87.daysのお仕事
 神宮寺くんと悠希が主演している連続ドラマ。
 凄いことにこのドラマ、深夜枠なんだけど4クール、つまり1年間の放送が最初から決まっていて、
撮影が超ハードなんだって。
 既にお正月明けから放送が始まっていて二人のスケジュールはほぼドラマとレギュラーのバラエ
ティに埋まっていた。
 週一回、20分の番組だけど1年間って朝ドラ並みに大変だよね。
 舞台はコンビニ。
 いろんなお客さんがやってくる設定。
 そして。今回は受験が終わったボクと心くんの二人で高校生役で出演が決定しました。
 当然お客さん役。だから2回分だけの出演。
 でも楽しみなんだよね。だって演技の中で共演ってしたことないからさ。
 映画の撮影がもうすぐ始まっちゃうから、その前に撮影しましょうってなったんだ。
「もうすぐ制服も着られなくなるんだよなぁ」
 ふと、呟いた一言を心くんは聞きのがさなかった。
「部屋着にすれば、喜ぶよ」
「誰が?」
「誰か」
「ん?」
「背徳感があるんだって」
 …また、心くんはエロイ話か…。
 ボクはどうしてもその手の話は苦手。
「そうだ、今度桧川くんに良いものあげるよ。楽しみにしててね。」
 えっと、ボクじゃなくて、悠希に良いもの?なんだろ?
 このドラマのコンビニの制服、ちょっとカッコいいんだよね。
 神宮寺くんと悠希のためにデザインされたらしく、ピッタリなんだ。
 視聴率がいいのかどうか、まだよくわからないけど、ボクが女の子だったら絶対に観る。…女の子じゃ
なくても観てる…。
 今回は心くんとボクで万引き犯を捕まえるか捕まえてもらうか、交番に駆け込むかと色々ごちゃごちゃ
している間に、逆にボクたちが疑われてあわや犯人を取り逃がしそうになるところを、神宮寺くんが気づ
いてくれるという話。これを前後編二回に分ける。
「あの…この少年はどんな役作りをしたらいいのでしょうか?」
 台本に詳細が書いてないので、普通に監督さんに質問した。
「それは赤坂くんで演じてくれていいよ」
 え?ボクで演じる?意味が解らない。
「素のままってことですか?」
 心くんも質問する。
「ファンの人が観て二人の日常はこんな感じなんだって思ってもらえるような演技でいいよ」
 つまり。この番組は神宮寺くんと悠希のファンのために二人がコンビニの店員だったらこんな感じなん
だろうな?ってことで。
 心くんとボクが高校生でお客としてやってきたらこんな感じなんだということでいいんだね、うん。
 でも。ボクはボクを演じることは出来ない。
 何故なら、ボク自身を理解できていないからだ。
「心くん、笑わないでね」
「うん?」


 無事に撮影を終えて、四人で帰路についた。
「ねぇ、悠希。」
「ん?」
「ボクの演技、変じゃなかった?」
「変じゃなかったけどやけにいい子だったな」
「やっぱり…」
「でもファンが抱いている城のイメージでできていたと思うけどな」
「ほんとに?なら良かった」
 ボクの心の葛藤を三人に話したら理解してもらえた。そしてこの話に意外にも神宮寺くんが驚きの声を発
したんだ。
「城って演技の才能があるのかもな。俺は監督にああいう風に言われたら楽な気持ちになったけど、城は
迷ったんだ。会社が城に映画の仕事を持ってくる意味がやっと分かった。」
 そうか。ボクには演技をするっていう才能があったんだ。知らなかった。
「でもさ、神宮寺くんは神宮寺くんを演じてくださいって言われたらどんなふうに演る?ボクは迷っちゃうよ。神
宮寺くんのことは演じることが出来るけど、自分のことは演じることが出来ない。だって客観的に見つめるこ
とが出来ないから。だけどね、daysの赤坂城は演じることが出来るんだ。だってあれはボクじゃないから」
 三人が頷いた。
「一理あるね。俺もdaysでは神宮寺慧を演じていると思う。そうか、素の俺は客観的に見ることが出来ないか
…」
「じゃあさ」
 心くんが顔を上げてキラキラした眼で言う。
「僕たちの感じたことをノートに書き留めていったらどうだろう?自分では自分のことがわからないけど、僕たち
から見た誰かだったらわかるでしょ?そうしたら自然とdaysで演じている自分にも必要なことが解ってくるかも
しれない。」
「いいね」
「よし、帰ったらノートを作ろう」
 皆は楽しそうに言っているけど、それってプレッシャーだなぁ。
 本当の自分をまた演じてしまいそうな気がする…とは言わないでおこう。
 僕達は久し振りに二台の車に分乗して帰宅した。


「でもさ、最近4人で仕事してないよね。まだコンサートも1回しかやってないし。今年の夏は心くんの受験だから
無理だろうし…」
「あ、僕の受験は平気。もう一芸入学に決めたから。城くんみたいに勉強頑張るの嫌だもん。」
「え〜、いいなぁ。でもそれなら今年の夏、コンサートが出来るね。」
「期待してもいいかも」
 ボクはdaysのお仕事がしたい。
 コンサートとか、レコーディングとか、歌番組とか…楽しいだろうなぁ…って随分過去のことのように思えてきた。
 そんなことを考えていたら、増上さんからメールが神宮寺くんに届いた。
「新曲の打ち合わせをしたいから明日の夕方、レコード会社に集合だって」
「新曲?」
「新曲!」
「新曲!!」
 物凄くいいタイミングで話が舞い込んできた。
 もっと有名になって、一杯4人の仕事がしたいな。



 ところで。
 心くんが言っていた悠希に良いものっていうのは、お医者さんの白衣と看護師さんの白衣だった。
 何が良いものなのか、悠希もボクもわからないままクローゼットの奥にしまってしまった。