=ダブルデート=
 ある金曜日。


 午後七時。
「お疲れ」
 珍しく所内のメンバーが早々に戻ってきて、事務処理を済ませ、退社準備をしていた。
「金曜日だもんなぁ」
 現在恋人募集中歴25年の田中さんが呟いた。
 既に後藤は帰路に着いた。横山先輩もいない。
 武さんが携帯電話のフリップを開くのと同時に僕の携帯も鳴った。早く帰れ…と言う指示だ。
 じゃあ、帰るかな?
「捕獲」
 は?
「横山が勝浦、捕まえておいてくれってさ。」
 耳もとで囁かれた。
「でも、僕予定があるんです」
「デート?」
「んー?そうなるのかな?」
「そっか…じゃあ無理は言えないなぁ…」
 本当に残念そうだ。
「横山は後藤を捕まえたから絶対勝浦も来るって言うんだよなぁ、当てにならないなぁ…」
 なんだよ、後藤、捕まったのか。
「少しなら…」
「そっか、良かった。」
 後藤が言うように、確かに武さんは華やかだ。特に笑うと金粉が舞っているようにキラキラしている
。これが後藤の言う所の『愛』なのか?
「悪い、悪い。勝っちゃん、デートだったんだって?恋人、出来たんだ。」
 両手で手招きしながら、満面の笑み。横山先輩は、やっぱり好きだな。真夏のじめじめした暑さの
中でも、カラリと乾いたシャツのような人だ。
「折入って話があるんだ〜っていうかお願い?」
 話?


 居酒屋に場を移す。
「実はさ、女の子を紹介して欲しいんだ」
「どんなタイプですか?」
 横山先輩はひどい人だ。僕がこっちで全然モテ無いこと知っているのに。
「可愛い子。三歳くらいがいいな。」
 …その場合は幼女と言って欲しかった。
                     
みなと
「だったら後藤のにいちゃんとこの実菜都ちゃんがいいじゃないですか?」
「あれはあかん、可愛げがあらへんがな。」
「女の子、どうするんですか?」
「ん?」
 意味深な笑い。
「実はさ―」


「武さん、今度デートしましょうよ。」
 僕の担当企業の担当者、細江さんはまだ若いし美人の25歳。末はキャリアウーマンという雰囲気
を漂わせている。
「ごめんなさい、取引先との恋愛はご法度なんです。」
 会社の規定のように話す。
「それに今は浮気したくないし。」
「恋人?」
 なぜか分からないけど、そのときの僕はどうかしていた。
「伴侶…になるのかな?」
 横山の存在を匂わせたのだ。
 今の僕はどうかしている、誰彼構わず吹聴して回りたいほどなのだ。


「それ―ごっつええな」
 後藤が俺を見た。
「まだ無理だよ。」
 武さんにはお見通しらしい。
 俺は俯くしか出来なかった。
「で、続き」


「同棲…なんですね?」
 この一緒に住む同棲を僕は完璧に性別が同じ同性と聞き間違えたんだ。
「うん」
「そうですか…」
 彼女が物凄く落胆していて申しわけなくて、
「うちの若い子、紹介…」
「そんなことしないで。私、本当に好きだったの。」
 彼女は泣きながら抱きついてきた。
「あなたの子供が産みたいの」
「もう、いるから―」


「武さん、妊娠したんですか?」
「――どうして僕なんだよ。横山がタチだって信じて疑わないんだね。」
「武、お願いだから色々調べるの、止めてくれないかな。その、専門用語…」
「駄目なのか?ネコとかタチとか受けとか攻め…」
「わかったから…」
 僕達の目の前で二人はイチャつきだす。
「で武さんは子供がいると言ってしまった、そういうことなんですか?」
 二人の世界から現実に戻され、照れくさそうに肯定した。
「同性と恋愛してると自分で言ったくせに、子供を産ませろなんて勝手だなぁと思ったらそんなこと
口走っていた。本当は全然意味が違っていたのにね」
「ちゃうんですか?」
「うん」
 再び武さんは照れくさそうに話した


「僕には三歳になる女の子がいる、だけど恋人を選んだ冷たい男だよ?」
 細江さんはそれでも縋ってきた。
「新しい恋人より、私の方が…」
「恋人は男性だよ?」
「え?」
 彼女は言葉に詰まった。


「そんなの信じられないから恋人と子供の写真を見せろと言われたんだ。」
「そんなん、無視したらええんちゃいますか?」
 後藤は腑に落ちないらしい。
「でもそういうときの女性はどんなことするか分からないから素直に従うのがいいんだよ」
 俺が助け船をだすと、
「やけに女心には詳しいんやな」
と、嫌味たっぷりに言う。まだカミングアウトはしないと言ってあるのに。
「だから、二人にもう一つお願いがあるんだ」
 ?
「二人で恋人のふりして一緒にデートして欲しい」
 なんだって?


 翌日
 前の晩はうちに後藤が泊まったので、二人で一緒に待ち合わせ場所に行った。なんてったって恋
人――だからな。
「ごめん、待った?」
 相変わらず二人一緒だ。
「これ」
 ぶっきらぼうに実菜都ちゃんの写真を渡す。
「彼女は君達の目の前には来ないから。普通にデートしてて。適当に合流する。でも彼女、どっかで
見てるからフリは忘れないでね。」
 言うが早いか、後藤の腕が俺の肩を抱いた。
「いいね〜なんか初々しいカップルみたいだ。」
 ん〜、複雑…
 場所は遊園地。いきなりジェットコースターに乗り次はお化け屋敷。フライングカーペットそして観
覧車。
「なんで大の大人が遊園地で…んっ…」
 人の言葉を遮って、強引にキスされた。
「馬鹿っ、誰かに見られたら…」
「いいやんか…雅治は俺んやから。」
 強く、抱き締められる。
 案の定合流したときに横山先輩にからかわれた。
「さっきの、かなりリアルだったなぁ。」
「なにがですか?」
「かっちゃんとテルのキスシーン。」
 !
「テルの目はマジだったな…」
「マジやから。」
 !
 気づいたら俺は後藤の胸倉を掴んでいた。
「これが証拠…ちゃうねんか?」
「…そういうことか?そういうことなんですか?」
俺は武さんを振り返った。武さんは困ったような顔で、
「だからいやだったんだよ、こんな茶番。素直に言えばいいじゃない、『僕は勝浦と恋人になりました
』って。駄目なの?」
「武さんだって…貴方だって言えない癖に。」
「僕は今なら平気だよ。横山と一線越えたからね。」
 自分で言って照れている。
「越えるまでは怖かった。自分は普通じゃないと思った。でもさ、求められるのは悪くないよ。」
「武、お前なぁ」
「いいじゃん、二人だから話したんだ。」
 それを聞いていた後藤は
「俺もそう思う。身体が欲しいんじゃない、心が欲しい。」
「心なんかとっくにかっさらっていったくせに。」
 後藤と俺は愛情のバロメーターが違うらしい。
「勝っちゃん、」
 横山先輩が俺を見た。
「俺、二人が両思いになったの、見ててわかったよ?なのに必死で隠そうとしているからテルが可
哀想だった。幸せな気持ちが半分になってしまうんだよ?」
「そうなのか?輝基」
 咄嗟に出てしまったセカンドネーム、二人のときだけ呼んでいたのに。
「あ、勝っちゃん、この企画の立案者は俺だからね、今度は本当にダブルデートしよう。」
 楽しそうな先輩の背後に、女性が立っていた。
「細江さん…」
「馬鹿らしい」
 言い捨てると去って行った。
「あの話、本当だったんだ――」