第十四話  仁志先生の授業風景
 仁志が教室に入って来る。生徒達はおしゃべりを止める気配がない。
「毎回、同じこと言わせたいのか?」
 そう言ったのは南中道だ。
 南中道が仁志に傾倒しているのはかなり有名な話になっていた。
「騒ぎたいなら他の授業にしてくれ」
 南中道は普通に歩いているだけで大抵の人間が振り返る美少年だ。
 なのに女子生徒があまり近寄らないのは仁志に対する行動があからさまに違うからだ。
 当然「南中道は同性にしか興味がない」という噂が立った。
「南中道君、今の発言は間違っているな、正しくは授業は常に静かに受ける」
「僕にとっては先生の授業だけ聞ければあとはいりません」
 はっきりと告げた。
 周囲は「やはり…」とか、「嫌だ…」とか囁いている。
「蟻の行動について、知りたいんです」
「昨日の部活帰りにも言ってたな」
「はい、生物学に興味があるんです」
 その発言を受け、再び周囲は「違うじゃない…」とか、「良かった…」などの声が聞こえた。
 こんな感じで仁志の授業は遅々として進まない
「では、物理の教科書を出して」
 そう、仁志が南中道のクラスを受け持っているのは物理なのだ。
 始業ベルから五分程経過してやっと授業が始まった。
 仁志は南中道の視線を一身に浴びる、瞬きの0コンマ何秒の間以外。
 以前は南中道の視線など気にもとまらなかったのに最近やけに気になるのは何故なのか…黒板に向かっている間考えていた、考えなくても解っていることを。


 次の時間。
 先ほどと同じ二年の教室がある三階に仁志はいた。
「では生物の教科書、32ページから」
 このクラスは生物の担当なのだ。
 ここにも痛いほどの視線がある。
 喜多邑尋之。
 尋之の行動は全て南中道中心だ。それは前から気付いていた。
 仁志を南中道から遠ざけようとして強姦したり、兄を炊き付けたりした。
 それが解るから仁志の南中道への複雑な想いは浄化したい。
「先生」
 尋之の声。
「兄貴が今日は帰りに寄れないかって伝言を預かったんですけど。電話も出ないしメールの返事もないってめげてました」
「わかったから…そういう個人的なことはこっそり伝えてくれないか?」
 出席簿に視線を預けたまま、尋之を正面から見なかった。
 それは後めたさがあるからだ。
「兄貴と別れたら、誰を身代わりにするんですか?」
 尋之は執拗に食い下がる。
 そこで初めて視線を上げた。
 尋之の瞳から今にもこぼれ落ちそうな涙の玉が膨れ上がっていた。
「わかった…」
 中学生だった尋之を知っている。
 だから素気無くできない。
 だから痛い目をみる。
 仁志は解っていたけれど引き返せなかった。


 午後。
 一年三組。
 化学の授業。
「先生がホモって本当ですか?二年生の間で騒いでいます」
 また質問…。
「僕は、人間が好きだから教師をしているんです」
 いい加減うんざりだ。
 誰でも良い、抱き締めてくれたら頑張れるのに。
 仁志は、思った。