中編集2021
すれ違い、すれ違い
【一】
 気付いたときには、遅かった。

 大学を卒業し、地方だが銀行に就職した。
 朝は早くから、夜は結構遅くまで働き、家に着くのは日付が変わるぎりぎりだった。
 だから、職場近くで一人暮らしをすることにした。
「そっか、家を出るのか。」
 調理師学校を出て、隣町の割烹へ修行に行っている幼馴染は、いずれ実家の旅館を継いで、調理場を任されるのだろう。
「マサシが羨ましいな、任されるものがあって。」
「なら、手伝ってよ、ウチの経理。」
 マサシがサラリと言った。
「それはマサシの嫁さんの仕事だろ?大抵女将がやるだろ?」
「ダメなのかな?俺はいいと思うけどな。」
 そう考えると、マサシの母親は偉いな。
 母をやって女将をやって、経理もやって、妻もやる。
 マサシの父親は板長だ、マサシと同じ。
「まあ、変ではないかもな。」
 曖昧な答えだな。
「いよいよとなったら考えてみて。分業した方がいいと思うんだ。」
 いよいよって、なんだよ?
 僕らは笑って別れた。

2021.01.02
【二】
 一人暮らしを始めた途端、何もかもが上手く行かなくなった。
 窓口にいれば金額が合わない、奥にいれば金額が合わない。つまり、常に金額が合わない。
 毎日毎日残業が当たり前になった。 益々実家は遠くなり、恋愛も遠くなった。
 そんな日々が3年も続き、つくづく自分には向いていないと納得させ、退職して実家に戻ろうとしたら、兄が結婚して実家に入ったので、居場所がなくなった。
 仕方なく、仕事を続けた。 夏休みに帰省したときは、客間に泊まって、いよいよ帰る場所もなくなったと気付いた。
「もう、帰らないかもしれない。」と、マサシに告げると、「家には部屋が一杯あるから泊まったらいい、何なら住んでもいい。」と、また経理に誘ってくれた。
「マサシ、彼女いないの?」と聞くと、「ミユキだっていないじゃないか」と、痛いところを突かれた。
 とりあえず忙しいからと答えた。

2021.01.03
【三】
 年末までは頑張ろうと、腹を括った。
 しかし、公私共に上手く行かず、退職した。
「ミユキ、騙したようで申し訳ない、実は経営がうまく行ってなくて、お前に立て直してほしいんだ。」
 しつこく誘っていたのはそういうわけだった。
 再び朝から晩まで頭を使う仕事が続いた。
「この人件費はどこまで削れるか?」と聞くと、新人を雇わないだけだという。
 古くから勤めてくれている人は切れないそうだ。
 あとは、設備費を削るか、仕入れ代を削るか。
「削れるのは、障子と襖の張替え回数を減らすか、業者に頼むタオルの洗濯や大掃除を従業員でやるか…くらいかな。」
 そう告げると、家族でやると言う。
「給料を増やせないのに、仕事は増やせない。」
「給料を増やすために仕事を増やしてくれと言ったらどうだ?」
 少し思案して「そうだな…」と、呟き、決断した。

2021.01.04
【四】
「10人いた従業員が7人になった。」
 リストラが成功したわけだ。
「それじゃあ、その分給料を増やせるな。厨房はマサシと親父さんだろ?お袋さんと従業員7人の仕事だけど…」
 大まかに仕事の割り振りをする。
「朝の清掃とかは俺も手伝う。」 「ありがとう、助かる」
 マサシの実家立て直し策は意外とスムーズに行った。
「ミユキのお陰だ、本当にありがとう。それで、」
「すまん、軌道に乗ったからってわけじゃないけど、信用金庫に空きがあって、手伝って欲しいと頼まれた。」
 ミユキは早々にマサシのもとを去った。

2021.01.05
【五】
 ミユキは信用金庫が傾いているのは新聞で薄々気付いていた。
 これを立て直すのは至難の業だ。
 まさか、銀行時代の腕を買われるとは思いもよらなかった。
 朝から晩まで、働き尽くめの日々が再びやってきた。
『ミユキ、一度、会って話がしたい』
 度々マサシからメールが届いていたが、返事をする間もなく働いていた。

2021.01.06
【六】
 マサシが嫁をもらったと、噂に聞いた。
『おめでとう。返事ができなくてごめん』
『ミユキ、助けて』
 マサシからの急を要するメールで慌てた。
「マサシ!」
「ミユキ…」
 マサシが、ミユキを抱きしめた。
「今の仕事が片付いたら、ウチに…永久就職してくれないか?」
「え?」
「嫁に、来ないか?」
 ミユキは、ずっと隠していた気持ちがバレたのかと焦った。
「好きだ」
「いつ、から?」
「ずっと。」
「ごめん」
 ミユキは、マサシの手を放し、マサシは噂通りに嫁をもらった。

2021.01.07
【七】
 離れて初めて気付いた。
 マサシの存在自体がミユキの原動力だったと。
 学生時代も常にそばにいた。
 就職してからも、何かと気に掛けてくれた。
 マサシの手が、ない。
 それからのミユキは、何をやっても上手く行かなかった。
 信用金庫から離れ、スーパーで日用雑貨の担当をしながら、毎日検品と品出しをしている。
 それでも数が合わずに叱責される始末。
 放した手は、大きかった。
 マサシのために親友でいたかった。
 しかし、それはミユキのためだったのだ。
 勇気を出してくれたマサシに、合わす顔さえない。

「マサシ?」
「ミユキ、お前無理してるだろ?ちゃんとお前の場所はとっておいてある。早く来い。」
 夢の中でマサシが手を差し伸べる。
 しかし、ミユキはマサシの悲しみの深さを知らなかったのだ。
 マサシの旅館は閉店し、マサシ一家は既にこの街には居なかった。

2021.01.08
【八】
「マサシ?」
 数年後、ミユキの前にマサシが現れた。
「こめん、振られたのに、往生際が悪くて。どうしても、忘れられなくて、顔だけ見ようと戻ってきた。でも、もう行くよ。」
 ミユキは、今度こそ手を伸ばした。
「行くな」
「え?」
「今、幸せか?」
「うん。嫁も子供も可愛いよ。」
「そうか。」
「…ミユキは、幸せ?」
 声に出せなかったけど、ゆっくりと首を縦に振った。
「なら、良かった」

一度掛け違ったボタンは、二度ともとには戻せなかった。

2021.01.09
春の花は…
【一】
 泣いて頼んで、一度だけ寝た。
 寝たと言っても身体を繋いだわけじゃない、彼は所謂ノンケだから。
 素っ裸になって抱き合って、互いの手を添えると上下に擦った。
 興奮した。
 二人とも声が漏れた。
 咆哮して果てた。

2021.01.10
【二】
「んっ…」
 彼…幼馴染のこーへーは、僕より一つ年上。昔から面倒見が良くて、頼めば何でもやってくれる。
 「ゆーたはやれば出来る子なんだから」が口癖だ。
 中学生になったとき、僕はこーへーが好きなことに気付いた。
 でも、女の子になりたいと思ったわけではなかったので、性的嗜好だと納得した。
 念の為、姉の服を借りて女装もしてみた。
 だけどこれは違うと確認したので、ゲイなんだと、割り切った。
 こーへーを好きだと認識したので、当然セックスしたいと思ったが、こーへーは姉が好きなのを知っていた。
 だから、黙って振られるのを待った。
「ゆーた、アカネちゃんは好きな人いるのかな?」
「さあ?僕はこーへーが好きだよ?」
「ありがと。で?」
 こーへーが両手を広げて僕を受け入れる体勢をとったので、迷わず飛び込んだ。
「アカネちゃん、根回ししてくれる?」
 …訂正、こーへーはひどい男だ…。
 だけど、毎晩こーへーの声を思い出し、興奮する。僕が最低なだけだ…。

2021.01.11
【三】
「ねーちゃん、こーへーがねーちゃんの事好きだって。」
「へー。でもあたしは好きじゃない。」
 なんで好きじゃないんだよ、こーへーはいい男だよ!ひどい男だけど。
「それより、こーへーに言ってくれる?ゆーへーのことどうなったって?」
 ゆーへーとはこーへーの兄貴。
 なんだよ、グルグルと回ってんのかよ。アホくさ。
 ゆーへー兄ちゃんが、僕を好きだったら面白いな。無いだろうけど。
 今夜も僕は、こーへーの声を思い出しながら、扱く。

2021.01.12
【四】
「ゆーた、好きな子いないのか?」
 毎日、こーへーの部屋に入り浸っている僕を見て、ゆーへー兄ちゃんが不思議そうに聞いた。
「僕さ、ゲイみたいなんだ。こーへーが好きなんだ。」
「マジかよ?」
 そう言ったのはこーへーだった。
「冗談だよな?」
 ゆーへー兄ちゃんがフォローしてくれたけど、振られようとしている僕には関係なかった。
「冗談じゃないよ?迷惑?」
「いや、迷惑じゃ、ないけど。」
「ゆーた、そういうのはちゃんと本人に直接伝えなきゃ伝わらないよ?」
 数学の宿題から目を離し、ゆーへー兄ちゃんに向かって言った。
「ちゃんと、言ったけど、スルーされた。」
 僕の目からは涙が溢れていた。

2021.01.13
【五】
「高校生になるまで、答えは保留にしてもらっていいか?まだ、ゆーたとは友達でいたいんだ。」
 こーへーがキチンと伝えてくれた。
 でも、僕を繋ぎ止めるのはねーちゃんの事があるからなんだろう。
「高校に受かるまで、だな?」
「あぁ。」
 こーへーはその日から、変わらずに僕に接してくれた。
 どちらが高校生になるまでの約束だろう?
 こーへーが高校生になり、僕が同じ高校に進学し、入学式の帰り道。
「答え、教えて。」
 僕の前を歩いていたこーへーが振り向いた。
「今までどおり、友達でいたいんだ。」
 一番残酷な答え。

2021.01.14
【六】
 そのままズルズルと、僕が成人式を迎えた日の夜。
「5年待ったから、答えを聞かせて。」
 成人の祝いと言って、二人で居酒屋で飲んだ。二人とも酔って、こーへーの住むアパートに転がり込んだ。
「こーへーが好きで、好きで好きでたまらない。もう、限界なんだ。嫌なら振ってほしい。」
 こーへーは、酔っていた。
「ゆーた、ごめん、付き合えないよ。いくら考えても答えは出ない。」
 やっと、振られた。
 これで一歩進める。
 そう思っているのに、目から涙が溢れて止まらなかった。
「お願いだ、思い出にするから、これで思い出にするから、今夜一緒に寝て。」
 こーへーの万年床に転がるように倒れ込み、互いの着ているものをすべて剥ぎ取った。
「アナルセックスしろなんて言わない、ただ、こうして一緒に…」
 素っ裸で抱き合った。
「ゆーた、本当に俺で興奮するんだ?」
 こーへーの太腿に当たる、勃起した僕のペニスを、握った。
「止めて、触ん…ないで」
 気持ち良かった。
 触れられただけでイキそうだった。
「俺のも一緒にして、擦ってみる?」
 それだけで夢のようだ。
「やっ、こーへー、気持ち…いっ…あん」
 あられも無く喘いだ。
「俺も、イキそう。」
「こーへー、こーへぇ…」
 こーへーの手が僕の手に重ねられ、今までより早く動かされた。
「やっ、やっ、イクっ、イクイクっ」
「俺も、イクっ」
 ドクドクと、射精した。
「気持ち…い」
 こーへーの腕が、僕を抱きしめて、寝てしまった。
「こーへー?」
 そのまま、僕も寝た。

2021.01.15
【七】
 それからこーへーに会っても、何も言わなかった。
 それが分かったのは一年後。
「ゆーたの成人式の日の夜、なんで一緒に寝たのかさえ思い出せないくらい酔ったらしいよ。」
 ねーちゃんがゆーへー兄ちゃんとのデートから帰ってくると、珍しくこーへーの話をした。
「こーへーが家を出たのは、ゆーへーと私が付き合い始めたからなんだって。」
 そりゃ、ショックだよな。ずっと好きだったんだから。
 でも、僕もショックだ。
 まさか、振られても引きずるなんて女々しいことを自分がするなんて、思いもしなかった。

2021.01.16
【八】
「ゆーた、お前、好きな人、出来た?」
 久し振りにこーへーのアパートに呼び出されて行ってみたら、そんな話か。
「いない」
「俺のことは?」
「もう、吹っ切れた」
「そうか」
 言ったきり、黙った。
 沈黙が続く。
「ゆーたと、寝ただろ?あれがさ、忘れられねーんだわ。あれから、ゆーたとセックスしたら、どんな顔して鳴くのか、見たいなって。」
 …やっぱり、ひどい男だ。
「そんなに、僕がこーへーにイカされたのが面白かった?馬鹿だよな?ずっと片思いして、振られたのに寝てくれって…そんなもんだよな、僕なんて…」
 喚く僕の口を、こーへーが塞いだ…唇で。
 あの夜、気持ち良かったのに、キスだけはしなかったのに。
「わかったんだ、どうしてずっとゆーたの告白に答えられなかったか。俺もゆーたが好きなんだ。だから、抱かせて?」
 思い切り、グーで殴った。

2021.01.17
【九】
 グーで殴ったくせに、1ミリも諦められなかった僕は、こーへーのしつこい告白に絆された。
 ま、アパートから辞せない時点で、絆されるのはわかっていたけど。
「んんっ」
 何度も何度もキスをした。
「やっぱ、好きだわ」
 耳元でそう囁くと又キスを交わす。
「も、ムリっ!」
 力一杯、こーへーの胸を押し返す。
「だって!ずっと好きだった人に告白したのに放ったらかされて、やっと振ってもらったのにえっちしてくれて、傷口塞がる前にキスされて…頭ん中グチャグチャだよ!」
「…可愛い」
「は?馬鹿じゃね?こーへー、頭沸いてね?」
「沸いてるかもな」
 言い終える前に抱き寄せられた。
「抱かせて?もう泣かせないから。…鳴いて欲しいけどさ。」
 耳元で囁くなよな…頭変になる。

 その晩、本当に散々鳴かされた。

2021.01.18
【十】
「こーへー、僕のこと犯す気満々で呼び出したのかよ。」
「傷付けたからな、優しくしてやろうと勉強したよ。」
 なんか話が噛み合ってない。
「広い部屋に越すから、一緒に暮らそう?」
「…毎晩する気か?」
「それもいいけど、俺の誠意をこれから見せて行きたくてさ。好きだよ?」
 こーへーが僕のことを好きになるなんて想定外だったから、まだ頭も心も着いて行けない。
 けど。
 幸せって、こんな気持なのかな?
 僕はこーへーの胸に、顔を埋めた。
『ゆーた、知ってるか?昔の和歌に出てくる「春の花」って、桜だと思ってるだろ?あれは梅なんだ。桜は山に咲くもので街中には梅が咲いていたんだ。ゆーたに何時か好きな人が出来たら教えてやんな。』
 こーへーが昔教えてくれたこと、ふと思い出した。なんであんな話をしたんだろう?今度、こーへーに教えてやらなきゃ。

2021.01.19 完
後輩
【一】
「誘われた?」
 言っている意味が分からなかった。
「そうだよ。一年の野郎に抱いてくださいって言われたんだよ。」
 心臓が大きく鳴った。
「お前が不純異性交遊を繰り返してること知ってんじゃね?」
 平静を装い視線を落とす。
「それにしたって男だぞ?なんで俺なんだよ、なぁ?お前も気を付けろよ。」
 気を付けろって…何を気を付けるのかさえ分からない。
「先輩」
 困惑している俺の制服の上着を引っ張る人がいた。
 振り向くと中学のとき同じ図書委員だった後輩、前田(まえだ)が立っていた。
「お久しぶりです」
「あ!」
 「男に誘われた」悪友が声を上げた。
「こいつだよ!」
「あ、先程は失礼しました。」
 悪びれもせず言い放つ。
「前に、あなたが先輩と一緒にいらっしゃるのを遠くから拝見しまして、先輩とお話をする切っ掛けになって頂こうと思った次第です。ありがとうございました。」
 言うと深々と頭を下げた。
「何だよ、なら深町(ふかまち)に渡りを付けろって言えばいいじゃないか。」
「それだと、ちょっと…」

2021.01.27
【二】
 インパクトが薄い…そんな気がする。
「深町先輩、どこかでお時間を頂くことは可能でしょうか?」
 俺は少し考え「今日の放課後なら大丈夫だぞ」と、答えた。
「それでは、放課後正門の前でお待ちしております」
 ペコリと頭を下げると去っていった。
 正門の前…校内じゃ、ないんだ。

「やっと、会えた。」
 前田はそう言うと腰に腕を回し抱き着いてきた。
「答え、まだ聞いていません。」
「答えたくないって言ったら?」
「僕のことが嫌い?」
「どちらかと言われたら嫌いになる。」
 高校の裏手にある神社の境内は、放課後になると誰も来ない。
「好きか、普通か、嫌い…なら?」
「嫌い」
「天邪鬼なんだから…」
 前田は腕を解くと、俺の肩に手を置き、背伸びをした。

2021.01.28
【三】
「好きです、深町先輩。」
 耳元に囁くと、そのまま耳朶を噛んだ。
「痛てーな」
「痛いくらいじゃないと、忘れられる。」
 忘れてはいない、一秒たりとも。
「どうして、僕じゃダメなんですか?」
「嫌いだから」
「そんなに嫌われているんだ、ショックだな。」
 肩にあった手が離れる。
「でも、諦めたくない」
 前田の腕が首に回され、そのまま唇を奪われた。
「やっ…」
 どれだけ、努力したと思ってるんだ、こいつ。
「貴方が、僕を好きなことくらい、知っている。何故拒むのかが解らない。」
「離れろ」
「嫌だ!」
「本当に、犯るぞ?」
「良いって言ってるのに!」
「バーカ」
 前田の腕を引き剥がすと、俺は踵を返して歩き出した。
「犯ってみてよ!」
「二度と、俺に関わるな」
「なんで?本当に好きなんだ…貴方が…」
 前田が泣いている。
 そんなことで泣くくらいなら、忘れてくれ。

2021.01.29
【四】
 前田が言う通り、俺はゲイだし前田が好きだ。
 しかし、決して言えない訳がある。

 中学の時、俺はじゃんけんに負けて図書委員をやらされた。
 ほとんどサボっていたのだがある日前田が呼びに来た。
 「先生が、お前なら深町を連れてこられるだろう」と言われたのだそうだ。
 図書委員の担当が担任だったのだ。
 それから何かと用事を言いつけられて前田がやって来た。
「お前には意思がねーのかよ?」
「あります。僕は深町先輩に会えるのが楽しいから先生に言われるのが嬉しいです。でも、実は先生に言われてないものもいくつかあるんです。先輩に会いたくて来てます。」
 楽しそうに話す前田は眩しい。
「先輩は、やっぱり女の子が好きですよね?」
 突然言われて焦った。

2021.01.30
【五】
「僕ね、毎朝先輩と同じ電車なんです。先輩は背が高いから気づかないと思うんですけど、回りが大きいと息が出来ないくらい大変なんです。だから先輩の背中を借りてました。」
「背中くらい、いくらでも貸してやるよ。」
「先輩のハートも貸してください」
「いいよ」
 それが、間違っていた。

「先輩っ」
 そう言って後を着いてくる前田が可愛くて、手を出してしまった。
「あ…んっ…」
 流石にセックスは我慢したが、手淫したりフェラをさせたり、中学生が興味を抱くことを散々した。
 そうしたら卒業式にその先を強請られた。
「高校生になったら考えてやる」
 その時は諦めさせるつもりだった。
 なのに、まさか着いてくるなんて。

2021.01.31
【六】
「待って、無理だから、ホント…んっ」
 俺は、学校が終わるとバイトをしている。
 コスプレをして接客をする、メイド喫茶の男性版だ。
 酒は出さないが酒を飲んでからやってくる客もいる。
 そう、相手はほぼ男だ。
 太股を揉まれたり、陰部をまさぐられたりは当たり前だ。
 いけないと言われても俺たちが黙っていれば済むこと。
 時々、ポケットに紙片が入っていて閉店後に誘いをかけてくる。
 今夜がそれだ。
「もう少し、脚を開いてみてごらん」
 アダルトビデオみたいな台詞だな。
 なのにパンツにシミが出来る。
「可愛いな」
 シミをなぞる。
「あっ…ん」
「キスしていい?」
「ダ…メ」
 否定しながら口を開ける。
 くちゅくちゅと水音がして、腰が揺れてしまう。


2021.02.01
【七】
「ん…キモチい…」
「ホントにジョージは可愛いなぁ」
 店ではジョージと名乗っている。
「イキたい」
 男はいきりたったモノを取り出すと俺の脚の間に差し込む。素股と言うやつだ。
「あっ、あっ、キモチい…キモチいいっ」
 男のモノが俺のモノと擦れて弾けた。
「あんっ、あぁっ…ごめんなさい、イッちゃったぁ」
「いいよ、ジョージ、キモチよかったんだね?よしよし」
 男は満足して帰っていく、破格の金を置いて。
 これは、俺の学費と生活費だ。

 キモチいいことして、金をもらえるなんてなんて良いことだと思って始めた。
 けど、空しい。
 こんな汚れた人間は前田に釣り合わない。
 親父は借金を作って逃げた。お袋は男を作って帰ってこない。兄貴は小さな町工場に勤めているが、普段は彼女の家から通っている。
 このアパートには俺以外誰も帰ってこない。
 家賃も俺が脚を開いて稼いだ金だ。
 高校なんか行かなきゃいい。
 …なのに、前田がやって来るかもしれないと、辞められなかった。
 本当に、やって来た。

2021.02.02
【八】
「奨学金?」
「はい。先輩は高校に入学してから、ずっとバイトをしていますよね?でも優秀な生徒には奨学金が出るんです。はい、書類。」
 通学路でいきなり前田に言われた。
「なんで、お前がこんなこと知っているんだ?」
「僕も利用しているんです。だから面倒な手続きは僕がやってあげます。」
 ニコニコと笑顔で答える。
「もう、バイトもしなくていいんですよ?」
 それは、助かる。生活費だけになれば、もう少しまともなバイトを探せる。
 住所、氏名、電話番号、メールアドレス、銀行口座を書き込むと、前田に渡す。
 翌日には前田から手続き完了の連絡が届き、入金を確認した…金額が尋常じゃない?
「前田!」
「はい?」
「なんだ?この金は?」
「僕が相続するはずのお金を先にだしてもらいました、未来の社長に。僕は会社を継ぐことはできない…そんなに長くないから。」

2021.02.03
【九】
 前田の言っていることが理解できない。
「待て、未来の社長って、なんだ?」
 前田は俺の顔を指差した。
「僕が指名したんだから絶対です。」
「それと、長くないって…」
「僕から、言わせるつもりなんですか?」
 前田の表情が曇ったので止めた。
「みんな、僕の願いを叶えてくれるんです。」
 それは、俺にも叶えろと言っているのと同じだ。
「わかったよ、付き合ってやるよ…」
「そんな!脅したみたいで…でも…嬉しいです。」
 前田が、明るい表情になったので少し安堵する。
「宰(つかさ)先輩は、僕の名前知ってます?」
「条治(じょうじ)」
「嬉しい、宰先輩が僕の名前を覚えてくれていたなんて」
 忘れるわけないだろ?源氏名だしな。
 まだ何かペラペラと喋っていたけど、唇を塞いでやった。
「安心しろ、これ以上はしないよ。」

2021.02.04
【十】
「やだっ」
 前田は俺の胸ぐらをつかむとユサユサと揺さぶった。
「僕は、宰先輩と同じ道を歩きたい。僕は会社の経営は無理だから代表権を持たない会長になる、先輩はこれから経営について学んで、うちの会社を盛り立ててください!」
 …なんか、いま、さらーっと、物凄いこと言われなかったか?

 前田のお陰で、俺は大学へ進んだ。経営について学んで、前田の父親が経営する輸入雑貨の店を大きくすることが課せられた義務だ。

2021.02.05
【十一】
 高校、大学と通わせてもらった代償が会社経営って、プレッシャーがハンパないんだけど。
 それでも過去のバイト遍歴を払拭するために頑張った。
 前田と釣り合う人間になることが先決だ。

「宰先輩…これ…」
 ある日、前田が震える声で一葉の写真を持ってきた。
「先輩…ですよね?」
 それは、バイト時代の淫らな写真だった。
「うん、俺だよ」
 終わった、そう思った。
「なんだ、先輩が悩んでたのは受けだったからなんですね?」
 ん?
「僕、どっちもOKです、良かった。」
 何が?
「先輩、僕の嫁になりませんか?」
「嫁?」
「はい」

 それからのことは正直何も言いたくない。
 会社のこと、条治のこと、兄姉のこと、両親のこと…。
 全て順風満帆で、でも俺は毎日クタクタで。
 でも、幸せかもしれない。
 15歳の時に惚れた相手と添い遂げられるなんて。
「宰さん、そろそろ仕事は部下に任せて宰さんは僕のことに時間を使ってくださいね?」
 そんな優しい言葉を掛けてくれるけど、夜はなかなか寝かせてはくれない…。

2021.02.06 完
気持ちは後から着いてくる
【一】
 ムリ。
 ムリムリ。
 酒臭いし。
 でも。
 顔が近付いてくる。
 なんで?
 どうして?
 両手を突っ張って押し返したけれど…。
「ん」
 僕は、初めてのキスを、見ず知らずの青年に奪われた。

2021.05.07
【二】
「ごめん、本当にごめんな。」
 見ず知らずの青年は、さっきから僕に平謝りをして居る。
「君がね、その…元カレにソックリで。帰ってきてくれたんだと、勘違いして…」
 僕はただ、賃貸マンションに帰ってきただけなのに。
「鍵、返してください。」
「あ、ごめんな。」
 大家さんは、部屋の借り主が変わっても、鍵を取り替えなかったんだな。
「あのさ、あつかましいついでに、一晩泊めてくれなぃ」
「嫌です」
「だよな」
「はい」
「じゃあ、金貸して」
「嫌です」
「なんだ、融通が効かないなぁ」
 む。
「警察に突き出されても文句が言えないのですけど?わかってますか?」
 「わかってる、わかってる…」と言いながら、語尾が揺れ…倒れた。

2021.05.08
【三】
「本当にご迷惑ばかりお掛けして申し訳ないです。」
 朝。
 目覚めた青年は、ずっと土下座をして居る。
「勝手に上がり込んだ上に押し倒して寝ちゃったなんて、申し開きのしようがありません。ご免なさい。」
「あの、もういいです。だから、」
「なら、朝飯を作らせてください、せめてものお詫びに。」
「本当にいいんです、だから、」
「でも、私は料理人なんです。だから、」
「出てって!」
 やっと言えた。
「…そう、ですよね。見ず知らずの男なんて、嫌ですよね。」
 青年はヨロヨロと立ち上がった。
 玄関まで辿り着くと、一度だけ振り返った。
「私は、あなたのこと知っています。」
 言うと、ドアの向こうに消えた。
 え?知ってる?

2021.05.09
【四】
 答えは昼過ぎに判明した。
「ぁっ」
 小さく、叫び声をあげ、慌てて踵を返した。
「榮蒔(さかまき)さん!」
 厨房から、深夜から朝まで我が家に迷惑だけ置いていった張本人が現れた。
 「私は、あなたのこと知っています」と言ったのは本当だったんだ。
 毎日通っている洋食店のシェフだった。
 厨房からは店内がよく見えるようだが、店内から厨房は見えない…いや、見ないというのが正しい。
「常連の方…ですよね、やっぱり。私に奢らせてください!」
 言うと厨房に消え、僕の好きなハンバーグステーキを携え戻ってきた。
「これからも、ご贔屓にお願いします。」
「あ、はい。」
 ここを逃すと、食べられる店がなくなる。だから、来ないわけには行かないのだ。

2021.05.10
【五】
 こんな田舎町に、食事が出来る店があることが奇跡だ。
 なのに、店側が僕に不祥事を起こして出入りをしにくくさせるなんて、嫌がらせ以外の何者でもない。
 …自炊するか。気が進まないが。
 部屋で仕事をしながら考えていた。
 折角都落ちして快適な住空間を得たのに。
 今朝、彼が帰ったあとに急いで大家に連絡を入れ、鍵の交換交渉を勝ち得た。
 だから直ぐに引っ越すのは面倒だ。
 内鍵を閉めなかった僕も悪い。
 今後は気を付けよう。
 と言うことで、彼を(心の中で)許すことにした。

2021.05.11
【六】
「こんばんは。」
 また、彼が出てきた。
「カニグラタンと、」
「オニオングラタンスープ、ですよね?ガーリックトーストですか?ガーリックライスですか?」
「ライスで。」
 注文の詳細を心得ていやがる。
 テーブルに並んだ料理は、いつもより二割増しだった。
 少し、心が痛くなる。
 そんなに、悪い人ではないのかもしれない。

2021.05.12
【七】
 前言撤回。
「こんばんは。二度目ですけど。」
 ヘラッと笑いながら、彼は現れた。
「これ、明日の朝食べてください。」
 紙袋の中には、ガーリックトーストが入っていた。
「これ、もらうわけにはいきません。もう、僕の中では解決していることなので、お気になさらず。」
「いえ、それでは私の気が済みません。お得意様にご迷惑だけお掛けしたとあっては、父に叱られます。」
「ならこれで終わりにしてください。」
 出来るなら二度と家は訪ねてきて欲しくない。
 しかし。
 彼には僕の言葉が通じないらしい。
 それから1ヶ月、毎日のように夜十時に現れては、朝食を置いていった。
 そして、きっちり1ヶ月を経過した日から、彼は来なくなった。

2021.05.13
【八】
「こんばんは」
 彼は、僕の姿を確認すると、厨房から姿を現した。
「こんばんは。今夜はエビピラフとテールスープでお願いします。」
「かしこまりました。」
「あの!」
 去り掛けた彼の背中に声を掛けていた。
「お名前、伺っていなかったかと。」
「失礼いたしました。」
 ポケットから少しヨレヨレになった名刺を取り出した。
「やっと、役に立ちます。」
 渡された名刺には≪坂下(さかもと)ケンイチロウ≫とあり、洋食レストラン≪キャロット≫主任シェフが、肩書きだった。
「榮蒔さん、下のお名前は?」
 料理を運んできた主任シェフは、向かいの席に座って頬杖を突きながら問う。
「京一郎(けいいちろう)」
 二人して、顔を見合わせ笑った。
「坂下さん、今夜、うちにいらっしゃいませんか?」

2021.05.14
【九】
「建築物の模型を作成するのですか。知りませんでした、そんなお仕事があるなんて。」
 仕事部屋を覗きながら、楽しそうに作りかけの模型を眺めている。
「同じ部屋なのに。」
 そこで思い出した。
 この男は元カレの部屋を訪れ、僕とキスしたのだ。
 今から、咥え込もうというときに、何を思い出すんだか。
「セックス、しませんか?」
「嫌です。」
 坂下さんは、即座に否定した。
「身代わりは、嫌です。」
「身代わりなんかじゃないです。坂下さんが、好きです。あの夜、僕のファーストキスを奪ったんだから、責任とってください。」
 途端に、顔が近付いた。
「んっ」
 歯列を抉じ開けられ、口腔内を舌が優しく撫でる。
「んふ」
 気持ち、いい。

2021.05.15
【十】
「煽ったのは、あなただ。」
 いつまでもキスが止まらない。
 寝室のベッドに移動して、互いに破裂しそうな股間を擦り付けあい、窮屈なパンツから逃げ出す機会を待っている。
 ケンイチロウは、僕のパンツのベルトに手を掛けた。
 ブルンと、中から欲望が溢れ出す。
「旨そうだ」
 舌舐りしながら、唇を寄せる。
「ちょっ、待って」
 セックスしようと、言った。するつもりだった。
 完全にこの男にしてやられた。
 なのに、ケンイチロウが自分のペニスを愛おしそうに嘗めているのを見て、怖じ気づいた。
「痛くしないから、私に全て任せて?」
 言うと、口に含んだ。
 温かい。
 唇をすぼめて、ジュルジュルと音を立てて吸われるように扱かれた。
「や、ダメ」
 頭を押さえて必死で腰を浮かそうとするが、力が入らない。
「ん、や…」
 気持ちいい。
「あ」
 室内には、切れ切れな自分の声と、卑猥な水音だけ。
「も…出る」
 腰を突き出すようにして、射精した。

2021.05.16
【十一】
 ごくりと、音を立てて、飲み下した。
「何?何してるのさ!」
「ごちそうさま」
 シレッとケンイチロウは言う。
「挿れても、いい?」
「あ」
 無意識のうちに戸惑いを表していた。
「ちゃんと、気持ちよくなるようにするから。」
 信じても、いいかな。
「うん。」
「京一郎…ケイでいい?オレのことはケンでいいから。」
「や、ケンイチロウって、呼ばせて。」
 見る間に、顔を赤らめる。
「本当に、初めてなのか?」
 ケンイチロウは、パンツのポケットを探っていたが、探し物は見付からなかったようだ。
「落としたかな?」
「これ?」
 サイドテーブルの引き出しを開け、潤滑剤を差し出した。
「これ。」
 掌に多量に取り出し、暫く見つめていた。
「直ぐ使うと、冷たくて縮こまっちゃうんだ。」
 その瞬間、自分がこの男の過去の男に嫉妬していることを自覚した。
 本当に、好きなんだ。参ったな。
 ベッドの下に落ちていた熊のぬいぐるみが、僕の腰の下に押し込まれ、臀部の間に、指が差し込まれた。
 襞を一つづつ拡げるように、そっと周囲を巡らせた。
 その間、ケンイチロウは僕の乳首を嘗めたり齧ったり、肩口を噛んだり、深い口付けをしてきた。
 されるがままな自分は、嫉妬に身を焦がしながらも、快楽に愉悦した。

2021.05.17
【十二】
「ケンイチロウ、触っても、いい?」
「好きにして、いいよ?」
 その指を何本も受け入れた身体は、ぐすぐすに溶かされ、もっと太くて長いモノを受け入れたいと、腰を揺らした。
 ケンイチロウの熱を感じたくて、指を絡ませる。
「熱い」
「うん、もう中に挿いりたくて爆発しそうだ。」
 指を離すと、受け入れる穴をノックした。
 ゴムを被せると潤滑剤を塗り、先端を少し、中にめり込ませる。
 それだけで物凄い存在感と威圧感だった。
「んんっ」
 異物感も拭えず、目を閉じると腰が引けた。
「ケイ」
 名を呼ばれ、目を開ける。
「見てて」

 頭の横に両手を着くと、グイッと腰を進め、結合を深めた。
 両手がストッパーになり、逃げられない。
「もう、少し、挿れさせて」
 出したり挿れたりして、少しづつ深くなる。
「ケイの中…ビクビクしてる…気持ちいい。ごめん、もうムリ、動くよ?」
 それからはメチャクチャ突かれまくった。
 声が枯れる程、喘いだ。
「ケンイチロ…」
 それが意識を失う直前に放った言葉。

 深夜、目覚めるとケンイチロウの腕の中だった。
「気が付いた」
 ケンイチロウが微笑む。
 しかし次の瞬間、謝罪の言葉を口にした。
「ごめん、嘘ついた。ここが元カレの家なんて違うんだ。大家は婆ちゃんなんだ。店で、一目惚れして…欲しくて。でも切っ掛けがなくて。」
 僕は急いで唇で口を塞いだ。
 そんなこと、聞きたくない。
 どんな手段でも構わない。
 切っ掛けなんてどうでもいい、君と恋に落ちたいんだ。

2021.05.18 完
気持ちが先走ってる
【一】
「榮蒔京一郎」
 ふふふ。
 へへへ。
 名を口にしただけで勃起しそうだ。
 やっと、やっと手に入れた。
 一目惚れしてからどれだけ時が過ぎただろう?
 散々思案して、不法侵入を試みた。
 そこから更に数ヶ月。
 長かった。
 今夜も泊まりに行く。
 どんな風に虐めてやろうか?
 楽しみだ。

2021.05.19
【二】
「え?」
「だから、ケンイチロウの話を聞かせて欲しいんだけど。」
「なんの?」
「お店も大きいし、でもそんなに流行る場所でもないし、マンションもいくつも持ってて、お坊ちゃんなのに、どうして?」
「どうして?ってなにが?」
「僕なのかなって。」
 ああ、射精しそうだ。可愛すぎる。
「オレは別に、お金で恋愛する訳じゃないよ?ケイだから、好きになった。それに、こんな田舎だから土地も高くないし数を持ってても大した資産でもない。」
 持ってるのは父と祖母だが。
「なら、」
 まだ何か問いたそうな唇を塞ぐ。
 一分でも一秒でも早く、長く、抱き合いたい。
 怒張をケイの太股に擦り付ける。
「早く挿れさせて」

2021.05.20
【三】
「ケイ、ごめん」
 どうしてこうなった?
 突然ケイは拗ねてオレを拒んだ。
「やっぱり、:ケンイチロウがどうして僕を好きになったのかわからないと、これ以上関係を深めることが出来ない。」
 なに!?
「僕のどこが好き?」
 ここは、正直に言おう。
 「…一目惚れだったんだ。自分が作った料理を物凄く旨そうに食うから…顔もタイプだし。」
「そっか。…僕はキスが好き。初めてのキスがなかったら、不法侵入だけしか残らなかったな。…もっと、キスしてよ。」
 ああ、なんて、可愛い。
「いっぱい、これからいっぱい、キスしよ?」
 抱き締めると、両手を背に回して肩口で何度も頷く。
「セックスも、しよ?」
 オレの口調を真似て、言う。
「しよ?」

2021.05.21
【四】
「あ」
 パンを捏ねるように、ケイの尻を揉む。尻だけで可愛い声を出す。
 指先で尻穴に触れる。きゅっと、穴が縮む。
「怖い?」
「ううん、怖くはない。けど、まだ緊張する。そこは、排出するところだろ?なのに…好きな人を受け入れることが出来るなんて思わなかったからな。」
 ケイが、愛しい。この気持ちはどうしたら伝わるだろうか?
 触れるだけのキスを、何度も何度もキスをする。
「ふ…んんっ」
 鼻から声が漏れる。
もう、可愛すぎる!!
 身体を放し、ケイを口腔に含むべく下半身に体勢をずらそうとした。
「ケンイチロウ、ケンイチロウのも、触らせて?」
 なに!?
「そんなことされたら、挿れる前にイク!」
「イって?何度でも僕の身体使っていいから。」
 あーぁぁぁっ!爆発する!
「ケイっ!」
 ケイの顔を跨いで、ケイのを口腔内に収めた。
 ケイも、何度かむせながらも、口腔内でたどたどしく舌を使って舐めてくれた。
 見たい!
 ケイがどんな顔をしてオレのをしゃぶっているのか、見てみたい。
 思って…イッた。

2021.05.22
【五】
「もっと、イって?」
 イク、イクイクっ!
「でも…それはケイの最奥がいい。」
 中で、受け止めて欲しい。
「いいよ、来て?」
 こいつ、本当に初めてか?
 いや、冷静になれ、ごく普通のことしか言っていないぞ?
 でも…可愛い、可愛すぎる!
 潤滑剤を使ってヌプヌプと尻穴に指を入れたり出したりする。
 ケイが小さく呻く。
「ケンイチ…ロウ、気持ち…い…あ、そこ…あんっ」
「ここ?ここがいい?」
「ん…いい」
 ケイの腰が浮く。
「奥、侵して?」

2021.05.23
【六】
「あ、あ…ごめん、僕…喘いでばっか…んっ、あ、」
 バカ、喘がせてるんだ。
「気持ち…い…ケンイチロウの、が、中擦って、気持ち…い」
 あ、バカっ!可愛すぎる!
「ううっ」
 我慢、我慢だ!もう少し頑張れ!
「中、ケンイチロウの精液で、いっぱい濡らして?」
「バカっ」
 やめろ!煽る…な…我慢、出来なかった。
「あ、ケンイチロウの、中でビクビクしてる。イッたの?…あ…んっ、そこ、や」
 どうやらオレのがケイの良いところをノックしているらしい。
「ちょっと…待て…復活する」
 オレ、このまま死んでもいい。腹上死がいいな。
「ケンイチ…ロ」
 心細げな瞳で見詰められて、気が変わる。
 こんなに可愛い京一郎を置いては逝けぬ。
 …ヤり殺すか?
 …いや、まずは復活だ。

2021.05.24 完
スズキくんとサトウくん
【一】
スズキくんの場合
 中学の時、電車でよく会う人だった。イケメンだと思った。
 高校の入学式、その人が隣に、いた。

サトウくんの場合
 中学の通学電車の中で、いつも楽しそうに話している子がいた。
 それが今、隣で俺の顔を見てビックリしている。

2021.05.26
【二】
スズキくんの場合
「え?君って…同い年だったの?」
 思わず隣の人に声を掛けていた。
 だって、ずっと年上だと思っていたから。

サトウくんの場合
「うん、俺も今そう思っていた。電車ん中でぎゃーぎゃー騒いでいるから子供だなって。」
 あ、ちょっとバツが悪そうな表情。可愛いな。

2021.05.27
【三】
スズキくんの場合
「しゃーないじゃん、僕、ちっさいんだもん。声を張り上げないと降りられなくて。でも父ちゃんも高校で背が伸びたって言ってたから、きっと僕もこれから伸びるんだと思ってる。」

サトウくんの場合
「いいじゃん、可愛いから。俺なんてでかくて邪魔って言われんだから。」
 本当にそう思う。
 ちっさくて、可愛い。
「俺、サトウ タダシ、君は?」
 やっと、言えた。

2021.05.28
【四】
スズキくんの場合
 サトウ タダシ…ふむ。
「僕はスズキ マナト。マナトは愛に一斗缶の斗。よろしく。」
 いつもはこれでウケるんだけど。

サトウくんの場合
「キレイな字だね。俺は直角の直。」
 愛斗なんて、君にピッタリの名前だ。

2021.05.29
【五】
スズキくんの場合
「あ、ありがと。キレイなんて初めて言われたよ。大抵一斗缶にひっかかるんだけどね。」
 ウケを狙っているのに、誉められるとは思わなかった。

サトウくんの場合
「この学校に知り合いが居なかったから心強いよ。」

 こうして、スズキくんとサトウくんの高校生活が始まった。

2021.05.30
【六】
スズキくんの場合
「愛斗、おはよう」
 いきなりサトウから名で呼ばれたので動揺した。
「おはよう」
「今朝も電車、混んでるな。」
「そうだな」
 僕はサトウを見上げた。
 やっぱりイケメンだな。
 サトウは、当然異性愛者なんだよな。
 僕は、物心ついたときから同性が好きだった。しかもイケメンばかり。
 自分にないものを求めているだけだと思っていたけれど、恋愛対象として見ていたことに気付いた。
 中学が電車通学だったことから、偶然サトウを見掛けた。
 あの時から背が高くてイケメンだった。
 いつだったか、痴漢にあっていた女の子を助けていたこともあった、僕は全く気付かなかったのに。
 サトウに会えるから毎朝の通学が楽しみだった。

2021.05.31
【七】
サトウくんの場合
 両手を広げたら、すっぽりと収まるだろうな。そんなことを考えていた。
 この町は、公立中学でも電車通学だ…と言っても、とても小さな電車だ。
 スズキとは微妙に地区が違っていて、学校は違った。
 いつも同じ学校の友人と乗っていて、楽し気に話していた。
 その姿は、美少年と言ったところか。ツルンツルンの肌に真っ白な歯が輝いている。
 基本根暗な俺は、スズキの明るさが羨ましかった…。

2021.06.01
【八】
スズキくんの場合
 サトウは、何気なく僕を他の人たちから庇う様に電車に乗る。小さくて押し潰されそうな僕は、サトウの然り気無い気遣いに感謝している。
 でも、時々ドアで壁ドン状態だから、思わず抱きつきそうになって慌てて手を引く。
 この胸に頬を押し当てて、頬擦りしたら気持ちいいだろうな。
 この腕が僕の背を抱き、腰を抱き、尻を揉んで…ダメだこれ以上想像したらヤバい。
 でも…。
 完全にイカれてる。

2021.06.02
【九】
サトウくんの場合
 俺を見上げる瞳がキラキラと輝いている。
 その目玉を舐めたら、怒るだろうか?
 なら、その唇を舐めたらどうだろう?
 鼻をかじったら、耳を噛んだら、耳穴に舌を捩じ込んで、首を噛んで…何なんだ?なんでこんな妄想するんだ?
 俺はスズキを困らせたいのか?
 違うだろう?
 出来るなら笑っていて欲しい。
 キラキラと輝く瞳で笑っていて欲しい。
 この気持ちは、何なんだろう?

2021.06.03
【十】
スズキくんの場合
 気のせいでなければ、サトウも僕の事を熱っぽい瞳で見ている気がする。
 同類なんだろうか?
 でも、見ちゃったんだ、この間。三階の音楽室の前で、女の子に告白されていた。
 サトウは満更でもない顔をしていた。
「直、その…付き合うの?あの子と。」

2021.06.04
【十一】
サトウくんの場合
 何で知っているんだ?誰にも言っていないのに。
「うん、好きだって言ってくれたから。」
「そうか…いいな、告白されて。僕なんか小さいから誰にも相手にされない。」
 そんなことない、俺は…俺は何を言うんだ?
 やっと自分の気持ちに気付いた。だからこそ、女子と付き合うんだ、俺のこんな邪な気持ちに気付かれないように。

2021.06.05
【十二】
スズキくんの場合
 否定、しなかった。
 やっぱりサトウは異性愛者だったのか。
 朝、電車で会わなくなった。
 その女の子と待ち合わせしているのだろうか?
 あの長い腕で、小さくて細い体を抱き締めるのだろうか?
 いいんだ、このまま、友達でいよう。それがいい。

2021.06.06
【十三】
サトウくんの場合
 何の躊躇いもなく、スズキは俺から離れていった。
 これで、スズキに対して淫らな気持ちを抱かなくて良くなる。
 彼女が出来ても、ちっとも楽しくない。
 セックスしても、ちっとも気持ち良くない。
 彼女の中で、俺はスズキが乱れる姿を想像して果てる。
 完璧だ、俺はスズキが好きなんだ。
 叶わぬ恋なんか、忘れてしまおう。

2021.06.07
【十四】
スズキくんの場合
 体育祭でサトウと僕はリレーの選手になった。
 サトウは僕の後に走るから、僕がサトウにバトンを渡す。
 足は子供の頃から速かったから、サトウに迷惑はかけないだろう。
 バトンを落とさないように握りしめた。
 サトウの手に、指先が少しだけ触れた。
 慌てて手を離してしまった。

2021.06.08
【十五】
サトウくんの場合
 弾丸のように物凄いスピードで駆けてきた。
 スズキの小さな姿がドンドン大きくなる。
 まるで、今の俺の中のアイツだ。
 ドンドン、ドンドン大きくなる。
 好きなんだ。
 でも、そんなことを伝えても、迷惑を掛けてしまう。
 だけど、やっぱりそばにいたい。
 スズキから、バトンを渡された。
 ホンの少し触れた指先が熱い。
 ギュッと握りしめて、前を向いた。
 ゴールテープを切って駆け抜けた。

2021.06.09
【十六】
スズキくんの場合
 二年はクラスが分かれてしまった。
「愛斗、今日一緒に帰らないか?」
 そんな風に誘ってくれる。
「うん。彼女は、いいの?」
 少しの沈黙の後、「別れた」と、呟いた。
「直、元気出せよ!お前なら大丈夫だ!」
 思わず、激励の言葉を掛けてしまった。

2021.06.10
【十七】
サトウくんの場合
「あ、ありがとう」
 今が、その時だったんじゃないか?
 今が、告白のタイミングじゃなかったのか?
 でも、俺が告白することで、二人の関係にヒビが入ったら?
 怖い。
 離れたくない。
 でも、どうしたらいいんだ?

2021.06.11
【十八】
スズキくんの場合
 修学旅行先でサトウと遭遇した。
「直のグループもこっち回るんだ。」
「ああ、銀閣寺は俺が推した。」
「直も銀閣寺が好きなんだ?僕も好き。」
 今の好きに、自分の気持ちを込めてみた。届かぬ想いを投げつけた。

2021.06.12
【十九】
サトウくんの場合
 スズキの声で、スズキの口から「好き」と言う単語が紡がれたことで、動揺した。
 俺の事を好きと言ったのではない。
 胸が、苦しい。
 俺は、どうしたら良いんだ。
 本当に離れたくはないんだ。

2021.06.13
【二十】
スズキくんの場合
 三年になって、再びクラスが同じになった。
「腐れ縁だね?」
 笑いながら言えるようになった。
 大丈夫、僕の気持ちは隠せている。
 高校を卒業したらもう会わなくなる。
 そうすれば今までのように、遠くで思い続けていれば良いのだから。
 でも、胸が痛い。

2021.06.14
【二一】
サトウくんの場合
 スズキに少しでも触れるには、登下校を共にするしかない。
 偶然を装って手の甲が触れあう。
 混んだ電車で壁ドンならぬドアドンをする。
 男が男に触れることは、かなり至難の技だと気付いた。
 相変わらずその唇に噛みつきたい衝動には駆られる。

2021.06.15
【二二】
スズキくんの場合
 東京の大学に、進路先を決めた。
 これは、絶対にサトウにバレてはならない。
 サトウのことは、思い出にしたい。
 僕の、青春の思い出。

2021.06.16
【二三】
サトウくんの場合
 スズキの三者面談を盗み聞きしていた。
 なんだって?
 東京へ?
 想定外だった、てっきり地元の大学に進学するんだと思っていた。
 慌てて進路を変更した。
 だって、決心が鈍るから…。

2021.06.17
【二四】
スズキくんの場合
「直!」
 卒業式に、サトウの背中を見付けて駆け寄った。
「あのさ…」
 夕べ、さよならしようって決めてきたのに。
 喉に詰まって言えない。
「一緒に、帰らないか?」
 サトウの顔が、見られない。
 好きだった。
 好きで好きで、たまらなかった。
 君に、僕のことを綺麗な思い出にして欲しい。

2021.06.18
【二五】
サトウくんの場合
「愛斗、三年間で背が伸びたな。これなら…大学に行ったらモテるから。」
 思ってもいないことを口にした。
 背は伸びた。
 でも、可愛らしい顔立ちは変わらずに、愛くるしい唇も、鼻も耳も頬も…。
「うん、大学で、彼女が出来たら嬉しいな。」
 スズキの口から「彼女」という単語を聞いて、ショックだった。

2021.06.19
【二六】
スズキくんの場合
「直…」
 大学の入学式、校門の前にサトウが、いた。
「また、同じ学校だ、宜しくな。」
 どうして?何で?
 離れたかったのに、忘れたかったのに。
 東京の大学なら、サトウのことを思い出さずに済むと思っていたのに。
 サトウがいたら、困る。
「愛斗、話が、ある。」

2021.06.20
【二七】
サトウくんの場合
 地元を離れたことで、今度こそ気持ちを伝えようと決めていた。
 そして、同じ大学の違う学部に決めた。
 入学式後に、アパートへ連れ込んだ。
 そのまま、抱きすくめた。

2021.06.21
【二八】
スズキくんサトウくんの場合
「直、どうしたの?」
 スズキは、サトウの腕に困惑しながら、声を震わせ問うた。
「直…腕を解いて欲しい。」
 しかし、サトウが腕の力を緩めることはなかった。
「愛斗の横に、女の子が立つ日は来るのか?その役を、その、俺にやらせてくれないか?」
 スズキにはサトウの言っている意味が理解できない。
「愛斗の、恋人に、なりたい」
 サトウの言葉が、耳の奥で耳鳴りのように響く。
「こいびと?僕の?」
「愛斗が、欲しい。ダメか?」
「嘘。だって、直は、女の子を…嘘」
 スズキは、取り乱していた。
「愛斗の全てを食べたいと思うほどに、俺は愛斗に夢中だ。それを隠すために離れた。」
「直、僕は男で、女の子じゃない。それでも、抱けるの?」
 サトウは、スズキの唇に噛みつくようにして口付けた。
「ん」
 キスだけで、スズキは喘いでいた。
「愛斗が可愛くて仕方ない。嫌なら拒んでくれ。」
「嫌じゃ、ない。夢みたいだ。直が、僕のことを好きだったなんて。」
「中学生の時から好きだったみたいなんだ。自覚していなかった。」
 スズキは可能な限り首をサトウの方に向けた。
「僕も、直のことが中学の時から好きだった。」

「愛斗、ここに来て」
 サトウはスズキを膝の上に座らせる。
「やっぱり愛斗はここにジャストサイズだな。」
 そう言うとギュッと抱きしめる。
「小さくて、可愛い」
「直が、デカすぎるんだよ…」
「だからジャストサイズなんじゃないか」
「そっか」
 週末はどちらかの部屋で過ごす。ベッドの上に胡坐をかくと、その上にスズキを座らせ、愛でる。
 散々愛でると安心する。
 遠回りしたけど、今は少しずつ恋人らしくなるように、距離を縮めている。
 そのための週末だけの同棲。
 いつか、きっと。

2021.06.22 完
日記
【一】
 誰にも相談できないから、日記に書くことにした。
 小学校に入学して一週間くらいだったかな、隣の席の女の子に「好きです」と一言書かれたメモ用紙をそっと手渡された。
 好き?好きってなんだろう?
 その時の僕はそう思った。だから「わからない」と書いて返した。
 それから女の子は口をきいてくれなくなった。
 僕は、小さいときに仲良しの友達がいた。
 たまたま隣の家に住んでいた男の子で、玉村丈太郎(たまむらじょうたろう)という名前だけは覚えている。
 しかし、小学校入学直前に遠くへ転居した。(因みに玉村くんはもう登場しないので安心してください)
 そんなことで、僕の友達は男の子だったという話だ。

2021.08.18
【二】
 友達もたくさんいて、他の人と何ら変わらぬ自分に対して疑問を抱いたのは中学生になったときだった。
 僕は、同じブラスバンド部でバイオリンを弾く、長谷キミヒコ君に物凄く興味を持った。
 彼のことを目で追っていることに気付き、隙あらば眺めていた。
 なのに目が合うと反らしてしまう。
 ある時、長谷君に一緒に帰ろうと誘われ、どうしていつも見ているのかと問い詰められた。
 悩んだ挙げ句「長谷君みたいにカッコよく立ち居振舞いが出来たらいいなと憧れて、一挙手一投足を観察していた」と、苦しい言い訳をした。
 実際、自分がなんで彼を見ているのか、興味があるのかがわからなかったのだ。
 「そうなのか?なんか…照れるな」と、長谷君は、真に受けてくれて良かった。
 その時、少し胸が痛んだ。
 そして気付いた。
 小学校のときに女の子に手渡されたメモを。あれがこれか。
 僕は長谷君が「好き」なんだ。

2021.08.19
【三】
 結局、長谷君とは仲良くなったけれど、気持ちを伝えることもなく中学を卒業した。

 高校生になって、仲良しの女の子ができた。
 その子はいつも僕に向かって「外村(そとむら)くんは、なんとなくなよなよしてる。」と言った。
 なよなよ?
「うーん、上手く言えないけど、男の子臭いんじゃなくて、女の子寄り?みたいな?けど、女の子っぽいわけじゃないんだよね。」
「よくわかんないな?」
「言葉遣いも普通に男の子だし、仕草も男っぽいし。けど、どことなく女の子の雰囲気がある?みたいな?」
「その女の子っぽい雰囲気がわかったら教えて、直すから。」
「りょーかい!やっぱり外村くんも男っぽい方がいいのか。別にいいと思うけどね。力も強いし意見もはっきり言うし、男友達多いし、女友達もいるし。良い傾向だよ、うん。」
「同じ日本人だからな。」
「そうそう」
 彼女の方が余程男っぽかった。

2021.08.20
【四】
 しかし。
 やはり僕の心を捉えていくのは、男性だった。
 高校二年のときに新人教師として赴任してきた輪海(わかい)先生に、視線が釘付けになった。
 僕のクラスの副担任で、色々相談しに行った。
「外村くんは生徒会活動に熱心だね。」
 高校では生徒会の書記を頼まれてやっていた。
 輪海先生も生徒会の顧問で、渡りに船だった。
「先生…生徒会とは関係ないのですけど、恋愛について教えて欲しいんです。」
「そうか、恋愛についてか!好きな子がいるのか?」
 「はい」、貴方です。
「その人は高嶺の花で、どうしても手が届かない気がします。」
「そんなことない、当たってみたら良い。俺もな、大学時代に好きな子がいて、猛プッシュして付き合うことになった。今は婚約している。」
 婚約?23歳で?はやっ。
 その途端に僕の恋は終わりを告げた。

2021.08.21
【五】
 先生の次に好意を抱いたのは、三年の時だ。
 新入生が来て、僕らも生徒会を離れるとなった時、一年の小造(こづくり)くんに一目惚れした。
 アイドルのような可愛い顔をした男の子だったのに、帰り道で女の子と手を繋いでいるところを見てしまった。
 校則違反なのに。
 でも僕は小心者だから、誰にも言わなかった。誰にも言わなかったけど、瞬く間に噂になっていた。
 犯人は一年の時から仲が良かった女の子だった。
 ごめん、彼女の名前は憶えていない。
 どんな子よりも仲良かったのに。
 ほんの一瞬心を惹かれただけの木造くんは憶えているのに。
 僕は…薄情なのかもしれない。

2021.08.22
【六】
 高校を卒業して大学に通っていた時も、女友達は多かった。逆に男友達が少なかったので、男性陣から冷ややかに見られている実感はあった。
 でも、男性と話をすると、緊張してしまうのだ。
 勇気を出して声をかけたこともあった。
 でも、たいてい女の子を紹介してほしいという、仲介をさせられるばかりだった。
 女の子を紹介するのなんか全然かまわない。
 でも…。僕の悩みは解決しない。

2021.08.23
【七】
 20歳を過ぎたとき、駅で声をかけられた。
 占い師だった。
「あなたの悩み、解決してあげましょう。私はまだ見習いなので、料金は不要です。」
 そんな言葉につい、乗ってしまった。
「東京の繁華街に『ツヤマ』という名前の店があります。そこにあなたを探している物…人…がいる様です。」
 なんてアバウトな占いだ。さすが見習い。
 それでも藁をもつかむ思いで、ネットで「ツヤマ」を探した。
 ツヤマにもいろいろあって、カタカナ、漢字、アルファベット…。東京の繁華街って言っても、23区以外もある…よな?

2021.08.24
【八】
 三日後、僕は「通山」の扉の前にいた。
 店は意外と早くに見つかった。
 しかし、だまされていると気付いたのだ。
 そこは「占いの館」。つまり声を掛けてきた占い師の居城だ。
 来る気になったのは、悩みを解決したかったからだ。
 扉に手を掛けた時だった、自然と開いた…のではなく、内側から開いたのだ。
「あ、失礼しました。…ここは信頼できますよ。」
 その人はそう言って笑顔で去っていった。
 …また、一目惚れした。

2021.08.25
【九】
「だから、個人情報なのでダメです」
 受付の人は絶対に今出て行った人の名を教えてはくれなかった。
 僕の悩みが増えてしまった。

2021.08.26
【十】
 随分と日記がご無沙汰になってしまった。
 かれこれ半年か。
 占いの館の受付で粘っていたら、彼がもとってきたのだ。
 「探し物、届いているようですね。」と言って。
 僕を探している人は彼だったのだ。
 今、僕たちは付き合っている。
 初めての相思相愛だ。
 やはり僕はゲイだったのだ。
 スッキリした。
 だから日記がいらなくなったのだ。
 もしかしたらまた、書きたくなるかもしれないけれど、できれば書きたくない。

2021.08.27 完