その間の闇
【一】
 高校卒業を目の前にした二月、僕は失恋した。
 絶対に僕のことを好きだと確信していたのに、憐れむような視線を向けられ「ごめん」と、短い言葉で拒絶された。
 その場で僕が言えることは「ううん、気持ち悪かったよね、僕こそごめんね」だけだった。
 この数ヶ月間、ずっとシミュレーションしてた。彼の腕がボクを抱き締め優しくキスしてくれることを。
 それには裏付けされた自信があったのだ。
 高校の卒業式までは地獄だった。せめてもの救いは、大学が別々だったことだ。
 卒業と同時に逃げるように街を離れた。

 東京には僕のような人間を受け入れてくれる場所がある。
「おはようございます」
 金曜日は大学の講義がない。なので朝からカフェでバイトをしていた。
 カフェのオーナー兼店長はゲイで、僕を快く迎え入れてくれた。
「この店のお客様は性的指向に偏見を持っていない人ばかりだ。気に病むことはないよ。」
 そう言ってくれたけど、僕は誰でも良いわけではない、彼だから好きになったのだ。
 やって来る客はゲイが多い。
 そして、僕は彼を失った穴を埋めるように、ゴールデンウィークを迎えるまでに、初めての彼氏を作った。
「亜喜(あき)くん、今日は何時に上がる?」
 その人は僕より二つ年上の大学生だった。
「今日は四時上がりです。」
 とても嬉しそうに笑った。
「なら、飯に行かない?勿論二人っきりで。店長、亜喜くんとデートしてもいいよね?」
 僕は店長を見た。
「亜喜くんがいいのなら。」
「はい」
 ちょっとだけ、笑った顔が彼に似ていた。だから安心していた。
 その人は焼肉屋に連れて行ってくれた。
 「大学生の一人暮らしだと、なかなか肉は食えないよな?」と言いながら。その人も大学生なのによくお金があるなとは思った。
「日曜日、空いてる?」
「日曜は三時までバイトです。」
「なら、迎えに行く。また飯食いに行こう?」
「良いんですか?」
「良くなかったら誘わない。」
「はい」

2020.08.18
【二】
 二度目のデートは庶民的な中華屋だった。
「ここなら安心だろ?」
「はい」
 その人はお酒を飲まなかった。だからいつも素面で僕と話してくれた。
 三度目は、大学が二時に終わる火曜日に映画を観に行った。恋人同士みたいで胸が踊った。
 二度三度とデートを重ね、四度目のデートの帰り道、漆黒の瞳に請われキスをした。
「俺のこと、真剣に考えてくれる?」
「はい…」
 まだ、好きにはなれなかったけど、こんなふうに誘えば良かったのかと、高校時代の自分に教えてやりたかった。ちょっとだけ心が揺れた。
 そう言えば高校時代、彼と二人きりで会っていたとき、泣きそうな瞳で見詰められたことがあった。だから勘違いしたんだった。
 五度目のデートでホテルに誘われた。
「亜喜くん、俺、もう…」
 耳元で「したい、いい?」と、囁かれた。
 まだ早いと思いながらも好きになる切っ掛けが欲しくて、抱かれた。
 長い時間を掛けてアナルを解してくれた。お陰で一回時間を延長した。
「痛かったら、言うんだよ?」
「はい」
 指とは比べものにならない圧迫感が腹の中を襲う。
「んっ…」
 自分の口から出た声が、甘ったるくて驚いた。
「亜喜くん、開通しちゃったね。」
 それが、何を意味しているか、その時は分からなかった。
 六度目のデートは、その人の部屋に呼ばれた。
 玄関を入ると左手にシステムバスがあり、六畳程度の広さの洋間にキッチン台があった。窓際にマットレスに布団が敷いてあった。
「亜喜くん」
 名を呼ばれるとキスをされ、布団に押し倒された。
 シャツの前を開けられ、ジーンズの前を寛げられ、半裸状態にされた。
「ちょっと、待って…」
「待てない、亜喜が欲しいよ」
 そんなに僕なんかを欲してくれるのかと、絆されていたのだ。
 セックスの最中に知らない男がやって来た。
「え?誰?」
「亜喜、俺に集中してて」
 脚を大きく広げられ、アナルにその人のペニスを咥え込んだ状態で動画の撮影をされていた。
 その時、『開通』の意味を悟った。
 動画を撮影していた男にも抱かれ、その後にやって来た数名の男に強姦わされた。
「やっ、止めろ、んっ、はっ」
「亜喜、すっかり淫売になっちゃったな。」
 その人は笑いながら言った。
 言葉では拒絶していたが実のところ彼のことを忘れさせてくれるのなら、何でも良かった。
 しかし、人数が増えれば増えるほど、彼を思い出す。
 彼だったらこんな風に触れるのか?こんな風に抱くのか?こんな風に、こんな風に…。
 その人に何回かこの部屋に呼び出されては男達に強姦わされたけれど、その度にさめざめと泣くから、「亜喜、セックスしている時は泣くんじゃなくて善がるものなんだよ?」と、面倒くさがられて捨てられた。
 次の彼氏はカフェの客だったけど、店長に隠れて誘ってきたから、ヤバいとは感じたけど着いていった。
 案の定、暴力的な性交渉だった。
 傷だらけでバイトに行ったら、店長から散々怒られ、別れさせてくれた。
 しかし、懲りもせずその後も僕はセックスの相手を求めた。後腐れが無いように行きずりの相手が多かった。
 二十歳になって酒が解禁になると、夜の店に一人で行った。誘われたらホテルに行く、部屋には行かない、ホテルで別れてお終い、次に会っても声は掛けないと、自分で決めていた。
 でも、やっぱり彼を思い出す。
 彼より好きな人に会えたら良いのに。

2020.09.19
【三】
「俺と、付き合ってみない?」
 カフェの客で、品の良い感じの男だった。
「この方なら俺も良いと思う。」
 すっと差し出された名刺には有名ブランドの名があり『デザイナー 城山哉於(しろやまとしお)』とあった。
 店長のお墨付きを貰った紳士は、ブランドの服や時計や服飾品をプレゼントしてくれた。
「あの、僕にはなにもお返しできる物がありません。なのでもうプレゼントは…」
「プレゼントじゃないよ、服がね、亜喜くんに着て欲しい、身に付けて欲しいと切に願うから、連れてきたんだ。気にしないで着てやってくれ。」
 大人な対応をされ、僕はデートの時だけ身に纏った。
「哉於さん、あの…」
 僕が哉於さんと付き合っているのは、彼を忘れるためだ。他には何もない…はずだった。
「セックスはしないよ?俺はそんな空っぽの君を抱きたいとは思わない。亜喜くんの夢はなんだい?」
 夢?
「特に、ない、です」
「就活はどうしているんだい?」
「東京で…」
 ふぅーっと、大きな溜息をつかれた。
「違うよ、何がしたいかだよ。」
 哉於さんは僕の手を握りながら微笑んだ。
「背は高いし、綺麗な顔だし、うちの専属モデルにならないか?但し、そんなにいつまでも続けられない。だから、君の学歴を活かして広報を希望したら配属が叶うだろう?これでどうだ?」
 広告代理店が希望だったが、一流ブランドの広報なんて願ったり叶ったりだ。
「はい。履歴書を送ってみます。ありがとうございます。」
 トントン拍子に哉於さんの会社への入社が決まった。初めから広報でモデルも兼ねることとなった。
 フレンチのレストランで哉於さんはお祝いをしてくれた。
「俺が君を押したから、入社が決まった。ま、オーナーだからな」
 え?哉於さんがオーナーだったのか?
「あ、ありがとうございます。」
 哉於さんからは数え切れないほどのスーツをプレゼントされている。
「亜喜、今夜は上に部屋を取った。」
 鍵を示され、やっとこの時が来たと思った。
 哉於さんから貰った数々の品を、哉於さん自ら外していく。
「セックスはしないなんて、格好つけたのにな」
 哉於さんが耳元で囁く。
「本当は、初めて会ったときから、欲しかった。」
「僕も…」
 哉於さんほどの人なら、忘れられるはずだ。
 初めて哉於さんがキスをくれた。
「どんなプレゼントより、嬉しい」
「煽るね」
 嬉しそうな声音。
「哉於さん…」
 一生懸命、気持ちを昂ぶらせたのに、頭が冷めている。
 身体中、ありとあらゆる場所を舐められ、長い指が孔の奥を探る。
「あっ」
「気持ちイイ?」
 ガクガクと頷く。
「ああん」
「可愛いよ、亜喜」
 グイっと、哉於さんが押し入る。
「んんっ」
「痛い?」
 フルフルと首を左右に振る。
「亜喜の中、熱い」
 言われた途端、ブワッと熱が顔に集まる。
「哉於さんっ、嬉しい」
 中が哉於さんで満たされた。
「亜喜の善い所、教えて欲しい」
 ズクズクと擦られ、抉られる。
「あっ…んっ…イイっ…そこ、いっぱい擦って」
 自分のそれが、徐々に勃ち上がる。
「もっと、感じてくれ」
 腹に付くほど勃起した。
「気持ちイイ、イイっ」
 中を擦られただけで、ペニスに手を触れることもなく射精した。
 しかし、身体は感じて熱くなっているのに、頭と心はどんどん冷たくなっていった。
 どうしても、彼がいいんだ…。
 それを隠して、哉於さんに必死でしがみ付いた。
「亜喜」
 バスルームで哉於さんに抱き竦められながら湯に浸かっていると、名を呼ばれた。
「君には、忘れられない人が居るのか?」
「どうして?」
「いつも寂しそうだ」
 哉於さんが僕の頭をそっと撫でた。
「初めて恋をして、好かれて居ると思ったのにフラれました。それだけです。」
「そうか…亜喜が笑えるようになったら…」
「?」
 湯の中で哉於さんのペニスがグッと持ち上がった。
「少し、腰を上げて」
 そう言われ素直に腰を浮かすと、哉於さんの硬くなったペニスが僕のアナルにズルリと入ってきた。
「哉於…さんっ…あっ」
 バスタブの湯がバシャバシャと波打つ。
「ダメっ、中…お湯…入って…くる…はっ」
「亜喜、好きだ」
「あっ…ん…」
「亜喜…あき…」
 哉於さんは僕の名を何度も呼びながら中に出した。
 中に出された精液の熱さが、僕から熱を奪っていく…。
 湯から起ち上がると、湯と一緒に精液が溢れ出た。
「少し前屈みになって。掻き出すから。」
 長い指が中でうねる。
「やっ、動かさないでぇ、感じちゃう」
「大丈夫だ、朝までまだ時間がある。何度でもイケばいい。」
 哉於さんは有言実行、空が白むまで何度も何度も僕を貫くと揺さぶり昂ぶらせイカされた。

2020.09.20
【四】
 内定を貰った哉於さんの会社を辞退し、カフェも辞めた。

 それでも東京を離れることは出来ず、古書店街のカレー屋でバイトをしていた。
 もう、男に縋るのは止めよう。
 彼を忘れられないのならそれでいい。面影を抱いて生きて行く…そう決めた。
「君、うちで働かないか?今、人が足りなくてさ。」
 カレー屋で大手出版社の編集部の人に声を掛けられ、就職先が決まった。
 カレー屋を辞め出版社でバイトを始めた。
 コピーとりやシュレッダーかけなどの雑用だったが、性癖に左右されずに生活できるのが楽しかった。
 大学を卒業し、正社員として正式に就職して毎日忙しく過ごしていた。

 会社帰りに古本屋に寄った。
「あ」
 声を出した瞬間、後悔した。
「亜喜?」
「うん。元気?」
「元気元気!いやー、懐かしいな」
 僕の初恋の彼、格(わたる)が、いた。
 格は僕の肩をバシバシ叩きながら旧交を温めてきた。
 あの日、僕を振ったことなんて忘れているかのように。
「亜喜、もしかして仕事帰り?なら飲みに行かな…」
「亜喜!」
 刹那、厄日だと、思った。
 格が振り返る。
「亜喜、コイツか?」
 哉於さんは、格を指差す。
「え?あ、もしかして、デザイナーの城山哉於さん?なんで?どうしたらこんな人脈?」
 格は訳が分からないという風にキョロキョロしている。
「亜喜に、何か用か?」
 まだ哉於さんは凄んでいる。
「お店に迷惑ですから、兎に角出ましょう。」
 僕は先頭を切って店を出た。
「まず、哉於さん。半年前に突然逃げ出してごめんなさい。そして格、哉於さんは元カレです。僕は初恋の人を忘れられなくて、哉於さんの側にいる資格がないんです。その初恋の人はこの人です。」
 この街は路地裏も隠れた名店が多く、人が多い。
 そんな所でカミングアウトするのは正直辛い。
「嘘っ!」
 そう言ったのは格だった。
「嘘じゃないさ、お前のことをウジウジと想い続けながら、男を取っ替え引っ替えしてきたんだ。なぁ?そうだろ?俺も、その一人だったわけだ。」
「ごめんなさい、哉於さんの言うとおりです。格を忘れるために、哉於さんと付き合ってた。身体を重ねて、分かったんだ、格を忘れられないって。」
 哉於さんは僕を抱き締めた。
「忘れなくて良い、俺を受け入れてくれれば、」
 哉於さんの告白の途中で、格が割って入った。
「お取り込み中大変申し訳ないのですが、俺は亜喜を振った記憶が無いんだけど?」

2020.09.21
【五】
 学生の賑やかな喧噪が丁度良い居酒屋で、僕たちはそれぞれの絡まった糸を解く作業をしている。
 格の言い分は、あの日、僕が言った言葉を聞き取れなくてもう一度言わせるためにごめんと言ったのだそうだ。
「あれっきり、亜喜は冷たいわ、進路は行方知れずだわで、俺の心は千々に乱れたよ、マジで。」
 格の掌が僕の手を包んだ。
「あの日、なんて言ったんだ?」
 僕は俯いたまま動けなかった。
「亜喜?」
「『格が好き、』って、言った。」
「亜喜、俺も好きだ。ずっと亜喜を探していた。」
 思考が、全て停止した。
「亜喜、両思いだったんだね、おめでとう。」
 哉於さんが席を立つ。
「哉於さん、本当にごめんなさい、ごめん…なさい」
 目から涙がポタポタと落ちてきた。
「亜喜が泣いたら、俺が惨めだ。泣かなくていい。」
 大きな掌が、僕の頭を優しく撫でて去って行った。
 あの掌が僕の身体を愛撫し、あの指が僕の中に入り込み、ペニスを扱いた。あの夜、僕は確かにあの男に愛されていた。
 涙が、止まらない。
「亜喜、ごめん。あの時ちゃんと聞き直せば良かった。そうすればこんな遠回りせずに、君を…」
「ううん、僕も間が悪かったんだ。」

 
僕は昔から恋愛に関しては全く疎かった。
 幼稚園の時も小学校の時も中学校の時もその手の話は混ざることが出来ずに居た。
「亜喜ちゃんは理想が高いんだよ」と、フォローしてくれる子も居たけど、まだ恋を知らなかったんだ。
 高校入学後も同様に恋愛に関しては触れないようにしていた。
 僕は昔から本を読むことが好きで、よく図書室に通っていた。同様に図書室に通っている男に気付いた。

「それが俺か?」
「うん」
 
格が読む本が気になった。いや、本じゃなくて格が気になっていたんだ。
 格は人気者だった。スポーツも良く出来たし成績も良かった。その人が読む本はどんな本なんだろうと。
 ある日の帰り道に格と電車が一緒になった。僕は座ってて格は斜め前に立っていた。
「その本、面白そうだな。終わったら貸して?」
 その日持っていた本はお気に入りの小説で、ボロボロだった。
「これでいいのか?」
 僕はその場で差し出した。

「あの時、かなり勇気を出して声を掛けた。…好きだったから。」
「そうだと思った。」
「君の名前は?」と問われ「中邑亜喜。鴇田格さん…だよね?」
「知ってた?」
「うん、有名人だから」
「なんて?」
「文武両道でイケメン」
「誇大広告だ」
 その日から電車が合えば話をするようになった。
 二年になって同じクラスになると連んで居ることが増えた。
 この頃の格はスキンシップが異常だった。
 頭、頬、首、腰、尻、指と性感帯ばかり触れられて弱った。
「自分でやっててなんだけど、みんなに黙ってこっそりトイレで抜いてた。」
「僕はよく分からなかったんだ」
 そう、恋愛に疎い僕はこれが好意だと、気付かなかった。

「亜喜、昔話は後で聞く。家に来ないか?」
「待って、それは、無理」
「なんで…あ、そうだな、うん。」
 格が僕の目を見ていった。
「亜喜、愛してる。」
 愛してる、その一言で僕は陥落するんだと、悟った。

2020.09.21
【六】
「待って、本当、無理だからっ」
 居酒屋の会計を済ませると、格はタクシーを捕まえた。そのまま強引に押し込まれると10分ほどで格の住むマンションに着いた。
「分かったよ、亜喜。君は言葉足らずな所があるんだな。」
 エレベーターに乗り込むと同時に唇を塞がれた。
「もう、待ちたくない。」
 熱を孕んだ瞳が、僕を捉えた。
 部屋のドアを開けると、閉まるのも待たずに再び唇を塞がれた。
「亜喜、俺がどれだけ君を好きか、じっくり時間を掛けて話してやるから、覚悟してくれ。」
 言うだけ言うと三度唇を塞ぐ。僕が言葉を挟む余地を与えるつもりがないのだろう。
「有名ブランドのデザイナーって言うのは、テクニックも凄いのか?」
「嫉妬は醜いよ」
 余裕のある振りをしているが本当は既にキャパシティを超えている。
 夕方まで、夢に見る人だったのに、突然目の前に現れ、愛してると言われ、こうしてキスしている。
「醜くても構わない、本当に亜喜をずっと探していた。」
 寝室に転げるように辿り着くと、着ていた上着を袖から抜かれ、それを愛おしむようにハンガーに掛けていた。スラックスのベルトに手を掛けられ「皺になったら明日着られないだろ?俺ので良いなら汚しちゃうけど?」と、早速煽る。
「格、やり方、分かる?」
「頭では分かっているけど、技術は無い」
 言いながらもシャツの上から乳首を探り当て指先でグリグリと押し潰す。
「もっと、優しく…して」
「ごめん」
「違っ、僕が敏感すぎるだけで…」
「悔しい。あの日亜喜を追い掛けていれば、もっと早くに触れることが出来たのに」
 ぷっくりと起ち上がった乳首を歯で?み、舌で転がす。
「あっ」
 唾液でシャツが濡れていく。
「んっ」
 股間に股間を押し付けられる。既に硬くなっていた。
「城山哉於は、」
「哉於さんとはもう会ってないし、今は付き合っている人もいない。…誰のせいだと思う?全部格のせいなんだから!」
 ベッドに押し倒された。
「亜喜に魅入られた男達全ての恨み、俺が背負ってやる」
 格が大きく出たから笑ってしまった。
「そっちの方が、いいや」
 格は僕の下着を一気に下ろすと飛び出したペニスにキスをした。
「うっ…んっ」
「ここなら、どうすれば良いかわかる。ここは、変わらず綺麗な色してる。」
 破顔して言うから照れる。
「ああっ…いっ…」
 返事をする前に口の中に含まれてしまった。
「んっ、んんっ…はっ…わた…るっ」
 ジュルジュルと音を立てて吸われた。
「やっ、そんな…ダメっ」
 フェラチオは初めての経験だった。腰が抜けそうなくらい気持ちイイ。
「格、ごめんっ、出るっ」
 髪を掴み引き剥がそうとしたのに、腰に腕を回してしっかりとしがみ付いて離れなかった。
 ゴクリと、喉を鳴らして飲み下した。
「亜喜の、飲んでみたかった」
「馬鹿っ…僕もしていい?」
「亜喜が?」
「格の、どんな味がするのか、確認したい。」
「それ、下の口で確認してくんない?もう、いっぱいいっぱいなんだ」
 格のベッド横の棚に、小さな引き出しが付いていて、格はその一つに腕を伸ばした。
 カタンと音がしてスッと引かれた。中から真新しいジェルと浣腸が出て来た。
「笑っちゃうだろ?会えもしない亜喜といつかセックスしたいって、こんなもの買ったんだぜ。」
「女の子、連れ込んでたんじゃなくて?」
「女の子は浣腸要らないだろ?この部屋に他人を入れるのは初めてだから。」
 格、高校の時は物凄くモテていたのに、誰とも付き合っていなかった。もしかして?
「セックス、初めて?」
 コクンと頷いた。
「俺は亜喜しか要らない」
 胸が痛い。失恋したときと同じくらい、痛い。
「うん、僕も格しか欲しくない」
 なんで、この人が好きなんだろう?どうして出会ったのだろう?どうして再会したのだろう?どうしてこの人は僕が好きだと言ってくれるんだろう?
 この気持ちが愛しいと言うのだろうか?
 …浣腸されながらそんなことを思っていた僕はかなり重症だ。
 トイレで全て出し切った後、バスルームに向かう。先に入っていた格が、シャワーをストレートにして、念入りに中を洗ってくれたのは良いが、余程我慢が出来ないらしく、「確認」と言いながら指を入れてきた。
「んっ、そこ、ゆっくり…掻き回すみたいに…んっ、中で指を曲げ…てっ、引っ掻いてっ、ああんっ」
 僕も箍が外れたように調子に乗った。
「気持ちイ?」
「うん」
 今までの誰よりも。
 両手の人差し指で襞を解しながら、中を掻き回す。
「格、ホントに初めて?凄く手慣れてる」
「こうして亜喜を胸に抱く日を夢見てたから」
 よく分からないけど、多分色々調べたりしたんだろう。
「ベッド、行くぞ」
 瞬時に耳が火照った。
 バスタオルで互いの身体を拭うと、ひょいとお姫様抱っこをされた。
「後で、どんだけ亜喜を探したか、じっくり聞かせてやるからな、ここから先の時間を俺にくれ。」
 首に縋り付いて耳元で囁く。
「うん」
 素っ裸のまま、ベッドに縺れるように倒れ込んだ。
 脇の下から腕を差し込み背を抱いた。腰から尻に掛けて抱き締められた。互いに脚を絡めて抱き合う。
「そんなに僕とセックスしたい?」
「さっきからしたいって言ってるだろ?」
「再会してからずっと名前を呼ばれているんだ。昔はお前としか呼ばなかったのに。」
「呼ばなかったんじゃなくて呼べなかったんだ。恥ずかしくて。」
 それ以上追求させないぞとばかりに唇を塞がれた。
「お前ん中に入れさせろ」
「いいよ」
 例え嘘でも構わない、格とセックス出来るなら夢だって良い。
 引き出しにはコンドームも入っていた。「使用期限内だ」と、言い訳していたけど、使う予定があったとしか思えない。
「亜喜、これどうやって着けるの?」
 僕は羞恥で耳を火照らせながら、格の勃起したペニスの先端に乗せるとクルクルと根元まで伸ばした。
「さっきのジェル、いっぱい着けて、そう、こっちにも」
 僕は脚を開いてアナルを指で開いた。
「亜喜、エロくて萌える」
 僕が孔を開いた状態で、格は先端を差し込んだ。圧迫感でベッドに倒れ込む。
「ああっ」
 思わず声が出てしまった。
「すっげ、押し返された。よしっ!」
「ダメっ、角度、少し上に向いてるから」
「そっか、直腸の形か!」
 格はゆっくりと道筋を確認するように身体を進めた。
「んっ…奥、もっと、来て」
「亜喜、俺は今、猛烈に城山哉於に嫉妬してる。ここに、アイツのちんこ、入ったんだよな?」
 格?
「俺がお前の唯一の男になりたかった」
 そう言うと格は根元までペニスを挿入し、猛然とピストンしてきた。
「やっ…わた…んんっ…あっ…はっ…ひっ」
 僕はダラダラと涎を垂らしながら絶え間ない快感に喘ぎ続けた。
「ヤダ、ヤダヤダっ、イッちゃうよぉ、イクっ、イク…」
 内股と腹筋をビクビクと痙攣させ、ペニスを振り立てて射精した。
「うっ…くっ…持ってかれる…ああっ、スゲっ、出てる、出てるよ、亜喜ん中で、止まんねー」
 何度も腰を打ち付け、格はコンドームから溢れそうなくらい大量に射精した。
「格」
 僕は脚を開いたままで格を抱き締めた。格も中に入れっぱなしで僕を抱き寄せた。
「亜喜、俺の話も聞いてくれるか?」

2020.09.23
【七】
 亜喜が突然、俺に背を向け何か呟いた。その声が余りにも小さくて聞き取ることが出来なかった。
「ごめん…」
 聞こえなかったからもう一度言って?と、続けたのに、俺の言葉に被せて、
「ううん、気持ち悪かったよね、僕こそごめんね」と言い捨て、亜喜は走り去ってしまった。
 一体、何が気持ち悪いのかも分からないまま、混乱に陥った。
 メールをしたらエラーで戻ってきた。LINEも拒否設定されて居るし、メッセージを送っても電源が入っていないと届かない。
 学校には来ない、家に行っても出て来ない、本当に八方塞がりだった。
 卒業式には来るだろうと待っていたら始業ギリギリにやって来て、終了と同時に居なくなっていた。慌てて追い掛けたのに既に東京に発ったあとだった。
 俺も大学は東京だったので、田舎者の浅はかな考えで行けば何処かで会えるだろうとタカを括っていた。
 俺はその時、亜喜について何も知らないことに気付いた。
 亜喜の好きなこと好きなもの好きな場所。本当に何も知らなかった。
 唯一知っていたことは本好きなことだ。
 あの日電車の中で借りた本は、俺の本棚に入ったままだ。
 古書店街ならいつか来るだろうと、ずっと、ずっと待っていた。

「格の大学、ここの近所だったから、学生時代は近寄らないようにしてた。」
「沿線だけどな、近くは、ないぞ」
 大通りにある書店で、バイトしてた。大型店の方が来る確率が高いと思って。
 俺の四年間は大学と古書店街の往復だった。サークルにも入らず、友達も作らなかった。本当に亜喜を探すことだけしかしていなかった。
 就職して、偶々、城山哉於と知り合い、人を探していることを知った。
「ま、気付いただろうけど、俺の職場、亜喜の隣の出版社だぜ。」
「それより、哉於さんと知り合いだったの?」
「うん。そして、今日の再会は偶然じゃない、一ヶ月前から俺が計画してた。」
 城山哉於の尋ね人が、亜喜だと知って正直ダメだと思った。こんな立派な男の彼氏なんて、俺が奪えるわけ無いと、真剣に諦めかけてた。
 でも、亜喜が城山の前から消えたこと、それが初恋の人を忘れられなかったという理由だというほんの僅かな希望に縋った。
 どうせならコテンパンにフラれてやろうと。


 涙が勝手に溢れてきた。ポロポロと、玉のように落ちてくる。
「僕は、貴方の大事な時間を全て奪ってしまったのか。」
 格が、左右に首を振る。
「そんなことはどうだって良い、それよりも悔しいのは、亜喜の過去だ。亜喜が城山哉於に抱かれたという事実を消せないのが、悔しい。俺だけの亜喜にしたかった。」
 短い時間で、僕は逡巡した。真実を告げるべきかどうか。
「格」
「亜喜、一緒に…」
「僕の過去は哉於さんだけじゃ、ないんだ。」
「うん」
「知ってるのか?」
「亜喜が城山哉於と知り合ったカフェに行って来た。」
「そっか。店長には全部話したから…」
「雑魚はどうでも良い。亜喜が心を許したのは城山哉於なんだろ?」
「心は許してないよ、だから逃げた。僕の心と頭ん中は、常に一人しか居ない。」
 格の双眸が大きく開かれた。
「亜喜、明日は休み?」
 明日…というか既に今日であるが。
「うん」
「亜喜が孕むまでセックスしたい。」
 それは、無理だ。

2020.09.24
【八】
「あ、あ、あっ、あ…」
 格は、まるでファッキングマシンのように入れっぱなしでずっと腰を振っている。
「も、ムリ」
「俺も、ムリみたいだ。もう出るもんがない」
 すっかり力をなくして小さくなってしまったペニスが、尻孔から抜かれた。
「精も根も尽き果てるってこんな感じか?」
 格が上に倒れ込む。
「格、重い」
「亜喜、俺に償いをしたくないか?」
 上に覆い被さったまま必死に声を発している。
「ここで、俺と一緒に暮らさないか?」
 そっと、胸の音を聞いていた。
「もう、待ちたくない。亜喜を探し求める日々は終わりにしたい。」
 格に再会する前の自分に教えてやりたい。こんなに、恋われる日が来ることを。
「格…が、好きなんだ。」
「うん。」
「格じゃなきゃ、心が熱くならないんだ、頭が否定し続けるんだ。お前の好きな人は違うだろうって。格の腕に抱かれて、初めて全てが揃った。それを知り得たことがこの無駄に過ごした時間の大きな収穫だと思いたい。」
「愛してるよ」
「一度、フラれたと思ってたから疑心暗鬼なんだ、でも信じたい、格の言葉を信じたい。」
 格が、微笑んだ。
「信じて。約束する、毎日どんなに疲れていても必ず君と身体を繋げよう」
「僕と、したい?」
「したい。今も空っぽなのに痛い。」
 太股に直に感じているから分かっている。
「復活したら、ね?」
「夕べから何も食べてないし、何も身に纏ってないな。」
「確かに」
「ちょっと待ってて」
 格はベッドから降りると、クローゼットからショッパーを手に戻ってきた。
 中からティーシャツとスエットの上下セットが出て来た。
「亜喜が着たら可愛いと思った」
 …哉於さんとこのだ。
「告白した日、おかしいと思ったんだ、あんなに僕のこと大好きだって思わせる言動ばかりだったのに。好きだけど男だからイヤなのかと思った。でも女の子に告白されてもみんな断ってたから、なんでかなって。そんなに自信満々で告げたのに断られると全ての自信が消し飛んで、芥子粒みたいな自分しか残らなかった。」

 
高校二年のマラソン大会で、背後から格がやって来た。
「一着を狙うか、棄権するか、選べ」
 そんなこと、ベストを尽くすに決まってるじゃないかと、返事を渋った。
「ブー、時間切れ。」
 そう言うと腕を取られた。
「棄権するぞ」
 隣の雑木林に連れ込まれた。
「何すんだよ?」
「お前じゃあ、一着は無理だろ?なら、気持ちいいことしないか?お前のケツ見てたらムラムラしてきた。」
「おかしいんじゃない…って、おいっ、なに…ん」
 体操服のショートパンツの脇から、ペニスを引き出された。
「お前のだって勃ってるじゃないか」
 格は僕を膝の上に抱くと、自分のペニスを同じように引き出し、僕のペニスに擦り付けた。
「気持ちイイ…だろ?」
「ん、気持ちイ…んっ」
 自分の手より気持ちイイ。
「お前のちんこ、綺麗な色してる」
 格はじっと僕のペニスを見詰めている。
「そんな、見んな…あっ」
 少し、出てしまった。
「俺と時々こうして抜いてくんね?最近ムラムラが酷いんだ」
「いい…よ」
 格の手でしてもらえるのは嬉しいから。
「たまんねー、出そう」
 昂揚する格の顔、エロティックなのに男前だった。心の中でカッコいいと思った。
「あっ、格、出る、イク」
「イケ、思いっきり出せ」
「あんっ」
 格の手の中に出た。格も出た。
「お前のイキ顔、スゲーエロい。夜な夜なおかずにしよう。」
 それって、好きってこと?でも聞き返せなかった。
 別の日。
 文化祭の準備で遅くなった帰り道。
「マラソン大会ん時、気持ちイイことしただろ?あん時のお前のイキ顔、忘れちゃったからさ、また見して」
 格も僕も、背が高い、183と180だ。どこに隠れるというのか?
「この時間、誰も来ないって」
 駅のホームにある待合室。少しだけ死角がある。
 背徳感からあっという間に追い上げられた。
「格っ、ダメだ、出るっ」
 格は、スマホで僕の顔を上向かせると、イキ顔を撮影した。
「馬鹿っ、消せよ」
「やだよ」
 格は急いでスマホをポケットにしまった。
「あ、ごめん、お前のワイシャツに精子着いちゃったな。」
「格は、」
「俺は、いいから。」
 僕だけ弄られて、僕だけイカされた。
 また別の日。
 僕の家で試験勉強をしていた。
 トイレから戻った格は、僕の背後に座って、ズボンの上から僕の股間を揉んだ。
「格、僕のちんこ、好きだよな」
「うん、好き。弄っていい?」
「…一緒ならいいよ」
 後頭部に当たっているモノは格のペニスだろう、かなり硬くなっている。
「マラソン大会んときみたいに?」
「うん」
 僕だけなんて、イヤだ。恥ずかしい。
 頭の後ろでジーンズのファスナーを下ろす音がする。
 パサッと、ジーンズが床に落ちる。
 僕の前に回ると、パンツ姿の格が、切羽詰まった表情で座った。
 ひょいと僕を膝に乗せ、ズボンを引きずり下ろしペニスを曝け出した。
「お前のちんこは形も綺麗なんだよな」
「格のは長くて太い」
「入れたら気持ちイイぞ」
 返事に困った。
 格の手が、二本のペニスを握った。思わず僕も両手を添えた。
「うっ」
 格が呻いた。
 黙々と手を動かす。
「気持ちい」
「…」
 格のペニス、熱い。
「はあっ」
 蜜口から精液がダラダラと零れ出た。
「くそっ、治まんねー」
 硬度も熱さも変わらない。
「溜め込んでた?」
「手、離せ」
 握り込まれたまま下から突き上げられるように腰を動かされた。
「すっごっ、気持ちイイ」
「あっ…うっ」
 格の蜜口から噴水のように精液が吹き出した。
「あ…ごめん」
 僕の顔まで飛んだ。
「格のイキ顔、カッコいい」
「んな訳ねーよっ、みっともない」
 何故か格は不機嫌になってしまった。


2020.09.25
【九】
 シャワーを浴びてサッパリしたところで、渡されたスエットの上下を身に着けた。
「格、似合うかな?」
「ん、可愛い」
 腰を抱かれ引き寄せられると額にキスが落とされた。
「高校の時、ちゃんと言えば良かったんだよな、好きだから一緒に抜きたいって。でもさ、俺はその姿だけでも抜けるんだぜ。」
「格は即物的なんだな。」
「ああ。だからお前に触れていたい。」
「好きになっちゃったら、好きになって欲しいよな。でも、嫌われたら怖い。」
「亜喜はどうしてあのタイミングで告白しようと思ったんだ?」
「…一緒に暮らすなら住むところを探さなきゃいけないから。」
 格の腕が背に回り、キツく抱き締められた。
「本当にごめん。俺が子供だったんだな、何にも考えていなかった。卒業式が終わったら二人でアパートを探そうとしか考えていなかった。そうだよな、二人で暮らすには理由が必要だ。」
「ううん、理由なんか要らないよ。でも、身体を繋ぐには理由が必要だった。」
「うん。亜喜の性格なら好きだと言わずにセックスはしない。そうだ。やっぱり俺は亜喜のことなにも分かっていなかった。」
「…したいって言われたら、するよ?実際にしたから。」
「なんで?なんで否定する?俺と一緒に暮らすのイヤか?」
 宙に浮いていた腕を格の背に回し、しっかりと抱きついた。
「僕の過去は消せないから。それで格に嫌われるなら今、離れておきたい。一時でも夢は見られたから、それだけで十分だ。」
「言わなかったっけ?」
 格が低く、耳元で囁く。
「雑魚はどうでも良い。これから俺が、お前を作っていく。覚悟しろ。」
 噛み付かれるように口吻をした。舌を絡め唾液を飲まされ、口腔内を舐め回され、その気持ち良さに腰が抜けた。
「もっと、もっと俺を感じて善がれ」
 そうだった、格はいつだって、僕を欲していた。

「あっ…ああんっ…はっ…ううっ…」
 ズクズクと尻孔をペニスが出入りするから、擦られるから…いや、格のペニスだから、今まで味わったことのない快楽が身体中を駆け巡り喘ぐことしか出来なくなっていた。
「教えてやるよ、俺が亜喜に落ちた瞬間」
「なっ、んんっ…あと…ああんっ」
 グチュグチュと孔から発する音と、パンパンと肢体の当たる音と、喘ぎ声が響く室内で、格が口を開く。
「一度しか教えてやらない」
「やっ…待っ…」
「通学電車で痴漢されてたお前の顔に欲情した、最低な男だ。助けもしないでトイレで抜いてた。」
「あんっ、イクっ、イクっ」
「イッて、そのそそられる顔を見せて。」
 既に何度も達した身体は、ドライオーガズムも覚えていた。
 ビクンっと、腰が跳ねる。ビクビクと全身が痙攣した。

「荷物、忘れ物ないか?」
「ないよ」
 あまり料理はしなかったし、安物しか持っていなかったのでキッチン用品は思い切って捨てた。
 衣類も少なかった。(哉於さんに貰ったモノは別)あとは下着と靴。
 多かったのは書籍関係だ。かなりの量古本屋に持って行ったがそれでも多い。
「行くぞ?」
「うん」
 僕に待っているのは君と歩く明るい未来。

2020.09.26
【十】
 …明るくない。全然明るくない。

「ただいま…って、自分で鍵を開けたよな…」
 ふーっと、大きく溜息をついた。
 もう、何日会っていないだろう?
 二人とも出版社に勤めているということは、二人とも時間が不規則と言うことだ。ましてや格はファッション誌の編集部、僕は文芸誌の編集部に異動となり、担当作家に着いたことにより、家に居る時間が全く合わなくなった。
「格と、えっちしたいなぁ」
 言うだけ空しい。
 台所で炊飯器が鳴っている。いつも夜七時に炊き上がるよう、格がセットしてくれる。そんなことが格の存在を感じさせてくれる。
「夜中に帰ってきたら食べるかな?」
 休みの日に切って真空パックしておいた野菜を炒めてから水を入れる。
 その間に風呂に水を張った。
 一人暮らしと違って、もう一人のことを思いながら行う家事は楽しい。
 鍋の水を確認してから風呂を使う。出る頃には良い感じに煮えてるはずだ。
 パンツ一つでバスタオルで髪を拭きながら、鍋を確認するべくキッチンへ向かった。
「えらく扇情的な格好だな」
 振り向くとスーツ姿の格がいた。
「おかえり!」
「ただいま」
 腰を抱かれて口付けられる。
「格、風呂入いるか?なら追い焚きしてくるが。」
「あとでいいや、どうせまた入らなきゃならなくなるし。」
 ちゅっと、頬にキスされる。
「鍋の火を止めてくる。」
「うん」
 僕は淫乱なのかもしれない。格の顔を見ただけで勃つ。
 寝室へ行くとスーツを脱いでシャツだけになった格が、いた。
「おいで」
 大きく広げられた腕の中に飛び込む。
「格、早かったな?」
「哉於さんのお陰だ」
 もう哉於さんの名を聞いても動揺しない。
「哉於さんは本気で亜喜にモデルをやらせたかったみたいだ。」
 格が僕の前髪を指で梳く。
「へー」
 僕は格に頬ずりをする、髭がジャリジャリする。
「今のモデルに対して注文が多い」
 格の指が僕の輪郭をなぞる。
「大変そうだね」
 完全に、他人事。
 リップ音を立ててキスを何度もする。
「さっき、風呂でしたから…」
 だって!格が帰ってくるなんて思わなかったから一回抜いとこうと思った。
「一人エッチ?」
「うん、寂しくて」
「じゃあ、直ぐ入るな?」
「へーき」
 ジェルを手に取り指を差し込む。
「これなら平気だな」
 格の膝に抱えられたままアナルに導く。
「んっ…僕ら、この体位が多いな」
 格の肩に顎を乗せる。
「疲れない?」
 両脇に手を入れられ、体勢を整えられる。
「格の顔を見ながら出来るから、好き」
 正面から顔を見据える。
「なら、」
「んっ…」
 格は、キスが好きだ。僕は格の顔が見たい。
「イジワルだな」
 格の頭を両手で固定した。
「そうか?亜喜の好きなこともしてやってるが?」
 格は僕の片脚を跨ぐ。すると結合が更に深くなる。
「やっ…待っ」
「イヤか?」
「やじゃない…んっ、はっ…ん」
 奥、気持ちイイ。
「スゲー、エロい。」
「好き、だろ?」
「うん、亜喜のイキ顔、大好き」
 僕は我慢をしなくなった。気持ちイイときは素直に伝える。
「奥、もっと抉って。気持ちイイ。」
 格の長くて太いペニスが、結腸まで届いていると思う。身を捩るほど気持ちイイ。
「ゴム、するの忘れた。中出ししても良いか?」
「ん、奥まで濡らして」
 また、口付けられた。
「そのエロいの、好き」
 下から大きく突き上げられる。僕の身体は宙を舞うように揺さ振られる。
「あっ、あっ、イイっ、もっと、もっとして、中、掻き回してっ」
 格を受け入れられることが幸せだ。

2020.09.27
【十一】
「いいってば、自分で出来るから」
 バスルームで、身体をくの字に曲げられて、ぐちゃぐちゃとアナルから精液を掻き出される。
「そんな、されたら、また、勃つ。」
「亜喜、お前毎晩ここ、洗ってないか?少しだけ爛れてる。」
 やばい。
「粘膜だからさ、そんなに洗ったら菌が入る。出来そうなときはメールする。ごめんな。」
 馬鹿。毎日期待して待ってるみたいに言うなよ。
「だって、やっと会えたんだぞ?なのに、会えない日があるって一緒に暮らしてんのに、頭おかしくなる。」
「それは俺だって同じだ。」
「分かってる。ごめん。」
 こうして会えたときに抱き合えば良いんだ、分かってる。分かってるけど、待ってる自分がいる。
「せめて、薬は使うな。」
「うん」
「カレールー入れればいいのか?」
「え?」
「鍋」
 このタイミングで聞く?ま、格らしいけど。
「そう。」
「飯食おう?」
「うん」
 好き。格、大好き。
 背後から抱きついた。
「お前、俺のこと大好きなんだな。俺と同じだ。」

 
高校三年。
 受験を控えた十二月。
「お前さぁ、その…24日、ヒマ?」
「24日?っーか、ヒマじゃない日がない。」
「じゃあさ、ウチ来いよ」
「いーよー」
 そんな感じでクリスマスイブの予定が決まった。
「母親がさ、クリスマスイブだから持って行けって。つーか、クリスマスイブだったんだな。格、気付いてた?」
「…いや…」
 母親が前日から焼いていたクリスマスケーキを二人で食べ、言い訳程度にちょっとだけ勉強して、DVDを流す。何度も観たXJAPANのライブだ。
 始まって直ぐに、格の手が伸びてくる。
「格、んっ、気持ちイイこと、好きだな…あんっ」
「だっ、て…気持ち、イイんだ…んっ」
 目を細めて快感を追い求めている。
「亜喜…」
 目尻に涙が溜まっている。
 僕の肩に置いてあった左手が、首の後ろに回った。そのままグッと引き寄せられ、鼻を囓られた。
 しかし、何故かそれで僕のペニスが硬度を増した。格のペニスは爆ぜた。
 はぁはぁと荒い息を吐く。
 黙って僕の手を払うと、優しく扱き始めた。
「あぅっ」
仰け反った。
「ダメっ、イクっ」
 ビクビクと吐精した。
「こんなこと、お前としかしたくない」
 本当に?
 僕は、君に恋しているんだ。
 確かに君の口から女の子の話題が出たことはないし、言い寄る女の子は片っ端から振っていた。
 君の気持ちが知りたい。


2020.09.28
【十二】
 カレールーを溶かして、夕飯にした。
「カレールー入れるだけなのに、なんか亜喜のカレー好きなんだよな」
「それ多分カカオ97%のチョコレート入れるからだよ。」
「へー、面白いな、それ」
 カレー屋でバイトしていたときに教えて貰った。
「大学時代はレトルトカレーと即席ラーメンばっかりだったな。で、聞く曲はXJAPAN。」
 格が僕を見る。
「高校時代を思い出してははぁはぁ言ってた。必ずお前を見つけ出すって。あんとき、東京中の大学を全部回れば良かったな。」
「それは無理、僕は埼玉の大学だったから。」
「なんだよ、それ。聞いてない。」
「言ってない」
 そう、言ってない。
 東京の大学も受けていたけれど、行きだい学科があった。あとで言うつもりだったのが隠れ蓑になっただけだ。
「小説家になりたかった。」
 あの時は真面目に思っていた。
「まさか、編集者になるなんてな。」
「書いたら良いよ。俺が養ってやる。」
「え?」
「俺は、いつか亜喜が書く話を読みたい」
 僕たちは、図書室で出会った。
 派手な顔立ちなのに選ぶ本が地味だった。真剣な顔で本を選ぶ首の角度がエロティックだった。
 いつしか、胸が苦しくなった。
「書いて、みようかな?」
「書くのなら、腹をくくれ。仕事を辞めろ」
「でも、折角文芸誌に移ったのに。」
 何かの賞を狙うより直接職場に持ち込む方が早く叶う。
「会えない時間を、執筆に充てる。」
「うん。BGMにXJAPAN掛けるなよ、マスかきっぱなしになる。」
「それは平気だ。もっと刺激的なことが最近起きてるから。」
「一人エッチはするのに?」
「やることが出来たらしない」
「暇つぶしかよ」
 僕はスプーンを持つ手を止め、俯いた。
「…格は、僕の手を思い出してくれてたのに。僕は失ったと思ったから他の人に走った…ごめん」
「亜喜。その話は二度とするな。いいな?哉於さんの喜ぶ顔が目に見えるようで腹が立つ。あの人、お前のことまだ諦めてない。」
 格の手が僕の髪に触れる。
「もう一回セックスしよ?」
 黙って頷く。
「僕が、その提案を却下できないの、知ってる癖に。」
「長い休みがあったら、一日中亜喜のイキ顔見てたいな」
「うん、見て。」
 格が起ち上がる。
「ベッドで、待ってろ」
 皿を重ねて持つと、シンクへ向かった。
「僕も手伝うよ?」
「…今、ここで、襲われたい?」
 …本気だ。
「分かった、先、行ってる」
 先に行くとは言ったけれども、どんな顔して待てば良いんだよ。
 …歯を磨いてこよう。
 何だろう?再会してから何度も抱き合ったのに、ドキドキする。
 慌てて歯を磨いて洗面所をあとにする。
「…君、余裕だね?」
 背後から声を掛けられた。
「いや、最低限のマナーかなぁと。」
「嬉しい心遣い、ありがとう」
「んっ」
 返事を待たずに口吻をされた。
「ん…」
 糸を引くような口吻。
「めちゃくちゃに抱いて、いい?」
「好きにして」
 手首を握られ引き摺られて寝室に放り込まれた。
「だから!どうして煽る?」
 そうか。格は僕しか知らないって言ってた。何を言っても欲情するのか。
「突っ込んで、いいよ?」
「もうっ!」
 あぁ、なんて可愛いんだろう。
 ベッドに四つん這いになり、下着を捲る。
「だってここはもう、格のための孔だもん」
「なら、お望み通り突っ込んでやる」
 言い終える前に一気に挿入され腰を抱かれてガンガンと突かれた。かと思うと、いきなり引き抜き、僕のペニスを背後から扱き始めた。
「やっ…ダメっ、中…おちんちん…入れて…一緒、に、イキたいっ」
「お前さぁ、俺が亜喜のこと好きだって言ったの、覚えてねーだろ?」
「え?」
「しっかりと思い出せ!それまでずっと喘いでろ!」
 そう言うと、再び背後から挿入し、ピストンを開始した。
「んっ…んっ」
 格が?僕のこと?

 クリスマスイブ。
 二人で気持ちイイことをした後、格が机から綺麗にラッピングされた箱を取り出した。
「やる。」
「ありがとう。クリスマスプレゼント?ごめんな、僕何も用意していない。」
 箱を開けるとキーケースが入っていた。
「いいんだ、そんなこと。なぁ、」
「ん?」
「東京行ったらいっし…同じ所に住まないか?」
「同じ部屋?」
「いいのか?」
「え?だって二部屋あれば良いんじゃないか?」
「そうだな、その方が得かもしれないな。」
「その為のキーケースか!ありがとう。」
「亜喜」
 名を呼ばれた。
「好きな…とこ、どこ?どこ住みたい?」


「んっ、格っ、まさかだけど、住むとこ…あんっ」
「分かんないよな…思い出してくれただけでも嬉しい」
 そうか、この人は肝心なことを口に出来ない人なんだ。
「亜喜、イッていいよ」
 両腕を取られ、グッと上体を反らされた。その体勢で突かれると奥まで届く。
「あ…あぁっ…うっ…んっ…奥、届いてる…気持ちイッ」
「スゴっ、亜喜の中、絡み付いてきて…耐えられない」
「んっ、溶け…る」
「出るっ」
 中でビクビクと踊る。それに反応して僕もトコロテン状態だった。

2020.09.29
【十三】
 意識のあるうちにシャワーを浴び、明朝の仕事を考え眠りについた。格の腕に抱かれ、久し振りに深く眠れた気がする。
 僕らはもっと話をしなきゃいけない。互いのことを何も分かっていない。
 なのに、愛しさだけで、性欲に溺れてしまう。
 格の好きな物嫌いな物、好きなこと嫌いなこと、色々知りたい。
 高校時代はそんなこと聞く余裕がなかった。ただただ、好きなことしか頭になかった。
 目覚ましより早く目覚めた。
 僕は格の顔を見詰めた。
 寝顔もカッコいい。
 見上げる位置で抱き締められているけど、顎のラインもエロティックだ。
 夕べは何度も抱き合った。まだ、格のが入っているような錯覚に陥る。
 思い出して、股間を張り詰めさせてしまった。
 モゾモゾと動いたら格に気付かれた。
「おはよう」
「おはよう」
 当たり前のようにキスが落とされた。
 当たり前のように股間を弄られた。
「ふふ」
 嬉しそうに笑う。
「口と手、どっち?」
「え?」
「してやるよ」
「あ、そんな…んっ、気持ちイイ」
 格の唇が僕の唇を捉えた。
「んんっ」
 格の手で、扱かれる。
「ん…ふ…んっ」
 朝から、出ちゃう。
「ふっ…ふ」
「俺の手に出して」
 唇を重ねたまま言われると、くる。
「んっ」
 仰け反ってイッた。
「やってる夢でも見た?」
「違っ」
「なら、昨夜の情事を思い出した?」
「情事って。夕べのセックスが気持ち良くて思い出してました」
「そっか。」
 何故か嬉しそうだ。
「哉於さんの自慢話が悔しくてさ、ごめん」
「ううん。でもさ、僕は格の好きな物とか好きなこと、何も知らないなって気付いた。」
 ティッシュで手を拭いたあと、僕の方も拭いてくれ、ゴミ箱に放り込んだタイミングで抱き締められた。
「俺は知ってるよ。亜喜は俺のことが大好きだよな?本を読むこと、ドラマを見ること、それと…ごめん、またイジワルを言いそうになった。」
 格は、可愛い。
「格とのセックス?好きだよ。僕さ、色んな人とセックスしたけど、いつだって格ならどんな風に…って考えながらしてた。哉於さんのときもそう。だから逃げた。」
「今日は早く帰る。この話は又夜にな?」
 慌てて身支度をして家を出た。
「今夜はスーパー寄って食材仕入れておく。」
「おー、宜しく」

 格は全く料理はしない。僕はバイト先で色々教わったから、簡単な物は出来る。
 なので、料理担当は僕だ。
 代わりに格は掃除担当。
 洗濯は個々に行う。
 買い物から帰って、洗濯機を動かした。
 色落ちしないものなら一緒に洗ってやる。そうしないと何がないとか騒ぎ出すから。そんな格も可愛くて好き。
 でも、不安もある。
 僕たちは高校時代に付き合っていたわけじゃない。だから距離感が分からないんだ。
 手探りで毎日生活をしている。
 ぶり大根を煮て、味噌汁を作る。これだって、格が好きかどうかわからない。
 ご飯は炊飯器が炊いてくれるから助かる。
 …早くないじゃないか。
 洗濯物、乾いたかな?
 ダイニングテーブルから立ち上がり、キッチン隅にあるドラム式洗濯機を覗く。あと一時間か。
 その時、玄関で鍵の開く音がした。
 僕は忠犬の如く、飛んでいった。
「おかえり」
 格が僕を見て微笑む。そして腕が伸びてきて捉えられる。
「ただいま」
 耳元で囁かれるとゾクゾクしてしまう。
「遅くなってごめん。又、哉於さんに足止め食らった。」
「若しかしなくても、格ってファッションについて強くない?」
 着替えるためにクローゼットに向かう格に着いていく僕を、格は黙って連れて行ってくれる。
「そうかな?そっか、俺ら私服で出掛けたのって二回?俺のファッションセンスについてそんなこと言うなんて、知らないってことだからな。よし、次の休みは出掛けよう。」
「うん…」
 デートは嬉しいけど、外だとあまりくっ付いていられないのが残念だ。
「大丈夫、ちゃんと夜には抱いてやるから」
「違っ!」
恥ずかしいじゃないか!
「晩御飯の支度してくる」
 慌ててキッチンに移動する…本当はずっと着いて歩きたいけど。
 ふと、洗濯機を覗くとあと30分になっていた。
「格、ビール飲む?」
「飲まない。明日早いから。」
 早いのか。
「けど、土日は休みだ」
 やばい、顔がニヤける。
「じゃあ、明後日何処に行く?」
「んー、ベタなところで映画かな?」
「だったらIKEAに行きたい!足りないもの買い出しに行かないか?」
「ならニトリの方が良くないか?」
 僕がここに越してきたとき、殆ど物のない部屋だった。
 不相応なダブルベッド、大きなテレビ。服はクローゼットの中に収まっていて、キッチンにも電気ポットと電子レンジ位しかなかった。

2020.09.30
【十四】
 大学に進学したとき、直ぐに亜喜のことを探し出せると過信していた。見付けたら引き摺ってでも部屋に連れてきて一緒に暮らすつもりだった。
 俺の大学生活は亜喜一色になるはずだったのに。
 朝、亜喜に起こしてもらっておはようのキスをする。一緒に朝食を食べ登校する。帰りは待ち合わせしてバイトに行き、夜は外食して、一緒に風呂に入りセックスして寝る。そんな空想をしていた。
 なのに実際は、スマホのアラームで起き、とぼとぼと学校へ行き、学食で腹を満たし、空いた時間は亜喜を探す。バイトしながらも探していた。食欲も湧かないからカップ麺とか惣菜パンとかばかり。せめてカレー屋に行っていれば亜喜に会えていた。
 帰ってからも大きすぎるベッドで、スマホからXJAPANの曲を流して亜喜の名を呼びながら、自慰をした。それが四年続いた。
 書店でのバイトが功を奏し、好きだったファッションを活かして出版社に就職した。


「26センチのフライパンを買う!」
 僕は断固として譲らなかった。
「24センチで良いと思うけどな」
 格が反論する。
「料理するのは僕なのに?」
「う…わかった。任せる。」
 勝った!
「カトラリーも欲しいな」
「いいね」
「あと鍋敷きと…」
「なに?」
 小さな声で伝える。
「お揃いのマグカップ」
「それは…ある。納戸に入ってる」
「え?」
「先走って、四年前に買った。」
 もう!もうもう。格が可愛い。
「なら、帰ったら出して?次はシーツを買いに行かなきゃな。替えが無くなった。」
 ダブルベッドのシーツは探すのが大変だ。
「そんなに汚…そっか。」
 そうだよ、盛りの付いた犬が2匹も居るからな。
「ピンクと紫が欲しい」
「変態」
 格が何を考えているかなんて直ぐにわかる。どちらも興奮する色だもんな。
「亜喜が好きな色じゃないのか?」
 あ。僕が好きだと思ってたのか。
「うん、好き」
 こうして一つづつ互いのことを知っていくのが嬉しい。
「亜喜、大事な物忘れてる。」
「なに?」
「机」
「んー、別にまだいいかな?パソコンで書くから、ダイニングテーブルで足りる。プロになったら考える。」
「なら、そんなに遠い未来じゃないか。」
 格は僕を買いかぶりすぎだ。
「とりあえず今日はこれくらいにしないか?腕が千切れる。」
「そうだな。次はレンタカー借りてこよう」
「え?格、車の運転出来るんだ?」
「亜喜は取らなかったのか?免許」
「就職決まって慌てて取った」
 格が僕の髪をかき混ぜる。
「ならそんなに驚くこと無いじゃないか。」
「そうなんだけど、何となく」
 そう、何となく。
 格は運動神経もいいし、頭も良い。だから労せずして取得しただろうけど、僕は少し苦労した。会社から条件として言われたから慌てて取りに行ったのだ。
「亜喜は実家に帰ってる?」
「いや、高校卒業してからほぼ帰ってない」
「俺は長い休みには二日くらい帰ってた。若しかしたら亜喜が帰ってるかと思って。でも、会えなかった。」
 そうだ、僕は格に会わないようにしていたから。

「中邑?見掛けないな?って言うか、鴇田が一番中邑と仲良かったんだから、お前が知らなかったら俺らも知らねーよ。」
 実家に帰ると高校の同級生の所を回った。亜喜のこと少しでも知っている人が居ないかと探し求めた。
 亜喜の家にも行ったが、全然帰ってこないと告げられた。
「あの、中邑くんの、亜喜くんの住所って、教えてもらえませんか?」
 物凄く勇気が必要だった。
 教えられた住所に、亜喜は居なかった。


「そこ、住んでないんだ。別の所に居た。郵便物は大学の私書箱に送って貰ってた」
「住所じゃなくて大学を聞けば良かったのか。」
「それは、無理だよ。教えるなって口止めしてた。第一志望じゃないからカッコ悪いって言って。」
「徹底して俺を避けてたのか」
「うん」
 逢いたくて逢いたくて仕方無かった人なのに、一番逢いたくなかった人。
「もし、もし俺が聞き逃してなかったら、亜喜はどうしてた?」
「こうしてた」
 今、やっていることをやっていた。
「そっか。なら、よかった。」
 そう言った格の表情に寂しそうな雰囲気を見付けてしまった。
「格、僕さ、大学の四年間離れ離れになっていたのは、神様から与えられた試練だと思ってる。この先一緒に居られる覚悟はあるのかって。あのままずるずると一緒に暮らしてたら、今頃は別々に暮らしていたかもしれない」
「それは、俺も考えた。四年間、親のすねをかじってバイトもせず、二人でイチャイチャしっぱなしで、段々疲れてきて心も離れていくんじゃないかって」
 タイミング悪く告白したのも、タイミング悪く聞こえなかったのも、意地になって逃げたのも、必死になって追い掛けてくれたのも、全て僕らにとって必要なこと。
「これから、幸せになれば、いい」
「亜喜、プロポーズしてもいいか?」
「え?」
「もう、離れたくないし、誰かに取られたくもない。ずっと側にいて。」
 格が、僕の目を見て告げる。
「返事は、マンションに帰ってからでもいい?」

2020.10.01
【十五】
 荷物を全て手放し、僕は格に抱きついた。
「嬉しい。プロポーズ嬉しいよ。ありがとう。…その、不束者ですが宜しくお願い致します…で、いいのか?」
 格の腕が僕を抱き込んだ。
「はい…だけで良いのに。」
 どちらからともなく、キスをした。
 顔を見合わせ、照れ笑いをした。
「抱いて。」
 格は何も言わずに僕を抱き上げると、寝室へ運び込まれた。
「格って、んっ」
 力持ちだねって、言いたかったのに、おしゃべりを封じられた。
「んんっ」
 舌を絡め取りいつまでも互いの口腔内を味わう。
 格の唇が離れていくと、互いに着ている物を脱がせた。
「あのさ、エロくない顔も好きだから」
「今言われても説得力はないな」
 室内にリップ音が響く。
「中、洗ってくる」
「いいよ、やるよ」
「でも」
「今更何を照れる」
「うーん」
 くるりとうつ伏せにされた。本当に力が強い。
 腹の下に腕を入れられるとグイと引き上げられ、お尻を突き出すような形になった。
 使い捨てディスポーザーに入れた精製水を尻孔に注入され、最後にツプリと何かを入れられた。
「なに?」
「栓をした」
「やだ、お腹痛くなる」
「それも又そそられる」
「意地悪」
「なら、気持ち良くしてやるよ」
 うつ伏せのまま、後ろからペニスを扱かれた。
「やっ、ダメ、んっ、力が、抜けちゃ…」
 すると、ひょいと肩に担がれた。
「格?」
「風呂場で弄ろうかと」
「やだ、弄らないで」
「忘れた?俺はエロい亜喜が好きなんだけどな」
 浴槽の縁に座らされ、今度は吸われた。
「ダメ、ダメダメっ、お尻、出ちゃうっ」
 気持ち良すぎて尻孔に力が入らない。
 でもこのままだと浴槽内の湯にぶちまけてしまう。
 じゅぶじゅぶ、じゅるじゅると吸われ続ける。
「んっ、ふっ」
 格の指が栓に触れ、そっと押す。
「ダメだって!怒るぞ!」
「なら、このまま入れる」
 言うと僕の脚を肩に担ぎ、栓を外した。
「俺が、栓してやる」
「や、止めて、マジで、や」
 ズクリ
 亀頭が、入る。
「ごめん、謝るから、お願い、出させて」
「亜喜は悪くないだろ?悪いのは、俺」
 ヌプヌプと、竿が埋め込まれる。
「やっ、おちんちん入れないでぇ」
 格のが最奥に届くと脇から精製水が漏れ出た。
「ヤダァ、中、グチャグチャ…きもちわるい」
 ヌチっと、格のペニスが抜かれた。
「ああんっ」
 気持ち、イイっ。
 ヒョイと抱え上げれ、便器に座らされた。
「出せ」
「ヤダ。恥ずかしい…」
 唇を重ねられ、クチクチと犯された。
「んふんっ、んっ」
 身体中の力が抜け、精製水も流れ出た。
「なんで?なんで今日はイジワルなんだよ!」
「こういう俺も居るんだけど、亜喜は受け入れられるのか?亜喜が可愛くて、イジワルしたい俺がいる。甘やかせたい俺もいるし、蕩けさせたい俺もいる。それでも、プロポーズ受け入れてくれるか?」
 睨み付けていた目から、意思が消える。
「うん」
 どんな格だって、僕を好きで居てくれるから。
 その気持ちに自信が持てなくなっても、僕が格を好きだから。
「側に、居たい」
「なら、今度こそ離さない。絶対に。」

2020.10.02
【十六】
 行為に果てて、格の腕の中で眠りこけていたとき、ふと、目覚めた。
「あ、洗濯物!」
「畳んだ」
 寝言のように格が言う。
「いつも、ありがとう、亜喜」
 腕の力が強くなる。
「亜喜が居てくれるだけで幸せなのに、俺を受け入れてくれて、可愛い顔も見せてくれて、家のこともやってくれて…罰が当たりそうだ。これからは亜喜の好きなことをして欲しい。お願いだから、我が儘を言って欲しい。」
 格は、きっと大学に入ったら二人で暮らして、僕を散々甘やかすつもりだったのだろう。
「二人のお給料がないと、家賃が払えないよ?」
「大丈夫だ、持ち家だから。」
 え?
「両親が離婚してさ、財産分与で貰った」
 そうだったんだ。
「書きためたもん、あるんだろ?会社に持って行ってみろよ、な?」
 ありがとう、格。
「格も、僕が出来ることだったらちゃんと言って欲しい。僕だけ甘えるなんて、性に合わない。」
「解ってる…一つだけ、俺の願いを聞いてくれるか?たとえ足腰が立たなくなって、あっちも勃たなくなっても、見捨てないで欲しい。離れるなんて言わないで欲しい。この世の中から消える瞬間まで見届けて欲しい。それだけが、願いだ。」
 思わず、格に抱きついた。
「怖い。格と離れ離れになるのは、怖い。でも、これからいっぱい二人の思い出が出来れば、怖くなくなるのかな?楽しかったって思えるのかな?今はまだ無理。良かった、格が僕を諦めないでくれて。僕はもう、格がいない生活は考えられない。」
「うん。怖いね。だから、手を放さないで?」
 何処まで、僕たちの道が繋がっているのかは誰にも解らない。
 でも、もう自分からこの手を放すことはしない。
「格、愛してる。」
「俺も。亜喜を愛してるよ。」
 唇を重ね、抱き合う。
 何度身体を重ねられるだろう?
 何度気持ちを伝えられるだろう?
 その度に時限があることを胸に刻み、共に歩んでゆこう。
 君に出逢えて良かった。


追伸
 僕の書きためた小説を会社に持ち込んだところ、一つも採用されなかった。
 ただし、設定は面白いから書き直しをしろと言われて、現在は会社を辞めて専属の作家になっている。
 が、収入はほぼないに等しいので、哉於さんにモデルとして雇って貰っている。
 格の心境的には複雑そうだけど、一緒に仕事が出来るから喜んでいた。

2020.10.03