71.振りと数式とセリフ
 ジャーンとイントロが鳴る
 そこで最初に慧くんが左腕を上げる
 次に悠希が右腕を上げる
 次にボクが左腕を真横に突き出す
 最後に心くんが右腕を真横に突き出す
 それから…
「あーーーーーーーーーーーっ」
 は!
「ごめんっ」
 ボクは振付の先生とメンバーに向かって手を合わせる。
「今は頭に入らないから身体で覚えさせてください。」
 すると意外な答えが先生から返って来た。
「ダンスってそういうものでしょ?振り付けは知らないけど。」
 そう言ってニヤッと笑った。
「全員が同じ踊りならタイミングで覚えればいいけど、キミたちは歌手なんだからね、リズムで覚えるもの
でしょ?」
「えっ、城…違ったの?」
 慧くんからも驚かれてしまった。
「兎にも角にもひたすら踊って覚えなさい」
 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。


「イタたたたたた」
 その晩、早速筋肉痛。
 それでも覚えなきゃならない数式。
「だから、ここにはこの数式が入るんだよ?解る?」
 解んない。


 ご飯を食べながら、通学の途中、仕事の時間待ち。そんな全ての空いている時間は映画のセリフを覚える。
 一日中、踊りと数式とセリフの毎日。
 体育の試験中、順番待ちをしながら振りを思い出す。
 クラスメートからは新曲かと聞かれてしまう、まだ発表になっていないのに。
 こんなに頑張っているのにどれも中途半端。
 何処かに集中したいのに…。


 しかし。
 三日ほど経った日。
「城くん、振り完璧だよ?」
 ダンスの先生に褒められた。
「赤坂くん、小テストの成績良かったよ。」
 学校では担任に褒められた。
「凄い、やっぱり主役だと本読みからセリフが頭に入っているんだ。」
 今作で初めて監督をする、新人監督にも褒められた。
 ボクも成長するんだ、と、実感した。
 嬉しい。


 だけど。
 家の掃除当番と食事当番が全然できてない。
「悠希ぃ、ごめんね。」
 二人一組で行っているから、悠希がずっと割を食っている状態。
 せめてもと、お風呂は最後に入って掃除してから出てくる。
 早く、全てから解放されたい。
 そして、悠希に褒めて欲しいよ。


 …とりあえず眠いから今夜はおやすみなさい…。