= 百万ドルの夜景 =
「会いたい、思うんはあかんことなんか?」
「でも、本当に会えないんだ」


「明日、長崎に行く」
「どうしたんだい、急に?」


俺は後藤を誘って長崎行きを決行した。四位は相変わらず俺にアプローチしてくる。
一体どんな嫌がらせを考えているんだろう?…あいつのこと、嫌いじゃ、ない。仕事
は真面目だしプライベートも乱れていない。ルックスも女の子が振り返るくらいだか
らいいんだろう。
だけどなぜか人の恋愛にやたらと絡んでくる。田中も翻弄されているし、勝浦と後藤
も惑わされた。
今度は直接的だなぁ。
乗った振りしてやっちゃったけど…まずかったよな?どうしようかなぁ
「なんかあったんですか?」
不安げに俺を見つめる二つの瞳…
「良かった、間に合って」
頭上から知った声が落ちてきた。
「四位…」
「置いて行くつもりだったんですね」
当たり前だ、恋人に会いに行くのに浮気相手を連れて行くか。
「後藤さん、私、横山先輩とセ…」
「わかったから!着いてきていいから。」
何、考えているんだ?
「安心してください、飛行機の切符はとってあります。」
なんでと思う方がおかしいのだろう。
俺はなんだかんだ言って、毎晩四位の部屋で飯を食い、時々セックスしている。
四位が本気なら、今日の長崎行きは尚敬との別れ話と解釈するはずだ。
「勝浦さん、浮気していないといいですね」
…何がいいたい?
「誰かに恋するって楽しいんだって知りました。」
「甘い」
後藤はニコリともせず、言った。
「楽しいことなんかなんもあらへん。苦しいばっかりやねん。」
「楽しく、ないか?」
自分でも気づかぬうちに呟いていた。
あいつを追いかけていたとき、確かに苦しくて逃げたときもあった。
気持ちを伝えて、身体の関係を持つまでは楽しかった。どうしたらあいつが落ちるのか
、試行錯誤するのが楽しかった。
セックスするのも楽しかった。あいつの知らない面を一杯発見できて嬉しかった。
だから、離れてしまった今、俺の所にはなにもないんだ。
「つらい…って言葉が一番あってる気がするんですけど、」
一度、言葉を切る。
「毎晩、声は聞いてて浮気してへん、とは思うんですが、なんか…スースーしてるんで
す。体温が低くなったんやないか思うんです。」
搭乗案内が流れる。
「カツのこと、しっかり掴まえておけよ。」
俺は…
「嘘です、チケット取れませんでした。」
四位は顔を上げない。
「会って、互いが本当に必要だってこと、確認してきて下さい。」
くるり
身体を反転させるとゆっくりと歩き出した。しかし背中は決して声を掛けられることを拒
否している。
「横山さん、もしかして…」
「寝た」
「それ、ヤバイんちゃいますか?あいつ、ああ見えても一途らしいから。」
俺は四位が去った逆方向に歩く。
「武に会ってちゃんと話す」
後藤のため息が落ちてきた。
「僕には分からないです。どないしたらそんなん、割り切って付き合えるんやろ?」
「あいつ…、俺とずっと一緒にいてはくれない。何かあったらそっちを選べと言う。多分
苦痛なんだ。だったら俺を望んでくれる人とって、思わないか?気が楽じゃないか?」
「わかりません。僕は雅治を幸せにしたい。僕が幸せにしてあげたい。」
鼻の奥がツンとした。
「拒絶されたら?今だけでいいと言われたら?…俺は武を愛しているのに、あいつは好
きな女ができたら捨てていいと言うんだ。あいつだけで、いいのに。どれだけ愛している
と言っても伝わらないんだ。」
「それ、逃げてるんです。怖いんや思います。そやから保険かけてるんやないですか
?」
「なんで?なんで保険なんだ?」
「自分が捨てられたときの言い訳、又は自分に好きな人が出来たときの言い訳…けどそ
んなん言ってるときは自信があるんやと思います。心の奥で、横山先輩は絶対に手ぇ
離さんでいてくれるいう自信がある、思いますねん。だから四位のことは言わん方がえ
えとちゃいますか?」
俺は、失うことばかり、考えていた。
尚敬に長崎には行かないでくれと頼んだのに、あいつは行ってしまった。残された悲し
み、あいつには分からないと思ってた。
「勝浦が長崎行き決まった時、僕は動揺しました。折角恋人になれたのに長崎で可愛
い女の子に迫られたらそっちの方がええ言うんやないかって不安になりました。けど
毎晩電話くれるし、メールもまめにくれるさかい、今は不安やないです。」

機内の大スクリーンで長崎の夜景を映し出していた。
「長崎行ったら、四位のことは忘れたって下さい。帰ってから考えましょう。」
そうだ、あの夜景を見下ろせるホテルで、尚敬とデートするんだ。自分の気持ちに正直
になろう。

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「って、おいっ。どうしてここにいるんだ?」
 武、勝浦の横に満面の笑みで立っている男。
「いやぁ、あの後ふと通りかかったカウンターで空席がありまして。で、偶然先輩達よりも
先に出る便だったんです。」
 四位…勘弁してくれ。
「いまなおちゃん…じゃなかった、武先輩に観光案内をお願いしましたから、一緒に長崎
の町を歩きましょう。」
 なんで!!
「ハウステンボスはちょっと遠いからまずは定番のグラバー園ですね。」
 どうして仕切っている?
「すぐ近くに大浦天主堂があります。」
 ガイドブックか、お前は?
「かつみちゃん。ホテル、どこがいい?」
「あ、大丈夫です、適当に…」
「予約、入れてくれる?僕らのアパートは今日は駄目だよ。かっちゃんが使うからね。」
 ちょっと、待て?
「あのさ、二人、一緒のアパート?」
「うん。予算の関係だって。」
 ガーン
「でも今夜はホテル、予約したから。」
と、耳元で囁かれた。
 …四位の視線が、痛い。