30.恋のはじまり2
悠希の場合。

 きっと他の誰かが同じ場面に遭遇しても結果は同じだっただろう。


 その日、悠希がオーディション会場に入ったのは開始五分前だった。
 会場のドアを開けたその瞬間、目の前に妖精かと見紛うほど可愛らしい容姿をもった人間が立っていた。
一ラウンドKO状態である。
 こんな人間がこの世の中に存在するのかと思うほどに大きな目をクリクリとさせて吃驚した表情を顔面に
貼り付け、悠希を見ていた。
 暫く振り返ることも、息をすることさえもままならない状況に陥り、服装から「彼」であることを悟るまでに少し
の時間を要した。そして自分が同性に恋する人種であることを悠希は悟った。
 オーディションの開始が告げられ、色々な課題をこなしていく。
 その間も悠希は彼から目が離せないでいた。
 完全に一目惚れだった。
 なのに、彼から「美人」と言われたことでなんだか心がザワザワしてしまって連絡先を交換し損なってしまっ
たことに、すぐ後悔することとなった。


 オーディションに合格してウキウキしながらレッスン場へ向かった。
 彼に会える。
 それたけで心が弾む。
 しかし。
 彼はいなかった。
「あの!」
「はい?」
「オレと同じ日にオーディションを受けていた男の子はどうして来ないんですか?」
「来ないってことは落ちたってことだと思うけど?」
 レッスン場にいた事務所のスタッフは淡々と事実のみを伝えてくる。
 あのオーディションの日にザワザワしていた心は今、チクチクと痛んでいる。
「桧川君っ、よそ見しないっ」
 悠希はレッスン中、何気なくドアの辺りを見てしまう変な癖をつけてしまった。そのためにしょっちゅう先生から
叱られる。
 そのうち神宮寺がやって来たり心がやって来たり徐々に彼のことは忘れて行った。

「今日からよろしくお願いいたします」
 彼…言わずと知れた赤坂城は一緒に暮らすこととなるマンションのリビングでぺこりと頭を下げた。
 忘れていた感情が蘇る。
 自分の体温が上昇しているのがわかる。
「桧川…君は、オーディションで一緒でしたよね?」
 悠希は覚えていてもらったことで更に体温が上がる。
 レッスン場で城が隣に立っているだけでドキドキする。
 一緒に高校へ行くことが物凄く幸せだった。
「赤坂君、」
 名前を呼ぶことが幸せだった。
「何?」
 可愛い。
 一つ一つの仕草さえ愛おしい。
 抱き寄せてキスして…以下略…などと通学路で考えていた。


「ん〜そうだなぁ…」
 その時のことを城に直接聞く。
「多分だよ?自覚がなかったから…けど、好きだったって思うよ?」
 悠希は城の肩を抱き、そっと口付けた。