68.手一杯です
「絶対にムリ、無理無理!」
 ボクは両手を挙げてギブアップの体制を取った。
「だって、学業優先でしょ?受験でしょ?レッスンでしょ?daysの仕事でしょ?それに映画なんて無理!」
 しかも、主演なんて。
 今まで演技なんてしたことがない。そんな人間がしゃしゃり出て良いはずがない。


 …ボクに拒否権はなかった。
 翌日から歌とは違う発声練習、基礎訓練が始まった。
 益々悠希とは会えないし、daysの仕事すら出来なくなっていった。


「城くん、大丈夫?」
 心くんが心配そうな顔でボクを見ている…と言うのは解るけど何を言われているのか理解できていない。
 もう帰ってご飯を食べるのでさえ億劫になっている。
「ねむい」
 それだけ伝えるとバタリとリビングのソファに倒れ込んだ。

 翌朝。
 何故かボクはベッドの中で寝ていた。
 あれ?
 確か、ソファで寝ちゃったような…。
 寝ぼけた頭を目覚めさせるべく顔を洗おうと思った。
「あ、城くん、おはよう。よく眠れた?」
 心くんは朝から元気だ。
「うん、ありがとー!心くん、ボク夕べソファで寝なかった?」
「うん、ソファで寝ちゃった。だから桧川くんにお願いして運んでもらったよ。」
 え?悠希?
「そっか…ありがとう。」
 会いたかった。
 会いたい。
 今、無性に悠希に会いたい。
「どういたしまして。ちゃんと寝た?」
 ボクは振り返れなかった。
 だって振り返って違ったらガッカリする。
 すると、背後から抱き締められた。
「引っ越し先が決まった。四人一緒だ。また四人で頑張ろう?」
 うん、うん。
 ん?
「いいの?四人でも。」
「四人だけどさ…二世帯マンションっていうのがあるんだ。そこにね、四人で移る。でもこれは会社の方針
じゃないから自分たちで家賃は出すんだけどさ。」
 隣で心くんがニコニコと頷いている。
「四人で目一杯働こう?」
「うん!」



 そう、目一杯、働くんだ。
 …映画頑張れと、言われたんだよね(泣)