94.タイコの達人
 レコーディングスタジオの隣に、ドラムセットの置いてある部屋があった。
 スタッフに確認したら使ってもいいということだったので、自分の録音時間以外はここで練習をすること
にした。
 頭の中で主旋律を歌いながらリズムをとっていく。
 かなり上達していると自分では思っていたのだけれど、途中部屋にやって来た心くんが「歌がだた漏れ
てるよ」と、教えてくれた。
 つまり…頭の中で歌っているつもりが実際に歌っていたらしい。気付かなかった。
「あれ?スケジュール確認したら今日は一日空いていたんだけど…」と、優し気な表情の男性が入ってきた。
「すみません、空いていたのでスタッフに確認してお借りしていました。直ぐに退室します。」
「いや、別にいいよ。今外に聞こえていたけどまだ初心者みたいだからね。」
 鋭い…。
「仕事で必要に迫られているんですけどセンスがないみたいで上達しないんです。」
 その時、心くんがボクに何か合図を送っていることに気づいた。
 心くんの後ろのポスター…。
「あの…」


 部屋に入って来たのはスタジオミュージシャンの人だった。
 今回、ボク等の曲のドラムを叩いてくれる。
 新曲のドラムを聞かせて欲しいとお願いしたら、快く引き受けてくれた。
 ボクが思っていたのと全然違う…。
 彼が言うには主旋律を頭に入れてはいけないらしい。
 リズムを大事にしなさいとのアドバイスをいただいた。
 リズム…リズム…ちょっと待て!
「悠希っ」
 ボクは急いで部屋を後にし、悠希を探した。
「どうした?」
「ベース!」
「だから?」
「ベースって主旋律弾かないよね?リズムだよね?」
「そうだけど?」
「一緒に練習して。」
「なんか分からないけど、いいよ。」
 なんかワクワクしてきた。
 そうだよ、ベースに合わせればいいんだ。
 悠希と一緒に練習できると思ったら気が楽になって来た。


 神宮寺くんのレコーディングが終わって、悠希の番になる。
 ボクは相変わらずドラムのイメトレだ。
「城、まだダダ漏れてる。」
「あ、ごめん」
 また、鼻歌になっていたと神宮寺くんに指摘された。ボクの欠点だな。
「城くん、こっちの部屋で録音しまーす。」
「はーい。」
 隣のブースでコーラスを録っていたけど、終わったのでボクの番が回ってきた。
 自分のパートを歌う。
「城くん、どうしたの?」
 ディレクターさんがビックリした顔をしている。
「何が?」
「凄くテンポが合ってる。いつも以上だよ。元々城くんはリズム感が有ったけど磨きがかかったよ。」
「わぁ、嬉しいなぁ。ありがとうございます。」
 そっか、ボクはリズム感があるんだ。だからドラムに決まったのかな?
 そんな他愛無い一言で、ボクは元気になれる。
 お蔭でレコーディングはすんなりと終わった。


 ボクがドラムの練習をしていた部屋で、さっきのスタジオミュージシャンの人がボクらの新曲の練習を
していた。
 プロの人でも楽譜を見ながら練習するんだなぁと思ったけど、考えてみたらさっき楽譜を渡されていた
から、この短時間で仕上げたということに気づいた。
 動きがカッコよかった。鳥が羽ばたくように優雅な動きをする。
 スティックは緩くしなっている。きっとボクみたいにギュッと握りしめてはいないのだろう。
 彼の身体があんなに上下に動くのは、きっとあの動きでリズムを取っているんだろうと勝手に理解した。
 そうか。
 ボクなりの演奏方法でもいいんじゃないか?そうだよね。
 要は、カッコよく音が出ればいいんだから。
 でも絶対に吹き替えは嫌だ。


 借りているスタジオで悠希と一緒に練習をした。
 やっぱりやりやすい。
 そして後から神宮寺くんと心くんがやって来た。
 一緒にやってみた。
 更にやりやすい。
 そうか、そういうことか。
 バンドって、一人で練習しても楽しくないんだね。
 音楽って音を楽しむって書くじゃないか。
 そうだよ、音を楽しめばよかっんだ。
 もう、どうしてボクは何時だって気付くのが遅いんだろう。
 この日を境に、メンバーが全員腕を上げたって誉めてくれたよ。
 よかった…。