75.一歩進んで
「心くん」
 無事にボクらが暮らすマンションに帰り着いて、部屋に戻った。
「どうしたの?」
「あのさ…」
 ボクは意を決してお願いを口にした。
「部屋を、変わってほしいんだ。ずっと。」
 心くんはボクの顔を見ると、ニッコリ笑った。
「いいよ…って神宮寺くんには桧川くんから話しているのかな?」
「ううん。ボク一人の意見です。」
「へ?」


 その日の晩。
「長期間、ご迷惑をおかけしましたが、無事にロケも終わってあとはスタジオ撮影を残すのみとなりました。もう少し
当番を抜ける日もあるかと思いますが、よろしくお願いします。」
 ボクが茹でたパスタに、悠希が作ったミートソースを掛けた夕食。サラダは生野菜を切って乗っけただけ。ドレッシ
ングは悠希が夕べ仕込んでおいてくれたものを使用。
 そんな簡単な夕食の席で、ボクは三人に感謝の気持ちを込めて言ったつもりだった。
「城、そんなこと気にしなくていいよ。それにこれからは会社の意向で個人の仕事が色々入ってくるみたいなんだ。
俺たちもバラエティー番組の収録が始まっているから時間が不規則だしね。心も二時間ドラマが決まったし。それで
さ、当番制は掃除だけにして、食事は各自で…ってことにしないか?」
 途端にボクの胸の中になんとも言いようのない、例えて言うのならばでっかい氷の塊を無理やり押し付けられて
抱えているような感じ…に陥った。
「何か、ボクの仕事が切っ掛けでバラバラになっちゃった感じだね。」
 それまでは仕事と言ったらいつも一緒。なのに突然個々の仕事になってしまった。
「それを言うなら、俺たちの番組の方が先だろ?大丈夫、俺たちにはまだコンサートツアーという大きな目標がある。」
 はっ!
 そうだった。
「そうだよね、まだコンサートツアーやるほど曲がないもんね。うん。頑張ろう」
 俄然、やる気になって来た。
「あっ、そうだった。城くん、増上さんから。」
 心くんがポケットからメモ帳の切れッ端を寄越した。
「『次の映画が決まった』ってなんだよ、これ!」
 メールして来ればいいのにっ。
「映画が決まったってことは城くんの演技が認められたってことだよね?僕、不安になって来たよ。」
 心くん、ありがとう。ボクをやる気にさせてくれてるんだろうけど…せめて一か月くらい休みが欲しいです。
 あとで増上さんにメールしよう…。