39.ジャンプ
 テレビの歌番組ではなく、ラジオの収録でもなく。
 イベントで新曲発表ではなく、バーターでもない。
 悠希が憧れて憧れて漸く手に入れたコンサートの切符。
 今回は全て会社の人たちがお膳立てしてくれるけど、いつか自分たちで企画して衣装を決めてやってみたいね。
「城君、心ここにあらずだけど一番遅れをとってるよ。」
 あっ。やばいやばい。
 今はコンサートのレッスン中だった。
 歌の途中で着替えがあったり、今まで振付をしていなかった曲の振りを覚えたり忙しくて目が回りそうだけど、学
校が終わってからこのレッスンスタジオにやってくるのが楽しくて仕方ない…のに、現実逃避。
 そうなんだ、先生が言うとおり、ボクだけ遅れている。
 もうすぐ期末テストもあるから、家に帰ったら勉強もしないといけない。だけど疲れていて全然覚えられない。
 振りも同様に何故か数学の公式が頭の中を支配しているから全然頭に入ってこない。
 だったら別のことを考えてみたらどうだろうと思ったけど、逆効果だったようだ。
「先生、ちょっとだけ休憩していいですか?」
 悠希の発言。
「じゃあ、3分だけね。」
 女の先生は悠希に弱い…腹立つ。
「了解です」
 言うなり悠希はボクの腕を掴んで表に出た。
「ちょっ、桧川君?どうしたの?」
 そのままトイレの個室に連れ込まれた。
「ゆう…っ」
 抱き締められて強引に唇を重ねられた。
「んっ」
 少し、唇を離すと
「声、我慢して」
と囁かれ、再び塞がれる。
 心臓がバクバク鳴っている。これは背徳感というものだろうか?
 でも。ちょっとだけ安心した。
 悠希の腕の中はボクの心を温かくしてくれた。
「もう、大丈夫?」
「うん」
「良かった。」
 個室から出ると、
「試験勉強、見てやるからちゃんと集中すること。」
「はい。」
 部屋に戻ると、ポットから温かい紅茶をカップに注いでくれる。
「これ飲んで落ち着け。そうしたら絶対に城君の実力が発揮できる。」
「ありがとう」
 大丈夫、出来る。
 どうして悠希の言葉はボクに実力以上の力を発揮させてくれるのだろう。
 悠希、大好き…
 そう思った瞬間、ボクの中である変化が起こった。
 けど、それはまた後日に…。