= 真冬の出来事 =
「お疲れー」
 仕事納めの日、納会で気分良くビールを食道に流し込んでいた時だ。
「横山、明日用事あるか?」
 岡部社長がいきなり悲しいセリフを吐いた。
「用事は、ありま…」
「大丈夫です」
 答えたのは尚敬だった。


「仕方ないよ、社長の用件は分かっているから。」
 取引先の仕事納めが明日なのは知っている。当初、社長と担当の後藤が行く予定だったはずだ。
「社長、岩田社長とさ…意見の相違があったんだ。」
 なら尚更行かなきゃ駄目じゃないか。
「由弘、君は専務なんだから。部下の責任はとらなきゃね。」
「尚敬だって専務じゃないか。それに社長は部下じゃない。」
 ささやかな抵抗。
「掃除はやっておくよ。けど期待しないで。」
 これ以上はないと言うくらい爽やかな笑顔を向けられた。
「…誘われたら断らないぞ」
「はいはい」
 くそー!


「悪い。」
 そんなに恐縮されたら怒ることも出来ない。
「人南がさ、由弘…いや、横山君はいつ来るかとウルサくて。」
「…いいです、別に…」
 折角尚敬と二人の時間を有効に使おうと色々考えていたのに。
「私に、似ているんだ。君が好きだと言ったんだ。」
「でも僕はゲイだから安心だと?」
「それは違う!」
 目に怒りの色を滲ませる。
「すまん」
 すぐに瞳を伏せてしまった。
「後藤は、上手くやってくれます。」
 岩田社長は話の分からない人ではない。
「ああ…。武に、謝っておく。」
「いいです、自分が言います。」
 自分がやけにつっけんどんだと感じたが仕方ない。
「四位くんが…社長の養子になるらしい」
 さりげなく話題を転換したつもりなんだろうが、胸がざわついた。
「あいつは、幸せなんでしょうか?」
 恋われて流されているのではないだろうか?
「横山は面倒見が良すぎる。」
 岡部社長は立ち止まり、僕の背を押した。
「人南にはまた今度と伝えておく…今日は私の個人的感情だ、許して欲しい…」
 僕には何も言えない。ただ、黙って背を向けた。


「ただいま…って何だよ?」
 松永と武士沢がリビングのソファに座っていた。
「辞めようと思う。」
「仕事、目処が立ったのか?」
「ああ。」
「そうか」
 ようやく会社も軌道に乗り、雇用を増やす方向性が見えてきた。
 二人が夢に見ていた乗馬クラブ設立をいよいよ実現させる。
「羨ましいな」
 尚敬が本音を口にした。
「僕達も最初は二人で牧場とか農業とかしたいと思っていたんだ。色々な資格やら設備なんかが必要で到
底無理だ。」
 松永が首を傾げる。
「辞める人から安価で譲ってもらったら?」
 僕達は顔を見合わせた。


 大晦日。
 結局突然の来訪者でちっとも進まなかったと言い訳された掃除は30日に片づけ、お正月飾りを玄関とリビ
ングに供えた。今日は買い物に出掛けた。これで三が日は家から一歩も出ないでのんびり過ごせる。
 6時過ぎには年越し蕎麦を食べてその後は風呂上がりのビールをひっかけながら紅白を見たりK-1見たり
無人島見たり…ザッピングしながら時間を過ごした。
 蛍の光が流れ、カウントダウンが始まった。
「尚敬」
「しっ」
 尚敬は指に手を当て僕の言葉を制した。
「さん、にい、いち…」
「ハッピーニューイヤー」
 テレビから流れ出た言葉。
「会社、今年で辞めよう」
 …二人同時に叫んでいた。
「具体的プランは?」
「聞くまでもないだろ?」
「うん…プラモデルとかカードゲームを扱う会社だ」
「ああ」
 今の会社で散々テレビゲームに携わってたどり着いた結論。
 アナログなおもちゃを扱いたい、店をやるのではなく、会社を起こしたい。
「一から、二人で。」
 そのための準備はしてきた。
 福永社長に頼らずに二人の力で。
「四位くんに手伝って欲しかったけど無理だね。」
 社長の養子じゃね。
 あいつはボードゲームに詳しい。
「ん?」
 マナーモードの携帯電話がテーブルの上でくるくる回り始めた。
「噂をするとだ…もしもし?おめでとうございます…え?あ?うん…」
 驚嘆の言葉だけ発しながら言われるまま玄関へまわった。
 鍵を開けるとそこに四位がいた。
「別れました!」
 あちゃー…。
「だって!休みの日は朝からヤルことしか考えてないし、勝手に養子縁組みなんて考えてるし…納得いきま
せん!…って迷惑でした?」
 散々まくし立ててから気付いたらしい。
「いや、まぁ…な」
 そんなことはないと言ってやればいいのだが、そうするとつけあがってずっと居座る。それだけは勘弁して
欲しい。
 かと言って突き放すのは可哀想だと思ってしまう。
「そーですよね。明日は正月、お客様が一杯ですよね」
 いや…しかし返事は控えた。
「福永社長なんかずっと人が出たり入ったり。息つく暇もないです。」
「え?同居してたっけ?」
「…させられました」
 なのに朝から…変態か、あいつは。
「よく追って来ないな」
 ガンッ
 物凄いタイミングだ。
「いないと…」
「言う暇はない」
 ドアを蹴破る勢いだ。
「いい加減にしろ!」
 仕方がないのでドアを開けた。
「あけまひておめれとさん」
 …そこに立っていたのは後藤だった。
「酔っ払い…ですね」
 鼻をつまみながら四位が見たままの状況を述べてくれた。
「あないなヤツ、こっちの方が願い下げだっつーねん!なぁ…」
 言うだけ言うと今度は泣き始めた。
「新年から賑やかだね〜。食料品は沢山あるし、楽しくなりそうだな。」
 天然なんだか、自棄なんだか、分からない武の発言。だって表情一つ変えずに言うから。後が怖い…。
 それから…次々と人が現れて40畳のリビングはあっという間に満員御礼になった。
「かっちゃん、テルは何で荒れてるんだ?」
 勝浦は苦笑しながら「岩田社長」と声に出さずに答えた。
「やっちゃったか…」
 年明け早々、やっぱり社長と行かないとダメか…。
 白々と夜が明ける。
 僕らの夢は、まだ先まで行かないと始まらないような…始まるような…。