32.本番
 楽屋でワイワイしていると、テレビ局のスタッフさんから声が掛かる。
「メイク室が空きました。」
 ボクらは新人だから部屋が空くまで待っている。
 そしてメイクさんも心得ていてちゃちゃっと済ませると一気にスタジオへ急ぐ。
 朝でも昼でも夜でも
「おはようございます、よろしくお願いします」
と、元気よくスタジオに入る。
 ここからは忍耐力の勝負だ。リハーサルの段階から顔が突っ張ってこようが何があろうが兎に角常に笑顔を作り
続ける。楽屋に戻るまで絶対に笑顔でいなければならない。
 何か考え事なんかしたら絶対にアウトである。ふっと真顔になってしまう。
 ひたすら無の境地で笑顔を作る。
 そして名前を呼ばれたら派手すぎない自己アピールを開始する。これが難しい。
 極端すぎると後で怒られるし、しなければしないで怒られる。
「赤坂君の得意なスポーツって何ですか?」
 来たっ。
「ボクはですね、なんでも得意ですけど上手ではないです。好きこそものの…ってやつです。でも敢えて一つを挙げる
としたら跳び箱とかのマット運動ですかね。」
「そうですよね、赤坂君のバック転きれいですものね。」
「ありがとうございます。」
 台本通りに進んでいく。
 歌番組って数えるほどしかないので、ボクたちは精一杯アピールしなければならないのだが、時間が限られているう
えに、人気者でないとその限られた時間も短い。
 4人に平均的に質問がされるわけではなく、今回はボクに話が振られることも事前に決まっている。
 質問が終わると歌が入って終わり。
 あとはひたすら他の人の話を笑顔で聞き続ける。


 リハーサルと同様に生放送の本番も進んでいく。
 しかし。
「ボクはですね、なんでも得意ですけど上手ではないです。好きこそものの…ってやつです。でも敢えて一つを挙げると
したらバック転ですかね。」
 そう、受け答えを間違えたのだ。
「ということは、跳び箱とか平均台とかのマット運動ですか?」
「はい、そうです。」
 司会者が上手に切り返してくれた。
 ボクは動揺してしまってこの後笑顔が消えてしまった。
 その時、「城」と、背後から声が掛かった、悠希だった。
「ドンマイ」
 その言葉で我に返った。
 こんなことは日常茶飯事、誰も気にしていない。
 だけど…ボクとしては台本にあった「バック転きれいです」って言葉が好きだったから言って欲しかった。

 まだまだ精進の日々が続きます…。