36.優しいのか優しくないのか
 下校時間。
 城君がもうすぐ昇降口に現れるはずなんだけど、今日は遅れている。
 このあと初コンサートに向けての打ち合わせがあるから駅まで寛永さんが迎えに来ているはずなんだけどな。
 二年生の下駄箱を覗くのはドキドキする。別に悪いことをしているわけではないけどなぜかドキドキする。
 あっ!城君だ。
「じょ…」
 声を掛けようとしたら側に女の子がいることに気付いた。
「どうしても?」
「うん、どうしても。」
「私、赤坂君がデビューする前から好きだったのに…」
「ありがとー。でもさ、ボク、トップアイドルを目指しているんだ。わかるでしょ?アイドルに恋愛はき・ん・も・つ?」
 女の子の鼻先に右手の人差し指を立てる。
 今の仕草、桧川君が見たら卒倒して倒れるな、「可愛すぎる」とか言って。
「そんな虚像、誰も信じていないよ?」
「信じていなくてもいいんだ、ボクは極めたいんだ。」
 それに…と、城君が続けた言葉は、
「ボク、まだ女の子に興味がないんだよね。」
だった。
 それは、女の子に対していいのか?納得するのか?
「仕事、頑張ってね。」
 告白してきた女の子も芸能関係の仕事かぁ。
 しかし。
 その女の子を納得させて靴を履こうとした時、今度は背後から教師がやってきた。
「赤坂、時間…無さそうだな、よし、明朝職員室に寄ってくれるか?」
 僕、ぴんときた。あの教師はヤバい。
 慌てて城君に駆け寄る。
「城君、時間!」
「サンキュー、先生さようなら。」
 教師の呼び出しには気付かなかった振りで挨拶をする。
「あ、ああ。」
 僕のことを忌々しげに見つめているから、会釈して踵を返した。 
「ありがと、ヤバかったよ。あいつに掴まると一時間は抜けられないからな。」
 え?いつもなの?
「城君、あのさ…あの先生、狙ってない?」
「なにを?」
 え?天然?
「さっきの女の子と一緒!」
「見てたのかよ…」
 城君の歩みが止まった。
 少し俯いている。
「ごめ…」
「見てたんなら、声掛けてよ。そしたら直ぐに逃げ出せたのに…。」
 え?
「めんどくさい…あの手の子はファンの子とは違うからさ、適当でいいんだけど、ボク女の子に優しいからさ。」
 照れながらそう言う城君は、言葉ほど面倒では無いのかもしれないな、と思った。
「あ、さっきの悠希には言わないで。また余計な心配するから。」
「うん」
 桧川君、可愛い。