89.一緒にいたいと言ったけど
 さてさて。
 ボクの思惑通り、daysは4人で一緒にいる時間が、今までの数十倍多くなった。
 心くんはまだ高校が春休みにならないから、昼間はいないけど、神宮寺くんも悠希も大学は春休み。ボクも
入学前の完全お休み状態。
 …楽器の練習には持って来いだ。
「音は吹き替えます。でも吹き替えていますというのが判らない程度に演奏してください。可能だったら音もそ
のまま使いたいです。」
 神宮寺くんと悠希はギターを弾いたことがあるし、心くんもピアノが弾ける。けどさ、ボクはバイオリンとピアノと
フルートなら出来るけどドラムは叩いたことがない。ボクだけスタートラインにも立てていない。
 まず、楽譜が特殊。他の楽譜同様ヘ音記号なのに音程は全く関係ない。
 いくつもある太鼓やシンバルを音符に当てはめて書かれている。
 手を使うものは楽譜の上部に、足を使うものは楽譜の下部に表示されている…という説明を聞いたけど譜面を
見たらついついおたまじゃくしを追ってしまう損な楽器経験者だ。
 各太鼓とおたまじゃくしを関連付ける作業で一日費やしてしまった。ピアノの初心者のようだ。
 既に神宮寺くんと悠希は音を出している。
 途中から参加した心くんも次々と楽曲を制覇している。
 これじゃ、ずっとボクだけ除け者だよ。
 一緒にいてもいないのと同じ…でもないか。
「城、大丈夫か?」
 神宮寺くんが楽譜とにらめっこしているボクを心配して声を掛けてくれた。
「うん…ギターのスコアなら読めるんだけど、ドラムのスコアって初めてだよ。」
「そうだよね、城はクラッシック畑だもんな。」
 悠希も心配そうにのぞき込む。
「大丈夫…きっと」
 今夜一晩で楽譜は覚える。
「問題は、」
「問題があるのか?」
「問題?」
「問題かよっ」
 …ボクの一言で三人が同時に反応した。
「あ」
「どうぞとうぞ」
「どうぞとうぞ」
「どうぞとうぞ」
 …ダチョウ倶楽部?
「太鼓とシンバル、同じ力で叩いちゃうんだよ。力加減が分からない。」
 今まで経験した楽器は全て主旋律を弾いてきた。
 まさかここへ来て音程を必要としない楽器に関わるなんて思ってもいなかったんだ。
「足はなんとかなる。でも太鼓を叩いたバチでシンバル叩くと思いっきり力が入っちゃうんだ。でもこれも経験でな
んとかなると思う。ただ、」
 今度は三人が同時に唾を飲みこむ音がした。
「自宅にドラムセットがないから、どうやって練習したらいいのか…ここをいつも借りるってわけにはいかないでしょ?
それに、明日から楽器を必要としない撮影が始まる。つまり、時間が足りない。」
「でもさ、さっき形だけ出来ればいいって」
 心くんはボクを元気づけようとしてくれている。
「ボクが出来なかったら全員音入れはないんだよ?」
 そうなんだ。一人だけプロの音だと、不自然だから、0か100、どちらかなんだ。
 全ては、ボクの肩にかかっていた。
「そう言えば、メイキングを撮るって言ってた、増上さん。」
 ふと、思い出す。
 ボクだけ散々なシーンが連発かぁ…残念だなぁ。
 この時、ボクの頭の中は、映画の撮影…つまり楽器演奏で一杯になっていて、コンサートツアーという一番大事な
ことがすっぽり抜け落ちていた。