大丈夫だって言ったじゃないですか。秀一さんは俺のこと、好きになります。」
 その手に優しくくちづけた。
「うわっ。」
「じゃあ、片付けて帰ります。」
「いや、いいって、片付けは自分でやるから。」
「いいですよ、ついでだから。」
「いいって」
「あ・・・」
 優作の身体が秀一の腕の中に抱きこまれる形になってしまった。
「ほらね、秀一さんったらもう俺の事好きになってる。」
 ふふふ・・・と笑い声を残して彼は台所に消えた。
−まずい・・・奴の思う壺だ、このままじゃ・・・−
−案外簡単に落せるかもしれない・・・−
 お互いの想いが交錯する夜だった。




【3】


 優作が秀一の部屋に出入りするようになって1週間ほどたった日だった。
 珍しく秀一は学校の同僚に誘われて居酒屋へと繰り出していた、そう、優作の存在をすっかり忘れていたのだ。
 先に思い出して1本、電話を入れておいたら良かったと、秀一はあとで後悔する事になる。



 深夜1:00過ぎ、秀一は部屋に戻ってきた。
 今までだったら絶対、部屋の中は静まり返っていて且つ、しっかり冷えこんでいたのだけれど・・・
 酔った頭でも解かった、ほんのり温かい室内、玄関先に灯る小さい電球。
「?」
 しかし眠気には勝てなかった、そのままベッドへ直行・・・ドサッ。
「ん・・・秀一さん?何?飲んでたんだ・・・遅いはずだね。」
 自分のベッドに・・・誰か寝ている・・・誰だ?−まだ秀一は思い出せない。
「じゃあ・・・俺帰ります。・・・良かった、秀一さん、ちゃんと帰ってきてくれて。もしかしたら恋人がいるのかと思った・・・。」
 ガバッ
「しゅ・・・いち・・・さん?」
「・・・まりこ・・・」
 秀一は酔った頭のまま、優作がいる事を思い出していた、なのにどうしたのだろう、勝手に身体が動いてしまう。
「秀一さんっ、どうした・・・あ・・・」
 慣れた手つきで秀一は優作のジーンズを下ろした。下着の上から優作が誇示しているモノにそっと触れた。
「僕のこと、そんなに好きか?抱いて欲しいのか?」
「秀一さん・・・」
 返事を待たずに下着を剥ぎ取った、優作の身体を逆さまにする様に持ち上げて
アナルを探り出し・・・舌を這わせた。
「駄目・・・秀一さん・・・俺我慢できなくなる・・・だから・・・止めてください。」
「うるさい」
−何しているんだよ、僕は・・・−秀一の頭の中で別の秀一が囁く。
−生徒とこんなことして良いのか?それよりお前、森川の事好きなのかよ?−
「あぁ、うるさいうるさいっ」
 もう一人の自分の声を振り払った。そしていきなり指を2本も突っ込んだ。
「あんっ・・・痛いよ、秀一さんっ」
「すぐに良くしてやるから」
「あぅっ・・・」
 秀一のペニスが痛いほど屹立している。もう我慢が出来なかった。
 優作の身体をうつ伏せにして尻を高く持ち上げさせるとそこにあてがい一気に貫いた。
「ああっ」
 痛みの為に優作が声をあげる。
「くぅっ・・・」
「我慢しろ、僕も痛いんだから」
「はぁっ・・・」
「もう少し・・・」
「あぁ・・・ん」
 全てを埋め込んだ秀一は一時も待てないというように、すぐさま動き始める。その度に優作の口からうめき声が発せられる。
「しゅう・・・いち・・・さん・・・イイ?・・・感じてる?」
 痛みを堪え、優作が表情の見えない秀一に声を掛けるが返事が無い。
 段々とピッチが早まる。
 優作の身体は行為に慣れているからか、淫らな音を出し始めた。そうすると優作のうめき声は何時の間にか喘ぎ声に変わっていた。
「あん・・・あぁん・・・イイ・・・秀一さん・・・あぁっ」
 秀一のベッドの上で優作の性が放たれた。
 ぜいぜいと喘ぐ優作の上でさらにピッチをあげ、秀一が動く。
「イク・・・ッ・・・」
 優作の呼吸が整った頃、秀一は優作の中に性を放ったのだった。



「おはようございます。」
 翌朝、優作は秀一の腕の中で目覚めた。
−夕べ・・・秀一さんとしたんだよなぁ・・・−
 満面の笑みで秀一の寝顔を見つめた。そして朝食の仕度の為にそっとベッドから下りた。
「まりこって誰ですか?」
「は?」
 目覚めた秀一に夕べの疑問を問い掛けた。
「夕べ、俺を見てそう言ったから・・・」
「まりこ?知らない・・・誰だ?」
「彼女の名前とか・・・」
「今はいないの知っているだろうが。」
「いないんですか?」
「いたら森川の事なんか部屋に入れないって。どんな誤解を受けるか。」
「もう誤解じゃないですよね。」
「?」
「痛かったです」
「?」
「覚えていないんですか!?」
「何を?」
「夕べの事・・・」
 秀一は職員室での会話から思い出してみる。
「・・・昨日・・・って大体どうして森川が朝からうちにいるんだよ。僕は朝田先生と飲みに行って・・・酔っ払ってタクシーで帰ってきて・・・で・・・で
・・・あっ」
 何かしでかした・・・って言っている場合じゃない、マジやばい−秀一の頭は突然フル回転させられた。
「秀一さん、俺の中で抜かずに2発ですからね、参っちゃいました。」
「本当に?」
「はい」
 何時も以上に幸福そうな微笑を返されて秀一は戸惑った。
「どうして・・・なんで?」
「それは・・・好きだからじゃないですか?」
「違うっ」
「ひどいな、またまた間髪入れず、拒否されちゃったか。」
 ポリポリ・・・と頭を掻いて優作は俯く。
「俺は『まりこ』って人の代わりだったんですか?」
「・・・だから、まりこなんて知らないって。前の彼女は沙紀だし・・・その前は・・・あっ」
「思い出した?」
−森川って言ったんだ・・・多分・・・でもこいつ、調子に乗るから教えてやらない。−
 ニヤニヤ笑いながら秀一は優作を振りかえった。
「うん、思い出した。」
−面白い、こいつ。−
 瞳の色がくるくる変わる。戸惑ったり喜んだり、考えこんだり微笑んだり・・・見ていて飽きないな・・・なんて秀一は思っていた。
「今夜も・・・抱いてくれるんですか?」
「馬鹿っ」
 真っ赤な顔をして秀一は優作を睨み付ける。
−もう少し・・・かな?−
−まずいっ、こいつの思う壺に填まっているっ−



【4】


「秀一さん?」
 職員室でボーっとしていた秀一は背後から声を掛けられた・・・が気付かなかった。
「秀一さん、夕べはすっごくよ・かっ・た」
 耳元で囁かれ、飛びあがらんばかりに驚いた。
「なんだよっ、びっくりしたな。」
「ボーっとしているからです。これ、朝田先生から頼まれました。先生次の授業は忙しいらしいですよ。」
 優作は預かった書類を手渡した。
「・・・何で森川はここにいるんだ?」
「内緒ですよ、さ・ぼ・り」
「・・・職員室でサボりか?」
「はい、愛しい人に会いに来ました。」
「ばっ」
「誰もいません、みんな授業に行っています。先生方のスケジュールは全て把握しています・・・行きませんか?準備室。俺何回もあそこで逢引したから大丈夫
です、この時間は誰も来ません。」
「うぅ・・・」
−拒めない−
 そうなのだ、秀一は夕べの事を全て思い出してしまったのだった。
「あ・・・でも・・・その・・・そうそう、次の授業の準備があるから・・・。それに、まだ約束の1ヶ月まで時間があるだろう?」
「先に『やっちゃった』のは秀一さんです・・・」
−あう〜っ、やったって言うなぁ〜−
「ごめん・・・出来心で・・・」
「出来心だったんですか?って事は・・・身体だけが目当てだったんですか?」
 職員室中に響き渡るような大声で優作は叫んだ。
「森川ぁ〜分かったから、もっと小さい声で・・・校長室まで聞こえるだろうっ。」
−校長先生、今日は県の教育委員会に行ってていないのに・・・先生のくせに知らないんだ、可愛いな、秀一さん−
「解かりました、じゃあ・・・キスしてください、それで我慢します。」
 優作は瞳を閉じた。
「・・・ここで?」
 コクン
 椅子から立ちあがり身体全部を使って回りを見渡した。
「誰もいないって言ったでしょう?大丈夫です、早く。」
 恐る恐る、秀一は唇を合わせ、すぐに離れた。
「ふふ・・・続きは夜・・・待っててくださいね。」
 優作は職員室から立ち去った。
−うぅ・・・身がもたない・・・−
−やったね。−



【5】


 絶対、今日断るんだ。謝って夕べの事は許してもらって・・・で、今夜でここに来るのは終りにしてもらおう−秀一は決意していた。
「分かりました、明日からは来ません。でもちゃんと見ていてください、今度の期末は85点以上取りますから。そうしたら・・・考え直してください。」
「・・・全部満点じゃなきゃ駄目だ。」
「・・・100点満点・・・ですか?・・・自信ないなぁ・・・でも、頑張ってみます。」
 案外あっさりと優作は手を引いた。
 そうして翌日から優作は秀一の部屋に顔を出さなくなった・・・けど・・・コンビニに居るので顔を合わさない事は無かったのだけれど、別のコンビニに行く・・・
という考えが浮かばない所が秀一らしい所だが、多分それは考え付いてもしなかっただろう。何故なら秀一はもう寂しくて仕方なかったのだから。
「失敗したなぁ・・・あの晩あんなことしなきゃ、森川が夕飯作ってくれたんだよな・・・。馬鹿だなぁ、自分で自分の首、締めちゃったなぁ。
 でも・・・どうしてあんなことしちゃったんだろう?」
 カップラーメンをすすりながら、秀一は気付いていない想いに歯噛みしていた。



 一方優作の方は予想していた展開にすっかり舞い上がっていた。
「あと少し・・・あと少しで秀一さんは俺のもの・・・」
 強引に抱かれた夜、苦しかったけれど幸せだった。
 もう何回思い出しては陶酔しているのだろう・・・もう一度抱かれたい・・・いや、今度はちゃんと自分に愛情を抱いていることを認識して欲しい。
−秀一さん、あなたはもう俺を意識しているくせに・・・早く気付いてください。−

「何で来ないんだ、あいつは。本当に来ないのか?」
 三日目にしてついに逆ギレ。しかも今日は土曜日で明日は日曜・・・学校で会う事も出来ない、試験前でバイトにも来ていない・・・。
「電話・・・してみようか・・・」
 声だけでも聞きたい・・・そんな風に思っている自分に驚く。
「なんだよ・・・どうしたんだよ・・・まるで・・・」
 声に出して言うのが怖かった。
「でも・・・恋・・・だよな・・・これって・・・」
 暫く部屋の中をウロウロして・・・
「ミイラとり・・・ってやつか」
 ふぅ・・・とひとつ溜息。
 自分がこんな風に恋するなんて思っていなかった。たった一人の人を想ってイライラしたりヒヤヒヤしたりドキドキさせられたり・・・
『・・・行きませんか?準備室。俺何回もあそこで逢引したから大丈夫です、この時間は誰も来ません。』
 ふいに秀一は優作が以前言った言葉を思い出した。
−他の奴に抱かれているなんて嫌だ・・・あいつはどんな顔で抱かれるんだ・・・僕は見ていない。あいつの、森川の乱された顔を見ていない−
 突如思い立って誰も居ない学校の前に佇んだ。
「セキュリティーが働いてて入れるわけ無いじゃないですか。」
 心臓が飛び出すほど驚いて、振りかえった。
「優作・・・?」
「やっと名前、呼んでくれたんだ。」
 ニッコリ微笑む。
「なんでここに居る?って顔してますね、だってずっと部屋から着けてきたんです。秀一さんの部屋の電気が消えるまで、ずっと外に居ました。だって・・・どこか
に消えてしまったらどうしよう、誰かと一緒だったらって思ったら家に帰って呑気に勉強なんてしていられません。」
「馬鹿」
「秀一さん俺のこと馬鹿馬鹿っていっつも言ってる。悔しいな・・・でも本当だから仕方ないか。」
 秀一は優作の傍までゆっくり、ゆっくり歩いて行った。そして抱き寄せた。
「・・・期末の結果、楽しみにしてる。」
「はい。」



【6】


 12月某日。校内は試験休みで静まり返っている。
「ねぇ、もう結果、出ているでしょ?」
 楽し気に優作が秀一の回りに纏わり着いている。
−出てる出てる・・・知らなかったよ、こいつが何時も学年一位だったなんて・・・−
「ばかばかしい・・・」
「何で?俺頑張ったんですよ、絶対満点取ろうって。いつもは適当にやっているのに・・・。珍しく家に帰って教科書なんて開いちゃった。」
 誰もいない社会科準備室で、優作を抱き寄せて唇を寄せる。しかし優作はそれを拒んだ。
「秀一さん・・・俺のこと好き?」
「うん」
「本当に?」
 飛び上がらんばかりに優作が喜んだ。
「俺の事・・・欲しい?」
「うん・・・今夜、部屋においで」
「駄目」
「え?」
 秀一は当然彼が一も二も無く飛んでくると思っていた。
「俺だって頑張ったんだもん、秀一さんにも頑張ってもらわなきゃ。」
「頑張るって・・・何を?」
 ニヤリ・・・と、優作が笑った。



 その夜。
「やっぱりなぁ・・・秀一さん、一人暮しに向いてない。」
 秀一は料理が全く苦手だった。そんなこと優作は百も承知、だって毎日の買物が『食材』ではなく『食品』だったから。
「いつも俺が来られれば良いけど、来られない時は自分で作れるようにならなきゃ。
 んっと・・・とりあえずカレーライスかな?ご飯炊いて、野菜の皮剥いて切って、炒めて煮込んで、味を整える。これだけ出来ればOKだからさ。」
「なんで・・・」
「秀一さん・・・俺の事・・・好き?」
「・・・嫌いだ」
「そっか・・・じゃあ・・・セックスしたくないんだね?」
「う・・・したい・・・」
 ぷっ・・・優作が吹き出した。
「教師のくせに生徒とセックスしたいなんて言っちゃっていいの?」
「いいの・・・だって・・・」
 そう言って抱き寄せた。
「好きだって・・・意識しちゃったらもう抑えが利かなくなった・・・優作・・・」
「ん?」
「愛してる」
 優作の心がドクン・・・と音をたてた。
「やっぱり・・・嬉しいや。待っていたんだ、俺。愛して愛される人・・・それが男でも女でも構わなかった・・・ごめんね、秀一さんに白羽の矢を立てちゃって。」
 秀一は小さく首を左右に振った。
「ううん、ただ・・・どうやって学校で抑えたらいいんだろう・・・っていうのが心配でさ。」
「なんだ、そんなの簡単だよ。」
「どうするんだ?」
「したくなったらすれば良い。」
「そんなの解決じゃないよ。」
「だって・・・したいんだもん。」
 そのまま秀一は優作に押し倒された。



【7】


「だから、俺のせいじゃないって。」
 今日も社会科準備室から優作の声がする。
「化学の問題が間違っていたんだから、96点で満点なんだってば。」
「でもさ、優作は100点満点取る、って豪語したんだよ。」
「それは・・・そうだけど・・・」
 今度は秀一がニヤリ。
「譲歩してやってもいいよ。」
「なんですか?」
「ずっと、僕の夕飯作ってくれれば良いよ。」
「ずっと?じゃあ俺との約束は?」
「当然、チャラ・・・だね。」
 ぶーっと膨れっ面を作る。
「ずるいっ」
「なんとでも」
 だって、そうすれば毎日優作と居られる、毎日優作を独占できる、毎日優作の笑顔が見られる。
「・・・手伝ってくださいね?」
「あぁ。」
「じゃあ・・・」
 チュッ・・・と音をたてて、唇を奪っていった。
「なにすんだよっ」
「OKです。俺だって秀一さんと一緒に居たいし・・・1日1回必ず校内でキスしてください。浮気はしないで下さい、必ず俺の事好きだって言って下さい。」
「言わない・・・わけないだろ・・・」
 最後の方は小さな声でささやいた。
「聞こえません、何ですか?」
「愛してる。」
「もっと大きな声で」
「ダイスキだよ」
「もっともっと聞かせて」
「離さない」
「本当に?」
「あぁ」
 ニヤリ
「じゃあ・・・ちゃんと料理の練習しましょう。」
「うっ・・・それは・・・その・・・」
「もうっ、さっきっから照れてばっかりです。」
 優作が秀一に向かって微笑んだ、秀一もつられた様に笑い・・・優作が母親に
おねだりする時のような仕草で秀一に抱きついた。
「愛しています・・・はじめはこんなに好きになるとは思っていなかった・・・今までと同じ、遊びのつもりだった・・・でも、好きになっていた、どんどんどんどん・・・
秀一さんは俺の何処が好きですか?俺は・・・」
 そこまで言ってそっと唇を合わせた。
「この唇が好き、声も好き・・・優しい瞳が好き・・・そして・・・」
 抱き合う2人がらぶらぶモード全開の時だった。準備室のドアが思いっきり表から開かれた。
「優作っ、お前・・・お前・・・」
 怒りに打ち震える林の姿がそこにあった。



【8】


「だから、1回だけですっ、それも・・・先生と付き合い始める前だったし・・・付き合い始めた時口止めされたんです・・・先生には言うなって・・・」
「どっちが誘ったんだ?」
 林が優作に詰め寄る。秀一は一応優作を庇うような体勢を取ってはいるものの、不安な気持ちで情勢を伺っていた。
「・・・俺・・・」
 実は・・・林の恋人、元サッカー部のエース高田賢治と優作は1回だけ、セックスした事があったのだ。
「あいつ・・・あいつ・・・ノンケだったんだ・・・それを・・・お前が・・・」
「・・・じゃあ感謝してください、先生の為に俺が開眼させてあげたようなものじゃ・・・」
 バシッ
「イテッ・・・酷いな、殴るなんて」
「・・・お前が片っ端から男と寝ていたのは知っていたけど・・・あいつともなんて・・・許せんっ」
「許せんっ・・・たって昔の事ですよ、俺が1年の時だし・・・彼童貞だったし・・・そうそう、彼の最初の人間なんです、俺」
 ちょっと得意げに話す優作に秀一は何故か腹が立った。
 バシッ
「ちょっ、なんで秀一さんがぶつんですかっ」
 見上げると秀一の顔は真っ赤に上気して怒っていた。
「・・・見損なった・・・僕との事、無かったことにしてくれ」
 あっけにとられる優作。
「なんで?どうして秀一さんが?」
「分からないのか?そんないい加減に次から次へと相手を変えるような奴、僕は嫌だ。僕はいつだって真剣に付き合っている、優作の事だって真剣に考えて・・・
そりゃ、気持ちに整理がつくまでかなり混乱したし信じられなかったけど・・・こんな自分のこと真面目に愛してくれているって信じようって決めたから・・・付き合お
うって思ったのに・・・。林先生に謝りなさい。」
「先生っ」
 その時やっと林に追いついた高田が息せき切って入ってきた。
「もう・・・歳の癖に走るの早いなぁ・・・俺、追いつけなかったよ。」
 そして高田は優作を振りかえった。
「やっ、久しぶり」
「賢治さん、このじじいどうにかしてください、俺が折角幸せになれそうだったのに邪魔されたぁ。」
 賢治の背後に回っていじめられっ子みたいに小さく身体を縮め、助けを乞う。
「・・・じじいは無いだろ?俺の先生に向かって・・・そうやって親しげに話すから・・・嫉妬したんだ、俺・・・」
「知ってたよ、賢治さんがずっと林先生の事見ていたの。だから俺協力したのに・・・踏んだり蹴ったりだよ、身体ごと差し出して先生と賢治さんの恋をバックアップ
したのに泥棒扱いされた・・・」
 林がきょとんとして立っている。
「・・・だから・・・俺が先生に片想いしてて・・・でも森川と仲が良いからさ、嫉妬したんだ・・・で・・・悔しいから・・・てっきり2人はデキているんだと思って・・・森川に
声を掛けたんだ・・・こいつ、声掛ければすぐにやらせるって有名だったから・・・」
「賢治・・・」
 その声を遮る様に秀一は高田の頬を叩いた。
「・・・優作を利用したのか?自分のために利用したのか?」
「田所っ、お前・・・」
「林先生は利用された優作の気持ち、考えてやらなかったんですか?痴話喧嘩は外でやってください、僕には関係無い・・・皆出て行って下さい・・・優作、君もだ。」
「秀一さんっ」
「もう・・・来なくて良い。・・・僕じゃなくても優作を受けとめる人はいるらしいから・・・。」
「違う、俺はセックスしたいんじゃない、あなたが欲しいんだ。」
「聞きたくない・・・もう・・・どうだっていい・・・優作の事信じられない。」
「秀一さん・・・そんな・・・俺、あなたに会ってから他の人とは1度もセックスしてません、あなただけです。あの日だって秀一さん酔っ払ってて強引に犯したんじゃ
ないですか、なのに俺の事非難するの?ごめんなさい、そんなことどうだって良い、俺愛しているんだ、あなたのこと。失いたくない、絶対。」
 しかしそれっきり秀一は優作の事を振り返る事は無かった。



【9】


「わかったから、な?泣くな。今先生がとりなしてくれているから。」
 学校の中庭に設置されたベンチで、高田の腕の中で迷子の子猫のように泣きじゃくる優作。
「駄目になっちゃう・・・俺まだ秀一さんと何も始っていないのに・・・」
「まだ・・・って、お前がか?まさか・・・だって・・・俺がいた時なんかお前めちゃめちゃ取り巻きがいて、いつだって誰かがお前の事抱いてて・・・こんな風に話なん
て出来ないほど忙しかったじゃないか。」
「全部整理した・・・好きな人が出来たからって言ったら腰が立たなくなるくらい犯られたけど、それでも・・・好きなんだ・・・本気で命掛けても良いほど好きなんだ
。何度も思った・・・秀一さんを引きずり込んだらいけない、好きだから尚更幸せになって欲しいって・・・でも・・・先に声を掛けてくれたのは秀一さんで、だから俺
勘違いしちゃって・・・そうしたら・・・欲しくなって・・・1回でいいって・・・でも1回抱かれたらもう1回・・・って思っちゃうだろ?賢治さんだって先生に抱かれた時、嬉
しかっただろ?・・・俺も嬉しかったんだ、酔っ払ってて女と間違えていたみたいだけど、でも嬉しくって・・・忘れられないんだ。」
 高田が優作の瞳を見つめた。
「・・・お前の事、女と間違えてって・・・無理だよ。男と女じゃ身体の構造が違うんだ、裸にした瞬間、わかったと思うよ。それでも抱いたんなら・・・大丈夫だ、自信
持って良い。」
「でも・・・女の名前呼んだんだ。『まりこ』って・・・」
「まりこ?そりゃまた随分とはっきり・・・ん?・・・ちょっと待って・・・まりこ・・・まりこ・・・」
 高田は何度か名前を口の中で繰り返してみた。
「まりこ・・・じゃなくって森川って言ったんじゃないのかな?酔っ払ってたんだろ?先生がさ、酔っ払って俺の事『かな』とか呼ぶから思いっきり蹴り入れてやったん
だよ、『誰だっ、それは』って言ってさ、そしたら先生『高田〜』って繰り返していたんだよ、ろれつが回らなくてちゃんと言えてなかったらしいんだ。」
 優作が高田の胸に縋りつく。
「本当に?絶対?だったら・・・秀一さんはちゃんと俺を見て抱いてくれたってことなんだ・・・よかった・・・
 ちょっと不安だったんだ。秀一さんが俺の事好きになってくれたのは嬉しかったけどそれはどこかで責任を感じているのかと思って。
 俺行ってくる、ちゃんと話してくる。」
 すっくと立ちあがると優作は校舎に向かって走り出した。
「賢治さん、ありがと」
 嬉しそうに手を振る。
「まったく・・・顔がぐちゃぐちゃだぞ・・・」
 高田は身に覚えのある感情を思い浮かべ、苦笑した。



「嫌なんです、僕一人見てくれる人をずっと探していた。でも誰も駄目だった、みんな僕以外の男と付き合ったり、セックスしたり・・・。今度こそって信じていたの
に・・・優作は僕の事だけを愛してくれているって信じていたのに。」
 職員室横の給湯室からコーヒーをいれて帰ってきた林に、秀一はこう言った。
「優作はずっと探していたんだ、永遠の恋人っていう奴を。俺は信じちゃいなかった、その時が良ければいいって思って色々な男を抱いて・・・でも俺が先に出会
った、『永遠の恋人』って奴にな。賢治がもしも他に好きな奴が出来て出て行ってしまったとしても俺は後悔しない、だって今精一杯あいつを愛して、これ以上無
いくらい愛して、それでも駄目だったらそれは俺がいけないって事だから。一人の未来ある少年を俺の手で育ててみたい、たった1度のチャンスだ。」
 育てる?−秀一の心にその言葉が引っかかった。
「林先生は高田君と一緒に歩いて行きたいのではないのですか?一生掛けて共に歩いて行きたいと・・・」
「若かったらね」
 ふ・・・っと寂しそうに笑った。
「年甲斐も無く血相を変えて飛んできたのは、あいつが好きだから。あいつを一人前の男にしてやりたかったから。知ってるか?俺はあいつの親父より年上だぞ、
そんな男が何時までも一緒に居てみろ、老人介護ばっかりさせられてうんざりするぞ。でも田所、お前は若いし、優作を受けとめてやれるだろう・・・まぁ、わざわ
ざこっちに来る事無いけどな。まだ間に合う、お互い傷つく前に終らせろ。」
 コーヒーを一口、含んだ。
「僕がここで高校生をしていたとき、林先生に声掛けられたな、そういえば。でも絶対嫌だった。ホモなんて気持ち悪いって・・・。どうして優作の事好きになったんだ
ろう・・・どうしてあいつのこと抱いたんだろう。寝顔を見たら無性に抱きたくなった、僕の男の血が騒いだんです、今だって・・・。」
「すけべだなぁ、お前」
「・・・スケベといわれようと変態と言われようと、好きだから・・・」
「そんなこと優作に言えっ。・・・おいっ、優作、そこに居るんだろう?」
カタッ
 ドアが小さな音をたてて開いた。涙でボロボロになっている優作が微笑んで立っていた。
「秀一さん・・・何もいらない、だからずっと一緒に居てください、俺だけ見てください。今までの俺が嫌だったら打って下さい、気が済むまで打って下さい。」
 −あぁ・・・この子はやっぱり僕の為に泣いてくれるんだ・・・−
「・・・気が済むまで犯ってやる・・・それでいいか?」
クスッ
「教師がそんなこと言って良いんですか?」
「優作の前では教師なんて捨ててやる。ただのオスだから。」



【10】


 秀一の部屋で、今日はバイトが休みだという優作が、秀一が作るはずだったカレーの具材を器用に包丁を使って調理して行く。
 その後で秀一はその後姿をじっと見つめていた。
「優作・・・僕はきっとずっと嫉妬し続けると思う・・・でもそうしたらちゃんと暴走を止めてくれ。」
「どうやって?」
「身体で・・・」
「えっち・・・でも・・・俺バイト辞めようかと思ったけど・・・やっぱり続けることにした。」
「おいおいっ、受験だろうが・・・って間に合うのか?」
「ん、何処でも別に構わないから。」
「何処でもって・・・」
「A大あたりにしようかと・・・」
「優作にとってはその程度かよ、僕の母校は・・・ショックだなぁ」
「あれ?秀一さんA大だったんですか?だったら楽勝だ、絶対A大にしよう。」
 「少し時間がかかるから・・・」
と言って優作は秀一の唇に縋りついた。
「ちゃんと俺を見て抱いてください。」
「・・・ちゃんと見ていたよ、この間も。見えなかったら勃つかよ、馬鹿。」
「あんっ、また馬鹿って言った〜」
「ええいっ、煩い」
 優作の唇が秀一の唇で塞がれた。
「愛しています・・・もうあなたしか見えない。」
「僕も・・・愛してる」
「もうだだこねないで下さい、秀一さんにしか抱かれないから。」
「優作を抱きたいなんて言う奴が今後出てきたら・・・生かしておかない。」
「頼もしいな、俺の旦那さんは」
 クスクスッ、と笑った。
「良かった、俺世界史取って無くって。だって秀一さんの授業なんて絶対受けられない。顔ばっかり見ちゃうからさ。」
「僕だって嫌だ、何言われるか分からない。」
 意識が1点に集中しちゃうから・・・−



 静かに、2人は抱きあった。


 カタカタカタカタッ
「あーっ、鍋が吹いてるぅ」
「あぢぢぢっ」