第七話  恋文
 またか…―
 心の中で呟く。
 登校して机の中に筆記用具を入れておくのが習慣になっている南中道は、空になっているはずの机から一通の手紙を取り出した。
 その場で読むのも恥ずかしいくらい誤字脱字の多い手紙は毎回部室に行ってから開く。
 大抵入学したときから好きでした…などと書かれたありきたりのものだ。
「真人ってモテるよな」
 その日もいつものように部室で手紙を開いていたら尋之が横から覗き込んできた。
「…先生に渡せ…だって」
 にやり…と笑うと
「それは複雑な心境だな」
と返す。
「カズ君のこと、好きなんだろ?無理しなくていよ。オレはいたいときにいてくれればいいんだからさ。」
「なんだよ、それ?」
 南中道が意外にも心外だという表情をしたので尋之は頬が緩んでしまうのを誤魔化すのに必死になった。
「真人はオレがセンセーを玩具がわりにするのが嫌なんだろ?オレと付き合いたいわけじゃないんだろ?」
 誰が見ても明らかに怒りを素直に顔に出した。
「身代わりになんて誰がなるんだよ?嫌だよ、嫌いなヤツとあんなことするのは…先生のことは好きだ。けど先生が選ぶ人間は僕じゃない。」
 尋之は南中道を抱き締めた。
「ごめん…」
 その行為に今度は南中道が動揺する。
「真人が、カズ君に興味があるのは感付いてたんだ。…兄貴といい真人といい、オレが尊敬する人間や…好奇心を持ってみていた人間は皆カズ君が好きなんだ…要するに嫉妬だよ。」
 尋之は南中道を抱き締めたまま耳元で囁いた。
「尋之、僕は…」
ガラッ
 部室のドアが開いた。
 尋之は慌てて腕をほどくとしゃがみこんだ。
「動くな!コンタクトが飛んだ」
 言うと必死に床を這う。
「えっ?なに?どうしたの?」
 入って来ようとしていた仮入部女生徒は足を上げたまま静止した。
「あった!ラッキー。洗ってくる。」
 尋之はトイレへ走った。
「喜多邑ってコンタクトだったんだ…」
 仮入部女生徒は先に言われてしまってただ頷くばかりだ。
「皆そろそろ集まるかな?先生呼んでくる」
 南中道はこっそり手紙をポケットにしまった。頼まれてしまったには渡さないわけにはいかないと判断したようだ。
 職員室までの道のりは足が重く感じた。
 仁志に好意は抱いているが恋愛感情ではないと自分に言いきかせてきた。
 しかし仁志の顔を見るだけで心がざわめく。喜多邑に恋人だなどと言ったがまだ最終的な覚悟は出来ずにいた。
 だから肉体関係もまだ結ぶ勇気がないのだ。
 あの日、二人はキスをした、それで精一杯だった。
 それなのになぜか喜多邑は納得していた。南中道に決心が着くまで待つと言うのだ。

 喜多邑と身体を繋いだら仁志のことを諦められるのだろうか…南中道の頭の中はそんなことで一杯だった。
「南中道、揃ったか?」
 突然声を掛けられた。仁志だった。隣に喜多邑がいた。そのことに動揺した。
「あ、いえ…その…今来るそうです」
「カズ君、さっきの件頼んだからね」
 喜多邑は南中道の存在を完全に無視して話を続けた。
「わかった。南中道、悪いが理科準備室に行って部室申し込み書を持って来てくれないかな、すっかり忘れて置いてきちゃったよ」
「はい」
 くるりと踵を返し南中道は階段を登った。
 尋之に無視されたことにショックを受けている、でも仁志に用事を言いつけられ喜んでいる…まだ、気持ちの整理ができないでいる自分に腹を立てた。