85.運命の分岐点
 レッスン室で一心不乱に踊る君は、ボクのアイドルであり、憧れであり、少し先の未来にやってくる
恋愛対象だった。


「桧川くん、神宮寺くん、どっちがいい?」
いつものように窓からレッスン室を覗いていたボクに、声を掛けてきたのはマネージャー。実はボクに
はオーディションを受けた日から直ぐにマネージャーがいた。と言っても専属ではなく兼任だけど。つま
り、連絡係。
「二人とも背が高くてカッコいいもんね。」
「いや、そういう意味じゃなくて、グループを組むならどっちがいいかってこと。」
「ボクが?」
「そう」
「…二人組なの?」
「そういうわけでは…」
 なんだか歯切れが悪い。
「あの二人だとボクが目立たないからどっちも嫌」
 そうは言ったものの、未練はある。
「何で目立たないって思うの?」
「あっちはカッコいいけど…僕はカッコよくない」
「それは謙遜だよ。城くんはカッコいい。…でもそう思うならカッコよくなる努力をしてよ。」
 努力?
「カッコいい人は何かに打ち込んでいる人が多い」
「そうなの?」
「そうなの!!」
「なら…部活…」
「そうじゃないから。ダンスレッスン、真面目にやって」
 ボクとしては十分、一生懸命にやっているつもりなんだけどさ。
「ちゃんと一日一万五千歩歩いてる?城くんは基礎体力がみんなより若干劣っているから、まず体力作りか
ら。ダンスレッスンもみんなと一緒にやると、遅れる確率が高いから別なんだ。合流したとき、レベルが揃っ
ていないと困る。城くんを押すことが出来なくなる。頑張って、本当に」
「ボク、あの二人と一緒に仕事するの?」
「…多分。あと一人候補がいるんだ。どちらかが落ちる。そうしたらどちらかがマネージメント契約を切られる」
 げっ。そんな切羽詰まった状況なの?
「わかった。ボク、頑張るよ」
 もう一人の人がボクを上回って頑張ったら…どうなるんだろう。
 途端に怖いという感情がボクを支配した。
「あの…」
「あ、彼がもう一人の人」
 えっ。
 パッと見た感じ、ボクと雰囲気が似ていた。
 そんなに背が高くなくてちまっとした感じ。
 桧川くん、神宮寺くんと一緒にダンスのレッスンをしていた。
「この絵面、どう見たってボクが外れているよね?」
「うん。このままだとデビューできないね。」
 ボクは初めてマネージャーの言っている意味を理解した。
「帰る」
「おー、頑張れよ」


「そのチマッとしたのが僕だったんだね?」
「ううん、違った。あとで悠希に聞いたら、家族から反対されて辞めたんだって。」
 その子がデビューしていたら、ボクではない子がdaysだったかもしれない。
 その子の親に感謝しなきゃいけない。
 あの日からボクは頑張ったもの。
 ダンスレッスンも楽器の練習も、勉強も…。
 あ。
 社長はあの時からボクに色々頑張らせていた。
 今もいっぱい頑張れって言われている。
 ということはデビューと同じくらいのご褒美が待っているのかもしれない。
 今だから頑張れる。
 精一杯無理が出来るときに頑張っておけば、きっと誰かが見ていてくれて、ご褒美が待っているはずだ。
 頑張るときは自分一人。
 そして力を合わせれば何倍ものパワーに変わる。
「受験、頑張る。」
「唐突にどうしたの?」
「うん、言いたかっただけ」
 学校の帰り道に誓った。