ショートショート集
クリスマス・イブ 夕日 ルームメート 水族館にて 目覚し時計 同窓会 卒業式 木瓜の花 追跡 無題

無題


 いけない…わかっている
 だけど止まらない…
 あっ…あっ…
 いや…だから…
 そ・そんなこと?
 だから…
 うわぁ〜

 突然、お前は振り返った
「そこで何しているんだ?」
 …ぽりぽり…
「ここ一週間、毎日だろう?」
 そうだ、俺は今週になってから毎日、お前の帰り道をつけているのだ。
「何が目的だ?」
 何がって…
「月曜日に一緒に帰った女の子…」
「なんだ、加世のこと好きだったのか?だったら言えよ、あいつは…」
 ふるふる、首を振る。
「お前、何で何にも言わないんだよ、頭くんな。」
「ごめん…好きなんだ」
「だから加世は妹だから…え?俺?」
 俺は黙って頷く
「ちょ…ちょっと待て。今考えるから…」
 考えて結論が出るのか?
 でもお前が待てと言うのなら俺は待つ。
 例えこのまま日が暮れても夏休みになろうと正月が来ようと卒業式になろうともお前が言うなら、俺は待つ


『追跡』

 天気の好い休日だった。

 地下鉄の車内。
 男の子と女の子、それぞれひとりづつを連れた男女のカップル、多分親子だろう、子供達と何か話している。
 母親らしき女性はその子供達の年令から推測するとかなり若い感じの服装。しかしそれが似合う顔立ち。
 父親らしき男性は女性より若いと思われる。真っ白なTシャツが良く似合う。

 扉が開く。
 派手なペインティングのスケートボードを抱えた青年が乗り込んできて親子連れの席の前に座る。
 青年の視線は一点に注がれていた。
 男の子が青年をじっと見詰める。青年は気付かない。やがて男の子は視線をそらした。

 ガタゴト・ガタゴト・・・
 電車が走る。

 やがて親子は降りていく。
 それを追うように青年がとびおりる。

 親子は公園でお弁当を広げる。
 青年はベンチでペットボトルの水を飲む。

 男の子と女の子は、噴水の回りではしゃぐ。
 青年はポケットから携帯電話を取り出す。


 前夜、青年は恋人と一緒にいた。
「どうして?明日は一緒にいてくれるって約束したのに。」
 返事はない。
「どうして黙っているの?僕の誕生日だって言ったのに。」


 空しく呼び出し音が鳴り続ける。やがて留守電に切り替わる。


「子供たちとの約束だから。」
「僕の誕生日より、大切なんだ。」
「…愛しているから」
 その言葉は誰を指して言ったのか分からなかったけど、聞き返すことはためらわれた。


「そろそろ、帰ろう。」
男性が言う。
「そうね」
女性が言う。
 青年の姿はなかった。

 駅のホーム。
 親子が着くとベンチに青年がいる。
 電車がホームに入ってきた。

「パパ、降りるよ。」
男の子が手を引く。
 親子は降りていく。
 結局、彼は1度も視線を合わせてはくれなかった。
 青年は黙って見送った。

(更紗回廊BBSより転記)


『木瓜(の花)』 



「PAD方式か?」
「そうそう」
「じゃあ…軍資金で二万渡しておくからさ。」
「じゃあ、今度の日曜な。」
「ああ、楽しみだな。」



『ごめん。』
「いいって。ちゃんと治せよ。」
『うん…増やしておいてくれても良いぜ。』
「減らすなら得意だけど。」
『ははは』
 電話が切れた。
 稔はギャンブルと女が好きだ。そして病弱。
 僕は稔だけが好きだ。だからギャンブルを覚えた。だけど女は好きになれない。
 折角競馬を覚えたから稔を誘ったのに。
 折角自宅で競馬が出来る様になったのに…
 今日は絶対来てくれると思ったのに…
 今日も稔は女の部屋だ。僕の勘は当たる。


「なんでこんなになるまで放っておいた?」
「だって天性の女好きだから。」
 平然とした顔で稔は言う。
「だったら女に世話をさせろよ。」
「かっこ悪いとこ見られたら、やらせてくれなくなる。」
「やらせてくれれば誰でもいいのか?」
 ふふん、と笑った。
 僕は氷水でタオルを湿らせて稔の額に乗せた。


「あのなぁ、夜中に『助けて』って電話もらったらびっくりするだろ?」
「でも来てくれたじゃないか、サンキュ。」
 コンビニで買い出しをして来た僕は台所で稔に文句を言い続けた。
「いいじゃないか、眞、暇だろ?」
「深夜は暇じゃない…」
 ははは、稔が笑う。
 悪気が無いから始末に負えない。


『悪い、眞。買ってきて欲しい物があるんだけど。』
「僕は便利屋か?」
『そんなこと言うなよ、な?助けると思って。』
「なんだよ、言ってみろよ。」
『絶対、買って持って来てくれるか?』
「だからなんだよ。」
『コンドーム』
 ガシャン
 ポロポロポロポロ…涙が零れる
 なぁ稔、お前にとって僕は何?
 泣きながらそれでも僕は深夜のコンビニへ行く。
 泣きながら稔のアパートのドアを叩く。
「持って来てくれたんだ、サンキュ。ほら、上手くやれよ。」
 僕の手からコンビニの袋を受け取ると部屋の奥に投げた。
「今夜は眞のアパートに泊めて…って何泣いてんの?」
ドンッ
 拳で力一杯稔の胸を叩く。
「稔にとって僕は何?」
 力強く両手を掴まれW字に開かれる。泣いている顔が丸見えで恥ずかしくなる。
「眞にとっての俺は何?」
「それは…」
 稔の舌が僕の顔を舐める。
「ちゃんと言ってみろ。」
「だから…」
 掴まれた手首が痛い。
「…き…」
「なに?」
「好き」
「何が?」
「…が…」
「聞こえないっ」
「稔が好きなんだ。」
「よしっ」
 …へ?…折角告白したのによしって…思わず顔を上げてしまった。
「やらせてくれれば別に女じゃなくても構わないよ、俺は。」
 …そういうことなのか?…


「なんで僕の部屋に泊まるの?」
 なんのためにゴム、買って行ったんだ?
「妹だよ。出来ないってぎゃーぎゃー泣くから教えてやったんだよ。今頃男が来てよろしくやってると思うけどな。そんなことより、やらせろっ。」
「やだ」
「どうして?」
「僕の質問に答えてくれないから。」 
 ポリポリ、稔は頭を掻く。
「眞ってほんとに鈍いよな。ほら、なんだ…よく言うじゃないか、な?」
 分らない。
「…好きな子は苛めたくなるって…」
 ポリポリポリ…
「大体、眞がいけないんだぞ。全然気付いてくれないし、無理言っても笑っているし。」
 全然、わからない…。



 日曜日。
 競馬新聞片手に僕達は狭い部屋で予想に精を出していた。
「えっ?」
「ごめん」
 女好きっていうのは嘘だったのか…なんかホッとした。
「そうだ、稔の残金5,537円だから。」
「なんでそんな半端な金額なんだ?」
「薬代と食材代とゴム代。」
「そこから引くか?」
「どこからもらえる?」
「えっち1回5,000円で。」
「当然、僕がもらうんだよね?」
「なんで?」
「だって…んんっ」
 そこから僕は何も言わせてもらえなかった。


…ん?女好きじゃないのならえっち好き?
 まだまだ僕の苦労は終らない…。


「眞って…天然…」
「なんか言った?」
「ううんっ、全然何にも。」

(更紗回廊BBSより転載)


『卒業式』


仰げば尊し  我が師の恩   
教えの庭にも はや幾年…



「教師に、なります。」
 僕は職員室で担任に向かって大声で宣言した。
 …本当はその隣りにいた人に伝えたかったのだが…。
「C大の教育学部に行きたいです。」
 その人は、小さく笑った。



「で、この公式で…」
 その僕は去年、母校の教師になった。
 既にあの人は異動になっていてここにはいなかった。
「先生…僕先生みたいになりたいです。」
 卒業式の日、僕はあの人に、伝えた。
 あの人は、微笑んだ。
 …待っててください…心の中で呟いた。
 叶わぬ恋と、諦めていた。
 届かぬ想いと、決めてかかっていた…
「え?」
 あの人は、当時の僕の担任と駆け落ちしたと、風の便りに聞いた。
 担任には妻子がいたから。
 だけど、僕にとって理想の教師像はあなたです。
 たとえ20年たって金八が戻ってきても、僕にとっての理想はあなたです。
 いつか、ここに戻ってきて欲しい。
 一緒に机を並べるのが、たったひとつの僕の願い。



 体育館から校歌が聞こえる。
 三年生が卒業して行く…
 僕は頬杖をついて三年生の教室の窓から校庭を眺めていた。
 今でも、見える様だ。
 あの人がいた、校庭。
 マラソン大会に職員代表で出て、見事に100位でゴールした。
 100位は早いのか?遅いのか?
 生徒数は540人…。
 黒板に目を移す。
 あの人の書く文字は綺麗だった。
 流れる様に書かれる文字…
 涙が頬を伝った。
 伝えなかった想い…。
 僕は卒業式を迎えた、5年前、ここで…。

 (更紗回廊BBSより転載)


同窓会


 やってしまった…、あいつと…。
 そそくさと逃げる様に部屋を後にしたけど、今でも顔が熱い。



 高校卒業後、あいつとは1度も会っていなかった。
 8年…時の流れは恐ろしく速かった。
 それでも1度だって忘れた事なんか無かった。
 あの時も優しかったけど、今日…今夜のあいつも優しかった。



 1ヶ月前、突然舞い込んだ高校の同窓会の案内ハガキ。
<あいつは来るだろうか?>
それだけを思った。
 当時、特別に親しかったわけではない、ただ3年間同じクラスだっただけ。
 だけど、修学旅行の時は同じ部屋だった。
 たった二人で…。
 ドキドキした、なかなか眠れなかった。
 どんな話をしたかもよく覚えていない。
 それでも何時の間にか眠っていたらしく、朝、あいつに身体を揺すられて起こされて目を開けたとき、僕の顔のまん前にあいつの顔があって
…危なく理性を飛ばす所だった。
 あいつの身体が僕に触れたのはそれ1回だけだった。



 どっちかといったらお笑い番組に混じっていた方がしっくりする…という顔。
 身長は、高い…といっても「僕より」という限定。一般的に見たら普通かもしれない。
 特に会話が上手なわけではない、むしろ無口。
 だけど話しをすると、色々な分野に通じて、詳しい。
「…ホモって、本当にいるのかな?」
 僕はあいつにそう聞いた。
「いるよ。僕の知り合いにいるもん。」
 さらりとそう言った。
 その『知り合い』って誰だ?…聞けなかった。
 そして今夜、その答えを貰った。



「僕が…そうだ。」
 同窓会の会場に着くなり、あいつは僕の隣りに座ってそう言った。
「なに?・・・!」
 最初はピンと来なかったけど、気付いた。もう10年くらい前の話なのに本当に今僕が投げかけた質問だったかのように、あいつは答えた。
「まだ、一人なのか?」
「うん…ずっと、一人。」
「ずっと…」
 僕も何人かの男と寝たけど、恋人にはなれなかった。
 そっと握られた、手。
 僕も握り返す。
 生涯で2度目のこの手…。



 同窓会は始まった。
 だけどその場に僕達は既にいなかった。


目覚まし時計


 枕に顔を埋めたまま右手を伸ばした・・・彼の身体がある・・・今までずっと求めていたもの・・・。

「謙一郎?」
 彼の憂いを含んだ声音が僕を呼ぶ。
「温さん・・・本当にいいの?」
 僕は彼にそう言った。
「なにが?」
 彼は覆い被さるようにして僕の身体を抱き締めた。
「後悔・・・していない?」
「だからなにが?」
 唇に塞がれた。
「こんなことしちゃう関係までになったこと?」
 僕は頷いた。
「・・・先に行動を起こしたのは俺のほうだろうが・・・」
 彼は小さく溜息をついた。
「ごめんなさい・・・でも・・・好きだから・・・」
 もう一度抱き締められた。
「放したくないな・・・会社でもこうしていたいくらい・・・」



 彼の気持ちに気付いたのは去年の忘年会。
 うれしかった・・・だって僕は彼に憧れていた・・・いや恋していた。
 彼が僕に振り向いてくれるなんて絶対に有り得ないと思って言わずにいた、ただの後輩でもいい、気の合う同僚でもいい・・・ただ
傍にいたかった。
 彼の気持ちに気付いたとき矢も盾もたまらず追いかけて・・・自分の気持ちをぶつけた。
「好きです」たった一言だったけど。
 なのに彼は困惑した表情で首を振った・・・「ごめん・・・」そう言って・・・
 彼の心を開かせるのは大変だった。
 そのまま強引に僕は自分のアパートに彼を連れ込んだ、本当は押し倒そうかと思ったけど・・・やめた。
 自分の気持ちを一晩中説明していた・・・多分僕は完全に酔いが覚めてはいなかったんだ。
 朝、目覚まし時計が鳴った・・・彼は居なかった。何時の間にか僕は眠ってしまっていた。



 会社に出勤すると彼は既にいた、きちんと着替えていつもの様にばっちりと決まっていた。
 僕を見つけると・・・俯いた・・・
 ――嫌われた――ショックだった・・・
 自分の机まで頭が真っ白のまま歩いて行った、そしていつもの様に一番上の引出しを開けると一枚の紙片が置いてあった。
『夕べはごめん・・・今夜改めてデートに誘っていいかな?』
 なに?僕は顔を上げ彼を探した・・・もう事務所内に彼はいなかった。
 その晩僕達は初めてキスをした・・・。



 なかなか抱いてくれない彼に痺れを切らして何度迫った事か・・・
 結局また酔った勢いでアパートに連れ込んだんだった・・・。



 けたたましく目覚し時計が鳴った。僕は慌てて目を覚ます、だって・・・
「おはよ」
 温さんの声。
「おはよう・・・ございます」
 やっぱり照れくさい。
 よかった・・・また目覚ましで起こされて、彼がいなかったらどうしようかって思ってしまった。



 今でも彼はたまにしか僕を抱いてはくれない、でもいいんだ・・・好きだから。


水族館にて


 就職が決まって、大学の講義も休講が多くなった秋。
 ぽっかりと時間が空いてしまった僕は、なんとなく、本当に何の考えも無く水族館に足を踏み入れた。
 ぼんやりと時間を過ごすのもたまには良いかなぁ、何て思って。
 平日の昼間、意外と親子連れが多くて、館内は混み合っていた。
 水槽の中で蠢いている魚たちに目をやりながら、ふと、目に留まったもの。
 それは、隣の水槽を熱心に覗いている、一人の少年だった。
 食い入る様に水槽にべったり張り付いて見ていた。僕の興味はその少年に移った。
 後姿が、良い。肩から背中そして・・・綺麗なライン、僕のタイプだ――そんなことを思いながら視線を送った。
 僕は同性しか愛せない・・・世俗から疎まれる、そんな人生を今まで歩んできた。でも、後悔もしていないし、悲観だってしていない。
好きなものは好き、仕方ないじゃないか。
 少年の横に、体格の良い男が、来た。少年は遠慮がちに男のシャツの袖を引っ張って、何か話している。
 男はそれを面倒くさそうに聞いて、適当に頷いている。
 あぁ、横顔も良いなぁ、ピンク色の唇、小さい鼻、大きな瞳・・・。
 男が出口を指差す。少年は首を左右に振って、腕をとる。すると、男は汚いものでも触ったかのような仕草と、表情で、少年の手を振り
払う。
 完璧に少年の片想い――なんだと思う。僕にも経験が、ある。好きになった人は皆、僕を変態かそうでなければ、あの男のように汚らわ
しいものとして、扱った。
 切なくて、悲しくて、どうしようもなくて・・・。それでも求めるものは『愛情』だった。
「行こう。」
 気づいたら、僕は少年の手をとっていた。
「あの・・・」
 少年は少し俯いてでも小さく笑った。

ルームメイト


 参ったなぁ・・・。まさか社会人になってから、こんなことで悩まされるなんて。どうして今更二人一部屋なんだ、高校生でもあるまいし。
 でも、うちの会社給料安いんだ。寮を出るなんて絶対無理。いっそのこと、辞めちゃおうかな・・・
 嫌いな奴だったら、平気なんだ、気にしなきゃいいんだから。なのに、めちゃくちゃ良い奴なんだ、性格美人ってやつ・・・。
 普通って何なんだよ、教えてよ。
 もう、不眠症だよ、毎晩毎晩、隣からあいつの寝息が聞こえてくるなんて・・・。
 はぁ、嫌われたくないし・・・。行ったり来りの迷い道。
 遠まわしに口説いているのになぁ、全然気づいてくれない。
 気を紛らわせるためにヘッドフォンを付けたままベットに潜り込んだんだ。そうしたら目覚ましが聞こえなくて、あいつが止めに来た。
「遅刻するぞ。」
 あぁっ、そんな満面の笑みでこっちを見ないでよ。理性が吹っ飛んじゃうよ・・・。

夕日


 めちゃくちゃに自転車を走らせて、海までやってきた。 全身の力出し切らないと間に合わない。――もうすぐ夕暮れ、太陽が沈んじゃう。
 稲村ヶ崎の海岸から江ノ島に沈む夕日が1番好き。江ノ島が真っ赤に染まるんだ。
 あの、沈む夕日に、あの人への気持ち、全部持って行ってもらうんだ。どうしても今日じゃなきゃ、だめなんだ。
「ごめん、君の気持ちには応えて上げられない。」
 そう言って振られたのは1年前のこと。それでもずっと、あの人だけ、思ってきた。
 いつか、きっと、役に立てる日が来るって、信じていた。
 臆病なだけだった。あの後だって、変わらずに笑顔を向けてくれたあの人に、自分も笑顔で応えたい。
 もう、泣きながら笑うのは、止める。
 決心が鈍る前に、どうしても1番好きな風景を心に焼き付けておきたいから。
 そして、明日の朝起きたら、恋をしよう、新しい自分に。

クリスマス・イブ
…あんまりクリスマスっぽくないなぁ。…


「だからっ。」
 あーっ、イライラする、これは絶対いじめだ。
「兎に角、8時までには出してくれよ。」
 そんな涼しい顔で言うわけだ、分かったよ、やりますよ、徹夜してでも。
 もう少し早く言ってくれればいいのに、もう事務の女の子達は帰り支度をしている。俺、ワープロ打つのえらい遅いんだ、絶対間に合わないよ。



 7時、こんな日に会社で残業している奴って俺とあんたくらいだよ。あんたはいいよ、奥さんに逃げられて帰ったって一人だろ、俺は・・・まっ、
いいか。
 オフィスに響くのはたどたどしいキーボードを叩く音。
「鈴木さんの机の中にフロッピーケースがあるだろ、ブルーのフロッピーにその書類が入っているはずだ。」
「だったら・・・」早く言えっ、と言いそうになって慌てた。一応あいつは上司だから。
「開けても大丈夫ですか?」
「うん、さっき帰り際に許可は取ったから。」
 視線を上げもせず言う。
「もっと早く言って下されば今頃終わってましたよ。」
 席を立って鈴木さんの机の中を探す、あった、これだ。
「いいんだ、急がないから。」
「な・・・」
「邪魔したかっただけだから、お前の恋人との仲。」
 そんな事今頃言うわけだ、あんたはそう言う人だよな、前から。



 7時48分、もう一度検算をしてプリントアウト。よっしゃ。
「はい、できました。それじゃ帰ります。」
「真」
「名前で呼ぶなっ。」
 自分でもびっくりするような大きな声で叫んでいた。
「あなたと俺は上司と部下、それ以上にもそれ以下にもなる気はない、そう言いましたよね。」
 ロッカーからコートを取り出してオフィスを後にした。
 分かってるよ、俺がいつまでもこの会社にいるのがいけないんだ、でもあんたは辞表を受け取ってくれないじゃないか、どうすればいいんだよ。
 窓を見上げた、あいつは窓辺に佇んでいた。
 いくら繰り返したってだめだ。俺達は上手くなんて行かないんだ。
 ・・・俺の気持ちが強すぎるんだ、あいつには重すぎるんだ、だから苦しめてしまう。
 奥さんと別居したのだって俺のせいだろ、ごめん。でも、亘が待ってるんだ、アパートで。もう二人は別々の道を歩き始めちゃったんだよ。
 会社の建物に背を向けた。窓の開く音がする。耳を塞いだ。いけない、それ以上言わないで、あなたが壊れてしまう。
 走り出していた、亘の待つアパートに早く帰ろうと走り出していた。コートのポケットに手を突っ込んで気付いたけど、振り返らなかった。



 駅のホームでポケットの中にあった小さな包みを取り出した。どうしよう、持って帰ったら亘に疑われる。
 いいんだ、あいつのことは忘れるんだ・・・。心に言い聞かせて、でも捨てることも出来なくて、俯く。
 異例の出世をした若き課長様、尊敬してたよ、ずっと。その仕事っぷりもだけど後輩思いのいい奴な所も、
決して相手を馬鹿にした態度をとらない所も、全部全部大好きだったよ。
 1度だけ、たった1度だけキスしたね、あなたは凄く困っていたけど。
 なんで今更そんな態度取るんだよ。
 スーツの内ポケットに入れてあるのが亘へのクリスマス・プレゼント。あなたほどじゃないけど亘が好きだ、だからアパートに帰るんだ。
 視線を戻した、そして、会社を出てから初めて後ろを振り返った。