=各駅停車=
「次、何歌う?」
 あー、俺は何をしているんだ?もう二時間後藤と二人で歌っていて、そろそろレパートリー
が尽きてきた。あとはラブバラードしか…。
「もう疲れたわ、帰る」
 疲労感漂う表情が語っていた。
「そっか…土曜のことだけどさ…」
 おい、こら、待て!俺の口と心。まだ頭は納得していないぞ。
「忘れたってや、あれは無かったことと…」
 かちん
「無かったって何が?俺が昨日一日かかって出した答えは無駄なのか?」
 後藤が俺を見る。
 考えても考えても、後藤は俺の中から切り放せなかった。いつのまにかなくてはならない
存在となっていたのだ。
「キス、できるんか?」
 ドキン
 横山先輩にキスされたとき、後藤に話したっけ?
「あ、当たり前だよっ、こ、恋人なんだからさ」
 だから待て!俺の口!なにを言って…。
 △☆#○@★□%●&!
 目の前に後藤の顔が迫り寄り、優しく、触れた。
 微かに、後藤の唇と肩に置かれた手が震えていた。
 小さく、本当に小さく後藤がため息のような甘い声を発した。
「テル?」
 ヘナヘナ…と、力なく床に座り込んだ。
 表情は先程の疲弊し切ったものとは打って変わって初々しい少女のようだった。
「笑っていいよ、ファースト・キスなんや。」
 とっても照れくさそうに俯いている。
「えっ?」
 おかしいなって思ったら、やっぱそうか。
「なんで笑うんだよ。」
 精一杯背伸びしてくれたんだろ?―身長は馬鹿でかいくせして―なんか、すっごく可愛く
ないか?
「うち来るか?」
    明らかに動揺しているらしい。 真っ赤な顔で戸惑っている。
「家で飲み直そうぜ」
 いつもの後藤じゃない、本当に俺のこと好きなんだ…。


 俺の部屋はアパートではなくマンションだ。会社で寮扱いで借りてくれている。今の時代、
物騒だから何かあってからでは困るので、防犯と管理体制がしっかりしているマンションに
なったそうだ。
「テル」
 まだ二人とも狭い玄関のたたきに居るのに、相手は野郎なのに…でも後藤なんだ、気付い
てしまったんだ、そう、こいつはいつだって俺のこと見ていた。
 そのいじらしさが俺の心を打って…なんて心の中で言い訳しなくてもいいんだっけ。
 俺は後藤の首に腕を巻き付けると、背伸びをして唇を重ねた、キスだったら平気だ、経験
済みだから。
 でも部屋に上がってもずっと、唇は合わせたまま転がるようにベッドに辿り着いた…って、
ベッドで目一杯のワンルームだけど。
「…ええんか?…」
?なにが?
「好きやねん…」

 後藤の手がさわさわ…と俺のケツを撫でた。
「ち、ちょっと待て!俺はケツ掘られるのは勘弁だぞ。」
 そんな、お尻の穴にあーんなもん、絶対にはいらねぇ、ぜーーーーーったい、無理。
「何が?」
 きょとん、とした顔で相変わらず後藤は俺のケツを撫でている。
「もう一回聞くけど、本当にええんやな?俺の恋人で、本当にええんやな?」
 今度はぎゅっ、と抱きしめられた。なんかとってもこの腕の中が心地良い…きっと武さんも
こんな風に横山先輩に絆されて、口説かれて…掘られたのか?知らないけど…あの2人身
体の関係があるのかな?
「恋人って…何するのかな?」
「そんなん、決まってるがな。」
 き、決まっているのか?
「愛し合うんや」
 愛し合うぅ?じゃあ、やっぱり…
「俺はこんな風にキスしたり、お互いの身体に触れ合ったり、名前を呼び合ったり出来れば
ええんやないか思うけど。ちゃうか?」
「うん、そうだ」
 俺は慌てて同意した。
 わかってる。俺がこんな風に考えている間はきっと、後藤は何もしない。
 もしかしたら後藤は俺が横山先輩に惚れていると思っているみたいだから、試しているのか
もしれない。
 確かに先輩のことは好きだけど、後藤のことも好きだ。どっちを失ったら哀しいかを考えれば
簡単に答えが出る。
「雅治<まさはる>」
 な、なんだよ、突然。
「ん?」
 かなり動揺しているのに平静を装って返事をする。
「俺も呼んでほしいねん。雅治に俺の名前、呼んで欲し思うけど、あかんか?」
 あかんこと…無いけど…。照れくさい。
「…輝基」
 名前を呼んだとたん、息も出来ないほど、強く強く抱きしめられた。
「雅治がいっとうすっきゃぁねん…」
 どうしよう…今まで色んな女の子と付き合ってきたけど、こんなにドキドキしたことなかった
。俺って元々こっちの気があったのかな…でもそんなんどうでもいいや、気持ちいいからい
いや…。
「…スーツ、シワになるよ。」
 後藤が物凄い勢いで俺から離れると、手早く自分は脱ぎ捨て俺は脱がされ、あっという間に
それぞれハンガーに掛けてハンガーラックに並べた。
 Tシャツとパンツと靴下。それだけを身に纏っていた。
「雅治、色っぽいな。」
 なっ、なんでこんなんが色っぽいんだぁ。
「冷蔵庫にビールが入っているから出してくれる?俺は…つまみを探すから。」
 確かシンク下の収納にイカの燻製と柿ピーが入っていたはず…あ、冷蔵庫にチーズとハム
も有った気がする。
 テーブルの上につまみとビールを並べてカラオケボックスでの続きを催促する。
「雅治、俺ずっと我慢していたから押さえが利かなくって暴走するかも知れん。」
 ぼ、暴走?
「そんときは殴ったってや。」
 殴る?
 なんか俺…やっぱ間違えたかも…。
「テル」
「駄目、輝基って呼んでや。二人のときだけでええねん。」
 お前…絶対に変だよ。いままでと全然違う…って、そうだよな。
 じーっと、俺の顔を見つめていたかと思うと、ゆっくり近付いてきて何度も唇と唇を、そっと触
れ合わせた。
 そういえばキスは初めてだと言っていたな。
「もっと、して。」
 予想外の反応だったらしい、真っ赤な顔で飛び退いた。
「いやや。」
「なんで?俺…輝基のこと、好きだよ?」
「そんなん、よういわん」
 時々、後藤は意味不明の言葉を口にする。
「俺さ、恋愛は男と女がするもんだと思ってたんだ。けど違ってたみたいだ。」
「雅治は、頭で恋するんか?」
 頭?
「この子は連れててかわいいやんとか、話がおもろいから退屈せえへんとか、考えてから恋
すんのんか?」
 …後頭部から軽くピコピコハンマーで殴られた…気がした。
 そっか、だからつまらない男女交際ばかりなんだ。
「恋はハート、ちゃうか?」
 うん、俺は頷いた。
「俺のハートはお前に響いたらしい、いつまで響いているかな?」
「そやな。」
 優しいひとみが微笑んだ。
 そしてゆっくりと、閉じて…身体が後に倒れた。
「輝基?」
 後藤は…高鼾をかいて眠っていた。
「なんだよ…」
 でも、知っている。後藤はいつもこの部屋でこんな風に寝ていたことはなかった。
 ごめん、鈍感で。
 けど…好きだけど…やっぱり俺は頭で考えている。
 後藤の飲み差しのビールを一気に流し込んだ。


「俺、何で寝てんや?」
 一時間後、尿意を覚えたらしく、むっくりと起き上がった。
 俺は後藤の寝顔を見ながら考えていた。
「テル、やっぱ無理だ。」
 昨日考えていたことと今日感じたことが微妙にずれている。
「何が?」
「やっぱおかしいじゃん。」
「そっか。」
 そういうと後藤はトイレに立った。
 いいんだ、これで。自分に言い聞かせて納得する。
   「で?何がおかしいんや?」
 まずい!非常にまずい!
「わしがなんかやったっていうんか?あん?われ、本気でいいくさってんか?」
 あー…後藤がブラックになってしまった。
 …と思ったらおいおい泣き始めた。もしかして酔ってるのか?
「好きなんや、わしは雅治が好きなんや。」
 そう言って胸にすがって泣くのだ。
「もうキスしてくれなんて言わない、触って欲しいなんて思わない、妄想でセックスしたりなん
てお前を汚すようなこともしない…ただこうして横に座っててくれればいい。」
 そんなの…。
「俺が無理だよ。好きな人とセックスしたい、抱き合いたい。だけどいくら好きでもテルとの性
生活は想像できない。どう考えても俺が入れられるんだろ?やだよ…俺は男だから入れる
方なんだ、わかるかな?」
「俺は…」
 口調がいつもの後藤に戻りつつあった。
「雅治に抱いて欲しい…けど本当はどうでもいい。二人で気持ち良くイケればどうでもいい
。」
 気持ち良く…。
「そっか…」
 そうだよ、後藤はさっき、言ってたじゃないか。
    後藤はまだ真っ白なんだ。俺と初めてキスしたくらいなんだから、当然セックスの経験だっ
て無いはずだ。もしかしたら好きになった人間に告白するのだって初めてかもしれない。
 そんな人間がいきなり次のステップに行けるわけない。当然俺だって男を相手にするのは
初めてだし…結局2人とも何もかも未経験っていうことなんだ。
 だったら話は簡単だ。
「雅治?」
 俺は後藤の身体を抱きしめた。
「よっしゃ、『恋愛』してみようじゃないか。」
「いいのか?」
 CMのチワワみたいな瞳で、俺を見詰めている。…こんなに図体がでかくて、厳つい顔した
後藤が、とっても可愛く見えるのは…見えるのは…なんでだろう?
 後藤が言うとおり俺はいつでも考えてから行動している。失敗しないか、恥はかかないか、
カッコ悪くないか…。相手は自分のことを嫌いじゃないか、振られたりしないか…そんなこと
ばっかり考えていた気がする。
 だけど、こいつは『二人で』って言った。自己中心的な考えではなくて、二人称なんだ。
「雅治、とりあえず…」
 ドキッ
 突然何を?
「とりあえず、もう遅いから寝ぇへんか?明日も仕事やし…」
 …
 はっ!!
 そうだった。今日はまだ月曜日。明日も仕事じゃんか。
 今まで通り、二人で一つの布団に入った。だけど、今までよりちょっとだけ距離が近い。
 なぜなら、手を繋いで寝たから。


 四時間後。
「勝っちゃん、起きろやっ、遅刻やでぇ〜。」
「んあ?」
 し、しまった!!時計は八時を指している。
「ギリギリじゃん。」
「そやっ。」
 慌てて支度をしながら、視線が交差する。
 後藤の瞳が微笑む。
 つられて俺はにやけてしまった。
 ま、いっか。恋ははじまったばかり、のんびり、行こう。
「勝ちゃん〜にやけている場合やないて!!急げ〜。」